BL漫画の転生モブですが、悪役王子に執着されていたようです

魚谷/ビーズログ文庫

第一章 前世の自覚

1-1

 頭の中におくがなだれ込んでくる。見知らぬ街並み、服装や品物であふれかえった未知の、それでいて、なぜかかんのある情景の数々。


(あぁ、これ、僕の前世……)


 ベッドで目覚めたジェレミー・ランドルフは、交通事故でしょうがいを終えた会社員時代を思い出す。ジェレミーとして生きているこの世界は、だんだった前世の愛読書『ちかいは星のごとくきらめく』というほうの存在する世界をたいにしたファンタジーBLまんの中。

 しかしジェレミーは残念ながら主人公ではなく、悪役のモブ。

 主人公は、両親を幼いころくし、院で育ったクリスという少年。

 どれほど苦しいきょうぐうでもめげない太陽のように明るい子で、孤児院のこうえんを行っていたシャフトしゃく夫妻の目に留まり、養子になる。

 クリスは夫妻の下で家族のぬくもりを知り、貴族としての心得を学び、気品を備えた。

 そんなある日、一人の少年と出会う。代々団長をはいしゅつしてきた武の名門、ボーディガンはくしゃくねっかえり令息、ラインハルト・ボーディガン。

 花のようにれんなクリスと、武骨なラインハルト。

 本来であれば交わるはずのなかった二人は初めて会ったそのしゅんかんからたがいを意識し、こいに落ちる。この世界で同性愛は広く受け入れられ、二人は順調に愛を育んだ。

 そんなクリスによこれんし、二人の仲をき|裂《さ

》く悪役王子の取り巻きであるだんしゃくの次男がジェレミーで、最終的に悪役王子ともども断罪される。


「いったぁ……」


 体を起こそうとして全身に走る痛みに、うめく。

 どうにかこうにかベッドからしたジェレミーは、鏡をのぞ

き込む。

 くろかみくせに、アメジストのようなむらさきそうぼう

 これと言ったとくちょうのないモブ顔。


(前世で流行はや)っていた転生小説とはちょっと|違《ちがうみたい)


 基本人格はあくまでジェレミーのままで、そこに前世の意識や記憶が少し混ざっているという形と言ったらいいだろうか。


(それにしても、ひどいな……)


 顔にはす)り|傷《きずが目立ち、学校の制服もつちぼこりよごれている。

 その時、ノックの音が聞こえた。「何?」と応じれば、メイドが入ってきた。


「おぼっちゃま、目覚められたのですね。良かったです」

「……よく覚えてないんだけど、僕はどうしてこんなにボロボロなの……?」

「お坊ちゃまはシャフト子爵家のご令息におそいかかり、ボーディガン伯爵家のご子息に返りちにわれたと聞いております」

 最高のタイミングで前世を思い出せた。

 今は王国れき二百五十年の四月。

 断罪されるのはおよそ一年後。今ならまだ断罪エンドをけることが可能だ。


「それで、どうかした?」

だん様がお呼びでございます」

「分かった」


 私服にえて父のしょさいへ向かう間、これからのことを考える。

 断罪をかいするのに必要なのは、悪役王子ときょを取ること。

 ルーファス・ゼイン・サドキエル。それが悪役王子の名前。

 ジェレミーたちの暮らすサドキエル王国の第二王子。

 王族の取り巻きはめぐまれた立場のように思えるが、そんなことはない。

 ルーファスは王家に生まれながら魔法が使えず、のうしゃ、王家のてんさげすまれていた。

 魔法は火、水、風、土、かみなり、氷、光、やみの八属性に分かれ、ほとんどのおうこう貴族が一人一属性の魔法が使える。ちなみにジェレミーは、風魔法使い。


 この世界において王侯貴族は魔法が使えるのが当たり前であり、使えないのはめいてきだ。

 その原因として上げられるのが、生みの母が平民出身のおどだということ。そして母親はルーファスの幼い頃に亡くなっている。

 ジェレミーとルーファスの境遇は似ていた。

 ぼつらく貴族出身のメイドであるジェレミーの母もまた産後の肥立ちが悪く、幼い頃に亡くなっていた。

 ジェレミーは書斎のとびらをノックする。


「入れ」


 父のオイラスは、黒髪に白いものが混ざり始めた中年で、見下すような目を向けてくる。


「学校でけんさわぎを起こした挙げ句、ボーディガン伯爵家のご子息に返り討ちに遭ったそうだな。ことを起こす前に伯爵家に頭を下げに行かねばならない私のことを少しでも想像したか?」

「……いいえ」

「だろうな。大方、あの無能者に命じられたのだろう。まったく。お前があの男とこっそり会っていると知った時に無能者だと分かっていれば、お前を従者にするという要求を断っていたのものを……」

