第20話 目覚めの香り

タイトル:占い師(イル・カルトマンテ)


第2章 叡智(えいち)


【第10話】目覚めの香り


【あらすじ】

静かなテントの中で、ロレンツォはセスの謎めいた言葉と白檀の香りに包まれながら、運命と現実の狭間で揺れる。いま、新たな叡智への目覚めが始まろうとしている。


---


セスはわずかに眉をしかめ、オルテンシアを見た。

「うまくいくとは限らんぞ」彼はそう言った。「お前の意図は分かっている。だが…」そして一転、笑顔を浮かべて言った。

「だが、君の言う通りだ。チケットの内容も、ロレンツォの存在も、我々は知っている」

彼はロレンツォに向き直った。

「そしてロレンツォ自身も、少しずつ“自分”を知り始めている。これから日を追うごとに、もっと深く知っていくだろう。それが“彼”の計画…いや、“お前の”計画なのだよ」

セスの口元がわずかに歪んだ。

「──まったく、愚かな妄想だ」

そして、声の調子を変えた。

「昨日、我々の導きによって、君は“運気の流れ”を良くし、幸運を引き寄せたのだ──違うかね? ロレンツォ?」

ロレンツォは髪をかきあげた。

──どうして、自分はまたここにいるのだろう?確かに、彼は「行かない」と決めていた。そのはずだった。だが──思い出せるのは、家でコーヒーを飲んでいた昼過ぎのこと。あの時、風が窓を揺らしていて、彼はチケットを眺めていた。

──そして今は、風がない。外はもう、夜だった。そして気づいた。彼の指先には、チケットが握られていたのだ。

「何が…起きてるんだ…?」

セスが彼に問いかけたことに気づいた。そして、曖昧に頷いた。

「たぶん…そうだと思います」

彼の声は、かすかに震えていた。

オルテンシアは軽やかに動き回っていた。

テントの中を舞うように歩き、嬉しそうに、満ち足りた様子で。

彼女はロレンツォの指からチケットをするりと抜き取った。

「これは、終わったら返すわ。──明日のために」

「明日」という言葉を、特に強調した。

そして笑みを浮かべながら付け加えた。

「もちろん、来たければ…の話だけどね」

その声は静かで、魅力的だった。

彼女の声を聞くだけで、ロレンツォの心は不思議と落ち着いた。

迷いが消えていった。

「今、ここにいるんだ」──

どうしてここにいるかなんて、もうどうでもよくなっていた。

オルテンシアがそばにいるだけで、安心できた。

声だけで十分だった。

それに、彼女の目、そばかす、顔立ち、

言葉の一つ一つの選び方──

どれを取っても彼を惹きつけた。

彼は彼女の動きを目で追った。

一方、セスの話には、あまり耳を傾けていなかった。

「…君に必要なのは、精神の覚醒と瞑想なんだ…」

そのとき、オルテンシアが衣の裾をさらりと鳴らしながら、

香炉の方へと舞うように近づいた。

蝋燭の火で小さな棒を燃やし、その炎で芯に火を灯した。

すぐに、空間に濃厚な香りが広がっていった。

──木、革、タバコ、そしてバニラのような甘く厚みのある香り。

前夜のシナモンとは違い、温かく深みがあり、

包み込むように身体を満たしていった。

「この香りは、サンダルウッド(白檀)か…」

ロレンツォは心の中で思った。

「この香りが、思考を整え、隠された意味にも気づかせてくれる」

セスが言った。「知恵を高める助けになる」

──知恵。叡智。

これはまさに、今日のテーマなのかもしれない。



---


(続く)




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