同姓同名マッチング~運命のタップ

トムさんとナナ

同姓同名マッチング~運命のタップ

## 第一章 偶然という名の運命


木漏れ日が窓辺に踊る土曜日の午後、桜田麻衣は布団の中でスマートフォンを握りしめていた。画面には見慣れたマッチングアプリの通知が点滅している。


「また来た……」


三十歳を目前に控えた麻衣は、友人たちの度重なる勧めでマッチングアプリを始めて三ヶ月。これまでの実績は、メッセージが続かない男性が五人、実際に会ったものの会話が弾まなかった男性が二人。そして今朝方、「仕事が忙しくて」と言い訳をして連絡が途絶えた男性が一人。


「もういいかな……」


削除ボタンに指をかけた瞬間、新しい通知が届いた。


『あなたにぴったりの相手が見つかりました!』


「どうせまた……」


呟きながらも、習慣的にタップしてしまう自分が情けない。画面が切り替わると、見慣れた相手選択画面が表示された。写真は後ろ姿のシルエット。プロフィールを読み進めていくと、麻衣の指が止まった。


名前:桜田麻衣

年齢:29歳

職業:グラフィックデザイナー


「え……?」


麻衣は思わず声に出してしまった。自分の名前が表示されている。いや、よく見ると性別が男性になっている。同姓同名?


「そんなことってある?」


慌ててプロフィールの詳細を確認する。住所は同じ市内。趣味は映画鑑賞とカフェ巡り。好きな食べ物はパスタとチーズケーク。


「嘘でしょ……」


麻衣の趣味は読書と映画鑑賞。好きな食べ物はパスタとティラミス。微妙に違うけれど、驚くほど似ている。


スマートフォンを握る手が震えた。これは運命?それとも悪質ないたずら?


考えている間に、マッチング成立の通知が届いた。相手も自分を選んだということ。


「どうしよう……」


麻衣は布団から這い出すと、キッチンでコーヒーを淹れながら考えた。こんな偶然があるだろうか。でも、もし本当だとしたら……。


メッセージ機能を開くと、既に相手からメッセージが届いていた。


『こんにちは。同じ名前でびっくりしました。これも何かの縁でしょうか?』


麻衣は思わずクスッと笑ってしまった。自分が送ろうと思っていた内容とほぼ同じだった。


『こんにちは。私もびっくりしました。こんなことってあるんですね』


返信を送ると、すぐに既読がついた。


『僕もマッチングアプリは初心者で、正直戸惑ってます。でも、なんだか不思議な気持ちです』


『私も始めたばかりです。同じ名前だなんて、友達に言っても信じてもらえなさそう』


『確かに(笑)ところで、プロフィールを見て驚いたんですが、趣味も好きな食べ物も似てますね』


麻衣は頬が緩むのを感じた。文章から誠実な人柄が伝わってくる。


『本当ですね。でも、私はティラミス派です』


『僕はチーズケーク派ですね。今度一緒にカフェでどちらが美味しいか勝負しましょうか?』


麻衣の心臓がドキンと跳ねた。これはお誘い?


『面白そうですね。でも、負けませんよ』


『楽しみです。それでは、今度お時間のある時にお話ししませんか?』


麻衣は一瞬躊躇した。でも、この偶然を逃すのはもったいない気がした。


『はい、ぜひ』


## 第二章 混乱のカフェタイム


翌週の土曜日、麻衣は待ち合わせ場所の駅前カフェに向かっていた。緊張で手のひらに汗をかいている。同じ名前の人と会うなんて、人生初の体験だ。


「桜田麻衣さん?」


振り返ると、穏やかな笑顔の男性が立っていた。写真では後ろ姿しか見えなかったが、思ったより背が高く、優しそうな目をしている。


「はい、桜田麻衣です」


「僕も桜田麻衣です。よろしくお願いします」


二人は顔を見合わせてクスクスと笑った。


「なんだか変な感じですね」麻衣が言うと、男性の麻衣も頷いた。


「でも、悪い気分じゃないです」


カフェに入ると、店員が困惑した表情を浮かべた。


「ご予約のお名前をお聞かせください」


「桜田麻衣です」


二人が同時に答えると、店員はますます困った顔になった。


「えーっと……お二人とも桜田麻衣様でしょうか?」


「はい」


また同時に答えてしまい、麻衣は赤面した。男性の麻衣が苦笑いを浮かべる。


「すみません、僕が予約を取ったので」


「かしこまりました。こちらへどうぞ」


案内された席で、改めて向かい合うと、麻衣は緊張で何を話していいかわからなくなった。


「あの……なんて呼べばいいでしょうか?」麻衣が恐る恐る聞くと、男性の麻衣は考え込んだ。


「確かに。僕の友達はマーくんって呼んでくれてます。麻衣のマーです」


「じゃあ、マーくんで。私は……みんなマイちゃんって呼んでくれます」


「マイちゃんですね。素敵な名前だ」


マーくんの笑顔に、麻衣の緊張がほぐれていく。


「メニューを見ましょうか」マーくんが提案すると、麻衣は頷いた。


しばらくしてウェイトレスがやってきた。


「ご注文をお伺いします」


「チーズケーキセットをお願いします」マーくんが言った。


「私はティラミスセットで」麻衣が続ける。


「チーズケーキセットとティラミスセット、かしこまりました。お飲み物はいかがですか?」


「コーヒーで」


また二人同時に答えてしまった。ウェイトレスがクスッと笑う。


「お二人、息がぴったりですね。仲良しご夫婦ですか?」


「いえ、その……」


「違います」


今度は慌てて否定してしまい、二人とも真っ赤になった。


「失礼いたしました」ウェイトレスは慌てて立ち去った。


しばらく気まずい沈黙が続いた後、マーくんが口を開いた。


「なんか、コントみたいですね」


「本当に」麻衣も笑い出した。「友達に話しても信じてもらえないです」


「僕もです。昨日、同僚に話したら『作り話でしょ』って言われました」


二人は笑い合った。不思議と緊張がほぐれていく。


ケーキが運ばれてきた。麻衣は自分用のティラミスと、マーくんのチーズケーキを見比べた。


「どちらも美味しそうですね」


「一口ずつ交換しましょうか?」マーくんが提案した。


「いいんですか?」


「もちろん」


麻衣はスプーンでティラミスを少し取って、マーくんの皿の端に載せた。マーくんも同じようにチーズケーキを分けてくれる。


「いただきます」


二人同時に相手のケーキを口に運んだ。


「美味しい!」


またしても同時。二人は大笑いした。


「本当に息がぴったりですね」麻衣が言うと、マーくんは嬉しそうに微笑んだ。


「不思議ですよね。初めて会ったのに、こんなに自然に話せるなんて」


「私も思ってました」麻衣の心が温かくなった。


## 第三章 小さな嫉妬


カフェを出た後、二人は駅前の公園を歩いていた。秋の風が心地よく頬を撫でていく。


「今日は楽しかったです」麻衣が言うと、マーくんは安堵の表情を浮かべた。


「僕もです。正直、どうなることかと思いましたが」


「同じ名前だからって、変な人だったらどうしようって考えてました」麻衣は苦笑いした。


「僕もです。でも、マイちゃんは想像していたより……」


「より?」


「ずっと素敵な人でした」


麻衣の心臓がドキンと跳ねた。そのとき、マーくんのスマートフォンが鳴った。


「すみません」


マーくんが電話に出ると、向こうから女性の声が聞こえてきた。


「マーくん、お疲れ様!今日のデート、どうだった?」


麻衣は耳をそばだてた。女性の声は親しげで、親密な関係を感じさせる。


「あ、えーっと……」マーくんは麻衣を見て困った顔をした。「今ちょっと……」


「えー、教えてよ!その子、可愛い?」


「また今度話すから」


「ブー、つまんない。でも応援してるから!」


電話が切れると、マーくんは苦笑いした。


「妹です。心配性で……」


「妹さん?」麻衣は安堵した。でも、一瞬感じた嫉妬心に自分でも驚いた。まだ一回会っただけなのに。


「はい。僕がマッチングアプリを使ってるって知って、いろいろ口出ししてくるんです」


「そうなんですね」


