第23話 期末試験近し
翌朝の食卓は華やかだ。
瑞瑞しい野菜サラダの緑や赤は目に鮮やかだし、その横には黄身が艶めく目玉焼やぷりぷりのソーセージも並んでいる。
入れたてのコーヒーの香りが、ふんわりと鼻腔に流れ込む。
麗が作ってくれたそんな朝食を、俺と麗、華恋とで囲んでいるのだが、どこか緊張感が漂っている。
「……で、昨日の夜は、何もなかったのでしょうね?」
「ふふ~ん、気になるの? 私と翔様は、ずっと一つになって寝てたからねえ」
「ひ、一つって……ま、まさか……」
「おい、妙な勘違いはするなよ。コーネリエのこととか、色々と喋っていただけだ」
「そうそう。ずっと身体を絡め合ってたけどねえ」
だから、余計なことを言って麗を刺激するのは止めてくれって。
トーストの甘さを感じなくなりそうだ。
「そう。コーネリエは貴方のことがお気に入りだったから、せいぜい気を付けることね」
「そそ、それを言うならレイラ……麗、貴方の方こそ! 出会っていきなり、スカートの中をまさぐられたのでしょう!? いっそ二人でくっ付いちゃったらいかが!?」
「そ、そんなことある訳ないでしょ!? 私は翔一筋なんだから! 貴方こそ、年上のお姉さんに可愛がってもらったら!? きっと桃色の毎日を送れるわよ!」
「そんなのダメよ! わわわ私だって、この体は翔様だけのものだって決めてるんだから!!!」
「お~い、静かに食べようぜ。朝のひと時は貴重だぞ」
休みの日の朝くらい、のんびりと朝寝をするか、静かな時間を過ごしたいものなのだがな。
それにしても、麗が作る飯は上手い。
目玉焼きの焼き加減が絶妙で、半熟の黄身を潰してトーストを浸して口に入れると、まろやかな風味が口の中で広がる。
「はあああ……普通にしてるといい人なんだけどなあ……これならいっそ、リリーもいてくれればいいのになあ……リリーには、危ないとこをよく守ってもらったなあ……」
「そうね……でも、いない人に期待しても、仕方がないわ」
リリーか……リリー・ファルロミシス、俺たちのパーティに最後に入ってくれた仲間で、金色の髪が美しいエルフさんだった。
いつも冷静沈着で、グダグダだったパーティを引き締めてくれた。
いつも凛としていて、コーネリエからのラブコールを一切受け付けることもなく、押しが強いコーネリエでも、下手にリリーに手出しをすることが無くなったほどだ。
ただ、ちょっと悪い癖があるのが、珠に傷だったのだが……
「だな。まあ、今までだって何とかやれたんだから、これからだってきっと大丈夫だろう」
「そうね。今はその根拠のない言葉を信じるわ、くず勇者」
「だねえ。まあ、何とかするしかないよね、くず勇者様」
どうとでも言ってくれ。
今の俺は、一杯の熱いコーヒーと語らっているんだ。
満足感でいっぱいの朝食が終わってまったりしていると、麗が教科書を広げ始めた。
「もしかして勉強をするのか?」
「そうよ。貴方の学校でも、もうそろそろなんじゃない?」
「そうよねえ、じゃあ私もやろうかな」
華恋も自分の鞄から、教科書や筆記用語を取りだした。
そうだった、一学期の期末試験が、すぐそこまで迫っていた。
その先に、
決して忘れていた訳ではないけれど、小説の執筆の方に意識を飛ばして、現実から逃避していた。
けれど、何もしないで赤点でも取ってしまうと、補習授業やら追加の課題やらに追われることになって、気楽な夏休みどころでは無くなってしまうのだ。
「そうだな、じゃあ俺もやるかなあ」
あまり気は進まないけれど、誰かと一緒だとその気になるから不思議だ。
自分が持って来た教科書やノートを持ちより、リビングで勉強会だ。
さあ何からやるか、ここは一番気が乗らない数学辺りからかな。
物語を描くのが好きなだけあって語学はそこそこなのだけれど、理系科目はからっきしで、ずっと平均点以下の点数しか取れていない。
従って公式や数の羅列を目にしても、全く頭に入ってこない。
「翔、何の勉強をしているの」
「数学だよ。前の時は赤点ギリギリだったから、最優先だ」
「あ、私、数学得意だよお!」
片手を挙げてブンブンと振る華恋は、数学の教科書を広げている。
「そうか。ならここのとこ教えてくれるか? なんでこんな答えになるのか分からないんだ」
「えっと、三角関数だね。それはだねえ……」
俺にとって難解でしかなかった問題をいとも簡単に理解して、スラスラと解説をしてくれる。
何故だかすっと頭に入って来て、こっちも分かった気分になれた。
「すまん。じゃあ、こっちの問題はどうだ?」
「ああ、それはだねえ……」
次も、そしてまた次も、流れるように説明をしてくれる。
お陰でずっと理解不能だった問題が、全然怖くなくなった。
元々賢い奴だとは思っていたけれど、その才能がいかんなく発揮されている。
「すまないな。俺のことばっかり見てると、お前の勉強が進まないな」
「ううん、大丈夫。こんなことで翔様のお役に立てるのなら、お安い御用よ」
「ねえ華恋、貴方はまだ高校一年生でしょ? なのに何故、二年生の数学が分かるの?」
不思議がる麗に、華恋はドヤ顔を送る。
「それはねえ、私の家には家庭教師がいるからよ。学校で習った分よりもずっと先のことも教えてもらってて、もう高二の数学はほとんど勉強し終わってるんだよね」
なるほど、さすがは大会社の家のお嬢様だ。
そんな奴が日曜の昼間に、こんなとこにいて本当にいいのか?
「そう。翔、語学の方は大丈夫なのかしら? 私のお父さんは外交官だし、お母さんは大学で国文学の教授をしているから、私も昔からよく教わってるの。少しは教えてあげられるわよ」
それはまた、御大層な家に生まれたものだな。
お前だって、何故今ここにいるんだ?
俺の親はそこまで立派でもないし、大したコネだってない。
けど、こうして一人息子を広い家に住まわせてくれて、勝手気ままにさせてくれているのだから、俺の中では感謝してもしきれない。
少なくとも、前世で
自分がそれに応えられているかどうかは、全然分からないけどな。
「そうか。なら、スワヒリ語の文法を教えてくれ」
「ふざけているの? 高校のテストで、そんなのが必要な訳ないでしょう。国語か英語、それかフランス語かドイツ語なら、大丈夫だけど」
「冗談だ。なら英語の、分詞構文の使い方を教えてくれ」
「いいわよ。何でも聞いて」
麗も教え方は上手で、英語の発音だって綺麗に思えた。
まるで本物の外国人が喋っているかのように、滑らかな響きが鼓膜を震わせた。
考えてみると、こうして友達と一緒に勉強したことなんて、今までに一度もなかったな。
学校でも家でも一人でいることが多かったので、それが当たり前だと思っていた。
けど、これはこれで、悪くは無い気がする。
お返しにこっちが教えられるものが全然ないのが、申し訳ないのだけれど。
唯一あるとすれば、前世の親父から盗み取ったチェスの腕前くらいかな。
けどそれだって、俺にとっては黒歴史みたいなものなんだけれどもな。
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