第8話 諦めない息子─公爵視点─
アレクシスが、再び執務室を訪れた。
「父上、改めてお話があります」
決意に満ちた表情で、そう告げる。公爵は、扉が開いた瞬間、深く溜息をついた。
「もう話は終わったはずだが? これ以上、何を言うつもりだ」
公爵は、既に疲れ果てている様子。顔色も優れない。いちいち対応するのが面倒、という表情を浮かべる。だが、アレクシスは気にしない。自分の主張を押し通す。
「やはり、ロザリンドこそが相応しい。エリザベスでは、ヴァルモント家の発展は望めませんよ」
アレクシスは、自信満々に言った。自分の考えが絶対に正しいと信じている。
「それに、今回の件で婚約は破棄になるでしょう。向こうもそう言っているのではありませんか? だったら、新しい婚約相手を決めるべきです」
どの口で言っているのか。自分で婚約破棄を仕掛けておいて、それを既成事実として利用しようとしている。公爵は、憮然とした。
「ロザリンドなら、必ずヴァルモント家の発展に貢献してくれます。俺が保証します」
アレクシスは、同じ主張を繰り返した。何度でも、納得するまで。自分の意見を押し通すつもりだった。
「お前は……」
何もわかっていない。わかろうとしていないのか。公爵は、深い失望を感じた。アレクシスは聞く耳を持たない。何を言っても、無駄だろう。
(この息子は、一度決めたら聞く耳を持たない。何を言っても、無駄だ。議論を続ける気力もない。どうせ、止められない)
公爵は、深く、長い溜息をついた。胸の奥に、鈍い痛みが走る。体調が、また悪化している気がした。
「……もう、いい」
やはり、疲れ果てた声だった。もう何も言う気力がない。どうせ、この話し合いを続けても、自分の考えを絶対に曲げない。
「……好きにしろ。だが、責任は全てお前が負え」
手を振って、追い払うような仕草。考えることを放棄して、好きなようにさせる。もう、考えたくなかった。
アレクシスは、勝利感に満ちた表情を浮かべた。やった、認めてもらえた。これで、ロザリンドと一緒になれる。
「ありがとうございます、父上。必ず俺が、ヴァルモント家を繁栄させてみせますから」
満足そうに退室する。意気揚々と。扉が閉まる音が、執務室に響いた。
一人残された公爵は、虚ろな目で天井を見つめ、深く頭を抱えた。両手で顔を覆い、静かに息を吐く。
静かな執務室で、公爵は一人考え込んでいた。
(あの息子に、本当に家督を継がせて良いのか……)
確かに、アレクシスは兄弟の中では最も優秀だった。学問も武術も、それなりにこなす。貴族としての素養もある。だが、致命的な欠点があった。
思い込みが激しい。一度決めたら、周囲が見えなくなる。他人の意見を聞かない。そして、大きな失敗をする。
だが、他の息子たちに任せるのも不安だった。次男は学問を好むが実務に向かない。三男は武勇に優れるが政治的センスがない。アレクシスは長男でもある。結局、アレクシスしか選択肢がなかった。
エリザベス・ローズフェル嬢は、聡明な娘だった。社交界での評判も良く、多くの友人がいる。公爵令嬢のセレスティア・ヴァンデールとも親交があると聞いた。あの娘なら、アレクシスの暴走を上手く止めてくれるだろう。そう期待していた。
それが、全てご破算になった。息子の早まった判断で。
最近、体調が優れない。胸の痛み、息切れ、疲労感。医師には、あまり無理をしないようにと言われていた。家督継承を、早めに進める必要があった。猶予がないことを、公爵自身が一番よくわかっていた。
だが、このままで本当に良いのか。
息子の判断を、止められなかった。せめて、大きな問題にならなければ良いが。
深い後悔の表情で、ヴァルモント家の未来を憂う。暗雲が立ち込めているような、そんな予感がした。
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