AI婚活の不協和音
トムさんとナナ
AI婚活の不協和音
## 第一章 完璧な相性度99.7%
「相性度99.7%。これまでの最高記録です」
スマートフォンの画面を見つめながら、川村美咲は思わず声を上げた。カフェの他の客が振り返るのも気にせず、彼女は画面に表示された数字を何度も確認する。
『CUPID AI』──最新のAI婚活マッチングアプリが弾き出した数値は、確かに99.7%だった。
「すごいじゃない!」隣に座る親友の田中恵が身を乗り出す。「ついに運命の人が現れたのね」
美咲は28歳、大手IT企業でシステムエンジニアとして働く論理的思考の持ち主だ。恋愛においても効率性を重視し、これまで複数の婚活アプリを試してきたが、どれも満足のいく結果は得られなかった。
「でも、本当にこんな高い数値が出るものなの?」美咲は眉をひそめる。「AIのアルゴリズムって、どこまで信頼できるのかしら」
「あなたらしいわね」恵は苦笑いする。「せっかくの運命の出会いなのに、まずはシステムの信頼性を疑うなんて」
美咲は改めて相手のプロフィールを確認した。
**森田陽介(29歳)**
- 職業:システムアナリスト
- 趣味:読書、映画鑑賞、プログラミング
- 好きな食べ物:和食、特に寿司
- 休日の過ごし方:美術館巡り、カフェでの読書
「確かに、趣味も職業も私と似てるわね」美咲はうなずく。「読書好きで、システム関係の仕事。理知的そうだし」
AIが分析した詳細な相性レポートには、二人の価値観、ライフスタイル、将来設計まで驚くほど一致していると記載されていた。
「人生設計における長期目標の一致率:97.2%」
「コミュニケーションスタイルの適合度:98.1%」
「趣味・娯楽の親和性:95.8%」
数字を見れば見るほど、これは本物かもしれないと美咲は思い始めた。
「それで、いつ会うの?」恵が尋ねる。
「明日の午後2時。表参道のカフェで」美咲は既にメッセージのやり取りをしていた。「彼からの提案なんだけど、すごく丁寧で知的な文章を書く人よ」
実際、森田陽介との初期のメッセージ交換は完璧だった。彼の返信は適度な長さで、興味深い話題を提供し、美咲の質問に対して論理的で思慮深い回答をくれる。まさにAIが分析した通りの理想的な相手に思えた。
「楽しみね!」恵は手を叩く。「でも、あまり期待しすぎないようにね。完璧すぎると、かえって怖いものよ」
「大丈夫。私は冷静よ」美咲はスマートフォンをバッグにしまった。「データに基づいた判断だもの。感情に流されることはないわ」
しかし、その夜、美咲は珍しく眠れずにいた。99.7%という数字が頭の中で踊り続ける。もしかしたら、本当に運命の相手なのかもしれない。そんな期待と、システムエンジニアとしての懐疑心が複雑に絡み合っていた。
翌日、美咲は普段より30分早く起きて身支度を整えた。黒のブラウスに紺色のスカート、控えめながらも上品なアクセサリー。鏡の前で何度も角度を変えて確認する。
「完璧」
そう呟いてから、美咲は自分の発言に苦笑した。完璧を求めすぎるのが自分の悪い癖だと分かっている。でも、せっかくの99.7%なのだから、最高の自分で臨みたかった。
表参道駅に着いたのは、待ち合わせ時間の15分前。美咲は約束のカフェ「ル・ジャルダン」の前で深呼吸をした。ガラス越しに店内を覗くと、落ち着いた雰囲気の素敵なカフェだった。
「森田さんのセンスも悪くないわね」
そして時計が午後2時を指した時、美咲は店内に足を踏み入れた。
## 第二章 理想と現実のギャップ
「あの...川村さんですか?」
振り返ると、そこには確かにプロフィール写真で見た顔の男性が立っていた。森田陽介、29歳。写真通りの整った顔立ちに、知的な印象を与える眼鏡。服装もシンプルで清潔感がある。
「はい、森田さんですね。初めまして」美咲は笑顔で手を差し出した。
ところが、森田は美咲の手を見つめたまま、なぜか固まってしまった。
「あ、えーっと...」彼は慌てたように手をこすり合わせる。「握手...ですか?いや、でも日本人同士で握手って...あ、でも国際的なマナーとしては...」
美咲は困惑した。メッセージでは非常にスマートな印象だったのに、実際に会うとかなり緊張しているようだ。
「大丈夫です。普通に挨拶しましょう」美咲は手を下ろした。
「そ、そうですね!申し訳ありません」森田は深々と頭を下げる。「緊張してしまって...実は初対面の女性とお会いするのが久しぶりで...」
席に座ると、森田は汗を拭きながらメニューを見つめている。
「何かお飲みものを注文しましょうか」美咲が提案すると、森田は慌てたようにメニューを見返した。
「えーっと、えーっと...」彼は真剣にメニューと格闘している。「コーヒーにしようか、でも午後だから紅茶の方が...いや、でもカフェインの摂取量を考えると...」
