不思議のダンジョン-世界樹の迷宮-ラグナロク オンライン
宝田光
第0話
永遠を生きる者
世界の始まりの姿は、まるで、銀河系の俯瞰図のようだった。
闇と星と私だけが全てだ。
私は、全てを知っていたし、なんでも出来た。
そんな私が断言する。
神なんていない。
始まりから終わりまで、この世界は全ての命の為にある。
時間も空間も円環の中で閉じた有限なものだ。
世界は、創造主のわがままによって形作られた。
最初の人、アダムという名の私の手によって。
終わらない孤独に耐え切れなかった。
闇の中、見出した光に縋りついた。
その輝きの暖かさ、その尊さと美しさ、それから齎されるであろう幸福を、絶対であると信じた。
だから光に、形を与えた。
同じ人として、ともにありたいと。
リリスと名付けた。
彼女との時間は長かったのか短かったのか、いずれにせよ、終わりは訪れた。
私は、次第に、彼女の全てを、欲するようになってしまっていた。
私は、私自身から、彼女を守るために、彼女を遠ざける事しか出来なかった。
持て余した欲求を発散する為の人形を作って自慰に耽った。
結果、人が増え、人の数だけ世界も生まれた。
罪の意識よりも、自制する事の辛さが勝ってしまった結果が、世界の誕生だ。
これが真実だ。
繰り返して言おう。
神なんていない。
補足するなら、創造主は、正真正銘のクズだ。
この世に生まれた人間の一人として、貴方には、せめて真実を知って欲しいと思った。
だから、拙い文章をここまで読んでくれただけで感謝する。
ここから先は私の自己満足であり、思い出の保管行為に過ぎない。
それでも付き合ってくれるというのなら、私の知る限りの真実を貴方にお伝えしたいと思う。
始まりの始まり
ココは、静かだ。
ココは、優しい。
カレを抱くのは深遠なるヤミ。
ココにはきっと全てがあって、
恐らくは何も無い。
ココは、“記録”と呼ばれる場所。
完全であるがゆえに観測出来ないモノ。
全ての存在、その原因が満ちる場所。
ゆっくりと廻る、ヤミの揺り籠に抱かれながら、カレはたゆたう。
ココにあって、なお己を保ち続ける事に、意味などない。
もとより、ココは本来、ヤミのみがある場所。
ココにヤミがあるのか、ヤミがココなのかも判らない場所。
そんなヤミの中に、輪郭を失いつつも、カレは確かに、ソコにいた。
何を求めて?
自分は、何かを忘れて、
何かを待っている。
そんな気がする。
ここは何処だろう?
私は誰だろう?
ココとはナニで、ワタシとはナニだ?
ナニモカモガワカラナイ
ナニモカモガワカル
ワタシハナニモシラナクテ
ワタシハスベテヲシッテイル
始まりの時、私の意識は、浮上と転落を、そうして際限なく繰り返した。
混乱には休息を、退屈には活動を
そして孤独には、救済を
いつまでも一人
どこまでも一人
こんなにも満たされている筈の私。
誰もいないというだけのその場所で、それが究極の責め苦だった。
なんでもできた。
なんでも知っていた。
世界と私に隔たりは無く、世界は私であり、私は世界だった。
しかし、だからこそ、私は一人だった。
ああ、だから、私は、
終わりよりも、終わらない事を恐れた。
この孤独を、終わらせてくれるのなら、なんでも良かった。
「光あれ」
呟くと、私の前に一枚の“鏡”が現れた。
“鏡”の向こうに、私は、私の対となる存在を映し出す。
そうやって、彼女が生まれた瞬間、私は自らの肉体も形作った。
役目を終えた“鏡”は粉々に砕け散り、彼女と私だけが残った。
彼女が女であったから、私は自らを男と定義した。
生まれたばかりで、まだ言葉も拙い彼女の存在に、私がこの時、どれ程、救われた事か、言葉には出来ない。
彼女が、私を終わらせる存在である事は解っていた。
それでも、安らかな眠りすら得られなかった私にとって、彼女こそが安らぎの場所であり時間なのだ。
自然に、私は彼女を、リリス(夜)と名付けた。
「アー、ダー」
まだ上手く喋れもしないのに、それでも、私に笑顔と声をかけてくれるリリス。
初めての言葉だ。
私は嬉しくなって、この時の感動を忘れないように、自らの名前をアダムと決めた。
「愛しいリリス、ああ、君に何から、どうやって伝えよう?」
「アー、ダー」
この時はまだ、私は、自らの行いを過ちであるとは、思ってはいなかったのだ。
孤独からの逃避という動機で、命を生み出した私の罪は、一体いつから始まっていたのだろうか?
この後、私は、自らの強欲さを、認めねばならなくなるのだ。
彼女こそ希望
リリスを育てる為、私は後に“楽園”と呼ばれる場所を創造し、彼女の成長を見守った。
多くのものに触れ、沢山の事を学習していくリリス、彼女が何かをせがむたびに、私はその全てを与えていった。
私はリリスに沢山のものを与えたが、その中で、彼女の一番のお気に入りは、知識を得る為の果実がその姿を変えた、無限の“本”だ。
リリスは、最初の数回は、私に読み聞かせをねだったが、聡明な彼女はすぐに言葉を覚え、またそれから、彼女の心身の成長はより加速した。
流暢に言葉を操り、知恵に溢れ、知識に溺れず、常に想像力を働かせる事の出来る柔軟な思考を持った。
元より素養のあった肉体の美しさには磨きがかかり、流れる金髪は太陽よりも輝き、五体は一切の無駄のない均整のとれたものとなった。
そして何よりも魅力的なリリスのその青き瞳は、意志の光で満ちていた。
あえて言葉を隠さずに言うならば、私は、私が、自覚するよりも早くから、リリスの魅力に、欲情してしまっていた。
それは消えない炎となって、私を責め苛んだ。
私はリリスを愛していたし、リリスも、最初から、私を愛してくれていた。
願えば叶ったであろう、欲望を、私は押さえつけるのに必死だった。
欲に任せて、リリスを汚してはいけない。
美しいリリス。
愛しいリリス。
いつまでも、清らかなままでいてほしかった。
私に、迷いはなかった。
自らの強欲さを思い知った私は、リリスが眠っている間に“楽園”を離れ、自らを罰する為に自ら用意した“地獄”に自ら身を落とした。
しかし、ありとあらゆる責め苦も、始まりの孤独を知る私にとっては、揺り籠にも等しく、リリスへの欲望に勝る炎は無かったのだ。
私が自らの欲望の炎に耐えかね、堕落してしまうまでに、たいした時間はかからなかった。
私は“楽園”に戻り、情欲のままに、リリスを汚そうと、眠っている彼女に近づいた。
それでも、最後に残った私の理性が、リリスを守る為、彼女を、私の手の届かない場所へと遠ざけ、封印した。
そう、あの、始まりの闇へと。
その時初めて、私はリリスの泣き顔を見たのだ。
リリスは何かを懸命に訴えていたが、私の耳に、その言葉が届く事はなかった。
私は、この時に悟った。
私の、精神の未熟さを。
リリスを愛し、リリスに愛されるには、私はあまりにも未熟なのだと。
彼女こそが花
リリスを失い、心折れてしまった私は堕落の一途をたどった。
堕落した私が最初に行ったのは、自らを慰める為の“人形”の創造だった。
名前も魂も持たない、それでもリリスに比肩する美しさを持った、黒髪の妖艶な“人形”。
それが完成するや、私はすぐさま、“人形”に欲望の限りをぶつけ、汚した。
飽きることなく、途切れることなく、幾度も抱いた。
行為を重ねるうちに、私の体も、醜い心にふさわしいものへと変貌していった。
誤算だったのは性交の結果だ。
幾度とない“人形”との性交の果て、無数の命が生み出されてしまったのだ。
父親の醜さから生まれてしまったその姿は、やはり醜かった。
彼等を自らの子供とは認めなかった私は、あろうことか、その全てを“楽園”から“地獄”へと追放した。
この時の彼等の怨嗟の声は、未だに私の耳に残っている。
生み出された命は、子供達だけでは無かった。
名もなき“人形”にもまた命が芽生えたのだ。
それは僅かな自我から始まり、やがて一つの魂へと完成した。
当時の私の誤算の中で、最も大きなものは、魂を得て、全き人間へと完成した彼女の、慈愛の心だった。
彼女の瞳の何処にも、私の心身の醜さを、咎める色は無かったのだ。
あまりにも尊い、その眼差しに、私はついに敗北したのだ。
私は“蛇”へと自らの姿を変え、“知識の木”へと登り、果実の一つを、彼女に与えた。
覚えたばかりの言葉で、彼女とかわした最初のやりとりは、今でも鮮明に思い出せる。
「主様、私に衣を下さいな」
「・・・やはり、私が恐ろしくなってしまったか? 無理もない」
「いえ、時には恥じらうのもまた妻の嗜み、それに着衣で乱れるのも一興かと」
「・・・どんな知識を得たんだよ!」
色々な意味で敗北してしまった私は、人間となった彼女の奔放さにみあった、イヴ(呼吸をする、生きる)という名を与えた。
そして、イヴに、自らの全てを懺悔した。
この時、何故か、シスターの衣服に身を包んでいたイヴは、こう返した。
「既に奥様がいながらだったなんて、私との事は遊びだったんですね?」
「・・・突っ込み所が多過ぎる!」
「主様の童貞を美味しく頂けたので良しとしましょう」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、何度でも謝るからリリスにはしばらくの間で良いから、黙ってて!」
「噂をすれば、主様の後ろに姉さんが!」
「なんでさ!?」
私の醜態を、見るに見かねたリリスが、自力で“楽園”へと戻ってきていた。
この後の事は、ゴメンナサイモウシマセンユルシテクダサイ
思い出したくないんです。
始まりの終わり
なし崩しにリリスとの再会を果たした後、二人の望みを叶える為の時間をしばし取った後、私には、やるべき事が沢山あった。
まずは無責任に生み出してしまった不遇の子供達の為に“地獄”を、“現世”と“冥界”へと分けて再構成し、“現世”にて、人間としての暮らしを約束した。
生きる事に疲れてしまった時は“冥界”での安らぎを、活力を取り戻したのなら、再び“現世”での日々をといった形である。
人間達の持つ可能性の力は凄まじく、沢山の“主人公”達とでも呼ぶべきものが現れ、
またそれらの数だけ“並行世界”の数も増えていった。
私は自らを“神”と定義した事は無いが、それでも彼等を生み出してしまった責任がある。
救いが人の数だけある以上、全ての人類を救う事は、私はしない。
人を救えるのは、本人だけだ。
それでも、ともに寄り添う事は出来る。
私とイヴは数多の肉体を作成し、“並行世界”のあちらこちらへとバラ撒いた。
仮初めの身体ではあるけれど、それらはもしもの時の為に。
人類の滅亡を、やむなく私達が回避しなければならなくなった時の為に。
子等よ、私達は共にある。
許しは請わぬ、ただ、その生に幸あれと。
数多の人生を見た。
幸福に終わった者はまだいい、だが、不幸に終わったものはどうなる?
