第33話「ルル奪還作戦②」

作戦を決め、準備を整えた俺たちは、《PIЯI PIЯI》の本社――いや、要塞の前に立っていた。建物は一見、普通のスパイス会社の体裁をしている。しかし、ガラス張りの正面玄関の向こうには、無数の監視カメラと警備員の鋭い目が光る。威圧感が半端じゃない。侵入者を寄せ付けない、とでも言いたげだ。


俺は深呼吸して肩を伸ばす。今日の作戦はこうだ。


•カナメ&ラヴィーナ → 地球から来たポップコーン商人として正面交渉。変な言語を喋り、通訳が必要なフリをする。

•マルティナ → 通訳兼説得役。怪しげなフレーバーの魅力をアピール。

•リリカ → 普通に社員として潜入。「通勤用バイクの鍵を会社で無くした」と言って内部を自由に動き回り、ルルやハラペーニョの動向を探る。


「よし……ここからが勝負だな」

ラヴィーナが俺の肩に手を置き、軽くうなずく。


ポップコーンの絵が描かれたシャツを着た俺とラヴィーナは、少しぎこちなく受付に近づく。


「ブンガルンガブンガルンガ……えーと……ギャラクシー…コーン?」


意味不明な言葉を必死に並べ、カゴいっぱいの怪しげなポップコーンを差し出す俺。ラヴィーナも隣で同じリズムで手を振る。


すると、スーツに眼鏡をかけたマルティナがスッと前に出て、滑らかに通訳する。


「私たちは地球から参りました、ギャラクシーコーンラバー社です。こちらの新作“ワサビーフ納豆ポップコーン”を、ぜひタバスコ夫人にお試しいただきたく……」


警備員は目を細め、低い声で一言。

「外部からの営業ですか?当社が招いた業者以外は立ち入り禁止です」


俺は笑顔を作り、さらにカゴを前に差し出す。

今度はラヴィーナが日頃より優しい声で言った。


「ボンガビンガ、ブンガドゥンガルンガビンガ……タバスコ夫人、バンボビンガ!」


マルティナは冷静に通訳する。


「実は、タバスコ夫人が宇宙でも有名なポップコーンマニアだと伺いまして、ぜひ彼女のご意見だけでも頂戴したく……」


警備員は怪訝そうに眉をひそめる。だが、我々の熱意と奇妙なポップコーンの山が、交渉戦の火蓋を切ることになりそうだった。



その時、横から慌てた様子の女性社員(リリカ)が通りかかった。


「す、すいませーん!ちょっと通りますっす!」


リリカは警備員にぶつかりそうになりながら、社員証を見せて強引にゲートを通過していく。


「どうした、リリカ!何かあったのか!?」警備員が声をかけた。


リリカは頭をボリボリと掻き、涙目で叫んだ。

「くぅ〜っ!警備長、やばいっす!愛用のバイクの鍵を、今朝、ロッカールームかどっかに落としたみたいっす!お昼までに絶対見つけないと、帰りに彼氏とのデートに間に合わないっす〜!」


リリカの焦り具合は尋常ではなかった。警備員は呆れつつも、同情したようにため息をつく。

「まったく、お前はドジなんだから…。わかった、フロア以外ならロッカールームや倉庫の辺りを捜索していい。ただし、総統室周辺には絶対近づくなよ!」


「はいっす!ありがとっすー!」

リリカは一瞬、俺たちの方を見てニヤリと笑った後、そのまま内部の階段を駆け上がっていった。


リリカが去り、再び正面玄関に静寂が戻る。警備員は、目の前のポップコーン商人たちと、目の前のポップコーンの山を交互に睨みつけている。

「……ワサビーフ納豆ポップコーン、ですか?そんな変なものは聞いたことがないですけど」


マルティナが扇を広げ、優雅に微笑む。

「それが昨今の地球の大発明『珍味』です。タバスコ夫人は、この手の『驚き』に目がないとお聞きしています。もし夫人がこの宇宙で大ヒットする商品の初めての試食の機会を受付で断られて失ったと私が拡散して、後で知ったら、ご機嫌を損ねてしまうかもしれませんよ……」


警備員の顔色が、一瞬で青ざめた。マルティナの言葉が効いたようだ。彼はゴクリと唾を飲み込む。

「……少々お待ちください。上司に報告します」

警備員が内線電話に手を伸ばしたのを見て、俺はラヴィーナと小さく頷き合った。

第一関門突破だ。ここからは、タバスコ夫人との交渉、そして内部で動くリリカの動きにかかっている。


———


リリカ大活躍(リリカ視点)


「ふぅ……上手く入り込めたっすね。でも、これからが大変っす」


あたしはバイクの鍵を探すフリをしながら、社員証を見せて要塞の奥へと進むっす。警備長が言ってた通り、社員さんたちはみんなデスクでカップ麺食べてるっす。なんか、みんな目がウルウルしてて、麺をすするとき「ゔぅ…しゅっぱあ…」とか言ってるっす。変な会社っすね。


でも、そんなこと気にしてる場合じゃないっす!ルル姉の居場所を探すっす!