美咲は内心で首をかしげた。これが99.7%の相性を誇る相手だろうか?メッセージでは「決断力がある」と自己紹介していたのに。
「私はカフェラテにします」美咲が言うと、森田は安堵の表情を浮かべた。
「それなら僕も!あ、でも同じものを注文するのは個性がないと思われるでしょうか?」
結局、森田は10分かけてアイスコーヒーを注文した。
「改めて、今日はありがとうございます」森田は正座するような姿勢で座っている。「『CUPID AI』で99.7%の相性と出た時は、正直驚きました」
「私もです」美咲は微笑む。「メッセージのやり取りも楽しかったですし」
「ありがとうございます!」森田の顔が急に明るくなる。「実は、あのメッセージなんですが...」
そして彼は、なぜかスマートフォンを取り出した。
「どうされました?」
「えーっと...」森田は画面をスクロールしながら、「今日お話しする話題を、事前にリストアップしてきたんです。効率的な会話のために」
美咲は目を丸くした。「リスト...ですか?」
「はい!」森田は得意げに画面を見せる。「『初回デートで話すべき話題30選』『相手に好印象を与える質問集』『会話が途切れた時の緊急話題』まで準備してあります」
画面には、びっしりと書き込まれたメモが表示されていた。
「『趣味について聞く(注意:深く突っ込みすぎない)』『仕事の話(注意:専門用語は使わない)』『好きな映画について(注意:マニアックな作品は避ける)』...」
美咲は言葉を失った。これが、AIが選んだ99.7%の相性を誇る理想の相手なのだろうか?
「あの、森田さん」美咲は慎重に言葉を選ぶ。「もう少し、自然に会話してみませんか?」
「自然に...」森田は困惑した表情を浮かべる。「でも、自然って具体的にはどういう...?」
その時、森田のスマートフォンが突然音声で話し始めた。
『会話が沈黙になった場合は、天気の話題が効果的です』
「あ!」森田は慌ててスマートフォンを操作する。「すみません!『デート支援AI』アプリが起動してしまって...」
「デート支援AI?」
「はい、AIが会話をリアルタイムで分析して、最適な話題や反応を提案してくれるんです」森田は汗をかきながら説明する。「今日のために特別にダウンロードしました」
美咲は頭を抱えたくなった。AIマッチングで出会った相手が、またAIに頼って会話をしようとしている。一体どこまでAIが介入するのだろう?
「今、あなたの表情分析を行います」スマートフォンから再び音声が流れる。『相手の女性は困惑している様子です。話題を変更することをお勧めします』
「森田さん、そのアプリを切ってもらえませんか?」美咲はついに直接言った。
「え?でも、これがないと僕...」森田は不安そうな顔をする。
「大丈夫です。普通に話しましょう」
森田は渋々スマートフォンの電源を切った。そして、まるで命綱を失ったかのような表情になる。
「あの...何を話せばいいのか...」
美咲は深いため息をついた。99.7%の相性とは一体何だったのだろう?
## 第三章 AIの盲点
「それで、森田さんは普段どんなお仕事を?」美咲は基本的な質問から始めることにした。
「システムアナリストです」森田は少し自信を取り戻したようだ。「主に企業の業務システムの最適化を担当しています」
「私もIT関係なので、興味深いです」
「本当ですか!」森田の目が輝く。「それでしたら、昨日実装したデータベースの正規化についてお話ししても?第三正規形から第四正規形への移行で、パフォーマンスが23.7%向上したんです」
美咲は苦笑いした。確かに同じ業界だが、初対面でいきなり技術的な細かい話をされても困る。
「それより、お休みの日は何をされているんですか?」話題を変える。
「読書ですね」森田は嬉しそうに答える。「特に技術書が好きで、先週は『量子コンピュータの基礎理論』を読み終えました。次は『機械学習における統計的学習理論』を読む予定です」
「...技術書ばかりなんですか?」
「はい!知識を蓄積することが趣味なんです」森田は胸を張る。「プロフィールには『読書』と書きましたが、正確には『技術文献の読破』ですね」
美咲は頭痛を感じ始めた。確かに読書好きという共通点はあったが、彼女が読むのは小説やエッセイ、たまに自己啓発書程度だ。技術書は仕事で必要な時だけ読む。
「映画はお好きでしたよね?」
「はい!」森田の表情が明るくなる。「先月は『ブレードランナー』シリーズを全作品見直しました。SF映画におけるAIの描かれ方の変遷を研究しているんです」
「研究...ですか?」
「趣味の範囲ですが、AIと人間の関係性について考察するのが楽しくて。『ターミネーター』『マトリックス』『エクス・マキナ』など、各作品でのAI描写を比較分析して、レポートにまとめています」
美咲は絶句した。映画鑑賞が趣味と聞いて、一緒にロマンティックな映画を見ることを想像していたのに、彼の映画鑑賞は学術研究に近いものだった。
