第4話 仲間
「貴様、何をする!!」
ローブの人物が、床から飛び起き、鏡花の後ろに向けて怒鳴った。突き飛ばされれば当然である。
鏡花は、ゆっくり頭を動かし、声の主を視界に入れる。もしかして。淡い期待で、痛みが少し引いた気がした。
きっちりセットされた黒髪、きつめの吊り目、細く整った眉。鏡花の高校時代の同級生で、現在は医者として働いているエリート。
「お前こそ、何をするつもりだった? 立てない人間を無理矢理立たせるなど、悪意があるか、余程の無能としか思えないだろう」
顔と頭の良さを消し去るほどの、口の悪さは相変わらずで。懐かしさに、鏡花は思わず口元が緩んだ。
鏡花にとっては頼もしい言葉でも、突き飛ばされた男にとっては煽りでしかなく。地面に座り込んでしまっている鏡花を指差し、男は怒鳴った。
「いつまでも指示に従わない、その女が悪いのだろう!!」
怒鳴った事で、気が大きくなったのか。叫ぶや否や、男は腕を振り上げ、鏡花と御門を交互に見る。
大人しく指示を聞かない草臥れた女である鏡花か、突然現れ生意気な事を言った冷たい相貌の御門か。
何度か視線が往復した後、やはり、弱い方が狙いやすいと思ったのだろう。ピタリ、と鏡花を見据えて止まり。これは不味い、と鏡花が体を強張らせた、その時。
「え? 鏡花ちゃんが何かしちゃったの?」
緊迫した状況とは思えない、甘ったるい、おっとりとした声が割って入った。そのまま、声の主はするりと鏡花と男の間に入り、振り上げた手をそっと両手で包み、首を傾げた。
ふわり、と癖のある、柔らかい黒髪が視界の端で揺れる。
「ごめんね、お兄さん。オレが代わりに謝るから、許してもらえないかな?」
「いや、そういう訳には……」
怒っていた男がたじたじになる程の色男は、鏡花が保育園の頃からの幼馴染、
勿論、高校も同じだった。ここまで来れば、もう一人。それも高校の同級生が現れることは予想できて。
半ば確信を抱きながら、輝夜の視線を辿れば、見覚えのある顔があった。
「移動すればいいんですよね。お兄さんの手を取ったら悪いですし、僕たちが彼女を運ぶので、案内してもらってもいいですか?」
「あ、ああ……」
薄い茶髪に主張の強い癖毛と特徴的なまろ眉。にこにこ笑顔は崩さず、丁寧に提案する大型犬のような男は、
同じく高校の同級生で、大学在学時にベンチャー企業を立ち上げ社長をしている。
鏡花にとっては聞き慣れない敬語だったが、仕事で身につけたのだろう。愛想の良さと、相手への敬意がわかりやすく、似合っていた。
輝夜の色気と、京の笑顔で、ローブの男は大分絆されてしまったらしい。吊り上がっていた眉は、困惑からか逆に下がっているほどだった。
助かった。小さく息をつくと、安心からか、鏡花の意識が遠くなっていくのを感じた。
「おい。何を騒いでいる」
聞こえた声に、鏡花は気を引き締める。流石に騒ぎすぎたのだろう。派手男がすぐ側まで戻ってきていた。
「で、殿下の指示通り、女を移動させようと思ったのですが……。急に、この男たちが割って入って来まして」
どういうことだ、と殿下と呼ばれた派手男が別の男に確認を取る。
先程まで、鏡花は一人で床に転がっていた。仲間が召喚されていないこともあり、聖女ではないと断じられたのだ。
「儀式の間は出入りできないはずだろう?」
「は、はい」
「……つまり、その女も、四人で召喚されたということか」
仕方ない、と派手男が溜息を吐く。御門たちの登場により、鏡花が聖女である可能性がゼロでは無くなったのだ。
「面倒だが、鑑定にかけるぞ」
派手男は、心底嫌そうに溜息を吐く。一応、鑑定を受けることになったものの、別に鏡花は聖女になりたいわけではない。
何もわからぬまま呼び出され、聖女ではないと決めつけられ、馬鹿にされたから頭にきていただけだ。
帰れるものなら、帰りたい。たとえ、元の世界には、現状より辛いものしか待っていなくても。父を助けられるのは、鏡花しかいないのだから。
しかし、このまま離宮に閉じ込められるくらいなら、状況を理解するためにも鑑定の場に着いて行った方がいいだろう。
鏡花はそう判断し、体に力を入れようとして、やめた。ピキ、と背中が嫌な音を立てたのだ。
「僕たちが連れて行きます。お手を取るのも申し訳ないので。よろしいですか?」
そんな鏡花の様子を見てか、京は腰を低くし派手男に伺いを立てた。
「……貴様は、立場が理解できているようだな。好きにしろ」
京の交渉が身を結び、鏡花たちは、少しだけ移動の余裕ができた。
訳の分からない世界で、権力者相手に物怖じしないなんて、凄いな。鏡花がじっと、京の顔を見上げると、京は照れたように頬を掻いた。
「……じゃ、僕らも行っか。眞金さんは大丈夫そう?」
敬語を外した京に、立てるかどうか尋ねられ。鏡花は首を横に振ることもできず、ただ三人を見つけ返した。
そんな鏡花に、輝夜は、あちゃあと眉をハの字にした。
「ダメそうだね。鏡花ちゃん、頭痛い?」
「……………うん」
短く答えれば、そっと鏡花の背中に骨ばった手が添えられた。御門の手だ。そのまま、鏡花と肩を組むようにして体を起こす。
「あまり動かない方がいいだろう。八月一日、手を貸せ」
「わかった」
御門の指示で、京が反対側から肩を組む。両側から支えられ、鏡花の上体が完全に床から離れた。
「え、なんでオレじゃないの?」
「蓬莱は眞金の顔色を見ていろ。一番詳しいだろう」
輝夜の不満に、御門は冷静に返事をしながら、鏡花の体を揺らさぬように、ゆっくり立ち上がる。
こういう時は、変に力を入れず、されるがままになった方がいい。高校の時、避難訓練で負傷者役をした記憶が、鏡花の頭に蘇る。
鏡花が大人しく体の力を抜くと、御門は、覚えていて何よりだ、と少し笑った。言葉選びは壊滅的だが、心配してくれたことが伝わり、鏡花も口元だけで笑った。
「歩くぞ。蓬莱は前を歩いて影を作れ」
「はぁい」
輝夜が先頭を歩き、鏡花の顔に影ができるよう調節をする。頭痛の際は、光や音、刺激を避けろ。御門が昔、言っていたことだ。
「色々きな臭いし、作戦会議もしたいけど。遅れたら怒られそうかな」
「凄く怒ってたよね。ストレス溜まってるのかな」
穏やかな京と輝夜の声を聞きながら、緑色に縁取られた影が、ゆっくり前に進む様子を眺める。窓がなかった今の部屋が特殊なだけで、廊下は外から光が入っているようだった。
四人は、次の扉に向かって、一歩一歩。頭を揺らさぬように歩いていく。
そして、廊下の端、緻密な彫刻の施された扉を開けると。白い石で造られた、古代ギリシャの神殿のような光景が広がっていた。
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