ロッカールームや倉庫をウロウロしたけど、全然手がかりがないっす。くぅ〜、やっぱりアタシ、ただのドジっ子っすか……。

そう思って、ダメ元で立ち入り禁止の看板がある廊下に入ったっす。ここは一番奥で、一番空気が重いっす。


その廊下の突き当りに、ドでかい扉が二つ並んでたっす。一つは「総統室」って書いてあるっす。もう一つは……「スパイス拷問部屋」って!ヒエッ!マルティナ姉が言ってた部屋っすか!

あたしは震えながら、スパイス拷問部屋の扉に耳をあてたっす。


(な、なんか……聞こえるっす……女の子の声!)

それは、弱々しいけど、確かにルル姉の声だったっす!

「……誰か……助けて……」

ルル姉っ!!やっぱりここにいたっすか!

でも、この部屋は拷問部屋っす。ハラペーニョ大佐がいるかもしれないっす。直接ノックするのは、ヤバいっすか……?


(いや、でも!)

カナメっちが「信じてる」って言ってくれたっす。愛の力っす!それに、ルル姉があんなに弱々しい声を出してるなんて、アタシがガツンと助けなきゃ!


あたしは、さりげなく拷問部屋の扉をノックしたっす。

(ドクン、と心臓が鳴ったっす!)

すると、隣の総統室から、ハラペーニョ大佐のダミ声が聞こえたっす!

「ヌァんだ!? 誰だ、わしの神聖な部屋の扉を叩く不届き者は!!」

ヤバいっす、ヤバいっす!どうするっすか!?あたしは震える声で、必死に一番最初に思いついたことを叫んだっす!

「あ、あのっす!すみませーん、総統様!アタシ、鍵を探してるんですが、ルル姉の部屋をご存知じゃないっすか!?」


——その瞬間、総統室の扉がドゴン!と内側から蹴破られるように開いたっす!

そこに立っていたのは、顔に大きな絆創膏を貼り、頭から湯気が出ているハラペーニョ大佐っす!彼の目はルル姉という単語に反応して血走っているっす!


「な、な、なにおぉおっ!? ルルだとっ!? 貴様、何者だ!!」


「きゃあっ!」

あたしは、慌てて《オニオンスモークボール》を床に投げて身を隠したっす。マルティナ姉が「目くらましに使える」ってくれたやつっす!


「うわっ!貴様何すんだ!目がっ!目がいってぇ〜っ!」


ドゴンッ!!

大佐が叫び、目を押さえている隙に、あたしはさっきルル姉の声が聞こえた隣の部屋(スパイス拷問部屋)の扉を、携帯型バジリコバズーカでぶっ壊したっす!


中には、ハラペーニョの趣味なのか、スクール水着姿で椅子に縛り付けられたルル姉がいたっす!顔色は悪いけど、無事だったっす!


ヒュオオオ……


部屋の中は、異様な景色だったっす!壁一面には、赤、黄、緑のドロドロに溶けたスパイスが塗りつけられてるっす。床には、激辛で泡立った液体が溜まっていて、「グツグツ」と低い音を立ててたっす。


そして、何よりヤバいのが匂いっす!


甘ったるいバニラと、ツンとするワサビ、生ゴミみたいな腐敗臭が混ざり合って、あたしの鼻の穴を焼いてくるっす!これは、マルティナ姉のラボの匂いの百倍気持ち悪いっす!


ルル姉が縛られている椅子の上には、「超激辛・ハラペーニョ特製おしおきシロップ」みたいなドス黒い液体が、点滴みたいにボトボトと落ちてたっす……。ルル姉の肌が、シロップのせいで少し赤く腫れてるっす。


「ルル姉!逃げるっすよ!!」

ルル姉は、驚いた顔で目を丸くしてるっす。

「……あなた、ひょっとして!?」

「説明は後っす!ほら、これ!」


あたしは腰に隠してた巨大な包丁型の刀(夢でカナメっちが背負ってたやつ)を取り出して、ルル姉を縛るロープをシャキン!と一振りで斬ったっす!さすがに《PIЯI PIЯI》特製のマジカルスパイス加工ロープは、これじゃないと斬れないっす!


ルル姉は自由に動けるようになって、すぐさまあたしの前に立ったっす。その目には、いつもの強さが戻ってたっす!


ルル:「リリカ、助けに来てくれたの!?ありがとう!ここは危険よ!早く逃げましょう!」


しかし、背後に大きな影が立ちはだかったっす!そこにいたのは悪名高い、ハラペーニョの最大のボディーガード、ターメリック少佐っす!


「貴様ぁ〜ッ!バジリコのドジな三女だな!貴様も一緒に拷問だァ!」


少佐が、その巨体に見合わない素早さで右の拳を振りかざしたっす!その拳は、黄色い炎を帯びて焦げた灼熱のスパイスのオーラを纏い、空気を切り裂くっす!


ルル姉が叫んだっす。


ルル:「リリカ、避けて!あれは《鬱金(ターメリック)の鉄拳》よ!」


あたしはルル姉に突き飛ばされて、間一髪でその拳をかわしたっす!しかし、拳が当たった壁が、スパイスの熱でドロドロに溶け始めて焦げたカレールーみたいな匂いがしてくるっす。


「ヒェッ、ヤバいっす〜!カレーになっちゃうっす!」


ルル「逃げるわよ、リリカ!」


あたし達は目を合わせ、煙で視界のない廊下へ、一目散に駆け出したっす!

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