「あの、森田さん」美咲は恐る恐る尋ねる。「普通の恋愛映画とか、コメディとかは見ませんか?」
「恋愛映画...」森田は首をかしげる。「感情論に基づいた非論理的な展開が多くて、あまり理解できないんです。なぜ主人公たちは効率的な解決策を選ばないのかと思ってしまって」
この時、美咲は確信した。AIがどんなに高い相性度を示そうとも、現実の人間関係はそう単純ではないということを。
「そういえば、川村さんはどんな映画がお好きですか?」森田が質問してきた。
「私は...ロマンティックコメディが好きですね。『ノッティングヒルの恋人』とか『プリティ・ウーマン』とか」
「ああ、あの非効率的な恋愛プロセスを描いた作品群ですね」森田はうなずく。「男性主人公の行動パターンを分析すると、明らかに最適解ではない選択を繰り返していますよね」
美咲は心の中で叫んだ。『それが恋愛の魅力なのよ!』
「あの、川村さん」森田が真剣な顔で言う。「僕たちの相性度99.7%について、どう思われますか?」
「それは...」美咲は言葉に詰まる。
「僕は非常に画期的だと思います」森田は興奮気味に続ける。「AIが膨大なデータを分析した結果ですから、主観的な判断よりもずっと信頼できます。感情に左右されない客観的な評価ですよね」
「でも、恋愛って感情も大切じゃありませんか?」
「感情は非効率的です」森田はきっぱりと言った。「データに基づいた合理的な判断の方が、長期的な関係性において成功率が高いはずです」
美咲は、この人とは根本的に価値観が違うことを痛感した。AIのデータでは完璧に一致していたはずなのに、実際に話してみると、まるで異星人と会話しているような気分だった。
「あ、そうそう」森田が思い出したように言う。「今日のデートの結果も、後でAIに分析してもらうつもりです。どの話題で相手の反応が良かったか、どのタイミングで表情が変わったかなど、データを蓄積して次回に活かします」
「次回...」美咲は呟いた。
「もちろんです!99.7%の相性なんですから、効率的にお付き合いを進めていけば、1年以内には結婚まで行けると思います」
その瞬間、美咲の中で何かが音を立てて崩れていった。
## 第四章 人間らしさの発見
カフェを出た時、美咲の心は複雑だった。森田は確かに悪い人ではない。むしろ、真面目で誠実な人だということは分かる。ただ、あまりにも論理的すぎて、人間的な温かみを感じられなかった。
「川村さん、今日はありがとうございました」森田は律儀に頭を下げる。「データ通り、非常に有意義な時間を過ごせました」
「そうですね...」美咲は曖昧に微笑む。
「次回は、より効率的な話題配分で臨みたいと思います」森田はスマートフォンのメモ機能を開いている。「今日の会話分析をAIに依頼して、改善点を洗い出します」
美咲は思わず笑ってしまった。恋愛まで効率化しようとする姿が、あまりにも彼らしい。
「森田さん、一つ聞いてもいいですか?」
「はい、何でも」
「どうして婚活アプリを使おうと思ったんですか?」
森田は少し考えてから答えた。
「合理的だからです。従来の恋愛は偶然や感情に左右されすぎます。でも、AIマッチングなら科学的根拠に基づいて最適なパートナーを見つけられます」
「それで、今まで彼女はいらっしゃったんですか?」
森田の顔が急に赤くなった。
「実は...川村さんが初めてです」
「初めて?」
「はい、女性とのデートは今日が初めてです」森田は恥ずかしそうに俯く。「これまで恋愛は非効率的だと思って避けてきました。でも、結婚は人生設計上必要だと判断して...」
美咲は驚いた。29歳で初デートとは。確かに緊張していたのも納得できる。
「だから、今日は本当に貴重な経験でした」森田は真剣な表情で言う。「AIのおかげで、こんな素敵な方とお話しできて...」
その時、美咲は森田の表情に初めて人間らしい温かさを見つけた。不器用で、緊張しやすくて、でも一生懸命な人なのだ。
「森田さん」美咲は優しく言った。「もう少し歩きませんか?」
「え?でも、予定では2時間のカフェタイムで終了予定が...」
「たまには予定を変更してみるのも悪くないですよ」
森田は困惑したが、結局二人は表参道の街を歩くことになった。
「ここのお店、可愛いですね」美咲が小さな雑貨店を指差す。
「え?ああ、そうですね」森田は興味なさげに見る。「でも、実用性に乏しい商品が多いようです」
美咲は苦笑いしながら、店内に入った。手作りのアクセサリーや、小さな陶器の人形が並んでいる。
「この猫の置物、可愛い」美咲が手に取ると、森田も覗き込んだ。
「確かに、造形は精巧ですね」森田は真剣に観察している。「この曲線の処理技術は高度です」
「技術的な見方もあるんですね」美咲は微笑む。
