第7話 二人目の王子

 ばちり。そんな音がして、鏡花の意識が覚醒した。


 暗い。目を閉じているからだ。瞼は重くて中々開かない。体全体が怠く、指先に力が入らない、金縛りにあったような感覚。


 目は閉じているのに、目が回る感覚。頭から落ち続けているような、車の座面を後ろに倒すような感覚が続く中、きぃんと甲高い音だけを発していた耳が、意味のある音を捉えた。


「…………なんて、鏡花ちゃんを何だと思ってるの?」


 鏡花の耳によく馴染でいる、輝夜の声。少し、怒っているのか、少し低く唸るような声音だ。


 自分のことで、怒っている。そう認識した鏡花は、大丈夫だから、と言おうとして。

 体が重いからか、随分と、その言葉を口に出していなかったからか。どうしても、口が動かなかった。


 動かず、目も開けていないので仕方がないが、三人は鏡花が起きたことに気付かず話を続ける。


「別室に通されて、互いを人質にされれより良いだろう」


 御門の声で鏡花は、そういえば、あの派手男の指示で離宮に閉じ込められているのだったか、と思い出す。


 文脈からして、輝夜は男女を同じ部屋に押し込めたことに不満を抱いたのだろう。御門の意見を聞けば、逆に良かったと思えるが。


「全員揃ってるのは幸いとはいえ、扱いの差は歴然だけど、どうする?」

「スキルの説明もなしに、役立たずって言われても困るよね」


 スキルの概要や使用条件を理解できなければ、どう役立てるかも判断できない。【大罪】スキルは代償を伴うが、【美徳】同等の力があると言及されていた。


 この世界の人間では思いつかない使用法も、異世界の人間である鏡花達なら思い付くかもしれない。


「そこまでの人間ということだろう」

「御門くん、言うねぇ」

「でも、僕も同意見かな」


 そう判断できなかった時点で、派手男と話す価値はない。御門が断じると、輝夜と京も同意した。

 話しを聞く気がない相手とは、話しても無駄だ。鏡花も意見は同じだ。


 だが、鏡花には、三人とは違い頼る先のない異世界で、権力者らしき人物に疎まれたことを気にしない程の強さは無かった。


「それで、黛くんの調べ物の成果は?」


 京の言葉の後に、コトリ、と少し離れた場所から物音。鏡花は、そこでやっと、三人の声が離れた場所にあることに気付いた。


 京の声が、一番近いこと。そして、自分が柔らかいソファに寝ていることも、今更ながらに認識したのだ。


「スキルについては記載があるが、【大罪】スキルに関するものはないな」


 やっと体が動くようになってきた鏡花は、薄らと目を開ける。とはいえ、他の三人から見れば、開いているかもわからない程だ。


 ぼんやりとした視界の中、ローテーブルを挟んだ向かいのソファに京が座り、壁際にある本棚の前に御門が、扉の近くに輝夜が立っていることがわかった。


「特定の文字だけ読めてない可能性は?」

「考えにくいな」


 御門と京の話からすると、鏡花達は何故かこの国の言葉を理解できるらしい。


 全く見慣れぬ文字を視認しつつも、頭の中に日本語で書かれた文章が思い浮かぶような、文章の真下に訳文が書かれているような、不思議な感覚なのだと御門は言う。


 その事に気が付いてからは、時間を有効活用すべく、最も読書速度の速い御門が本棚を調べていたらしい。


「この離宮を利用していたのは、機密からは遠ざけられていたようだな」


 題名から当たりをつけて探して行ったが、専門書の類は一切なく、基礎的な歴史の本に書いてあった文章はこれだけだ。


『一般にスキルは異世界人が世界を渡る際に獲得する能力である。魔力の消費はなく、強い感情に反応し能力が高まる』


 鑑定の際に、派手男が言っていた以上の情報はないようだ。


「蓬莱くんは?」

「オレも全然ダメ。『貴方がたとはお話しできません。第一王子殿下の命ですので、ご容赦を』だって」


 輝夜は、扉越しに見張りをしている騎士に粘り強く話し掛けていたらしい。


 騎士の中には、突然召喚され、閉じ込められた鏡花達に同情的な者もいた。しかし、王族からの指示には逆らえないと会話を断られたようだ。


「収穫は、王族による世襲制の君主制国家ってわかったことか……」


 ベンチャー企業の社長として、海外企業ともやり取りをする京は各国の制度にも精通している。輝夜のやり取りから、身分制度について概ね把握したようだ。


「尊称を考えると、奴は後継指名されていないようだな」

「あ、そっか。王太子って言われなかったから」

「歳が近い第二王子がいる可能性が高い」


 鏡花が気を失っている間にも、三人は情報をかき集め、その結論にまで達したのである。頼もしく思う反面、何もできなかった事に、鏡花の胸がチクリと痛んだ。


「交渉相手としては最適だな」

「なんとか接触できれば良いけど……」

「どうしようか……」


 次の行動に向け、三人が一度座って話をしようとした、その時。


 廊下の外が騒がしくなり、輝夜と御門は扉の前、京は鏡花を隠すように立った、次の瞬間。


「それなら丁度良かった。私が第二王子です」


 がちゃり、と扉を開けて入ってきた、金髪の男は。


「初めまして、異世界から来た救世主様」


 暗い声でそう言いながら、丁寧な礼をして見せた。

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