ビートに僕の声を重ねて

こうこう

第1話 僕なんかに

自分の存在が、薄く感じる瞬間がある。


 教室のざわめきの中、誰かの笑い声や話し声が遠くに聞こえて、ふと、自分だけ取り残されているような気がした。


 窓から差し込む光はやけに眩しくて、それに照らされた机の上にうつる自分の手が、他人のもののように思えた。


 白石誠志(しらいし せいし)――高校一年生。趣味なし、特技なし、友達も深くは関わらない。

 別にいじめられているわけでもない。でも、誰かに必要とされたこともなかった。


 「……僕なにやってんだろ」


 自分の中でつぶやいたその言葉は、もう何度目かわからない。


放課後。教室を出ようとすると、後ろから声をかけられた。


 「おーい、白石!今度の土曜って空いてる?」


 声の主はクラスメイトの佐久間ケント。明るくて、話もうまくて、いわゆる“中心側”の人間。俺とは縁がないと思ってた。


 「え……? うん、別に予定ないけど」


 「よかった!実はさ、ラップのライブ行く予定だったんだけど、友達ドタキャンでさ。一枚チケット余ってて。興味ある?」


 「ラップ……?」


 予想外の言葉に、少しだけ思考が止まった。


 「まあ、興味なくても大丈夫!会場の雰囲気ヤバいし、見てるだけで楽しいから。気が向いたらでいいよ!」


 どうしよう。正直、よくわからない世界だ。でも――

 自分の中に何かがざわっとしたのは、確かだった。


 「……行ってみる」


 自分でも信じられないくらい、すんなり口から出ていた。



 その土曜日。

 渋谷のライブハウスには、まるで別世界の空気が流れていた。


 重低音のビート、響き渡る歓声、光と闇が交差する照明。

 その真ん中でマイクを握っていたのは、今話題のラッパーKAI-Z(カイズ)。


 ステージ上の彼は、まさに“言葉の爆弾”だった。


 >「誰かの期待に応えなくてもいい。

 > オレはオレのままで、叫ぶだけ!」


 その声が、心の奥の何かを撃ち抜いた。


 >「できるかどうかじゃねぇ、ぶつけたいかどうかだろ。

 > 弱さも過去も、マイクの中でなら、全部武器になる!」


 ……武器になる? 弱さが……?


 今までずっと、隠してきた。人にどう思われるかが怖くて、本当のことなんて言えなかった。

 でもKAI-Zは、堂々とさらけ出していた。

 傷も、弱さも、怒りも、悲しみも。全部ラップに乗せて、観客の胸を撃っていた。


 「……すごい……」


 自分の声が震えていた。気づけば、息をするのも忘れて見入っていた。


 その瞬間、胸の奥で何かが、確かに“始まった”。



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