でも麻衣の心の中には、小さなモヤモヤが残っていた。この人には、どんな女性関係があるのだろう。


「今度は映画でも見に行きませんか?」マーくんが提案した。


「はい、ぜひ」麻衣は即答したが、心の奥で別の感情がざわめいていた。


別れ際、握手をしながら、マーくんが言った。


「マイちゃんと出会えて、本当に良かった。運命を感じます」


「私も……」


でも麻衣は複雑な気持ちだった。運命って、そんなに簡単に言っていいものだろうか。


## 第四章 すれ違いの始まり


翌週の映画デートの日、麻衣は少し早めに映画館に到着した。待っている間、隣のカップルの会話が耳に入ってきた。


「同じ名前の人と付き合うなんて、面白いわね」


「でも、最初だけじゃない?すぐに飽きそう」


麻衣はドキンとした。確かに、同じ名前というのは最初だけの話題かもしれない。


「マイちゃん、お待たせしました」


マーくんが到着したが、なぜか表情が冴えない。


「どうかしましたか?」


「いえ、何でもないです」


チケットを買う時も、いつものような「同時発言」が起きなかった。マーくんが一人で手続きを済ませる。


映画を見ている間も、麻衣は集中できなかった。マーくんの様子がおかしい。何か悩み事があるのだろうか。


映画が終わった後、カフェに向かう道で、麻衣は思い切って聞いてみた。


「本当に大丈夫ですか?何か心配事でも……」


「実は……」マーくんは立ち止まった。「会社の同僚に言われたんです」


「何を?」


「『同じ名前だから興味を持っただけじゃないの?』って」


麻衣は息を呑んだ。自分も同じことを考えていたから。


「それで、考えてしまって。僕は本当にマイちゃんを好きなのか、それとも同じ名前という珍しさに惹かれているだけなのか」


「マーくん……」


「マイちゃんはどう思いますか?」


麻衣は答えに困った。正直に言えば、自分も同じことを考えていた。でも、それを言ったら……。


「私も……時々考えます」


マーくんの表情が暗くなった。


「やっぱりそうですか」


「でも」麻衣は慌てて続けた。「一緒にいると楽しいのは本当です。名前なんて関係なく」


「でも『時々考える』ということは、確信が持てないということですよね」


麻衣は言葉に詰まった。確かにその通りだった。


「僕たちって、結局同じ名前だから引き合ったもの同士なんでしょうか」


「そんなことない……と思います」


「『思います』?」


マーくんの声に失望が滲んでいた。


「すみません、今日は早めに帰ります」


「待って」


でも、マーくんは去ってしまった。麻衣は一人、夕暮れの街に立ち尽くした。


## 第五章 心の迷い


それから一週間、二人は連絡を取らなかった。


麻衣は友人の美咲に相談した。


「それで、あなたは本当はどう思ってるの?」美咲が真剣に聞いた。


「分からないの。確かに最初は同じ名前に驚いたけど、今は彼の人柄を好きになってる。でも、もし普通に出会っていたら……」


「もし、もし、って言ってても仕方ないでしょ。現実に彼と出会って、楽しい時間を過ごしたんでしょ?」


「そうだけど……」


「麻衣、あなた怖がってるのね」


「何を?」


「本気で恋することを。同じ名前っていう理由があれば、いつでも『ただの偶然だった』って逃げられるから」


美咲の言葉が胸に刺さった。


「でも、彼も同じことを考えてるってことは、お互いに本気になることを恐れてるのよ」


麻衣は沈黙した。美咲の言う通りかもしれない。


一方、マーくんも友人の健太に相談していた。


「お前、逃げてるよな」健太がビールを飲みながら言った。


「逃げてる?」


「同じ名前を理由にして、本気になることから逃げてる。本当に彼女のことが好きなら、きっかけなんてどうでもいいだろ」


「でも……」


「でも何だよ。お前、その子といると楽しいんだろ?」


「それは……楽しい」


「なら答えは出てるじゃないか。同じ名前だろうが何だろうが、その子を大切にしたいと思うなら、それが恋だよ」


マーくんは考え込んだ。確かに健太の言う通りかもしれない。


## 第六章 再会と真実


翌日の夜、麻衣は一人でよく行くカフェにいた。マーくんとの思い出の場所で、一人でティラミスを食べていると、なんだか寂しくなった。


「マイちゃん?」


振り返ると、マーくんが立っていた。


「マーくん……」


「偶然ですね。座ってもいいですか?」


「はい」


気まずい沈黙が続いた後、マーくんが口を開いた。


「この一週間、ずっと考えてました」


「私も……」


「それで、気づいたんです。僕がマイちゃんを好きなのは、同じ名前だからじゃない」


麻衣は顔を上げた。


「マイちゃんの笑顔が好きで、優しい性格が好きで、一緒にいると心が安らぐから好きなんです」


「マーくん……」


「確かに同じ名前だから最初に興味を持ちました。でも、それはただのきっかけです。今は名前なんてどうでもいい」


麻衣の目に涙が浮かんだ。