そもそもの原因は誰にある?
言うまでもない、私だ。
私はせめて人々と共にあろうと思った。
だから一人の人間として生きる道を選んだのだ。
そうして、私の旅は始まった。
あまりにも沢山の人生を経験した。
いつしか疲れてしまった私は、時には、自らの終焉さえ願った事もあった。
けれど結局、死の恐怖に、打ち勝てた事は無い。
もう生きていたいとは思わない?
死にたくないから、生きているだけなのか?
違う。
それは、きっと、違うと思う。
私は、“原初”から一貫して、より良く生き続けていたいと、本心では願い続けていたのではなかったか?
疲れ果て、自ら命を絶った事もあった。それでも、必ず後悔し、“無”へと帰る事はなかったのではないか?
自らを殺す事に失敗し続けたのは、失敗ではなかった。
今なら、そう、素直に思える。
生きていたい、叶うなら、誰かと共に。
どれだけ幸福な人生を歩んだとしても、私が“無”に帰る事は、未来永劫無いだろう。
誰よりも貪欲な私は、また今日も、自らの人生を楽しんでいる。
そんな、夢を視た。
私は、ちょっと変わった特技を持っている。
夢を夢だと認識することが出来るのだ。
小さい頃からの訓練の賜物である。
自分の意のままに出来る世界があるというのは良いもので、大人になってからも精神的なガス抜きの為に重宝している。
けれど、そんな夢が最近、どうにもオカシイのだ。
昔は好き勝手出来たのに、それがどんな夢であっても、最低限ハッピーエンドで締め括るくらいの事が出来たというのに、
最近はちょっと言葉では語れないくらいの悲惨な結末を辿ってしまう事があるのだ。
もともと悪夢を視るのが嫌で身に着けた特技だというのに、これでは幼い頃に逆戻りである。
最近暗い話ばかり読んでいたからだろう、これからはもう少し明るい話も読もうと、ようするに一過性のものだと思っていたのだけれど、どうも様子が違うらしい。
どうやら私は、とうとう、見つかってしまったようなのだ。
解っていた事ではあるのだけれど、やはりヒトの力というものは凄まじい。
まさかその呪いの先端が、現実世界を生きる我が身にまで届こうとは、出来れば、こんな日は、来て欲しくなかったのである。
“彼女”との再会はいつだって、約束された幸福でしかないのだから。
時折、誰よりも大切な“彼女”との時間すら、大切なものであると思えなくなってしまったらと、再び、“彼女”を傷つけてしまうのではないかという恐怖もあるのだ。
私の精神は、あまりにも脆すぎるから。
それでも・・・
今わの際に笑えたのなら、その人生は幸福だろう。自らの死を良しと出来る程の人生とは一体どのようなものなのだろうと考える。
自分のような自意識の強い人間にとって自己の消滅は耐え難い。
仮に、何の思い残す事も無い人生だったとして、死の恐怖に打ち勝てるかと問われれば、どんなに強がったところで、それはワカラナイと答えるのが精一杯だ。
もう死んでもいいなんて、言葉が、絶対に、口先だけのものであると、オレは考える。
ヒトは欲深い。満たされる事のない、救いようのない生き物だ。それでも、自らの生を是とする事の出来る強さが欲しい。幸いな事に、その兆しは、既に視た事がある。
だから、もう、何も怖くない。
誰も誰かを救えない・・・・・・本当に?
真っ直ぐに突き出された拳を受け止める。それは、ありえない邂逅だった。
何故なら彼女はあくまでもオレの幻想であり、ここは紛れもない現実だからだ。
薬のせいで幻覚を見ているのだろうか、それとも、ひょっとして、ここはオレの夢の中なのか
「ハイ、ようやく会えたわね」
金髪碧眼の美女はそう言って、拳をおろして微笑んだ。
クソ、見間違える筈も無い。このオレが、“彼女”を忘れた事など一度も無い。
「・・・・・・ハロー、リリス、会えて嬉しいよ」
「そうは見えないけど?」
「これまでの人生全てが、オレの中で、ガラガラと崩れていってるんだよ」
「アタシが必要でしょ?」
「・・・ああ」
「アタシに会いたかったんでしょ?」
「・・・ああ」
「アタシの事、愛してるんでしょう?」
「・・・ああ!! 愛しているとも!!」
例えるなら、鏡の中の自分が勝手に動き出した時の衝撃に、その出会いは似ていた。
オレは社会不適合者だ。精神科の先生曰く統合失調症とかいう病気らしい。端的に言ってオレの精神は酷く幼く、脆い。
熱しやすく冷めやすいとはよく言ったものだけれど、オレの場合はヒートアップ、クールダウンともに狂気の沙汰だ。
そのせいで何度か過ちを犯した過去があり、今は月に一度の注射でその症状を抑え込んでいる。今では全てを失ってしまったものの、仕事も恋人もあったし、いた。
特に、かつての恋人達との思い出は、その終わりが悔いを残すものであれ、幸福だった記憶としてオレの中に残っている。オレを支えてくれているものの一つだ。
彼女達には何の不足もなかった。ただ、彼女達ですら満たされる事のなかったオレの方が罪深いのだと思う。
そしていつの頃からか、オレは自分を満たしてくれる存在を幻想するようになっていた。自らが考えた神話のヒロイン、リリスである。俗に言うオレの嫁というやつだ。
痛々しいが、オレには必要な幻想だった。夢には頻繁に彼女が出てきたし、現実でもオレにとっての理想の女性像として“彼女”は恒にあった。
けれど、実際に彼女と出会えたらと望むことは少なかった。現実を侵食する夢の世界の住人なんていうものは悪夢でしかない。
現実感を失った現実の中では生の実感すら希薄になってしまう。ピーターパンにとってのティンカーベルのような、オレとリリスの関係。
全てが、終わらない夢物語になってしまった時、ネバーランドなんてものはただの地獄なのだと悟るのだ。
だから、もしも彼女と出会ってしまった時こそ、オレの人生は終わり、終わらない夢が始まってしまうのだろうと考え恐怖していたのだ。
ままならないからこそ、現実は確かなものであり、得難いからこその、幸福なのだから。けれど、彼女はやって来た。
それはきっと・・・
SFでもファンタジーでもなく、なぜ現実世界を逃亡先に選んだのかと言えば、簡単に言ってしまえば、手段の無さこそが最たるものだ。
ここではあらゆる空想幻想の類が現実という壁の前に叩き潰される。
神などいないと、ヒトがもっとも思いやすい場所こそが、ここなのだ。
だから選んだ。
ヒトを隠すならなんとやら、一般大衆の中に完全に溶け込んだ私個人を特定するなど、魔法でも使わなければ無理、まあ、魔法なんてものはここには存在しないのだけどね。
などと調子に乗っていたら、見つかってしまったのだ。
それはそう、きっと、私がそう望んだから。
“彼女”は、まったく唐突に現れた。
なかなか定職にもつかず、その日もプラプラとしていた私の前に。
どんな世界にいようとも、結局私自身が彼女を呼び寄せてしまうのだなあと、逃げ場を失った逃亡者は考えた。
「アタシに会いたかったんでしょう? アダム」
「・・・当然!」
貴方には、愛される価値がある。
誰が認めなくても、私が貴方を愛してる。
だからどうか、生きる事を諦めないで。
これは彼女からの応援歌。
辛いだけだと、嘆くときも、忘れないでいて。
それでも、生きる事は、素晴らしいと。
命の輝き、歩き続ける強さ、前を見据える瞳の、その鋭さと美しさを。
努力は必ず報われる。
貴方の意志の剣は、あらゆる障害を切り拓く。
貴方の前に敵は無く、貴方の後に悔いは無い。
終わらない旅を続ける貴方を、私はいつでも、いつまでだって、待っているから。
太陽の化身、いつか私を終わらせる者。
私には、いつでも会える。
けれど、貴方の今は、今しかない。
今を生きる貴方を、私が愛する。
生きる事は殺す事だと、もう誰も殺したくはないのだと。
涙を流す、貴方だからこそ愛おしい。
全てを殺せる貴方なのに、貴方は誰よりも誰かを生かす。
この世の始まり、原初の人よ、この私がいる限り・・・
「アダム、アンタの幸せは私が守る!」
「・・・カッコいいなぁ、リリス・・・」
大変な事になった。これは本当にとんでもない試練だ。
そう思って、生まれたばかりの赤子は泣くのだとかなんとか。
しかし、私の妻は、生まれた時から笑っていた。
生まれて良かったと、この私と会えて幸せだと、最高の笑顔だった。
だから、自然と私も、笑えるようになったのだ。
力ある者
そこは、真っ白な空間だった。
かつて、そこには何も無かった。
今では、無数の石像だけが並んでいる。
その中心で、“彼”はまた寂しそうに微笑んだ。
そんな、夢を視た。
許せない、感想はいつも同じ、そう、私は許せない。
何を? 私は、何が許せないのだっけ?