「はい、僕は美術品も技術的な観点から鑑賞します」森田は少し得意げだ。「効率的な美の追求方法として...」
「でも、可愛いって思いませんか?理由なんかなくても」
森田は首をかしげる。「理由のない感情は理解しにくいです」
美咲は猫の置物を森田に手渡した。「触ってみてください」
「え?」
「いいから」
森田は恐る恐る置物を受け取った。そして、その手触りや重さを確かめるように、ゆっくりと触る。
「...温かい」森田がぽつりと言った。
「え?」
「陶器なのに、なぜか温かい感じがします」森田は不思議そうに置物を見つめる。「技術的には説明できませんが...」
「それが『可愛い』っていう感覚かもしれませんね」美咲は優しく言った。
森田は初めて、論理では説明できない感情に触れた瞬間だった。
## 第五章 感情の芽生え
雑貨店を出ると、二人は近くの公園のベンチに座った。夕日が西に傾き始め、温かい光が二人を包んでいる。
「今日は予想と違いました」森田が素直に言った。
「どんな風に?」
「もっと...データ通りに進むと思っていました」森田は苦笑いする。「でも、実際はデータでは測れないことがたくさんありますね」
美咲は意外な言葉に驚いた。「例えば?」
「川村さんの笑顔とか」森田は照れながら言う。「データには『笑顔の頻度:平均的』と記載されていましたが、実際の笑顔はもっと...なんというか...」
「なんというか?」
「データ以上です」森田は赤面する。「こんな表現、論理的ではありませんが」
美咲は心が温かくなった。不器用でも、彼なりに感情を表現しようとしている。
「森田さんも、プロフィール以上ですよ」
「本当ですか?」森田の目が輝く。
「はい。最初は正直、『この人とは合わないかも』と思いました」美咲は正直に言った。
森田の表情が曇る。
「でも、話しているうちに分かりました。森田さんは一生懸命で、誠実で、人を大切にしようとする気持ちがある」
「ありがとうございます」森田は嬉しそうに言う。「僕も川村さんと話していて、初めて感じることがありました」
「どんなことですか?」
「安心感です」森田は空を見上げる。「これまで人と話すときは、常に効率的な会話を心がけていました。でも、川村さんとは...なんだか自然に話せる気がします」
その時、森田のスマートフォンが鳴った。着信画面には「CUPID AI」のアイコンが表示されている。
「デート終了時間のリマインダーです」森田が説明する。「AIが最適なデート時間を算出して、アラームを設定してくれました」
美咲は苦笑いした。「まだAIに管理されているんですね」
「そうですね...」森田は複雑な表情をする。「でも、今日はAIの予想とは違うことがたくさんありました」
「それって、悪いことですか?」
森田は少し考えてから答えた。
「分かりません。でも...悪くない気がします」
二人は黄昏の公園で、しばらく静かに座っていた。AIが計算した完璧な相性とは程遠い、ぎこちない沈黙。でも、なぜか居心地は悪くなかった。
「川村さん」森田が意を決したように言う。「もしよろしければ、また会っていただけませんか?」
「どうしてですか?」美咲は微笑む。
「理由は...まだ論理的に説明できません」森田は困ったように頭を掻く。「でも、もっとお話ししたいんです。AIに頼らずに」
美咲の心に温かいものが広がった。
「私も森田さんともっとお話ししたいです」
「本当ですか?」森田の顔が明るくなる。
「はい。でも、条件があります」
「条件?」
「次回は、スマートフォンは持参禁止です」美咲はいたずらっぽく笑う。
森田は一瞬青ざめたが、すぐに決意を固めたような表情になった。
「分かりました。AIなしで挑戦してみます」
「約束ですよ」
「約束です」
夕日が二人の影を長く伸ばしていた。99.7%の相性から始まった出会いは、予想とは全く違う方向に進んでいく。でも、それが人間らしい恋愛の始まりなのかもしれない。
## 第六章 AIなしの挑戦
一週間後、美咲は約束の場所で森田を待っていた。今度は美術館のカフェ。森田が提案した場所だった。
「川村さん、お待たせしました」
振り返ると、森田が息を切らして走ってきた。そして、両手を上げて見せる。
「スマートフォンは家に置いてきました!」
美咲は思わず笑った。「まるで武器を捨てた戦士みたいですね」
「まさにその通りです」森田は苦笑いする。「正直、不安でたまりません」
「大丈夫ですよ。普通に話せばいいんです」
カフェに入ると、森田は明らかに緊張していた。メニューを見ながら、何度も手をこすり合わせている。
「何にしますか?」美咲が尋ねると、森田は慌てたように答えた。
「え、あ、えーっと...」彼はメニューを見詰める。「コーヒーか紅茶か...いや、この時間だと...」
前回と同じパターンだ。美咲は微笑みながら言った。
「私はコーヒーにします。森田さんはお好きなものをどうぞ」
