日本に転生したクズ勇者、同じパーティーだった転生女子達に溺愛される
まさ
第1話 作家と読者
本当に来るのだろうか……?
半信半疑で疑いながらも、視線はせわしなく動く。
580円のブラックコーヒーを喉に流して、目の前に置いてあるノートパソコンに目をやっても、一行たりとも筆が進まない。
初夏の足音が聞こえる土曜日の午後、普段は利用しないちょっとお洒落なカフェに出入りする客達を、じっと目で追う。
えっと……次はどうするんだっけ。
主人公がギルドの受付嬢と仲良くなって、一線を越える寸前までいく話だったな。
小説を投稿できるウェブサイト『カケヨメ』に投稿中の話の続きなのだけど。
大して強くもなく、女にだらしがないくせに勇気が無くて中々手が出せないクズ勇者が、なぜか魔王を倒して世界を救うという、異世界ファンタジー物だ。
幸いなことにかなりの人気を得ていて、ランキングでもずっと上位に顔見せしている。
何の取柄もないモブ、高校2年生の男子生徒による処女作としては、最高の出だしだろう。
『設定や話がリアルで面白いです』
『登場する女の子たちのポンコツぶりが可愛いです』
『勇者のクズっぷり、情けなくて笑えます』
そんなコメントだってよくもらう。
その中で、気になるものがあった。
『私、あなたの正体を知っています。一度お会いしませんか?』
小説のサイトからリンクを貼っている個人のSNS宛てに、そんなメッセージがあったのだ。
普通なら単なる悪戯か戯言だろうと放置するところだが、その後もどんどんと寄せられてくるメッセージを目にして、捨て置けなくなった。
『会ってくれないのなら、この後の話を全部全世界にバラしますよ』
こいつ……この話の続きを知っているっていうのか?
だとしたら、もしかしてこいつも、俺と同じ……?
さらに気になったことがもう一つ。
その差出人のアカウント名である『レイラ』という響きに、聞き覚えがあったのだ。
『明日の午後4時、渋谷の喫茶店『らふぉるて』で待ってます。来てくれるまで、ずっと待っています』
一方的にアポまで入れられて、仕方なく今ここにいるのだ。
俺の作品を気に入ってくれた狂信者かストーカー、それで済むのならそれでいい。
けど、確かめなければ。
放っておくと、何か良からぬことが起こるかもしれない。
そんな漠然とした危機感が、頭を過ったのだ。
一人で考えあぐねていると、たった今入って来た客に目が留まった。
銀色のショートヘアの下に、整いすぎるほどの小顔がある。
ノースリーブのトップスとデニムの短パンからは、水晶の如くに透き通った素肌が覗く。
周りにいる一般人とは全く違った空気をまとった、超一流の美少女だ。
顔つきはちょっとキツ目だな。
そんなことをぼんやり思いやっていると、ふと目が合った。
するとその子は飲み物を手に持って、俺が座る席の脇で足を止めた。
「失礼ですが、『幻影勇者』様でしょうか?」
心臓がドックンと跳ねて、口から飛び出そうになる。
『幻影勇者』とは、俺のペンネームそのものだ。
「あの……もしかして、『レイラ』さん?」
「はい。私よりも早く来て待っていてくれるなんて、嬉しいわ」
そのままこっちに断ることも無く、目の前の椅子に座る銀髪美少女。
「あの、どうして俺がそうだって分かったんですか?」
「だって、喫茶店でパソコンに向かっている人って、物書きかなって思うじゃない。それにその癖、前と変わらないわ」
「え、癖?」
「ええ。可愛い女の子を見ると目尻を下げて、顎を触るの」
そ、そうだったっけ?
自分では気が付かないものだな。
確かに目の前にいるこの子に、見とれていたことは否定しない。
けど、そんなことを知っているってことは、やっぱり……
それとなく確かめないとな。
「あの、なんで俺に、連絡をくれたんですか?」
「そんな他人行儀な喋り方、悲しいわ、ラガード。貴方と私の仲なのに」
「……うぐ……っ!?」
『ラガード・ベルナ』は、今書いている小説に出て来る主人公の名前だ。
「自分の冒険譚をそのまま何にも変えないで小説にするなんて、抜け目がない貴方らしいわ」
「君は……やっぱり、レイラなのか?」
「ええ。レイラ・アシュリー。あなたの忠実なる永遠の伴侶よ」
いや、そんなふうに思ったことは一度もないのだが。
けれどこれは、どうやら決定的だ。
「君も、この世界に転生をしてきたのか?」
「ええ。今は高校2年生、
この子がどうして俺に近づいたのか、納得がいった。
俺には前世があって、そこはこの日本とは全く違う、剣と魔法が世を統べるファンタジーの世界だった。
そこで勝手気ままに振舞ううちに、なぜか四人の女の子とパーティーを組むことになってしまい、波乱の旅路の末に終いには魔王を倒してしまった。
そして付いた通り名が『クズ勇者』。
世界を救っておいてなんなのだと思ったけれど、まあそれは、今さらどうでもいい。
気まぐれでその話をそのまま、登場人物の名前も変えないでWEBサイトに投稿したら、それなりに注目をされた。
それが、同じパーティにいたレイラの目に止まったのだろう。
「そうか。また会えて良かったよ。俺は
「翔、いい名前ね。でもあのペンネームはどうなのかしら? どうせなら『クズ勇者』とでもした方が、貴方らしいのに」
やめてくれ、別に否定はしないけど、俺にとっては黒歴史でもあるんだ。
それにしても、やっぱりパーティの仲間からも、そう思われていたのだな。
「まあ、それはいいじゃないか。俺は俺で、こっちでは別人として生きているんだしさ」
「別人ね…… そう言っている割には、前世の経験をそのまま執筆するなんて、使えるものは何でも利用する、貴方らしいわ」
えらい言われようだな。
まあ、否定はしないけど。
「とにかく、せっかくこうして再会できたのだから、連絡先を交換しましょう」
「ああ、ま、いいけど。そっちはどうなんだ?」
「普通に高校生をしているわよ。たまにバイトで、モデルの仕事なんかしてるけど」
なるほど、モブ高校生として静かに過ごしている俺よりは、充実して見えるな。
「ありがとう。じゃあこれから、翔の家に行きましょうか」
連絡先の交換が終わった直ぐ後で出てきた言葉が、それだった。
「は? 俺の家? なんでそうなるんだ?」
「だって、まだ約束は果たしてもらってないわよ。無事に魔王サーディアスを倒したら、一緒に住んでくれるって。どんな場所なのか見ておいた方が、引っ越しがしやすいわ」
「はあ? お前、いきなり何を……?」
「同棲しましょう、翔」
お~い、何て約束をしたんだよ、クズ勇者……あ、俺のことか?
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