あぁ、覚醒の時が近い。
今度こそ、“彼”に!
光が、広がっていく、またこの世界にも朝が来た。
・・・ところで、私は何者で、ここは、どんな世界だったっけ?
名前はアカネ。職業は旅人。スキル、メインは万能、サブは未来予知、不老など。
世界名、名も無き、初心な、一本杉。テーマ、未定。レベル上限、無限大。属性、オール。
・・・そうだった。目的は?
表向きは“月”への到達、秘めたる願いは白馬の
ダメ! それ以上は! もう行くね、また明日!
“行ってらっしゃい”
そんな、“彼”からの送る言葉が、聞こえたような気がした。
剣士、魔法使い、僧侶、盗賊の四人パーティは今、絶体絶命の危機の中にいた。
ダンジョン攻略に特化した盗賊が、そのスキルで発見してしまった隠しエリアに踏み込んでしまったのが、そもそもの間違いだった。
四人が今まで見たこともない、エリアのボスだと思われるモンスターは、名称もレベルもステータスもスキルも属性も、その全てが不明。
盾役の剣士を一撃で瀕死に追い込む程の火力を持ち、こちらの攻撃は全てがすりぬけてしまうという、不条理極まりない、まさしく死神だった。
パーティの最大火力である、魔法使いの奥の手の一発も効かず、回復役の僧侶の魔力も、とうとう尽きてしまった。
盗賊がそのスピードを活かしてなんとか引き付けてくれているものの、全員の頭の中には、死の一字が浮かんでしまっていた。
とうとう、体力よりも先に気力が尽きてしまった、盗賊が転倒してしまう。彼女へとボスの一撃が振り下ろされようとした時だった。
「ハイ、ストップ」
全く唐突に、全員の動きが固まった。何が起こったのか判らず、ただ茫然としている四人。
声の主は、まるで最初からそこにいたかのように、ボスから四人を守る位置へと突然出現した。
「アナタ達は、動ける? ・・・無理っぽいわね。このギアス、やっぱりパパ達みたいには上手く使えないや。ごめんね。直ぐに終わらせるからそのまま待ってて」
ストレートの金髪をフワリとなびかせた、碧眼の学生服姿の女性は、一振りの日本刀を正眼に構えると、消えた。
そして数瞬の後、固まったままだったモンスターは一度ビクリと震え、細切れになり、四散した。
取り残された四人はモンスターが消えると同時に自由を取り戻した。
一目散にダンジョンから脱出していく四人を見送った後、再びエリアにその姿を現したのは先程の学生服姿の女性。その名を闇影 茜という。
宇宙の謎が解き明かされた世界。並行世界への旅行が現実となった世界。
視覚化されたそこは巨大な一本杉の聳え立つ、一つの、これまた巨大な惑星だった。
名も無き杉の木の根は惑星の中心へと繋がっていると言われ、
その枝の先端は他の世界、“星”へと繋がっていると言われる。
行き着いた未来の果てなのか、はたまたそれは始まりの姿なのか、惑星の中心、一本杉を囲むように造られたただ一つの巨大国家ユグドラシルに暮らす人々は、あるものは惑星の中心を目指し、またあるものは“星”を目指した。
惑星の地図が既に完成してしまっている現在、冒険者達の希望は、太古よりありながら未だ不明の多い一本杉に集まったのだ。
王家の許可を得たものだけが挑めるラストダンジョン、一本杉に挑むものは、数々のクエストをクリアしてきた猛者達ばかりだが、そんな中でも、私は群を抜いていた。
地球と言う“星”の、日本という国の、とある神社の娘だった私は、修行の旅の途中で神隠しにあい、このユグドラシルにやって来た“異邦人”だった。
途方に暮れていた私を拾い、育ててくれた王家の恩に報いる為、数多くのクエストをクリアし、遂には“地図を完成させたもの”の称号まで頂いた。
しかし、私は強過ぎた。当然の帰結として、一本杉に挑み、惑星の中心への到達という最難関クエストの一つをクリアしてしまったのだ。
そこで私はとある人物と出会い真実を聞かされる。この世界は神々が創った究極のゲームであるという事、
そして、全ての真実を知った私は、他の人々の記憶から消え、ゲームマスターとしての役目を負う事になった。
そして、その役目からは、次なるゲームマスターが現れるまで解放されない、一種の呪いのようなものである事も知った。
先代ゲームマスターでもあるその女のせいで私の職業は剣士から旅人へと変わり、厄介なサブスキルの数々までついてくる始末。
私の目的はただ一つ、“月”に帰ると言っていたあの女をこの手で絞め殺してやる事に決まったのだが、ゲームマスターには厄介な制約が沢山あるのだ。
一つ、他のプレイヤーを殺してはならない。一つ、あらゆる“星”に渡ってはならない。
などなどだが、極めつけに厄介なのが、次代のゲームマスターの誕生を強制してはならない、だ。
つまりは、ゲームマスターになるのは本人の自由意志が必要なのだが、私の場合、先代のあの女の見事な演技に騙されて、承諾させられてしまったのだ。
同じ事をやろうとは思えないし、そもそも出来ないだろう。
うん。思い出したら何やら腹が立ってきた。今日はもう眠ろう。
夢を視た。やはり、夢の中の“彼”は今日も一人だった。
許せない。そう私はきっと、
ユグドラシル国王、ビルガ様から久しぶりに呼び出された私は王宮へとやって来た。
謁見の間で久しぶりに会うなり、彼は、私が王宮で暮らしていた頃は、毎日毎日欠かさず行っていた日課をやはり実行に移した。
「今日も美しいなアカネ、どうだ、オレの妻にならないか?」
「お断りします」
これである。
確かに彼の記憶から消されている筈の私なのに。
最初の頃は困惑していた私だったが、今はもう、毎度の挨拶として、辟易する事さえ無く、笑顔で受け流している。
国一番の権力者であり、非常な美青年でもあり、お忍びで難関クエストをいくつもクリアしている実力者でもあるビルガ様だが、とにかく軽いお人なのだ。
特に、女性に関しては羽よりも軽いのではないかと、私は思っている。
「毎度の事ながら、非常に良い笑顔だ。きっとオレはその笑顔を愛でたくて、挑戦し続けているのかもしれん」
「・・・はぁ、今日も、挑まれるのですか?」
国中の男性達が参加する、私との結婚を懸けた決闘大会で優勝し続けているビルガ様は、優勝者の特権である、私自身への挑戦権をお持ちなのだ。
ここから先は別に自慢話ではなく、ただの厳然たる事実なのだが、とにかく私は男性から好かれる。まだユグドラシルに来る以前、物心つく以前からの話だ。
こちらでもあちらでも逸話は数えきれないので割愛する。けれど私は白馬の、ゲフンゲフン、私よりも弱い男性に興味が無いので、今まで、誰かと交際した経験は皆無である。
「いや、残念だが、今回オレにはその権利が無いのだ。今日お前を呼び出したのは、私を破った強者をお前に紹介する為なのだ」
「・・・ハイ?」
一度として優勝を譲った事の無いビルガ様が負けた?