「じゃあ、僕は...」森田は勇気を出したように言った。「ホットチョコレートにします」
「ホットチョコレート?」美咲は意外だった。
「実は甘いものが好きなんです」森田は照れながら説明する。「でも、プロフィールには書かなかったんです。男性的ではないかなと思って」
「そんなことありませんよ」美咲は嬉しそうに言う。「意外な一面ですね」
注文を終えると、森田は少しリラックスしたようだった。
「そういえば、美術館はよく来られるんですか?」美咲が尋ねる。
「はい、でも...」森田は少し恥ずかしそうに言う。「実は作品の技法よりも、作品を見ている人たちを観察するのが好きなんです」
「人間観察ですか?」
「はい。同じ絵を見ても、人によって反応が全然違うんです」森田の目が輝く。「ある人は涙を流し、ある人は首をかしげ、ある人は写真を撮る。データでは測れない人間の多様性を感じます」
美咲は驚いた。森田にこんな観察眼があるとは思わなかった。
「それって、とても人間的な見方ですね」
「そうでしょうか?」森田は不安そうに言う。「これまで、こんな話をする相手がいなくて...変だと思われるかと」
「全然変じゃありません。むしろ素敵です」美咲は心から言った。「森田さんは、本当は人に興味があるんですね」
「そうかもしれません」森田は照れながら認める。「でも、どう接していいか分からなくて、つい論理的に考えてしまうんです」
ホットチョコレートが運ばれてきた。森田は嬉しそうに一口飲む。
「美味しそうですね」美咲が言うと、森田は慌てて答えた。
「はい!甘さが疲れを癒してくれます。実は昨夜、あまり眠れなくて...」
「どうしてですか?」
「今日のことを考えていたら」森田は赤面する。「AIなしで会話できるか心配で...結局、朝まで起きていました」
美咲は心が温かくなった。「そんなに心配してくださったんですね」
「川村さんに失望されたくなくて」森田は素直に言う。「前回、AIに頼りすぎて情けない姿をお見せしてしまったので」
「森田さん」美咲は優しく言った。「今の森田さんの方が、ずっと魅力的ですよ」
「本当ですか?」
「はい。不完璧でも、一生懸命な姿が素敵です」
森田は嬉しそうに微笑んだ。その笑顔は、プロフィール写真よりもずっと自然で温かかった。
「ところで」美咲が話題を変える。「美術館を見学しませんか?」
「是非」森田は立ち上がる。「でも、僕は芸術の知識が少ないので...」
「大丈夫です。感じたことを話せばいいんです」
展示室に入ると、色とりどりの絵画が壁を飾っていた。美咲は一枚の風景画の前で立ち止まった。
「この絵、素敵ですね」
森田も隣に立つ。しばらく絵を見つめてから、ぽつりと言った。
「寂しそうですね」
「え?」
「この木です」森田は絵の中央の大きな木を指す。「一本だけぽつんと立っていて...でも、枝を大きく広げているから、誰かを待っているように見えます」
美咲は森田を見つめた。これが、データ分析ばかりしている人の感想だろうか?
「森田さんって、詩人みたいですね」
「そんな...」森田は慌てる。「変なことを言ってしまって...」
「変じゃありません。とても素敵な感想です」
二人は次の絵の前に移った。抽象画だった。
「この絵はよく分からないですね」美咲が正直に言うと、森田は笑った。
「僕も分かりません」彼は屈託なく答える。「でも、なんだか元気が出ます」
「どうしてでしょう?」
「色が踊っているみたいだから」森田は手を振りながら説明する。「赤と青と黄色が、音楽に合わせて踊っているような...」
美咲は森田の表現力に驚いた。論理的な思考の裏に、豊かな感受性が隠れていたのだ。
「森田さん、本当はとてもロマンチックな人なんですね」
「ロマンチック?」森田は困惑する。「僕が?」
「はい。さっきの木の話も、色が踊るって表現も、とても詩的でした」
森田は照れながら言った。
「川村さんといると、普段言わないようなことを話してしまいます」
「それって、良いことじゃありませんか?」
「そうでしょうか?」森田は不安そうに尋ねる。
「はい。本当の森田さんが見えて、とても嬉しいです」
森田の顔が明るくなった。
## 第七章 AIの警告
美術館を出ると、外はすっかり暗くなっていた。二人は駅まで歩きながら、今日見た作品について話し続けた。
「今日は楽しかったです」森田が言う。「AIなしでも、ちゃんと会話できました」
「森田さんの本当の魅力が分かりました」美咲は微笑む。
「川村さんのおかげです」森田は感謝を込めて言う。「一人では、こんな風に感じることはできませんでした」
駅の改札前で、二人は立ち止まった。
「また会えますか?」森田が恥ずかしそうに尋ねる。
「もちろんです」美咲は即答した。
「今度は僕から場所を提案してもいいでしょうか?」
「楽しみにしています」
森田は嬉しそうに微笑んだ。そして、少し迷ってから言った。
