第6話 悪魔の訪店
問していいか? お前は何でここにいる?」
「えーっと、確か。鳥みたいな変な魔族に連れられて。それで気が付いたらここに。」
「・・・そうか。」
「それで、ここはどこなの?」
ヴィレヤが尋ねる。少年はしばらく沈黙し、そして大きく息を呑んで再び口を開いた。
「ここは研究所だ。魔族のな。」
「なるほど。それであなたは誰なの?」
あまりにも淡白なヴィレヤの反応に若干戸惑いつつも少年は冷静さを装った。
「俺は魔術師だ。いや、元魔術師だ。魔族との戦いに負け捕らえられここに連れてこられた。そしてここで奴らの実験体として使われ、今では魔術は全く使えない。代わりと言っちゃあれだが右腕に移植された蜘蛛の細胞のお陰で蜘蛛糸を自在に出したりできる。あんまこんなこと言いたくねえが元から魔術の才能があったわけじゃねえしある意味強化されたのかもな。」
少年はそう言うと自身の右腕から蜘蛛糸を出す。蜘蛛糸は天井にわずかに空いた吸気口に通る。やがて糸はヴィレヤの部屋の吸気口から垂れてくる。
「この通り俺の糸はどんな隙間も通れる。結構神経いる作業だがな。あんた魔術は使えるか? ここを脱出する策があるんだが、それにはどうしても魔術の力がいる。」
「・・・使えない。」
「使えない? 簡単な魔術もか? 火を出すだけでいいんだぜ? あー後、できれば水も欲しいな。」
「無理。魔術は全く使えない。」
「そうか。それじゃ八方塞がりだ。」
少年はそう言うと自身から伸びた糸を切断。糸は天井に引っ付いたままだらしなくぶら下がったままだ。
「・・・あなた昔は魔術師だったって言ってたよね?」
「ああ。昔のことだがな。昔って言ってもいつ頃かはわかんねえけど。」
「ちょうどいいわ。なら教えてよ。私に魔術を。」
思わぬヴィレヤの言葉に少年は目を見開いた。
「ハハッ。確かに。そうだな。お前頭いいな。できないなら俺が教えてやればいいんだ。いいぜ。まずはそうだな。火も出せないとなると、基礎的な魔力コントロールからだな。」
そう言うと少年は再び吸気口から糸を通した。
迷路のように入り組んだ路地の中、元々方向感覚が優れていないオーレルは途方に暮れさ迷っていた。至る所から乱立したパイプ管からは得体のしれない液体が常に垂れ流されていた。乱立したパイプ管や魔導灯に遮られながらも微かに見える空は排気ガスにより黒ずんで見えた。
「ここは本当に空気も悪いし、訳わからないぐらい入り組んでて。異界にでも迷い込んだみたいです。」
オーレルは溜め息混じりに呟く。まだ習得したての浮遊魔術を駆使し正午にはグラウ=ベルクに到着したのだが街に入るにあたり自警団による厳格な審査を受け、何とか城門を抜けるも複数の犯罪組織が入り乱れるこの街はヴェルハーヴンとは異なり多くの強い魔力反応があり、いくらオーレルと言えど魔族を探知するのは困難であった。
「とりあえず、どこかで情報収集でもしますか。」
グラウ=ベルクは独立した治外法権の街。つまり魔族が潜伏するにはかなり好都合の地だ。住民の何人かは魔族と通じているかもしれない。いや、住民全体が魔族に懐柔されていても何らおかしくはない。だとすれば昨夜の魔族が自分をこの地に誘い出したのも合点がいく。先程の自警団も魔族の手先の者で今頃魔族らに自身の情報を送っているかもしれない。
しかしオーレルはそれを意にも留めなかった。どれだけ魔族や住民らが結託してどんな罠を仕掛けてこようと、確実に返り討ちにできるだけの自身が彼女にはあった。それよりも気がかりなのはヴィレヤのことであった。
オーレルは近くにある小さな酒場の前で足を止めた。そこにはやや強めな魔力の気配が1つあった。
どこの地の方言かもわからないようなスラング文字で”愛の巣窟”と描かれたその店の扉を開く。その瞬間に店主の女と目が合った。背の高い美女。黒いドレス、紫の口紅、左顔に刺青。ゆったりとした動きで、長い指で煙管を持ち歩いている。つぶらな青の瞳孔は大きく開いており何かに怯えているようだ。
「どうやら勘は当たったようですね。」
オーレルが呟く。
「・・・帰りな。この店は魔術師様は出禁なんだ。」
「あら、それは残念です。客足が減ってるようなのでせっかく繁盛の手伝いに来たのですが。」
オーレルが杖を軽く振る。遅れて、女の右腕が弾け飛んだ。血と煙草の香りが空気に混じる。女は何も言わず、ただ目を見開いた。
「魔族が居座ってるのに、魔術師はお断りですか? 火事場に水を運ぶのは禁止、ってことかしら? ではお冷はいいので代わりに一つだけ答えてください。あなたの仲間に羽の生えた鳥型の魔族がいるでしょう? 彼はどこです?」
オーレルはそう言うと店内のカウンター席に腰をかける。女は右腕を押さえ倒れ込み、血の形相でオーレルを見つめる。
「随分と皮肉がうまいことね。流石は王都のお嬢様。でもね。その注文は承れないよ。あなたはここで死ぬんだからね!」
女は全身を掻きむしる。肌が紫色に変わり、触手のような髪が煙のように浮遊。全身に花のような毒腺が開き、毒の霧を常に纏う。
「さっさと私を殺しておけばよかったのに。残念だったね。私の魔術は毒。この店全体に既に私の魔術で作り出した霧が蔓延している。なんの動作もいらない。ただ私がほんのちょいと魔力をこめれば霧はすぐに猛毒となる毒素を作り出す。もちろん魔族には効かない。人間にだけ作用する猛毒だよ。」
女はそう言うと立ち上がった。
「最後に教えといてやる。この店の店主として、注文に応えられなかったことへの詫び。サービスさ。私の名はメルナ。覚えておきな。
「・・・じゃあ私からも。最後に教えといてあげます。」
オーレルはそう言うと再び杖を振る。次の瞬間メルナの首から上は消えていた。
「あなたのお仲間さんにも言いましたが。この程度の毒やガスが私レベルの魔術師に通用するなんて思わない方がいいですよ。
オーレルはそう言うと店を後にした。メルナの死体の処理をしなかったのは他のメンバーたちへの見せしめだった。所詮は
「とはいえ火葬もせず死体放置というのは、相手が魔族とはいえ何だか心が痛みますね。」
オーレルは呟いた。そして工業配水でできた水溜まりに映った1人のあどけない少女に、たった今1つの命をいとも容易く刈り取った恐ろしい悪魔に小さく恐怖を覚えた。
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