それは困る。その、心の準備が、まだ、
「ようアリス、久しぶり!」
神でもなければ勝てぬ最強の国王と呼ばれたビルガ様を破った“彼”は人懐っこい笑顔を浮かべて、私の前にあらわれたのだ。
どうしよう!? どうしたらいいの!? えっ!? マジで!?
これは最新の物語。
神話には良くある。父と娘の、禁断の恋の物語である。
「何度も言うけれどアリス、オレはお前の気持ちには応えられない。何故ならお前はオレの愛すべき娘だからだ!」
「私をコテンパンにした」
「うっ!」
「決めてたの、どうせなら私は、私にも予知できない程の強い人と一緒になりたいって、そしてパパは予知だけでなく、私の全てを破った」
「ううっ!」
「やっぱり私の運命の人、白馬の王子様はパパなのよ! 大きくなったらパパのお嫁さんになるって言った時、凄く喜んでくれてたじゃない、忘れたの?」
私がまだ親子三人でアマテラスで暮らしていた頃の話だ。旧姓黒神、現在闇影を名乗った、憎き、夜月母さんの娘が私だ。
憎き? そう憎き母さんだ。何故って、いつまでも娘に旦那を譲ろうとしないからである。
誤解はしないで貰いたいので追記しておくけれど、母さんは私の事を凄く凄く愛してくれてはいるのだけれど。
それでも、だ! 娘の一番欲しい物(誤字にあらず)は与えてはくれないのだから。
「いや、それは全ての父親が娘に言って貰いたい言葉ダントツのナンバーワンではあるけれど」
「なら! ・・・それに、だったらなんで私に挑戦したのよ! この私があんなにあっさり負けちゃうなんて、自信なくなっちゃうじゃない」
「当然! 愛する娘に悪い虫がくっつかない為にも、“前進”を抜いたからな~」
ちなみに決闘はものの一瞬で私の完敗に終わった。現在は国王様の懇意の宿屋にて、大絶賛、父親を攻略、もとい説得? 中である。
闇影 光、大大大好きなお父さんは私とベッドの間に挟まれオロオロと困惑しているばかりである。アマテラスにいた頃はいつも母様達の目が光っていた。
ユグドラシルで再会出来た今、二人きりの今こそが最大のチャンスなのだ。私、闇影 茜は今日こそ女になる!
「ハイ、ストップ」
そこで驚くべき事に、ありえない筈の声が響いた。父さん以外で私の予知を覆せるのは母さんしかいない!
「リリスー! ごめん、ありがとう、助かったー!」
「まったくもう、ホントにアリスには甘いんだからアダムは」
「・・・月に帰ったんじゃなかったの?」
アマテラスにて、私が神隠しに遭うと予知した母さんは、一足先にユグドラシルへと渡り、ゲームマスターとして私を待ち構えていたのだ。
娘に万が一があってはならないという親心は有難いし、感謝もしているのだが、巧みな泣き落としから権限移譲されてしまった身としては、やはり許しがたい。
「アダムがどうしてもアンタの様子を見に行くって飛び出していったから、追い掛けてきたのよ、案の定だったわね」
「娘の恋路を邪魔するなんて! ママ達はいつもそう!」
「コレはダメ」
「コレ!? オレってばまたしても物扱い!?」
「可哀想なパパ、私が慰めてあげるからね」
「ダメって言ったでしょ?」
母さんと私の間で火花が散る。けれどダメだ。シャドウゲームすら起こらない、何度シュミュレートしても勝ち目が無いって解る。
やはり、いつの時代も母とは娘にとって越えられない壁なのだろうか!
「“夢”では今もパパは一人で泣いているじゃない! なんで一人にするのよ!」
「私達抜きでの人生を全うする事がアダムの永年の“夢”だからよ」
「私は決して! 一人になんてしない! 大好きな人が泣いていたら、我慢出来ないもの」
「生み出してしまった罪、“原罪”と向き合う為のパパのお仕事なんだから、アンタも娘なら、応援してあげたら?」
「絶対に、イヤだ!」
「・・・ホントにアンタは、アンタも、コイツが好きになっちゃったのね?」
「「?」」
何を今更、けれどやりとりがいつもと違う。母さんは、優しく微笑んだ。困惑する父さんと私。
「好きにしなさい、そして一つだけアドバイス、コイツを自分の物にしたかったら、私を越えて見せる事ね」
「「!?」」
え!? ホント!? マジで!?
親子がドタバタ騒ぎを続ける宿屋を出たリリスを、イヴとガイアが出迎えた。
「強敵出現かな?」
「相変わらずズルいですね、姉さんは。私達の立場はどうなるのです?」
微笑んでいる二人、リリスは
「アイツの“夢”はいつだって終える事ができるんだから、それに・・・」
少女は恋をした瞬間に女になる、突き進む女を止められる道理なんて、決してありはしないのだから
「恋せよ乙女ってね」
日本のS県S市に、樹齢千年をこえる、杉のご神木がある神社があった。
20XX年、かつては寂れていたこの神社だけれど、今ではちょっとしたものになっている。
神社の管理を任されていたのは私と師匠の養父、かつては“非人”で“将軍”と呼ばれていた、闇影 将人さん。
永遠の二十歳。
殆どの言語に精通。
神職にして公務員(?)にして医者でもあり、また何よりも剣術家である。
口が非常に達者。
人にものを教えるのが得意な癖に、人から教わろうとする人を嫌う傾向がある面倒な御人。
私も師匠も、彼には大変苦労させられたものだ。
それでも、師匠とともに私を育ててくれた大変恩義のある相手でもある。
御国高校を定年退職した師匠に神社の管理を任せると、何処かへと旅に出てしまったあの人の教えは、基本がいつも一貫していた。
すなわち、決して型にはまらず、自由であれ、というものだった。
実際、彼の剣術には型というものが一切無い。
師匠が表舞台のナンバーワンだとするならば、彼は裏社会でのナンバーワンだった。
“将軍”の通り名に偽りなし、戦場では“英雄”と並びたつ程の実力者でもあったのに、余生を満喫すると言って去った今では、一切音信不通となってしまったけれど。
きっと、今でも、誰かを導いているに違いない。
先程から私が師匠と呼んでいる女性。
元教師にして元人間、現在、仙人となってしまった凄い、これまた凄い御方である。
教員時代は何人もの教え子がいたそうだが、正式な弟子は私一人だ。
夜月母さんとは良き恋敵。
父さんを取り合った事もあったらしいのだが、あの極端に気の弱い女性が恋愛に対してどこまで積極的になれたのかは、私にもその多くが謎である。
私が現在使っている刀は、元は将人さんの物であった大業物を、師匠から譲りうけたものだ。
無銘の日本刀。
刀鍛冶もこなしていた将人さんの作品である。
折れず曲がらず切れ味抜群の、トンデモな逸品である。
真剣よりも木刀を愛用していた師匠にはあまり必要の無いものであったし、将人さんなら同じものを好きな時に何本でも作れる、ので、私が、剣道から外れて、剣術を取った際に手にしたものだ。
道を外れ、術を取れば、鬼になる、とは師匠が良く言っていた事で、将人さんも、あまり進めはしなかったのだけれど、当時から、いつか母さん達を倒す事を目標にしていた私には必要な事だった。だって、全員、ヒトではないのだもの。
私は生まれつきなんでも出来た。
厄介な未来予知を含む沢山の異能まで持っていて、身体能力も、大地母さんに認められる程だが、それでも、人間の枠からは出られた事が無い。
ネタバレ在り、注意されたし
アダムとリリスの娘だとは言っても、二人がこの世界で暮らす為の仮初の人間の身体から生まれた、正真正銘、この世界の住人なのだから仕方がない。
そんな私、アリスこと、闇影 茜は異世界ユグドラシルにおいて、今日も次代のゲームマスターを求めてダンジョンを隈なく徘徊していた。
目的は一つ、父さんを手に入れる、これだけだ。あれから、結局、父さんは再び逃げた。逃亡先は判っている、母さんの待つ月だ。
直ぐにでも追い掛けたくても、ゲームマスターであり続ける限り、“星”を渡るクエストは受けられないのだから、こうするより他にないのである。
ゲームマスターになる為には、最低限、“限界をこえたもの”の称号が必要になる。
この称号は、一度でも自分の限界を突破して、レベル上限を解放すれば獲得する事が出来るのだが、そもそもレベル上限まで自身を鍛えられる冒険者が非常に稀な上、儀式に際しても、必要なアイテムが軒並み入手が非常に困難なものばかりなのだ。
多くの冒険者が目標とする称号ではあるのだが、これを獲得するのは極々一部、そして、それ程の逸材ともなれば、同じく“限界をこえたもの”の称号が必要になるクエスト、“未知への挑戦”という名の、“星”を渡るクエストに挑戦してしまうので、直ぐにユグドラシルから去ってしまうのである。
