第26話「ルルとデートの実践練習—中編」

夕暮れの遊園地は、オレンジ色の光に包まれ、あちこちの屋台からは甘い香りや揚げ物の匂いが漂っていた。通路には、笑い声や歓声が入り混じり、楽しげな音楽が遠くのメリーゴーランドや観覧車の方から聞こえてくる。小さな子どもたちが親に手を引かれながら駆け回り、カップルや友達同士が談笑しながら通りを歩いている。


俺とルルは手を繋ぎ、食べ物の匂いに誘われるように屋台村の入り口に向かって歩く。ルルは嬉しそうにキラキラした目で辺りを見回し、カラフルな提灯の明かりやネオンの光に反応して小さく笑う。「わぁ、見て見て、そこのたこ焼きの屋台、めっちゃ並んでるよ!」


屋台の前では、店員が手際よく串を焼き、ソースを塗るたびに香ばしい匂いが立ち上る。隣のチョコバナナ屋では、甘い香りが漂い、子どもたちが列を作って目を輝かせていた。風に乗って漂う匂いに、自然とお腹が鳴る。


歩きながら、俺はふと視線を前方に向けると、射的スペースの小さな屋根が見えた。色とりどりの景品が並び、ピストルの音や倒れる景品の軽い音が遠くに聞こえる。ルルが手を軽く握り直し、嬉しそうに俺を見上げる。


「食べる前にカナメ君が射的でヒーローになるとこが見たいな!」


「え?俺こんなのやったことないけどな……」


「やって見てよ!ひょっとしたら才能あるかもしれないじゃん」


様々なオモチャやお菓子が立ち並ぶ射的スペース。俺は500円を支払い、3発打てるライフルを受け取った。


横にはワクワクした瞳で見つめるルル、背後には「あの兄ちゃん打つみたいだよ!」と、俺に注目する子供達の群れ。俺は1番簡単に倒れてくれそうなポッキーの箱を狙った。手を伸ばした時の銃口の先から、景品までは約2メートル。緊張からか微妙に銃口が震える。


パンッ!

弾は上に10センチ以上、見事に外れ、ポッキーの箱はピクリとも動かない。


「あーあ、下手じゃん!」

「シーッ!そんなこと言っちゃいけないんだよ」


子供たちの声が、後ろから聞こえる。


「……やっぱ才能ないみたいだな」

俺が苦笑いすると、ルルはすぐ横から小声で囁いた。


「だいじょうぶ、2発目で“奇跡”を起こせばいいんだよ♡」


そう言うとルルは、すっと景品コーナーの前に立つ。


「子供たちになんでも落としてやるって言ってみて」


「おまえ……やる気だな?」

俺は、苦笑いしながらも、子どもたちに言われっぱなしも面白くないので、言ってみる。


「全部当てると嫌がられるから、今のはわざと外したんだ、次からは君たちの欲しいものなんでも倒してあげるよ」


「えぇっ!ホントですか!?それなら、あそこの、鬼滅の刃の、猗窩座(あかざ)のフィギュア倒して!」


当たっても、ビクともしなそうな人気のフィギュアの箱を指差す子どもたち。ルルがそのすぐ横に立ちOKサインを見せる。


「ああ、いいよ。お安いご用だ」


一応当たらないとカッコ悪いだろうと、真剣に狙う俺。店主のおじさんが、どうせ無理だと確信している余裕の笑みで見つめている。


パンッ!


撃った弾は惜しくも狙ったフィギュアの下の木の台に当たるが、ルルがエイッ!とフィギュアを強く押すと後ろにゴトンと重い音を立て倒れる。


「……やったー!!」

「嘘っ!スッゲー!」

「あんなの倒れるの初めて見た!」


子どもが大騒ぎする中、射的屋のおじさんが信じられないと言った表情で、弾が当たった下の台を必死で見つめながら呟く。

「うわー、やっとオークションで手に入ったのに……」


「それ。貰えるんですよね?」


俺が聞くと、おじさんはヤケクソのような大きな声で「はい!大当たり〜!!」と叫び、フィギュアを手に取り、俺に手渡した。


俺は貰ったフィギュアを子供たちに手渡した。


「お兄さん!ありがとうございます!!」

そう声を揃えた後、子どもたちは早速フィギュアの取り合いになっていた。


「仲良くしなよ。君たちみんなの物でいいじゃん」

俺がそう言うと、子供達は尊敬の眼差しで俺を見上げる。正直気分が良かった。



射的コーナーを見渡すと、ひときわ目立つ“宝駒”が鎮座している。何でも今まで誰も手にしたことがない、景品で背後の壁の穴を通って落ちると、現金5万円が貰えるらしい。ルルが俺の手を軽く引き、耳元で囁く。


「あれ落としてこそ真のヒーローだよ♡」

あまりの難易度の高さに挑戦する者も少ないらしく、俺が宝駒の前に立つと、自然とギャラリーが集まってきた。


駒の背後には小さな壁穴があり、そこに通じる微細な空間があるのを、ルルはすでに異世界の見えない糸で準備済みだった。俺が狙いを定める前に、ルルが手際よく駒に糸を結び、壁穴の向こうに通して引っ張る位置を調整する。


「……この″宝″は、すでに死んでいる」

俺が真剣な顔で、北斗の拳の決め台詞のように言う。


子どもたちがついてきて、「がんばれー!」と、また歓声をあげる。


「よし……撃つぞ」


パンッ!