「川村さん、今日のこと...友人に話してもいいですか?」
「どうぞ」美咲は笑う。「でも、どんなことを話すんですか?」
「AIに頼らなくても、素敵な時間を過ごせたということを」森田は真剣に言う。「僕にとって、とても大切な発見でした」
二人は別れの挨拶をして、それぞれの電車に乗った。美咲は車窓から見える夜景を眺めながら、今日の森田のことを思い返していた。
不器用だけれど誠実で、論理的だけれどロマンチック。データでは測れない魅力がたくさんあった。
翌日、美咲が会社で仕事をしていると、スマートフォンに通知が届いた。『CUPID AI』からのメッセージだった。
『警告:パートナーとの関係性に異常値を検出しました』
美咲は眉をひそめた。アプリを開くと、詳細なレポートが表示されている。
『分析結果:
- 推奨デート時間の大幅な超過
- 効率的話題からの逸脱
- 感情的反応の不安定化
- 論理的判断力の低下
結論:現在の関係性は最適化されていません。パラメータの調整をお勧めします』
美咲は画面を見つめた。AIの分析によれば、昨日のデートは失敗だったということになる。でも、実際には今までで一番楽しい時間だった。
その時、森田からメッセージが届いた。
「昨日はありがとうございました。今度の土曜日、もしよろしければ、僕の好きな場所にご案内したいのですが...」
美咲は微笑みながら返信した。
「ぜひお願いします。どんな場所ですか?」
「秘密です。きっと気に入っていただけると思います」
この時、美咲のスマートフォンに再び『CUPID AI』からの通知が届いた。
『緊急警告:相性度が87.3%まで低下しています。早急な関係性の見直しが必要です』
美咲は苦笑いした。AIが警告を発するほど、彼女と森田の関係は「非効率的」になっているらしい。でも、その非効率性こそが、人間らしい恋愛の証なのかもしれない。
彼女は『CUPID AI』の通知を無視することにした。
## 第八章 森田の秘密の場所
土曜日の午前、美咲は森田との待ち合わせ場所である渋谷駅で彼を待っていた。今回は森田が場所を選ぶということで、美咲は少し不安でもあり、期待でもあった。
「川村さん、お待たせしました」
森田が現れた。今日の彼はいつもより表情が明るく、少し自信に満ちているように見えた。
「今日はどちらに?」美咲が尋ねると、森田はにっこりと笑った。
「電車で30分ほどです。僕の『充電場所』なんです」
「充電場所?」
「はい。疲れた時や、考えがまとまらない時に行く場所です」森田は少し照れながら説明する。「きっと川村さんにも気に入っていただけると思います」
電車の中で、森田は珍しく饒舌だった。
「実は、この場所のことは今まで誰にも話したことがないんです」
「どうして私には?」
「川村さんとなら、共有したいと思えるから」森田は真剣に答える。「この間、美術館で川村さんと話していて、初めて自分の感じたことを言葉にできました」
美咲は嬉しかった。森田が心を開いてくれていることが分かる。
電車を降りると、住宅街の中を歩いた。そして、森田が立ち止まったのは小さな図書館の前だった。
「ここです」森田が言う。
「図書館ですか?」
「はい。でも、普通の図書館とは少し違うんです」
中に入ると、確かに一般的な図書館とは雰囲気が違った。古い建物を改装した温かい空間で、所々にソファやテーブルが置かれている。そして何より、子どもたちの笑い声が聞こえてくる。
「ここは地域の図書館なんです」森田が説明する。「僕は毎週土曜日の午後、ここでボランティアをしています」
「ボランティア?」美咲は驚いた。
「子どもたちに本の読み聞かせをしているんです」森田は少し恥ずかしそうに言う。「3年前から続けています」
その時、小さな女の子が森田に駆け寄ってきた。
「おにいちゃん!今日も来てくれたの?」
「もちろんだよ、みおちゃん」森田の表情が一変する。優しく、自然な笑顔だった。「今日はお友達も一緒なんだ」
女の子は美咲を見上げた。
「こんにちは!おねえちゃんもお話し聞く?」
「はい、聞かせてもらいます」美咲は微笑む。
森田は子どもたちの前に座り、絵本を開いた。『ぐりとぐら』の表紙が見える。
「今日は、ぐりとぐらがおいしいカステラを作るお話だよ」
森田の読み聞かせが始まると、美咲は驚いた。普段の彼とは全く違う人のようだった。声に表情があり、子どもたちの反応を見ながら、時には声色を変え、時には身振り手振りを交える。
子どもたちは森田の話に夢中になっている。
「おにいちゃん、ぐりとぐらは本当にいるの?」一人の男の子が質問した。
「どうだろうね」森田は考えるふりをする。「でも、君が心の中で会いたいと思えば、きっと会えるよ」
「本当?」
「本当だよ。本の中の世界は、読む人の心の中に生まれるんだ」
美咲は感動した。これが、データ分析ばかりしていると思っていた森田なのだろうか?