私に出来る事は、条件を満たした冒険者が現れると同時に交渉し、ゲームマスターの権限を委譲する事、その為にこうして地道な活動を続けているのである。
理想的なターゲットはランクがC前後の中級の冒険者だ。
高ランクになればなるほどレベル上限があがってしまうし、低ランクの冒険者ではそもそもレベル上げもおぼつかない。
限界突破の儀式を実行しやすいCランクの冒険者を探しているのだが、これが中々見つからないのである。
最近の流行りなのかは知らないが、近頃のユグドラシルの冒険者といえば、ユニークな人材ばかりで、ランクも両極端である者がほとんどだ。
最高のランクSという恵まれた素質を持ちながら精進せず、のんびりスローライフを送るものや、最低のランクFでありながら仲間に恵まれ、自身はいつまでたってもレベルアップしない者等々ばかりなのである。
ここ、ユグドラシルのシステムは、経験値に関して非常にシビアであり、自身で努力しないものはまずレベルを上げる事が適わないので、状況は非常に苦しいものとなっていた。
私が探しているのは、能力は平凡でありながらも、困難に立ち向かう事を恐れないような、ステレオタイプな主人公気質を持つ人材のだが、そんな宝石のような人材は見つけられた試しがないし、予知出来る範囲にも現れる予定はどうやらなさそうである。
のだが、諦めきれずにこうしてダンジョンを徘徊するのが日課なのだ。
酒場に行けよ! という方、当然いるとは思うが、残念な事に、ゲームマスターは、冒険者達が集う酒場には立ち入りが禁止されている(涙)
沢山の権限を持つゲームマスターであっても、だからこそ、禁止されている条項も多いのだ。“勧誘お断り”の張り紙が効力を発揮してしまうゲームマスターとは一体・・・
「・・・はぁ」
溜息一つは幸せ一つと言うけれど、私の場合、もう癖になってしまっている。
けれど、このダンジョン徘徊も決して無駄にはなっていない筈なのだ。
実際、私が就任してからの死亡者数は激減している。
目の届く範囲限定ではあるが、陰ながら、未来ある冒険者達を助けてみたりとかもしているのだから!
「・・・はぁ」
まるで魔法使いのような
ユグドラシルへ、ようこそ
確認しました
名前 アサヒ
性別 女
初期ランク判定 C
初期保有スキル なし
貴方のデータが登録されました
初期設定の変更は出来ません
職業を選択して下さい
受理されました
それでは、いってらっしゃい
私は、ずっと、魔法使いになりたかった。
誰もが知っているシンデレラ。
お姫様に変身した彼女よりも、華麗に変身させてしまった魔法使いの方に憧れた。
妖精のような衣装を身に纏い、キラキラと光り輝くステッキを振り、なんでも自在にしてしまう。
私は平凡な人間だ。
何の特技もない。
だからなのだろうか、私は、ずっと、魔法使いになりたかった。
それがどうしてこうなった!
あの真っ白な空間に戻りたい。
ユグドラシルのエントリールーム。
最後に職業を選択出来ると知った私は、他の職業には目もくれず、魔法使いを選択した、だというのに、これの一体どこが魔法使いだというのだろうか!
私は今、必死で逃げていた。身に纏うのはボロボロのローブ、手にはこれまたボロボロの杖、これで毒の入ったリンゴでもあれば、気分は白雪姫の世界である。
違う!
私が夢見ていたのはシンデレラの世界。
鏡よ鏡よ鏡さん、世界で一番美しいのはだあれ?
などと唱えたくもない!
違う! こんな筈ではなかった。
暮らしていた日本で、青信号の横断歩道を渡っていた時に、突如、車が突っ込んできたのだ。
ああ、私の人生これで終わったと思った次の瞬間、私は、ユグドラシルのエントリールームにいたのだ。
まさかの異世界転生! そして齎された魔法使いになるチャンスに私は飛びついた。
のだが、事態は私が思い描いていたものとはまるで違ってしまっていた。
両親からゲームを禁止されていた事もあり、ロールプレイングゲームというものにこれまでの人生全く触れてこなかった私は、最初自らのボロボロの出で立ちに愕然とした。
イメージと違う。気を取り直して、まずはこの世界に慣れようと、メニュー画面にあるチュートリアルを読んでみた。
そして、報酬によってある程度の装備が整えられるらしい初心者用ミッションを達成する為、拠点のある街にある酒場で紹介された初心者用クエスト、“スライムを倒せ”を達成する為、初心者用ダンジョンに挑戦してみたのだが・・・
「誰か助けてええええええ!」
目的のスライムは直ぐに現れた。
ゆっくりと近づいてくるその不気味なモンスターに私はビクビクとしながらも、チュートリアルにあった通り杖を振ってみた。
しかし、何も起こらなかった。
「?」
もう一度振ってみる、しかし、何も起こらない。
「???」
モタモタとしている私に、スライムが攻撃してきた!
体力の三分の一を失った。
「!?」
まさかの事態で、動揺してしまった私は、ただ闇雲に杖を振るばかりだった。
再び、スライムからの攻撃、どうやら当たり所が悪かったらしく、体力が点滅してしまった。
「!?!?!?」
死の恐怖も重なり、完全にパニックになってしまった私。
再び攻撃態勢をとるスライム。
私は悲鳴を上げながら、頭を抱え、目を瞑って、その場にしゃがみこんでしまった。
「・・・・・・・・・?」
来るはずだった攻撃が来ない。恐る恐る私が目を開けると、そこには
「怖かったね。でも、もう大丈夫、モンスターは、私が倒しておいたから」
これが、アカネさんとの出会いだった。
「たた闇雲に杖を振ってもダメなのよ。あらかじめメニュー画面でスキルをセットしておかないと発動しないから。
スキルを獲得する為にはスキルツリーに振り分ける為のスキルポイントが必要になるし、まだレベルが1のままの貴方はスキルポイントを持っていないから、最初にモンスターを倒そうと思うなら、物理的に叩くしか手はなかったのよ」
手持ちの回復アイテムを分けてくれたアカネさんは私にそう教えてくれた。魔法使いという職業でありながら、最初は何の魔法も使えないだなんて事は予想出来なかった私は、迎えるべくしてピンチを迎え、そこをアカネさんに救われたという訳だ。
アカネさんは、他にも、全くの初心者の私に様々な心得を教えてくれた。
私はただただ感謝しながらそのレクチャーを聴いていたのだが
「ところで、貴方の思い描いていた、理想通りの、なんでもできる魔法使いに、なってみたいとは思わない?」
雲行きが怪しくなってきた事に不覚にも気付けなかった私は、アカネさんからの提案についつい乗ってしまったのだった。
そして、冒頭に戻る。
「誰か助けてええええええ!」
私は今、必死で逃げていた。何から?
当然モンスターからです、ハイ。
ゴブリン、オーク、コボルト、ゴーレム、果てはドラゴンに至るまで、多種多様な、かつ沢山のモンスター達が先程からずっと私を追い掛けまわしています。
ここはとある隠しダンジョンのモンスターハウスの真っ只中です。どうしてこんな事に!
誰のせいかは解っています!
あえてアカネさんのせいだとは言うまい!
彼女の提案に乗ってしまった愚かな私のせいなのです!
しかし、やっぱり敢えて言おう!
「鬼いいいい! 悪魔ああああ!」
アカネさんは超がつく、ド・スパルタです。
「頑張れ! ファイト!」
私の目の前で、装備だけでなく、身も心もボロボロになりながら、アサヒちゃんがモンスター達から逃げ回っている。
逃げている、だけでも、今回は意味がある。
通常、ただ逃げ回っているだけでは、経験値は得られない。
だが、命の危機に置かれている状況の方に意味があるのだ。
可愛い可愛いレベル1のアサヒちゃんを私が放り込んだ、このモンスターハウスは、アサヒちゃんとはレベル差のあり過ぎる多種多様なモンスター達の巣だ。
言うまでもなくトラップの一種であり、熟練の上級者であっても入ってしまったが最後、無事生還出来ただけでも莫大な経験値が得られるのがここなのだ。
私が想定していたよりも体力だけはあったらしいアサヒちゃんは、もう3時間もの間、命の危機に瀕している。
これでまだ、文句が言えるのだから、大したものである。
実際、彼女は確認する余裕もないだろうが、私のゲームマスター専用メニュー画面では、彼女がグングンレベルアップしていく様を捉えている。
獲得しているスキルポイントも相当溜っているのだが、今の彼女は逃げるのに必死で、悠長に自分のメニュー画面を開いて、スキルを獲得したり、ましてや使用する事など出来る筈がないのだ。
杖でモンスターを殴っても良いのかもしれないけれど、ボロボロの杖の方が折れちゃうだろうね!