殿でんとはぜつえんいたします」

「ほう。どういう風のき回しだ」

「ようやく目が覚めたんです」

「……ならば今回はまんして伯爵家に頭を下げよう。だがこれが最後のチャンスだぞ」


 くぎされ、書斎を後にした。部屋にもどちゅうで、黒髪の青年とはち合わせした。

 黒髪に緑色の目、百六十センチのジェレミーより一回りほど高い背。

 バルセット・ランドルフ。ランドルフ家のちゃくで、はらちがいの兄だ。


「父上にしぼられていたのか」

「……兄上までお小言ですか?」

「フン、お前のことなんてどうでもいい」


 そうてると、歩き去ってしまう。

 ジェレミーは自分の部屋へ戻り、ベッドにころがった。


(絶縁、か)


 昔から、ジェレミーはバルセットにいじめられていた。

 それをルーファスが救ってくれたのだ。


(子どもの頃、殿下は僕の希望だった)


 ルーファスとの思い出は、どれもこれもいいものばかり。

 王宮でぐうぜん出会ってから、ルーファスとは親友と言っても過言ではなく、けんじゅつや馬術にすぐれた彼はジェレミーにとってあこがれの存在でもあった。


(本来なら絶縁なんて……)


 ジェレミーははっとして頭をった。


(子どもの頃のことは忘れよう。断罪されて死ぬなんて絶対にいやだ!)


 翌朝、馬車で学校へ向かう道中、窓からヨーロッパの街並みにも似た風景をながめる。

 前世の記憶がよみがえったことでこうが多少なりともジェレミーの人格にえいきょうを与えているせいか、昨日までと何ら変わらない風景もしんせんに見えた。

 白いがいへきにオレンジ色の屋根で統一された民家に、街並みの向こうにそびえ立つしんじゅのようにかがやはくの王城――。

 正門前で馬車を降り、校舎へ続くれんきの道を進む。

 道のりょうわきには、桜に似たももいろの花がほこっていた。

 その桃色と、学校の制服が美しい対比を見せる。

 学校は三年制で、前世の大学のような単位制。

 いっぱん教養の他、魔法学やせいれいがくしょうかんじゅつれんきんじゅつなど多くのことがらを学べる。

 学生の大半は貴族だが、りょくを認められた平民も通っていた。

 ジェレミーは二年生。クリスは一年生、ラインハルトとルーファスは三年生だ。


「ジェレミーせんぱい!」


 振り返ると、一人の少年がってくる。しを受けてきらめくぎんぱつに、ルビーのように美しいこう|瞳《どう

》。彼がクリスだ。


(さすがは主人公、いつ見てもれいだな)


 クリスの背後には、燃えるような赤いかみに金色の瞳、かっしょくはだ、それに二メートル近いおおがらな青年、ラインハルトが護衛のごとく寄りっていた。

 これまでのジェレミーなら、その姿をたりにするだけで青ざめていただろう。

 しかし前世を思い出した今となっては逆で、胸が高鳴った。前世では、クリスのためならばどんな困難もいとわないラインハルトが『し』だったのだ。


「ジェレミー先輩。昨日はだいじょうでしたか?」

「自分を襲ったやつを心配するなんて気が知れないぞ。俺がいなかったら、いまごろどうなっていたか……」

「いくら何でも昨日はやりすぎだったよ。氷の上級魔法を使うなんて」

とうしょうにはさせなかっただろ。手加減はしてやった」

「それでもだよ。ほら、謝って」

「……」

「約束したよねっ」


 ラインハルトは、大きな舌打ちをする。


「……お前ごとき下級魔法で十分だったがつい頭にきてやりすぎただけど元はと言えばお前が何もしてこなけりゃこっちだって何もせずに済だんだそれを忘れるな!」


 ラインハルトは一息に告げた。謝っているのかかくしているのか分からなかった。

 いや、そもそも非があるのはジェレミーなのだから、クリスたちが謝る必要なんてない。


「やってられるか。どうして襲われたこっちが謝らなきゃならないんだ!」


 ラインハルトはそっぽを向く。

 推しと主人公がいっしょにいるという夢のようなじょうきょうに、思わずほおゆるむ。


「……何、ニヤついてやがるっ」

「す、すみません……。クリス。ラインハルト先輩の言う通り、悪いのは僕だから謝罪はいらないよ」

「ほらみろ」

「……そうですか?」

「本当に」

「それじゃあ、失礼します」


 ラインハルトと自然に手をつないだクリスは、校舎へ消えていく。

 時計とうで時間をかくにんする。すでにルーファスは登校している時刻だ。

 その時、「そこの人、げてください!」と少女の半泣きの声がひびわたった。

 しばいぬくらいの大きさの火をまとう赤いトカゲ――火の下級しょうかんじゅうサラマンダーが、ジェレミーめがけ飛びかかる。


「風よっ!」


 ジェレミーの体を緑色にきらめくりゅうが包み込む。

 無風だったにもかかわらず、その場に小さなつむじ風が発生し、サラマンダーを巻き込んだ。目を回したサラマンダーは、気絶する。


「ありがとうございます……!」


 少女は一年生だろう。この時期、魔力のコントロールがおぼつかない新入生の元から召喚獣がだっそうするのは、学校の風物詩だった。


(魔法のコントロール力が上がってる?)


 今までのジェレミーなら力加減を誤ったり、じゅもんを唱えても不発だったりして、綺麗に魔法が決まるのはめずらしい。前世は手先が器用だったから、その影響かもしれない。

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