第12話 名前の由来

「はい、ルピカ。これがだよ」

「茎?」

 千隼が運んできた皿の上には、柚月の夢の中で見たお菓子が並んでいた。

「クッキー!」

「なんだ、知っているのか? 俺が訂正するまでもなかったな」

 クッキーだよ! と言うつもりが、ルピカが先にクッキーに飛びついたので、流加は拍子抜けしてしまう。

「夢の中でね」

 クッキーを頬張りながらルピカは、瀬乃に目配せする。

 あの日、目を覚ました柚月は二日間も眠っていた人とは思えない足どりで、気絶している藤也を起こし「呪いは晴れた」と告げた。その時、藤也がルピカに向けた顔といったら、とても間抜けな顔をしていて、思い出すだけで今でも笑いがこみあげてくる。

「瀬乃先生~」

 子どもの声がして、流加が「また来た」とげんなりする。すぐに扉が開いて、例の子どもが入ってくる。

「早くアイツを呪ってよ」

 ふくれっ面の子どもの後ろにいる人物を見て、ルピカは思わず腰を浮かせた。

「柚月さん!」

 髪を頭の上で結い上げた柚月は、西華国の人のようにテカテカと光沢を放つ大きな平帯――リボンと呼ぶらしい――をつけていた。若い娘が着るような目の覚める黄色の着物を着た柚月は、とても目立っていた。それは、いい意味で。

「すてきな格好!」

「ありがとう、白珠さん」

 微笑んでから、柚月は部屋を見渡す。

「ルピカさんは、いらっしゃらないの?」

 わたしがルピカよ、と言いかけたルピカは、困って瀬乃に助けを求めて振り返った。

「ルピカは外出しているのです」

「そう、残念ね」

「それと、ルピカのことはどうぞ内密に」

 瀬乃が言うと、柚月は眉をあげて肩をすくめる。

「妻が二人というのは大変ね、白珠さん」

 どうやら柚月は、瀬乃の妻が二人いると勘違いしてくれているようだった。変わり者の長月瀬乃という噂が、それに信憑性を持たせているのかもしれない。ルピカはただ苦笑いを返す。

「女は、夢を見てはいけない」

 唐突に柚月がつぶやいた。着物のたもとからそっと栞を取り出して見せると、またそれをしまった。夢を見たことを知っている、共犯者の証しを見せるように。

「目が覚めてから私、藤也さんにすべてを打ち明けてみたの。嫌われないかっていつもびくびくして、顔色をうかがってきたけれど、もうたくさんってね」

「それで、どうなったの?」

 あの偏見親父の藤也のことだから、ひどく柚月に当たり散らしたりしたのではないか、とルピカは心配になった。

「愛していると伝えたの」

「あ、あい?」

「好きに生きるって、自分に正直になることよ。だから、私きちんと伝えたの。愛している。だから、あなたを手伝いたいって」

「それでそれで?」

 柚月はにっこりと微笑むと、くるりと回ってみせた。柚月に続いて、黄色の袖と髪につけたリボンがふわりと美しい円を描いて回り、鳥が羽を休めるようにそっと元の位置に戻った。

「西華国の生地を使ったの」

「とてもすてき!」

「でしょう。私がこれを着て外を歩き回るの。そうしたら、みんな欲しがると思わない?」

 柚月はそういうと茶目っ気たっぷりに片目をつむってみせた。

「そうそう、渡すものがあるの」

 ちょっと、と柚月が振り返って声をかけると老爺が白い箱を持って現れた。

「これはお礼。あの日は本当に食べられなかったから。紅茶と西華国のお菓子よ。それから、ルピカさんにこれを」

「これは?」

 ルピカが差し出されたものを受け取ると、それは絵本だった。

「星海のリリー。あの子、読んだことがあるって言っていたから。もらって欲しいの」

「でも、これは柚月さんの本じゃ」

 いいの、と柚月は首を横に振る。

「私はもう本に頼らなくても、想い描けるから」

 柚月は形のいい唇を上に持ち上げる。

「あと、もう一つ。星の本よ」

「星?」

 ルピカは分厚くて、繊細な模様が描かれた表紙の本を受け取った。

「ええ、これは西華国の本。ルピカって名前を聞いた時、もしかしてって思ったのよ。星の名前が由来なんじゃないかって」

「星の名前が?」

 思わずルピカは本に視線を落とす。

「そう。けれど、外出しているのなら、確かめようがないわね。また、会いにくるわ」

 名残り惜しそうに柚月は、踵を返す。

「もう帰っちゃうの?」

 ルピカが尋ねると、柚月は半身だけ振り返って、にっこりと笑った。

「藤也さんと出かける約束をしているの」

 コツン、と聞きなれない音がしてルピカは気がついた。

 扉を開けて、外に出て行く柚月は異国の赤い靴を履いていた。絵本の少女のような、赤い靴を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る