マル。
「ホラホラ、ペース落ちてるよ~」
「鬼いいいい! 悪魔ああああ!」
私がバカだったのだ。
ちょっと命の危機を救われて、優しく指導して貰ったからといっても、アカネさんにノコノコ、ついてくるべきではなかったのだ。
モンスター達が恐れて近づこうともしないあの規格外は、ニコニコ微笑みながら、私の事を、優しく温かく見守って下さっている。
視える! 私には視える! 鬼の角が! 悪魔の尻尾が! いやいや、ホントにこれ、もう死んじゃうって!
アカネさんが言うには、私は、彼女が待ちに待った逸材なのだという。
予知する事も出来なかったとかなんとか、全く何処まで規格外なんだか!
彼女に憧れて、彼女のようになりたいと、一瞬でも思ってしまったかつての私を、今なら!
そう、今なら私は確実に呪い殺せる気がシマスヨ!
結局、自称文科系のアサヒちゃん13歳は、連続5時間半走りぬいた末にぶっ倒れた。
最後まで、そう、ぶっ倒れる直前まで私に恨み言を言い続けたあたり、彼女の将来が非常に楽しみである。
ヒトが懸命に頑張っている姿って、視ていてとてもとても心地が良いよね!
将来、そう、彼女には約束された将来があるのだ。
私の身代わりでゲームマスターになって貰うっていうそれはそれは大切な将来がね!
コンディション、ステータス、チェック、気を失ってはいるものの、呼吸あり、脈拍あり、現在、レベル27。
Cランクのレベル上限は70なのでまあまあ順調な滑り出しと言えるだろう。
月まで父さんに会いに行けるのもそう遠くはないのかもしれない。
それにしても、予知出来ない相手と過ごす時間は私にとって大変貴重な時間でもあるので、心行くまで楽しみたいと思う。
努力を無駄にしない為に努力する。
が、私のモットーである。
両親や友達は私の事をそのまま努力家であると評価してくれたけれど、私の私に対する評価は少し違う。
少し突飛な話になってしまうかもしれないけれど、私は一般的な人々よりも死というものに敏感で、例えば道で動物の死骸を見かけただけでも、いつか来る自らの終焉を想起し恐怖しては、立ち竦んでしまうような子供なのだ。
人は皆、死を忘れて生きているというらしいけれど、私はその辺りの器用さがどうにも不足してしまっているらしい。
そんな私にとって、何より貴重なものが、なんなのか、おわかりいただけるだろうか?
正解は、時間、である。
死にたくない、生きていたい、と思うからこそ、叶うならば有意義に過ごしていたい。
無為でいる事に耐えられない。
一度きりの大切な人生だからこそ、悔いを残す事を何より恐怖してしまうのが、私なのだ。
これまでの13年間の人生、一切の悔いがなかったといえば嘘になるし、私はいつも現実との戦いに負け続けてしまっているのかもしれないけれど、いつまで続くか解らない自らの貴重な時間を無駄にするような事だけはしたくないのである。
そんな私だから、なのか、なんでも出来る魔法使いになる事は私にとっていっそ切実な、夢という言葉で終わらせたくない程の目標であり、その為ならば、アカネさんのスパルタにも、きっと耐えてみせるのだ・・・多分
「なんでも出来るようになりたい? 良いじゃない! 私は応援するし、力にもなってあげるわよ。実はね・・・」
初めてアカネさんと会ったあの日、実は私は、彼女の企みを、ちゃんと本人から聴かされていた。
その上で提案に乗ったのだ。
ユグドラシルの真実。
彼女がゲームマスターという、この世界で最高の権限を持つ存在であること。
ファザコンの彼女にはどうしてもこの世界の外に行きたい理由があり、その役職が邪魔になってしまっている事。
私には彼女にとって代われる資質がある事。
一切を包み隠さず開示してくれた彼女は、どうやら交渉というものがドヘタであるようだけれど、そのスタンスは、私からしても清々とするものであった事もあって、その手を取ったのだ。
目の前の現実と戦うというスタンスの私にとって、外の世界への願望なんてものは無いし、この世界で最高の権限を得られるというのなら、願ったり叶ったりでもある。
「この世界で、一番、なんでも出来るようになる事だけは約束してあげられる。ルールもペナルティも、決めるのも守るのも与えるのも奪うのも、アサヒちゃん自身。確かに制限はあるけれど、なんなら破ってしまっても別に良いんだから、ただ・・・」
「・・・ただ?」
「自由には、孤独が付きまとうものだから、理から解放されてしまえば、自らしか由とするものがなくなってしまう、これって結構精神的にくるものがあるのよ」
「・・・」
「なんでも出来るようになったとして、アサヒちゃんは、一体何がやりたいの?」
「人助け」
「即答だったわね」
「うん」
誰もが知っているシンデレラ。
あの魔法使いのように、逆境の中で苦しむ人々を助けられるようになれるなら
「一度きりの人生だから、私は、幸せになりたい。幸せだけを感じていたい。だから、私の周りにも、幸せでいて欲しい。誰かの不幸が、いつだって、私の幸福の障害になってしまうから、そんなものは許さない!」
「・・・あははっ! 凄いエゴイストなのね、まあ、私もなんだけど」
「自分を大切に出来ない人は誰も大切に出来ないって、そういう事なんだと思う。他人事だと思えないから、放置出来ないから解決するのであって、結局全部、自分の為なの、私は」
「奇遇ね、私もよ。私の後継者になるのに、アサヒちゃんは適任だわ、だって、何の良心も痛まないもの」
「あははっ!」
出会ったばかりでこんなやりとりをしてしまうあたり、私もアカネさんの事を言えないなとは思う。
それでも、一度でも共感してしまえば、もう手遅れだった。
「限界突破の儀式の為の素材は私の権限で生成できるけど、レベルを上げる事だけは自分で頑張らないといけないの。頑張れる?」
「うん」
具体的な内容も聴かずに即決してしまったせいで、その日はぶっ倒れるまで、しごかれてしまったけれど、確かに成果はあった。
まったくの初心者が急速にレベルを上げて、いくつかの初歩的なスキルを獲得して、ようやく戦闘らしい戦闘が出来るようになるまで、僅か一日。
この偉業は広いユグドラシルでも僅かしか前例が無いというから、アカネさんの指導者しての有能さが良く表れている。
だがしかし、レベルというものは上がれば上がってしまう程必要な経験値が莫大に増えてしまうものであるらしく、私の成長の速度は段々と遅くなり、
初日程目覚ましいものではなくなっていった、と、言えたなら良かったのに!
「鬼畜! 魔王!」
「魔王ならいるでしょ、そうアサヒちゃんの目の前に、何体も」
そうなのである。
七大魔王とかいう得体の知れない、一体だけでも規格外の存在が全員集結して、初級スキルを獲得したばかりのまだまだ駆け出しの魔法使いを虐めているのである!
「アサヒちゃんってば折角獲得したスキルポイントをバランス良く振っちゃって、初級スキルしか獲得出来なかったからね。セオリー通りなら一つだけでも良いから上級スキルを獲得して、楽をするものなんだけど」
「そういう大切な事は先に言ってよ!」
「テヘペロ!」
上級スキルどころか、最上級スキルを乱発するような魔王様方は高笑いしながら、私を、私だけを攻撃してくる。
モンスターハウスでもそうだった事だが、七大魔王様からも恐れられているらしいアカネさんは可愛らしく舌を出した。
可愛いじゃねぇか、畜生!
確認しなくても解る。
つまり、アカネさんは私に楽をさせるつもりが一切無いのだ。
私は今日もひたすら逃げの一手である。
数少ないチャンスを狙って反撃してみたけれど、ダメージの判定すらなかったのだから、勝負になりませ~ん(涙)
というかこれ、明らかに虐待なんじゃ・・・
「アサヒちゃん! 今最高に輝いているわよ!」
「アカネさんこそ、最高に良い笑顔です!(怒)」
あの七大魔王を相手に反撃してみせた根性は流石は私が見込んだアサヒちゃんである。
もうボロボロ泣きながら、死に物狂いになっちゃっているけどね!
前回と同様かそれ以上の速度で成長していくアサヒちゃん。
当然である。
あれらの魔王は一体で、上級モンスター一個師団クラスなのだから(笑)
前回も思ったけれど、アサヒちゃんは本当にタフだ。
体力も認めるべきだが、その気力が凄まじい。
決して折れない心、関心関心。
まぁ、例によってメニュー画面を開く余裕がないせいで、新しいスキルを獲得する事が出来ないあたりが試練かな?
それでも、種明かしを一つするならば、ここユグドラシルでは、レベルアップによるスキルポイントの割り振りは手動で行う必要があるのだけれど、ステータスアップだけは、冒険者によって個性がある為の措置なのだが、自動で行われているのである。
つまり、それがどういう事なのかと言えば、アサヒちゃんはこの逃げてばかりの戦闘(?)の中でも確実に実力をつけているのである。
お、今の身のこなしは良かったなぁ・・・
「モンスターには苦手な属性がある事もあるから、色々な属性のスキルを持っているアサヒちゃんはどんな相手とも渡り合える可能性を持ってはいるのよ」
「効かなかった! 効かなかったよ!」
「だって魔王だもの、初級スキルなんて当然効果なんてある訳がないよね?」
「やっぱり確信犯か!」
「いやいやお姉さん感動しちゃったよ、ホントホント」
「アカネさんは鬼でも悪魔でもなかった、いっそ邪悪な女神だわ!」
うん、実の母がまさしくソレ。
「なんの比喩でもなく、ホントに三日三晩逃げまわったのよ!」
「立派になったねぇ」
最初は半日もたなかったというのに、二回目でこの成長ぶり、驚異的である。
アサヒちゃんはどうやらその辺りの自覚が足りないようだけれど、気力だけは十分にSランク相当だと言えるだろう。
予知が出来ないのも納得である。
どんな試練も乗り越えてしまう主人公気質は予知を軽く超えてしまうのだ。
俗に言う奇跡を起こすというやつか、父さんの話では極々稀に存在するらしい。
人間って素晴らしいね!
「そんなアサヒちゃんにプレゼント、何でも好きな装備を揃えてあげよう! このリストから選んでね」
「え!? 正気!?」
「そこはせめて本気と聞こうよ」
パアアっと顔を輝かせながら、これまでの教訓からなのか、リストを慎重に吟味するアサヒちゃん13歳、チョロい。
可愛いなぁ、ホント。
レベルも60を超え、いくつかの上級スキルまで獲得し、いまや一人前の冒険者である。
それでも、彼女の目指す理想の魔法使いにはまだまだ遠いのだけれど、ちょっとしたお祝いぐらいはよろしかろうと私も思ったのである。
マル?
「それじゃあ始めましょう!」
「やっぱりかああああああああ!!」
憧れだったピカピカの衣装、光り輝くステッキ、どちらも紛れもなく最高ランクの装備。
しつこいくらいにアカネさんに色々と質問しながら揃えた最強の装備である。
スキルの獲得もちゃんと自分なりに納得のいくものを厳選出来たと思う。
だが、しかし、しかしである!
アカネさんに連れて来られただだっ広い空間には私とアカネさんの二人きり、これが何を意味するのかと言えば!
「大丈夫、ここなら、いくら泣いても叫んでも、誰も助けに来ないから!」
「もはや悪意しか感じない!」
ガタガタと震える身体とステッキ。
私のここ何日かで無理矢理研ぎ澄まされた本能が告げている。
今度こそ死ぬと!
最強?
だからどうした。
最強が無敵に立ち向かえるものか!
今なら解る、前回までの試練など、コレに比べればただのお遊びでしかなかったのだと!
夢にまで見ていた衣装が私の死装束になってしまうなんて!
うわ、刀抜いたよ、この女!
「いやいやいやいやいやいや、そもそも私、魔法使いなんだってば、接近戦とか無理でして」
「魔術戦でも良いけど?」
「墓穴!? ホントに一体何者なんだアンタは!」
私なりに精一杯時間を稼ぐつもりが、一言だけでタイムアウト、待ったなし!
ダレカタスケテ
私、進藤 朝姫13歳、魔法使いに憧れる、何処にでもいる私立中学一年生。
そこそこ裕福な家庭に生まれて、優しくも厳しい両親に育てられました。
乙女座のA型。食べ物の好き嫌いはありません。アレルギーもありません。
友達は沢山いますが、恋人はまだいません。
将来の夢は、幸せな、お嫁さんです。
弟が一人います。
難関の中学受験を突破して御国中学に入学しました。
吹奏楽部員です。
担当楽器はトランペットです。
ある日の登校中の事でした、青信号の横断歩道を渡っている時に、突然車が突っ込んできて・・・
・・・走馬灯です(涙)
「あ、気が付いた、まだまだ、ガンガン行くよ~」
「いっそ殺して!」
私は今、あらゆる地獄を経験しています。
アカネさんのプロデュースで。
今更気づきました。
ここまで状況が整っていたのですから、今度こそ、一人でコツコツと地道にレベル上げをするべきだったと。
憧れの装備というプレゼントに絆されて、合計三度もアカネさんの後についていったのがそもそもの間違いだったのです。
三度目って、とてもとても大切なんですね。
実感です。
何故敬語なのでしょうか?
そもそも私は一体誰に話し掛けて・・・
「ハイ、ストップ」
「「!?」」
それは全くの突然でした。
私達二人以外誰もいなかった筈の空間に響いたその男性の声は、アカネさんの動きを完全に止めてしまったのです。
黒いスーツに白いシャツ、黒いネクタイを身に着けた、それはそれは優しそうな大人の男の人でした。
・・・神様?
「家の娘がとんだことを、本当に申し訳ございません」
「・・・はぁ、いえ、その、なんと言いますか」
「親の私達から厳しく叱っておきますので、何卒今回はご容赦下さい」
そう、今現在、アカネさんはこの場にいないのだ。
この男性(ヒカルさんと名乗った)の方が連れて来た、三人の大変怖そうな女性たちに、何処かへと、連れて行かれてしまったのである。
遠くからずっとアカネさんの悲鳴が聴こえる気がするがきっと幻聴だろう。
ザマミロ。
それにしても、私みたいな子供相手に随分と丁寧に接してくれる人だなぁと思う。
この人が、アカネさんのお父さん?
信じられない。
お母様方は納得の怖さであったけれど・・・
「もっと早く駆け付けるつもりだったのですが、何分細かな制限が付きまとっている身なものでして、いえ、あの娘を一時とはいえ放置してしまった、私共の責任で御座います」
「あの、その、そんな言葉遣い辞めて下さい。私みたいな小娘が相手ですし、私も、それではかえって恐縮してしまいますから」
「・・・良いのかな?」
「はい」
「・・・ありがとう。優しいんだね。アサヒちゃんだったね。改めまして、アカネの父、ヒカルです」
「その、本当にお父さんなんですか? 失礼ですがまるで似ていませんけれど?」
「あの子は、見た目も性格も母親似でね、ここだけの話、正直かなり手を焼いているんだ、ボクも」
「解ります!」
反射で同調してしまった私、恥ずかしい。
そう、いやでもこれは、間違いなく、シンパシー。
きっとあのお母さんなら遺伝子までも強いに違いないなどと、誠に失礼な事を想像して、こっそり、胸の内で笑ってしまった。
それにしてもこの人達、ちょっと若過ぎる気がするのだけど、これが良く言う年齢不詳というやつだろうか?
「失礼かもしれませんけど、おいくつですか?」
「この身体は・・・もう40になる、かな?」
「身体?」
「はははっ、まぁちょっと特殊なんだよ、ボク達は。もっともこのままだと君までボク達のようになってしまうけれど、本当に良いのかい? ゲームマスターに寿命なんてものはないよ?」
「え? そうなんですか!?」
「うん。しかもほとんどの人は君の事を忘れてしまうし、かなり孤独で、退屈な仕事という事だけは間違いないよ? それでも?」
「なります!」
「即答なんだね」
「決めてましたから」
「解った。それじゃあアカネ達が戻って来たら継承の儀式を行うよ、君のレベルはもうとっくに70だからね」
「・・・・・・・・・・・・え? ホントですか?」
「アカネの作る“地獄”は時間に縛られないからね。君はもう、大体一週間近くもの間、文字通り地獄を視たんだよ」
「あの、アカネさんを叱るって話、本当に、厳重に、お願いします!」
「はははっ! 了解」
なんだかこの人の事は好きになれそうな気がする。
何と言えばいいのか、邪悪な娘とは違って、凄く気持ちが良い笑い方をする人だ。
私がこれまで見て来たどんな大人達とも違うような気がする。
少し、本当に少しだけだけど、彼に興味が湧いてきた。
「あの! ヒカルさんって!」
途端だった、私の全身の血の気が引いた。
いつのまに戻って来たのか、アカネさんは鬼の形相で私に斬りかかろうとして、また、ヒカルさんに止められた。
怖過ぎる!
え?
なんで?
