第2話 書けない。だから、書きたい。
「僕も……自分を、出してみたい」
たとえ震える声でも、下手くそな言葉でも。
それが“今の自分”なら、きっと意味がある
ラップを始めよう。
そう決めたはずなのに、ペンは止まったままだった。
「……書けない」
机の上には、無地のノート。買ったばかりの黒い表紙に、自分の名前もまだ書いていない。
筆箱から取り出したペンを、何度も持っては置き、持っては置いた。
思いはある。感情もある。でも、それを「言葉にする」ことが、こんなにも難しいとは思っていなかった。
「そういえば活動名も考えてなかったな」
ラップをやるなら、まず“名前”がいる。
ステージネーム、MCネーム、呼ばれたい名前。
でも、名乗るってことは、“自分がどう在りたいか”を示すことだ。
その問いは、思ったよりも重かった。
カッコつけた名前にするか?
英語っぽい言葉を並べて、それっぽくしてみるか?
……けど、それじゃ意味がない。
俺は、ずっと自分を隠してきた。
本音を言えなかった。臆病で、弱くて、情けなくて。
だからこそ――せめて、ラップの中だけは、本当の自分でいたいと思った。
そのとき、ふっと一つの単語が頭に浮かんだ。
「NAKED(ネイキッド)……」
裸。むき出し。偽らない。
それは、怖さと誠実さが同居するような言葉だった。
――かっこよく見られたくて、無理してきた過去。
――それでも、何者かになりたくて、足掻いている今。
「……俺の名前は、NAKED」
誰にも届かない独り言だったけど、自分には届いた気がした。
背伸びも、虚勢もいらない。ただ、このままで。
恥も弱さも言葉にして、ステージでぶつけてやる。
名前をつけたその瞬間、少しだけ“自分”になれた気がした。
名前は決めたが、何を言葉にすればいいのか。
日曜の朝、部屋のカーテンを少しだけ開けて、外の光を入れる。
その光に照らされながら、白石誠志はひとり、ノートとにらめっこしていた。
「何書けばいいんだろう……」
KAI-Zみたいに強い言葉は思いつかない。
怒りも、闘志も、誇りも、持ってない気がする。
でも、悔しさならあった。
何も言えない自分。
気を遣ってばかりで、本当は言いたいことがあるのに飲み込んできた。
傷つくのが怖くて、自分の中に閉じこもっていた。
「でも……それも、言葉にしていいんだよね?」
ノートの1ページ目に、小さな字で一行だけ書いた。
> 「言いたいことがある。でも、口から出ない。」
……ダサい。でも、嘘じゃない。
これが、俺のラップのはじまりだ。
⸻
夜になって、ふと思い立ってスマホの録音アプリを開いた。
誰にも聴かせない。自分用。それだけでも怖かった。
恐る恐る録音ボタンを押して、書いたばかりの言葉を読んでみる。
>「言いたいことがある。でも、口から出ない。
> 本音はいつも、心の奥で迷子みたいだ……」
途中で噛んだ。声も震えてた。
聞き返すと、自分の声が信じられないほど小さくて、情けなくて。
でも、不思議と——嫌じゃなかった。
下手でも、弱くても、「自分の声」を聴いたのはこれが初めてだったから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます