第5話―魔女の隣に立つ少年―

「今日は街に降りる」


 朝、ソフィアがそう言ったとき、レイは思わず聞き返した。


「えっ……あの、街って……あの、あの街ですか?前に僕が……その、騒ぎになった……」


「そうよ。補給のタイミングが来たわ。薬草も、道具も切れてきてる」


「でも……僕が行ったら、また……」


「隣に私がいる限り、誰も指一本触れない。心配はいらない」


 そう言い切るソフィアの声は、いつも通り静かだった。

 だがそれは不思議と、絶対的な安心感を与えてくれる声でもあった。



 午前中、ふたりは森を下り、城壁都市オレディナの門をくぐった。


 都市の中は活気にあふれ、人々の声が飛び交い、商人が叫び、香辛料の匂いが漂っていた。

 けれどその騒がしさは、レイが姿を現した瞬間に静まり返る。


「……っ、あれ……男……?」

「黒髪……本物……!?魔女と……一緒……?」


 誰もがレイに注目する。けれど、誰一人として近づこうとはしない。

 なぜなら、その隣には――魔女・ソフィア=ノワールがいるからだ。


 彼女の名を知らぬ者はいない。

 国家にも、貴族にも縛られない“風の魔女”。

 今なお各地を旅し、時折その力を見せつける“最強格”の存在。


「目を合わせるな」

「無言で消されるぞ……」

「魔女の“所有”か……いや、保護か……?」


 都市中が、遠巻きにふたりを見ていた。


「……すごいですね、ソフィアさん」


「何が?」


「誰も、何も言ってこない。あれだけ騒がしかったのに……」


「当然でしょ。私はこの街の住民でもないし、貴族でもない。

 でも、この街の貴族が一番手を出したくないのが“私”なの。だから皆、距離を取る」


 それは誇張でも虚勢でもなかった。

 ソフィアの歩く先には自然と人が避け、レイの周囲にも“結界のような空間”ができていた。


 レイは、ふと思う。


 あの日、自分を取り囲んだ視線と、今の街の空気。

 同じ“注目”のはずなのに、こうも違う。


 それはきっと、ソフィアの存在が“絶対の庇護”になっているからだ。



「ここが薬草屋。君は入らなくていい。外で待ってて」


「わかりました」


 ソフィアが店に入ると、レイは入口の脇で腰を下ろした。

 相変わらずの視線はあるものの、誰も話しかけてはこない。

 だが――数分後。


「ねぇ、君……本当に、魔女に“保護”されてるの?」


 小声で、耳元に届く。振り返ると、背の高い若い女性が立っていた。

 目は穏やかで、服装は貴族の使用人のよう。


「……はい、一応……」


「ふぅん……やっぱり、男の子……なのね。

 ねぇ、ほんの少しだけ……匂いを嗅がせてもらえたり……」


「だ、だめです、それは……」


「ちょっとくらいなら魔女様も――」


「“ほんの少し”の接触が引き金になることを、君たち凡人は知らないのね」


 突如、足元に風が吹き上がり、女性は地面に膝をついた。

 ソフィアが戻ってきていた。目元には、わずかに怒気。


「……彼に何かあったら、君の主人ごと覚えておきなさい。次はないわ」


「っ、す、すみません……!!」


 使用人の女性は逃げるように去っていった。



 帰り道、レイはポツリと呟いた。


「……本当に、すごい人ですね。ソフィアさんって」


「私は、そういう“仕組み”の中で生きてるだけ。誰よりも力を持っている。だから皆が避ける」


「でも、僕のこと……ここまで守ってくれる人なんて、いませんでした」


「…………」


 ソフィアは何も返さなかった。

 けれど、彼女の歩く速度がほんのわずかだけ、レイに合わせてゆっくりになったのを、

 レイはちゃんと気づいていた。

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