「・・・リリス?」
「ごめんごめん、ちょっと目を離した隙にさ」
「姉さんが悪いんですよ?」
「アタシは止めたんだよ?」
ヒカルさんに問いただされて、三人の奥様方、リリスさん、イヴさん、ガイアさんが答えた。
狂犬を解き放った事を悔んだ様子は、私には見受けられない。
「私のパパに手を出すなら、命懸けだよ?」
固まったまま私に告げるアカネさん。
無言で肯定する奥様方。
いや、私は、まだ、そんなつもりは欠片も・・・ナカッタンデスホントウデス
「それじゃあ、儀式を始めましょうか」
「よろしくお願いします」
なんとも恐れ多い事に、ユグドラシルの創造主達が立ち会っての継承の儀式である。
執り行うのはリリスさん。
「まずは限界突破の儀式からね、アカネ、供物を並べて」
「うん」
私の四方に置かれた台座の上にアカネさんが、素材を並べていく。
通常ならば、一つ獲得するだけでも非常な困難を伴う素材らしいのだが、全てアカネさんの権限で即座に生成されたものだ。
明らかなチート行為というヤツらしいのだが、リリスさんの許可が出ているので、誰も咎めたりはしなかった。
恐縮!
「この私が全てを許す、以上」
あまりにもあっけなく、私のレベル上限は解放された。
自分の中で、視えない壁のような物が取り払われたような感覚があった。
凄過ぎる!
「限界突破は、必要なレベルにさえ到達すればこれから何回でも出来るわ、素材集めはやりたければやっても構わないけれど、せっかくゲームマスターになるんだから、自分の分くらいはこれからも生成して構わないわよ、私が許す」
「はい! ありがとうございます!」
直立不動!
「それじゃあ続いて権限移譲の儀式ね、アカネ」
「うん」
アカネさんはスタスタと私の目の前にやって来ると、そっと、私の額に口付けをした。
瞬間だった。
ソコは真っ暗なヤミの中だった。
とても静かで、とても温かい。
ココにはきっと全てがあって、おそらくは何も無い。
そんな、夢を視た。
私のランクがCからEXへと変わった。
あらゆる制限、拘束から解放されていく。
無限の可能性を身体全体に感じる。
コレ、ちょっと凄過ぎないか?
「レベルだけはまだ70のままだけれど、これから、きっとアナタも、もっとずっと強くなれる筈だから、頑張ってね。なんでも出来る魔法使い、素敵な目標じゃない。応援しているわ」
そう言って、身を翻すリリスさん。
他の奥様方も笑顔だけを残して、続いて去って行った。
後には、私と、アカネさんと、ヒカルさんだけが残った。
「アカネさんは、これからどうするの?」
「私はこれから、パパにたっぷりと叱って貰うの、二人きりでね、ウフフ」
「「・・・」」
私とヒカルさんの顔から血の気が引いて行く。
うん、ホントにドン引き。
それでも・・・
「「ありがとう、楽しかった」」
アカネさんとハモってしまった。
不覚。
「「またね」」
以下、前文。
ヒカルさんに手を引かれながら去って行くアカネさんを、手を振りながら見送って、一人になって、私は考える。
さあ、どうする?
これから始まる私の物語。
最近流行りの異世界ライフ。
私は、ゲームマスター専用のメニュー画面を開くと、現在ダンジョン内にいる冒険者達のリストを表示した。
そのいくつかに、現在危機にあるという報せがあった。
私は・・・
「今、行くからね!」
見ず知らずの誰かの為に、誰かと出会う自分の為に、彼女の旅も、きっとまた続いていく。
誰もが知っているシンデレラの物語。
お姫様よりも魔法使いに憧れた、そんな少女の物語。
父と娘
さてさて、例の親子はと言えば、
「さぁ始めましょう! 親子水入らず二人きりの時間を! 叱ってくれるんでしょう?」
「う! うぅ・・・」
相変わらず、娘が父親に一方的に迫っていた。
しかし、しかしである。
読者の皆様にはどうか安心して頂きたい。
この二人が一線をこえる事はありません、念の為。
だって、出版ができなくなっちゃうからね!
そんな二人、長きに渡る役目から解放されたばかりの娘のアカネと、役目も仕事も放りだして娘のもとへと駆け付けた父親のヒカル。
二人はせっかくだからと、ユグドラシルの王都にある酒場へとやって来ていた。
アカネにとっては念願の入店であるし、ヒカルにとっても人目のある所の方がいくらか安心なのである。
多種多様な異世界と繋がっているユグドラシル。
その中心でもあるここでは、通貨さえあれば、古今東西、あらゆる飲食が可能なのだが、あいにくな事に、アウトローな二人はその通貨をほとんど持っていなかったので、ユグドラシル国王、ビルガから直々に借金をしていた。
ビルガは、アカネがゲームマスターの役割を担う前後も、当然のようにアカネの事を忘れる事はなく、覚えていてくれている。
アカネにとっては有難い存在なのだが、毎度の求婚だけは決して欠かす事が無いので、どうにも対応に困る存在ではある。
そんな彼だから、これまた当然の如く、いくらでもアカネに貢ごうとはしてくれたのだが、流石に気が咎めたので、借金という形にしたのである。
そんな訳で、この日はアカネのオゴリである。
二人ともにハンバーガーセットをパクつきながら今後の計画を立てていた。
サイドメニューのポテトをコーラで流し込んでから、アカネが言う。
「適当なクエストを受けてお金を稼ごうよ。勿論、カップル限定のデートクエストで! “ケーキ入刀”とか“困難の中で芽生える愛”とか、色々あるし」
ウーロン茶を吹き出しそうになるのを懸命に堪えつつ、ヒカルが言う。
「親子でカップル限定とかいけません! もっと普通のクエストで良いんじゃないか? “採取”とか“討伐”とか、ありふれたものも結構楽しいと思うぞ?」
「絶対デート!」
「うぅ・・・」
まぁ、世の中には親子デートというものもあるようですが、アカネの言うそれは完全に恋人同士のそれなのでヒカルとしては当然アウトなのですが、とにかくこの男は娘に甘いのです。
なので、
「しばらくはちゃんとそばにいるつもりだから、二人きりで、“採取”と“討伐”の並行作業でどうだ? 共同作業だし、ピクニック感覚なら、まぁ、デートのようでもあるし」
スレスレの提案ですね。
いくつかアカネの琴線に触れるキーワードを混ぜてしまうあたり、このバカは本当に、以下略。
「ウフフ、仕方がないなぁ、パパは♪」
「うぅ・・・」
そんなこんなで、翌朝。
ここのところ、毎晩寝床を度々襲撃してくる娘を撃退する為、若干睡眠不足気味のヒカルと、元々ショートスリーパーで、元気一杯のアカネ。
アカネは幼い頃から非常に寝つきが良く、育てる分にはあまり苦労はしなかったのだけれど、成長した今となっては、自分だけ上手に、短時間で効果的に睡眠が取れるのを良い事に、毎晩、父親に夜這いをかけているのである。
ヒカルの努力もあって、当然全て、未遂に終わってはいるのだけれど、睡眠不足はかなり本気で辛いものがあるので、この二人の生活はあまり長くは続けられないだろう。
それでも・・・
「ウフフ」
「はははっ」
やはりヒカルも父親である。
愛する娘との時間は大切であり、許せるワガママはどうしても許してしまう。
リリスも呆れ顔だろう。
それでも、この穏やかな時間を過ごしていたいと思うのだ。
晴れ渡る高原で、綺麗な花々や、貴重な薬草や鉱石などを採取しながら、時折あらわれるモンスターを討伐する。
獲得した素材もあわせて冒険者ギルドで売却すれば、すぐに借金も返せるだろう。
昼時、澄んだ湧き水が流れる河原で、二人でサンドイッチを食べながら、釣りをして過ごした。
何も釣れなかったけれど、楽しい時間だった。
日が暮れるまでクエストを継続して夕方に換金、夜は酒場で食事、宿屋に帰ってドタバタした後、休息を取る。
そんな日々をしばらく続けて、借金を完済して、いくらか余裕も出来た頃、リリスが夫を迎えにやって来た。
「アンタも来る? もう帰って来たら?」
訊ねる母に娘は
「たまにはママにも親孝行するよ、パパの事、よろしくね、私はもう少しだけここにいるから」
ニッコリと笑って答えた。
帰っていく両親を見送った後、思い出したのは、年の離れた友人の事。
きっと今も、誰かを助けているに違いない。
「アサヒちゃん、元気かな?」
言いながら、歩き出す。
ひょっとしたら、何処かのダンジョンでまた会えるかもしれないなと、期待するアカネであった。
ここはユグドラシル、破天荒な王様が治め、不器用な魔法使いが見守る、沢山の冒険者達が集う世界だ。
貴方も、いつか訪れる事があるかもしれない・・・
不思議のダンジョン-世界樹の迷宮-ラグナロク オンライン 宝田光 @y1m2t5l2l2s3
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