読み聞かせが終わると、子どもたちは森田の周りに集まってきた。
「おにいちゃん、また来週も来る?」
「もちろん。約束だよ」
子どもたちが帰った後、森田と美咲は図書館の中を歩いた。
「意外でした」美咲が正直に言う。
「どんなふうに?」
「森田さんって、子どもがお好きなんですね」
「はい」森田は照れながら答える。「子どもたちの反応は予測不可能で、でもとても素直で...データでは測れない面白さがあります」
「どうしてボランティアを始めたんですか?」
森田は少し考えてから答えた。
「3年前、仕事で行き詰まった時があって...その時にこの図書館に来たんです」彼は本棚を見回す。「そうしたら、読み聞かせのボランティアを募集していて」
「それで?」
「最初は断ろうと思いました。僕に子どもの相手ができるわけないって」森田は苦笑いする。「でも、図書館の司書さんに『難しく考えなくていいのよ。ただ本を読んであげればいいの』って言われて」
「それでやってみたら?」
「子どもたちの笑顔が見られて」森田の表情が優しくなる。「その瞬間、僕は初めて、誰かの役に立てているって実感できました」
美咲は森田を見つめた。この人の中には、データや論理だけでは測れない温かい心があったのだ。
「今日、来てよかったです」美咲は心から言った。
「本当ですか?」
「はい。森田さんの一番素敵な部分を見せてもらいました」
森田は嬉しそうに微笑んだ。
## 第九章 AIの最終警告
図書館を出ると、二人は近くの公園を歩いた。秋の午後の陽射しが気持ちよく、美咲は今日という日を心から楽しんでいた。
「森田さん」美咲が言う。「今日見せてもらった森田さんが、本当の森田さんなんですね」
「そうかもしれません」森田は考え深げに答える。「でも、これまで誰にも見せたことがありませんでした」
「どうして?」
「効率的ではないと思っていたから」森田は正直に言う。「感情的すぎるし、生産性もない。でも...」
「でも?」
「川村さんといると、そういう部分も悪くないかなって思えるんです」
美咲の心は温かくなった。森田が自分のために変わろうとしてくれている。いや、変わるのではなく、本来の自分を出せるようになってくれている。
「私も森田さんといると、自然体でいられます」美咲は微笑む。
「本当ですか?」
「はい。最初は『99.7%の相性』という数字に期待していましたが、今はそんな数字よりも、森田さん自身に惹かれています」
森田の顔が赤くなった。
「僕も...川村さんのことが...」彼は言いかけて止まった。
「なんですか?」
「いえ、まだ上手に言葉にできません」森田は困ったように頭を掻く。「でも、とても大切な人だということは確かです」
その時、美咲のスマートフォンが鳴った。『CUPID AI』からの着信だった。
「AIから電話?」森田が驚く。
美咲は通話ボタンを押した。スピーカーから機械的な音声が流れる。
『川村美咲様。緊急事態が発生しています』
「緊急事態?」
『あなたと森田陽介様の相性度が、現在73.4%まで低下しています。これは危険水域です』
美咲と森田は顔を見合わせた。
『分析の結果、あなた方の関係性は当初の予測から大幅に逸脱しています。このまま続けると、関係破綻の可能性が87.3%に達します』
「そんな...」森田が呟く。
『推奨事項:直ちに関係を初期設定に戻し、AI推奨のデートプランに従ってください。効率的なコミュニケーションパターンに修正が必要です』
「待ってください」美咲が割り込む。「私たちは今、とても良い関係だと思っています」
『それは錯覚です。データが示す客観的事実をご確認ください』
スマートフォンの画面に、詳細な分析結果が表示された。
「会話効率:32%低下」
「目標達成度:41%低下」
「論理的整合性:56%低下」
『このような非効率的な関係性は、長期的な成功を保証できません』
森田は複雑な表情をしていた。
「川村さん、AIの言うことも一理あるかもしれません」
「え?」美咲は驚いた。
「僕たちは確かに、最初の計画とは違う方向に進んでいます」森田は不安そうに言う。「もしかしたら、感情に流されすぎているのかも...」
『その通りです』AIの音声が続く。『感情は判断を曇らせます。データに基づいた合理的な関係性に戻ることをお勧めします』
美咲は心の中で反発を感じた。
「森田さん、本当にそう思いますか?」
森田は迷っていた。「僕は...分からなくなりました」
『迷いは非効率です。AIの判断に従うことが最適解です』
「黙って!」美咲は思わず叫んだ。
AIの音声が止まった。公園にいた人々が振り返る。
「森田さん」美咲は真剣に言った。「今日の森田さんを見て、私は確信しました。数字や効率なんてどうでもいい。森田さんの人間らしさに惹かれているんです」
「でも、AIは...」
「AIは私たちの気持ちを測ることはできません」美咲は森田の手を取った。「大切なのは、私たちがどう感じるかです」
森田は美咲の手を見つめた。
「川村さん...」
『警告を無視すると、関係破綻の確率がさらに上昇します』AIが再び警告する。
美咲はスマートフォンの電源を切った。
「もう十分です」
森田は驚いた顔をしていた。
「AIの警告を無視するんですか?」
「はい」美咲はきっぱりと言った。「私は森田さんの気持ちが知りたいんです。AIの分析ではなく」
森田は長い間黙っていた。そして、ゆっくりと口を開いた。
「僕は...川村さんといる時が一番幸せです」
## 第十章 人間らしい結末
森田の言葉を聞いた瞬間、美咲の心は晴れやかになった。
「私もです」美咲は微笑む。「森田さんといると、自分らしくいられます」
