話し合いと衝撃の事実

 話し合いは家から程遠くない飲食店で行われた。

彼と私の一対一。私の雰囲気を察しているのか、彼の表情が少し暗い。


 このエッセイには書かれていないが、実はこれまでに離婚届を二回叩き付けている。その度に彼が「俺、変わるから!」と言っていたが、今回はどうなる事やら……。


 内心、嫌気が差しつつも、私は本題を切り出す前に「今のこの生活をどう思ってる?」と彼に問いかけた。


「私は学校で働きだすようになって、子供に対して苦手意識がなくなったんよ。家庭を持ってみたいなっていう気持ちが芽生え始めてるんやけど、どう思う?」


 すると、意外にも「俺も子供は欲しいって考えてた」と返答があった。その流れで前向きな話になると思いきや、彼の発言に私はまたもや頭を悩ませてしまう事となる。


「君が産休に入ったらお金が出るかが心配やねん」

「……と言いますと?」


 いきなり何を言い出すんだ? と私は目が点になった。彼は深刻そうな顔で話を続ける。


「君の雇用形態は派遣やん? 正社員じゃないやん? って事はさ、産休育休の間にお金が出るのか、そこらへんは自分で調べてるん?」

「え? まだ基本的な事くらいしか……」

「調べてへんの? そこら辺はちゃんと自分で調べなあかんで!」


 揚げ足を取るような言い方をされてしまい、私は返事に困ってしまった。彼は自分で調べた知識を元に話を続ける。


「俺はそういう事は既に調べてあるけどさ。他にも何が出るとか福利厚生関係を調べた方がいいと思うんやけど。ちなみに俺の会社は――」


 彼の話を黙って聞いていて理解した事。〝お金の心配がある〟から、働いてもらわないと困るだった。


 勿論、私も将来的な事を考え、子供を育てながら働くつもりではいた。だから、この場だけでも良いから『俺も頑張るから!』というような、前向きな言葉が欲しかった。


 だんだん虚しくなってきた私は「じゃあ、逆に聞くんやけどさ……」と会話を遮った。


「子供を産んだら、どうしても働けない期間が最低でも一年半出てくると思うんよね。その時はどうするつもりなん?」

「その時は俺が一人で働くよ。でも、その時が来ても困らないようにちゃんと下調べが必要なんや」


 私達の事情を知らない人達から見れば、ちゃんと将来の事を考えているまともな男性だと思うだろう。けれど、当事者である私から言わせてもらえば、彼がどうして〝お金〟に固執しているのか、思い当たる節がたくさんあった。


 会社の飲み会や後輩達に奢りまくっているせいでは? 私が把握していないお金がお義母さんに流れているんじゃないか? 生活費の工面ができない程、お金に困ってる事があるのか?


 私は一人で考え込んだ。それらが全ての原因ではなかったとしても、彼と会話をするだけで心が騒ついた。しかし、温度感が高いまま私が思っている事を指摘すれば、彼は怒って話をしてくれなくなってしまうだろう。


(仕方ない。冷静に話ができるようになってからにするか……)


 私は彼の一方的な話に頷きつつ、食事を終えた。それから帰路に着いている途中、彼の口から耳を疑う発言を聞く事となる――。


「実は俺、オカンの為に借りた借金が180万あるんよね」

「は? 180万!? 私、そんなん知らんけど!?」


 本当に寝耳に水だった。恐らく、彼も無意識に出た言葉だったと思う。彼自身も、ヤバッ、口を滑らせてしまった! みたいな顔をしていた。


「……それって付き合ってた頃から言うてた借金?」

「そ、そうやけど! 消費者金融から金融機関で借り換えたんや! 限度額が200万なんやけど――」


 限 度 額 ギ リ ギ リ ま で 借 り て た ん か い ‼︎


 それ以降の会話は頭に入らなかった。ガラガラと楽しかった思い出が崩れ去っていく。私はこの人との将来を全く思い描けなくなってしまった。


(もう駄目だ……。コイツとコイツの親族と関わってたら、自分まで不幸になってしまう。こんな奴等に私の人生を滅茶苦茶にされてたまるか!)


 私は人生で二回目となる仮病を使い、会社を休んだ。彼が仕事に行った後、必要な物だけを持って実家へ帰った。


 そして、その次の日。人生でワースト3以内に必ず食い込んでくるであろう、信じられない事件が起こる。

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