義母の離婚

「すまん。これから一ヶ月の間だけ、オカンと一緒に生活してくれへんやろか」


 突然、彼が深刻そうな顔で話を切り出してきた。


 あの交通事故から一年後、新築マンションを共同名義で買った。2LDKの日当たりの良いマンションで、スーパーや病院も近い。夜中でも車の通りが多いのを除けば、とても良い立地である。


 あの時の事は忘れられないが、比較的穏やか生活の中で舞い込んできた義母との同居の話。青天の霹靂とは、まさにこの事である。


「お義母さん、何かあったん? もしかして、体の具合が悪くなったとか?」


 彼は小さく頭を振り、「実はな……」と続きを話し始めた。


「オカンが離婚した」

「離婚? え、嘘やろ?」


 突拍子もない出来事に私は思わず聞き返してしまった。


 話はこうだ。義父が会社を畳むにあたって、住んでいた賃貸アパートを解約する話が浮上。そこで引越しの話になったわけだが、なんと義父は自分の姉が住んでいる市営住宅に一緒に住むと言い始めたそうな……。


「じ、自分のお姉さんと住む? 何それ? お義母さんはどうすんの?」


 義父の導き出した答えが全く理解できず、私は自然と眉根が寄ってしまった。


 彼曰く、義父は数年前から『奥さんは自分の親の介護があるし、俺は仕事辞めてしまったから飛行機代とかの援助はもうできへん。これを良い機会と捉えて、自分の国(外国)に帰って介護に専念した方が良いんちゃうんか』という考えに至っていたというのだ。


 だがしかし、もう何十年も義母と会話らしい会話をしていなかったせいもあり、話の切り出し方が分からず、話せないまま現在に至ってしまったという。


「なんやねん、それ……」


 それを聞いた私は唖然としてしまい、何も言えなくなってしまった。


「あ……そういえばさ、お義母さんの年金とかどうなってるん? 介護で国に帰ってる間、年金は貰えるんやろうか?」


 一時的に一緒に暮らすとはいえ、私達の住む地域で一人暮しをする事になるかもしれないと思い、私は敢えてこの質問を投げかけた。今住んでいるマンションで生活する場合、各々のプライベートが筒抜けになってしまう。できる事なら、私は『別居』という形を取りたかったのだ。


 私の質問に彼は一気に渋い顔になった。


「………………払ってない」

「は、払ってない? 年金って払ってないと催促状来て、差し押さえに来るやろ? なんで払ってないの?」

「知らん。親父の奴、オカンの年金だけじゃなくて、税金すらも払ってなかったんや」


 この返答を聞き、お通夜のような重たい空気になったのは言うまでもない。

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