カタッ、シュルッ、ポトッ!


弾は駒に当たるも、ほんのわずかに壁穴で引っかかる。しかし見えない糸の力で、駒は滑らかに引かれ、壁穴を越えて向こう側にスルリと吸い込まれるように落下した。


「うおおおおおおお!」

「……す、すごい……」

「奇跡だ!」

見ていた大人たちも子どもたちも驚きの声を上げる。


「うわあああああ!!」

店主の悲鳴が一際大きく響きわたる。


ルルは壁の裏でささっと糸を解き、証拠を隠し帰ってくると静かに微笑む。

「賞金はいらないでしょ。これで十分よ♡」


俺はちょっとカッコつけて店主に言う。

「……おじさん、賞金なんかいらねえよ、楽しいゲームだった」


周囲の拍手と大歓声に包まれながら、俺とルルは軽く手を握り直す。夕暮れの屋台村に、笑い声と達成感がゆらりと広がっていった。


俺とルルは、拍手と歓声に包まれたまま、射的スペースを後にする。


「最高!やっぱりカナメ君、ヒーローだね♡」

ルルは満面の笑みで俺の手を握り直す。

全部ルルが仕組んだことだと分かっているのに、それでも自然と胸が高鳴る。少し照れくさいけど——悪くない。


通路を歩きながら、屋台の香ばしい匂いや甘い香りがまた漂ってくる。ルルは目を輝かせて、次はどれを食べようかと考えているらしい。

「ねえねえ、フランクフルトも食べたいし、チョコバナナも外せないよね!」

俺は笑いながら、「じゃあ、とりあえず何か買ってイートインスペースに行こう」と頷く。


ルルと肩を並べ、楽しげな雑踏を抜けて屋台村で買い物を済ませると、大きなテント下のテーブル席で食事。


ルルはたこ焼きにフランクフルト、チョコバナナ。俺はハンバーガーと、焼きそばとロングポテトを食べる。


日常を忘れるような楽しい時間が続いていた。

目の前のルルが、食べきれない分をどんどん俺に分けてくれる。ルルと結婚して、ずっと一緒に暮らしたら太りそうだな、と空想を広げた。


「ねえ、ヒナちゃんとのデート、これより楽しくなるかな……」

ルルがふと真面目な声で言った。その瞳は期待と少しの不安が入り混じっている。どういう答えを期待しているんだろう……俺は少し考え込みながらも、正直に答えるしかなかった。


「大丈夫だと思う。でも、今は今が楽しければいいんじゃないか?」

その一言に、ルルの表情がぱあっと明るくなる。目の奥で小さくキラッと光るものが見えた。

「うん!じゃあ、食べ終わったらいよいよ、観覧車ね♡」

ルルは笑顔で顔を上げ、遠くでキラキラとライトアップされる、観覧車を指差す。

(やっぱ、こういう瞬間が一番いいな……)


俺たちは食べ終わると、手をつないだまま観覧車の列へと向かった。

夕暮れのオレンジが徐々に夜の紺色に変わり、ライトが次々と灯る通路を歩くたび、屋台の香ばしい匂いや甘い香りがまた漂ってくる。

ルルは興奮気味に景色を見回し、俺に小さな声で囁いた。

「観覧車、乗るの夢だったんだ……好きな人と一緒にね……」


そうせつなげに語る横顔に、胸の奥がふっと温かくなる。


俺とルルはお互いに好き同士、でも同じ星の人間ではないから、どこか関係が夢のようなのが問題だ。俺はふと聞いた。


「ルルって、ラブラブ星には好きな人いなかったのか?」


ルルは一瞬きょとんとしたあと、唇を尖らせて笑った。


「気になるの?もしいたら妬けちゃう?」


「ま、そのちょっとは……」


「いなかったよ。だって、ラブラブ星の男の子たちって、みんな恋が仕事みたいになっちゃってて、教科書通りに同じように優しいし、同じようにカッコつけるんだもん。誰を見ても同じに見えちゃって……」


「同じ、か……」


「うん。でもカナメ君は違った。地球に来て、初めて“特別”って感じたんだよ」


まっすぐな言葉に、「そっか」とだけ答えて、俺は思わず視線を逸らした。

胸の奥で熱いものが広がっていくのに、簡単に「俺もだよ」と言っていいのかはわからなかった。


なぜなら——比べるべきものなのかは分からないけど、俺はまだ、ヒナとの約束を抱えているから。


広大な観覧車の光が眼前の夜空に浮かび上がり、俺たちを静かに迎えていた。


「凄く、大きくて綺麗……」


「ああ、楽しみだな」


ルルが俺の腕にしがみつくように身を寄せ、この夜のクライマックスが迫っていることを感じていた。

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