「私も同じです。最初は同じ名前に驚いたけど、今はマーくんの人柄を愛してます」


「愛してる……?」


「はい。愛してます」


マーくんの表情が明るくなった。


「僕もマイちゃんを愛してます」


二人は見つめ合った。今度は迷いがなかった。


「改めてお付き合いしませんか?」マーくんが言った。


「はい」麻衣は微笑んだ。「今度は同じ名前のことなんて忘れて」


「いえ」マーくんは首を振った。「同じ名前も含めて、僕たちらしさだと思います」


麻衣は驚いた。


「恥ずかしがることじゃない。誇らしいことです。こんな偶然から始まった僕たちの愛が、本物だったってことの証拠ですから」


## 第七章 新しいスタート


それから数ヶ月、二人の関係は順調に発展した。


同姓同名であることの不便さは相変わらずだったが、今では二人でその状況を楽しんでいた。


レストランでの予約確認、銀行での手続き、宅配便の受け取り——様々な場面で起こる混乱を、二人は笑いながら乗り越えていた。


「桜田さーん、お電話です!」


会社で呼ばれた時も、「どちらの桜田ですか?」と聞き返すのが日常になっていた。


ある日、麻衣の会社に花束が届いた。


「桜田麻衣様へ」と書かれた札を見て、同僚たちがざわめいた。


「麻衣ちゃん、彼氏から?」


「同じ名前の彼氏からの花束って、なんか不思議」


麻衣は恥ずかしそうに花束を受け取った。メッセージカードには「いつもありがとう。愛してます。桜田麻衣より」と書かれていた。


その夜、二人は電話で話した。


「花束、ありがとう。でも、同僚たちに『自分で自分に花を送った』って冗談言われちゃった」


「ははは、それは面白い。でも、僕からの愛の証です」


「私も愛してる」


電話越しでも、マーくんの笑顔が見えるようだった。


## 第八章 プロポーズ


交際から一年が過ぎた頃、マーくんは重要な決断をした。


「結婚しよう」


高級レストランで、麻衣の前で跪いたマーくんが指輪を差し出した。


「マイちゃん、僕と結婚してください」


麻衣は涙を流しながら答えた。


「はい、喜んで」


周りの客たちから拍手が起こった。中には「同じ名前のご夫婦なんて素敵」という声も聞こえた。


「これからも同じ名前でいろいろ大変だと思います」マーくんが指輪をはめながら言った。


「でも、それも私たちらしいと思います」麻衣が微笑んだ。


「そうですね。世界で一番幸せな同姓同名夫婦になりましょう」


二人は抱き合った。


## エピローグ 同じ名前、違う人生


一年後、桜田麻衣と桜田麻衣は結婚式を挙げた。


司会者は「新郎新婦入場です。新郎の桜田麻衣さんと……新婦の桜田麻衣さん」と紹介して、会場を笑いの渦に包んだ。


「失礼いたしました。新郎のマーさんと新婦のマイさんです」


友人たちは最後まで二人の名前をネタにしていたが、二人は全く気にしなかった。


結婚後も、様々な手続きで説明が必要だった。でも、二人はそれも楽しんでいた。


「今日も宅配業者さんに驚かれちゃった」麻衣が笑いながら言った。


「慣れっこだね」マーくんも笑った。


「でも、私たちって幸せよね」


「うん、とても」


窓の外では桜が舞い散っていた。二人の出会いを祝福するかのように。


「来年は子供の名前を考えなきゃね」麻衣が言った。


「今度は違う名前にしよう」マーくんが笑った。


「でも、もしその子も同じ名前の人と結婚したら?」


「それはそれで素敵な運命かもね」


二人は大笑いした。


同姓同名という奇跡的な偶然から始まった恋は、今では確かな愛情になっていた。名前が同じでも、一人一人は違う個性を持つ大切な存在。それを改めて実感した二人の新しい生活が始まった。


そして、桜田家には今日も「桜田麻衣さんにお荷物です」という配達員の声が響く。二人は顔を見合わせて笑いながら、どちらの荷物かを確認するのだった。


同じ名前の夫婦の、少し変わった、でもとても幸せな日常が続いている。


---


**【物語に込めた想い】**


この作品は、現代社会における出会いの多様性と、真の愛とは何かを問いかける物語です。マッチングアプリという現代的なツールを舞台に、「同姓同名」という極めて稀な偶然を描くことで、読者に「運命」と「必然」について考えてもらいたいと思いました。


主人公たちが直面する「同じ名前だから惹かれ合うのか」という疑問は、現代の恋愛における根本的な問いでもあります。外見、条件、偶然——様々な「きっかけ」から始まる恋愛において、真に大切なのは相手の人格を愛することです。


また、同姓同名がもたらす日常的な混乱を通じて、二人が協力し、笑い合いながら困難を乗り越えていく姿を描きました。真のパートナーシップとは、お互いの個性を認め合い、支え合うことなのだと伝えたかったのです。


「名前が同じでも、私たちは違う人間。でも、だからこそ愛し合える」——この言葉に、この物語のメッセージが込められています。


―完―

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