「でも、僕はまだ不器用で...」森田は不安そうに言う。
「それでいいんです」美咲は優しく言った。「完璧じゃなくてもいい。森田さんらしければ」
森田の表情が明るくなった。
「川村さん、僕と付き合ってください」
突然の告白に、美咲は驚いた。しかし、答えは決まっていた。
「はい」
二人は静かに微笑み合った。公園の木々が風に揺れ、落ち葉が舞い踊る。まるで二人の新しい始まりを祝福しているようだった。
「これからは、AIに頼らずに二人で歩んでいきましょう」美咲が言う。
「はい」森田はうなずく。「きっと予想外のことがたくさん起きるでしょうけど」
「それが楽しみです」
二人は手を繋いで公園を歩いた。今後の道のりは、AIが描いた完璧なシナリオとは違うものになるだろう。でも、それこそが人間らしい恋愛の形なのだ。
数日後、美咲は親友の恵とカフェで会っていた。
「それで、あの99.7%の彼とは上手くいっているの?」恵が尋ねる。
「はい」美咲は嬉しそうに答える。「今は30%くらいの相性かもしれませんが」
「30%?」恵は驚く。
「AIの分析だと、私たちの関係は非効率的すぎるそうです」美咲は笑う。「でも、その非効率さが私たちらしいんです」
「変わったわね、あなた」恵は感心する。「前はデータばかり気にしていたのに」
「人を好きになるって、データでは説明できないことなんだなって分かりました」美咲は窓の外を見る。「森田さんといると、毎日新しい発見があります」
「それって、素敵なことね」
「はい。AIが示す『完璧』よりも、人間らしい『不完璧』の方がずっと魅力的です」
その時、美咲のスマートフォンに森田からメッセージが届いた。
「今度の日曜日、子どもたちの遠足のお手伝いをするのですが、一緒に来ませんか?」
美咲は微笑みながら返信した。
「ぜひお願いします。楽しみです」
そして彼女は『CUPID AI』のアプリを削除した。もう必要ないのだから。
## エピローグ 新しい相性
半年後、美咲と森田は結婚を前提とした交際を続けていた。二人の関係は、AIが予測したものとは全く違っていたが、それでも──いや、それだからこそ幸せだった。
森田は相変わらず技術的な話を好んだが、今では美咲の小説の感想も聞かせてくれる。美咲も森田のプログラミングの話に興味を持つようになった。
「今日、面白いことがあったんです」森田がある日言った。
「どんなことですか?」
「会社で新しいAIマッチングシステムの開発に関わることになったんです」森田は苦笑いする。「皮肉ですよね」
「どんなシステムですか?」
「従来のAIと違って、『非効率性』も計算に入れるんです」森田は説明する。「人間の不合理な行動や、感情的な判断も含めて分析する」
「面白そうですね」
「はい。プロジェクトリーダーが言うには、『完璧な相性よりも、一緒に成長できる相性の方が重要』だそうです」
美咲は感心した。「進歩的な考え方ですね」
「僕たちの関係を参考にしたいって言われました」森田は照れながら言う。「99.7%から始まって、30%まで下がったのに、なぜ上手くいっているのかって」
「何て答えたんですか?」
「『数字では測れない何かがあるから』って答えました」森田は美咲の手を握る。「それが愛情なのかもしれませんね」
美咲は嬉しくなった。論理的だった森田が、愛情について語るようになったのだ。
「私たちの新しい相性度はどのくらいでしょうね?」美咲がいたずらっぽく尋ねる。
「分からないし、知りたくもありません」森田は笑う。「数字よりも、今の気持ちの方が大切です」
二人は手を繋いで夕焼けの街を歩いた。AIが計算した99.7%の完璧な相性は幻想だったが、代わりに彼らは本物の愛情を見つけることができた。
不完璧で、非効率で、予測不可能。でも、それこそが人間らしい恋愛の美しさなのかもしれない。AIの時代になっても、人の心だけは数値化できない。そんな当たり前のことを、二人は改めて学んだのだった。
そして今日も、森田は図書館で子どもたちに本を読み聞かせ、美咲はその優しい声に耳を傾けている。データでは測れない、でも確かに存在する幸せを噛みしめながら。
「おにいちゃん、おねえちゃんは結婚するの?」ある日、みおちゃんが尋ねた。
森田と美咲は顔を見合わせて微笑んだ。
「どうかな?」森田が答える。「でも、ずっと一緒にいたいって思ってるよ」
「それって結婚ってことじゃない?」みおちゃんは首をかしげる。
子どもの純粋な言葉に、二人は思わず笑ってしまった。
そう、彼らはもう結婚していたのかもしれない。書類上の手続きはまだだが、心はとっくに結ばれていた。
AIが示した99.7%の相性は間違いだった。でも、その間違いこそが、二人を本当の愛へと導いてくれたのだ。
完璧な相性なんて存在しない。あるのは、お互いを受け入れ、支え合い、一緒に成長していく意志だけ。そのことを理解した時、二人の相性度は数字では表せない、無限大の価値を持つようになったのだった。
**【完】**
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*著者より:この物語は、AI技術が進歩する現代において、人間の感情や関係性の複雑さと美しさを描くことを目的として執筆されました。完璧を求めがちな現代社会において、不完璧さの中にこそ真の幸せがあることを、温かいユーモアと共にお伝えできれば幸いです。*
AI婚活の不協和音 トムさんとナナ @TomAndNana
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