第11話 脱出

 耳鳴りが聞こえそうなほどの沈黙が、部屋に流れた。アイベルクの説明は矛盾がなく、嘘を吐く理由もなく、どうしようもなく事実だと突き付けられたからだ。


「……お互いの利益は理解したけど、最後に、一つだけいい?」

「勿論です」


 誰より早く、状況を理解し、立ち直ったのは京だった。迷いなど見せない、爽やかな笑みを浮かべ、アイベルクに確認をする。


「アイクが、僕達を帰らせてもいいと思った理由は?」


 スキル持ちは戦力になる。王となるなら、国防の為に、手元に置いておきたくなるだろう。研究を続けるにも、スキル持ちが必要だ。


「帰りたい母を縛りつける政治を憎んでいるから、と、言えれば良かったのですが」

「そんな高尚な性格してないだろう」

「だから、それ御門くんが言うの?」


 同族嫌悪なのか、御門はアイベルクに対して当たりが強い。ごめんね、と輝夜が謝ると、アイベルクも事実なので、と首を横に振った。


「兄上とは逆に、国際協調路線を打ち出したいからです」


 第一王子派は、魔王討伐後は勇者の力を使い、他国への侵攻と領地拡大を狙っている。一方、第二王子派は過剰な戦力を持たず、他国との交易拡大を狙っているそうだ。


 自身の出自を考えても、第一王子に反対する貴族を取り込む為にも、協調路線は都合が良いのだろう。


「魔王は人間に対する悪意から生まれているので、倒す必要がありますが。上手く付き合えば魔物は資源になりますし、魔族も交易相手になりますから」


 その言葉に鏡花達は目を丸くした。魔族の王が、魔王という訳ではないのか。


「待って、魔王と魔族って別なの?」


 違うものです、とアイベルクは頷いた。


「どちらも魔力の塊から生まれた、と言えば同じですが、魔力の塊が高度な知性を持って形成された存在が魔族、悪意によって形成された、純粋な魔力の塊が魔王です」


 ついでに、魔力の塊が動物的本能を持って実体化した存在が魔物だという。


「……ごめんなさい、つまり、魔王は実体のない魔力の塊で、人間に敵意がある、ということですか?」


 手を挙げて質問した鏡花に、その通りです、とアイベルクは頷いた。


「魔王は実体を持たないため、物理攻撃が効きません。且つ、魔力の塊なので、魔法では倒せないという特徴があります」


 手も足も出ないとはこのことですね、とアイベルクは笑う。確かに、倒す方法がない。


 この世界の、人間には。


「だから、スキルかぁ」

「はい」


 物理攻撃でもない、魔法でもない強大な力。スキルの力であれば、魔王を倒す事ができる。


 逆を言えば、異世界の人間でなければ、魔王は倒せない。勇者召喚が望まれるはずだ。他の誰にも、倒せないのだから。


「引き受けてくださるなら、まずは城から出る手助けをします。今なら、勇者出立の準備で兄上の意識は逸れていますから」


 恐らく、第一王子が最も忙しい、この機会を逃せば脱出は難しくなる。そうなれば、良くて飼い殺し、悪ければ秘密裏に葬られるだろう。


 だが、本当にアイベルクを信じても良いのか。帰還方法が見つかるのか。魔王討伐はリスクが高すぎるのではないか。


 判断材料が少なすぎる。だが、それ以上に時間がない。鏡花達は、今、この場で、決断を下さねばならない。


 ちらり、と鏡花は、恐らく、輝夜と京も同時に、御門に視線を向けた。

 三人の視線を受けた御門は、下を向いて大きく息を吐き、そして、ゆっくり顔を上げた。


「八月一日。この話、互いに利益はあるな?」

「……うん」

「眞金。今迄の話に、矛盾はなかったな?」

「ない、はず」

「断言しろ」

「ない」

「蓬莱。コイツは嘘を吐いているか?」

「ううん。ついてないよ」


 決まりだ、と御門は、アイベルクに向き直る。アイベルクは先程も見せた、歪んだ笑顔を浮かべた。


 恐らく、致命的に笑顔が下手なのだろう。御門は鼻を鳴らして、お手本のような優雅な笑顔を浮かべ、手を差し出した。


「さぁ、早く連れ出してくれ、王子様」


 追手に気付かれるより早く。


 勇者一行が、大広間で宴をしている最中。鏡花達は、闇夜に紛れ、王宮を抜け出したのだった。


「まさか、抜け道を使うとはな」


 離宮は元々、過去の王族が気分転換に使っていた場所らしい。御門が手を取った直後、アイベルクが本棚を触ると、地下道へと続く階段が現れたのだ。


「クレオパトラ式かと思ってたよね〜」

「機密事項知っても良いのかな……」

「僕達が気にするのは今更だよ、多分」


 変装をしたり、物品に紛れて城外に出るものと思っていた四人は。アイベルクに紹介された案内役の後ろを歩き、無事城下町の一角に到着していた。


「それで、えっと、ルセロさんだっけ」


 カンテラを持ち、先導していた浅黒い肌の男は、アイベルクの腹心らしい。この国の人間とは肌の色が違うので、第一妃の母国から連れて来られたのだろう。


「はい。今後は私が、アイク様との連絡役となります」


 ちなみに、アイベルクが、アイクと呼ぶよう求めた理由は、外で名前を出した時に王子だと気付かれない為らしい。

 自然と呼び方に気を遣える辺り、普段から城を抜け出しているのだろう。


 ルセロの足取りも、道に慣れたもののそれだ。王都にいる間は、彼が色々サポートしてくれるのだろう。鏡花はそっと胸を撫で下ろす。


「毎回着いてくるのか?」

「いえ。必要な時に呼んで頂ければ参ります」

「どうやって呼んだら良いの?」

「それは……、到着しましたので、説明は中で」


 此処は、アイベルクが出資している宿の一つらしい。看板に月の紋様がある店は、アイク様の息が掛かっているので気にせず使ってください、とルセロは言う。


「王都では、こちらに滞在してください。


 質素な見た目だが、内部の作りは頑丈そうな宿。人当たりが良く、口が硬そうな店主に倒されたのは、一番奥の壁の厚い部屋。


 既に必要な荷物は運び込まれているようで、見慣れない革の鞄が四つ、机の上に置いてあった。壁には扉が四つ。恐らく、過失につながるのだろう。


 今日から、此処が鏡花達の拠点となるのだ。与えられた待遇に、使命の大きさを感じ。鏡花は思わず、息を呑んだ。

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