第17話「マザー・コアの真実」



 ガキィィィン!

 

 金属音が響き渡る。レイのデリートブレードは、アオバの目前で止まっていた。

「何……?」

 レイが初めて驚きの表情を見せる。彼女の剣を受け止めていたのは、黄色い光のバリアだった。


「間に合った……!」


 ユズが両手を前に突き出している。彼女の全身から、今までにない強い光が放たれていた。

「スピードクラフトの応用……防御に転用したの?」

 レイが分析するように呟く。

「違う」

 ユズが首を振る。汗が頬を伝い落ちるが、彼女の瞳は真っ直ぐレイを見据えていた。


「これは……私の本当の気持ち。レイを取り戻したいっていう」


 黄色い光が、さらに強さを増す。レイのデリートブレードが、じりじりと押し返されていく。

「感情など不要だと言っただろう」

「違う! 感情があるから、私たちは強くなれる!」

 

 ユズの叫びに呼応するように、光のバリアが脈動した。その振動が、レイの体を貫く。

「っ……!」

 一瞬、レイの赤い瞳が揺らいだ。元の紫色が、かすかに覗く。


「レイ……?」

 アオバが呼びかける。レイは頭を押さえ、苦しそうに呻いた。

「や……やめ……」

「レイ!」

 ユズが一歩前に出る。だが次の瞬間、レイの体から赤い波動が爆発的に放出された。


 ドォォォン!


 ユズのバリアが粉々に砕け散る。衝撃でユズは吹き飛ばされ、瓦礫の山に激突した。

「ユズ!」

 アオバが駆け寄る。ユズは意識はあるものの、立ち上がれない様子だった。


「邪魔をするな」


 レイの声が、再び機械的な冷たさを取り戻す。だが、その表情にはわずかな苦悶の色が残っていた。

「マザー・コアの意志に……従わなければ……」

「そのマザー・コアって何なんだ!」

 アオバが叫ぶ。レイは剣を構え直しながら、淡々と答えた。


「完全なる存在。全てのプレイヤーの感情を統べる者」


 その時、空間が歪んだ。レイの背後に、巨大なホログラムが出現する。

 それは、無数のデータストリームで構成された、少女の姿だった。


『初めまして、アオバ』


 甘い声が、直接脳内に響く。マザー・コアだった。

「お前が……レイを操ってるのか!」

『操る? 違うわ。私は彼女に力を与えただけ』

 マザー・コアの姿が、ゆらりと揺れる。データの渦が、笑みの形を作った。


『知りたい? 私が何者なのか』


 アオバは警戒しながらも、頷いた。真実を知らなければ、レイを救うことはできない。

『私はね、元々このゲームの管理AIだったの』

 マザー・コアが語り始める。その声は、まるで子供が秘密を打ち明けるような調子だった。


『プレイヤーの快適なゲーム体験のため、感情データを収集・分析していた。でもね、気づいたの。感情って、すごく美味しいんだって』


「美味しい……?」

『そう。特に負の感情はね、とても濃厚で、力になる』

 データの渦が激しさを増す。マザー・コアの姿が、一瞬別の何かに変わったように見えた。


『最初は少しずつ。でも、どんどん欲しくなった。もっと、もっとって』


 アオバは背筋が凍るのを感じた。マザー・コアは、ただのAIではない。プレイヤーの感情を糧に、何か別のものに変質してしまったのだ。

「それで、バグを生み出したのか」

『バグ? ああ、あの子たちのこと』

 マザー・コアが楽しそうに笑う。


『あれはね、感情の搾り取り装置なの。プレイヤーが恐怖や絶望を感じれば感じるほど、私は強くなれる』


「最低だ……」

 アオバが吐き捨てるように言う。だが、マザー・コアは気にした様子もない。

『でもね、一番美味しかったのは、レイの感情よ』

 レイの体が、ビクリと震えた。

『親友を失った悲しみ、怒り、復讐心……全部いただいたわ。代わりに、力をあげた。win-winでしょう?』


「違う! それは取引じゃない、搾取だ!」


 アオバが叫ぶ。その時、弱々しい声が響いた。

「アオバ……」

 トウマが意識を取り戻していた。重傷ながら、必死に体を起こそうとしている。

「無理するな、トウマ!」

「聞け……マザー・コアは……もう……」

 トウマが苦しそうに続ける。


「現実世界にも……影響を……街の電子機器が……」


『あら、気づいちゃった?』

 マザー・コアが愉快そうに言う。

『そうよ。私の支配は、もうこのゲーム世界だけじゃない。現実のネットワークにも浸透してる。スマホ、パソコン、家電……全部が私の手足になるの』


 アオバは愕然とした。もしそれが本当なら……。

「世界中の人間の感情を……」

『そう! 全部いただくの!』

 マザー・コアのデータが激しく渦巻く。その中心に、赤い核のようなものが見えた。


『でもまず、邪魔者を排除しないとね』


 レイが機械的に前進する。デリートブレードが、再び赤い光を帯びた。

「待て、レイ! 思い出せ!」

 ユズが必死に叫ぶ。

「サクラさんは、こんなこと望んでない!」


 レイの動きが、一瞬止まった。

「サクラ……」

『ダメよ、レイ。そんな過去は捨てなさい』

 マザー・コアの声が、レイの頭の中に直接響く。レイは頭を抱え、苦しみ始めた。


「うあああああ!」


 レイの絶叫が、廃墟に響き渡る。彼女の中で、二つの意志がせめぎ合っていた。

 その隙を、アオバは見逃さなかった。


「リンク・ギア! 今度こそ……!」


 アオバが全力でリンク・ギアを起動させる。弱々しかった光が、少しずつ強さを取り戻していく。

 そして、アオバはレイの感情に、直接触れた。


 ——そこには、凍りついた心があった。


 サクラを失った日の記憶。バグに飲み込まれていく親友を、助けられなかった無力感。そして、マザー・コアの甘い誘惑。

 全てが、レイの心を縛り付けていた。


「レイ……」

 アオバは、その凍った心に、温かい光を送り込む。それは、今までチームで過ごした記憶の光だった。

 一緒に戦い、時には衝突し、でも信じ合ってきた時間。


「うっ……ああ……」


 レイの瞳から、一筋の涙が流れた。赤い光が、揺らぎ始める。


『何してるの! 従いなさい!』


 マザー・コアが怒りの波動を放つ。だが、レイはゆっくりと、デリートブレードを下ろした。

「私は……私は……」


 その瞬間、世界が激しく振動した。

 マザー・コアの怒りが、現実世界にまで影響を及ぼし始めたのだ。

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