第8話 運命の輪の前で

タイトル:占い師(イル・カルトマンテ)


第1章 - フォルトゥーナ


【第8話】 運命の輪の前で


【あらすじ】

カードが揺らぎ、運命の輪が姿を現す。ロレンツォは赤い渦の中で自らの運命と魂の声に向き合う。


---


ティーカップを手渡す際、オルテンシアはそっと微笑み、ロレンツォと目を合わせた。その瞳──彼がすでに心奪われていたその青い瞳──は、見るたびに彼の中で何かを揺らした。

瞳孔のまわりには、氷の表面のように細く広がる濃い模様が浮かび、空を映していた。

彼女の笑顔は、どこか懐かしく、安らぎを与えた。

二人の視線が交わる。

ロレンツォはティーを口にした。香り高く、ほどよい甘さ。そして圧倒的なシナモンの香りが舌と鼻腔を満たした。

香りは、空気全体を支配し始めた。

そして──

あらゆるものが、ゆっくりと溶けていくように揺らぎ始めた。

セス。

オルテンシア。

テントの中の空間すべてが、夢のようにぼやけ、ねじれ始めた。

「さあ、カードを見るのだ」

セスの声が、遠くから響いてくるように聞こえた。反響し、こだまし、ぼやけている。

──耳鳴り。轟音。遥か遠くの声。

──カード。

オルテンシアが彼の上にいた。すぐ隣にいる。

赤い色彩。揺れる蝋燭の光。すべてが波打ち、踊っている。

オルテンシアの瞳は巨大になり、テーブルの上のカードは揺れ動きながら踊っていた。

セスが一枚のカードを彼に差し出す。

彼の手には指輪が嵌められていて、それぞれに刻まれたルーンが蠢いている。動いているように見える。

カード自体も動いていた。描かれた図像すら、かたちを変えていた。

そして──

シナモンの香りが、あたりを包み込む。深く、濃密で、全身を浸すようだった。

「これは君のカードだ、ロレンツォ。大アルカナの十番」

セスの声はこだまのように重なりながら届いた。

カードには「運命の輪(ルーレット)」が描かれていた──だがそれは、運命そのものを象徴していた。

その輪は潰れ、回転し、捻れ、自らを巻き込むように変形していた。

そこにはスフィンクスの姿があった。犬の頭を持つ人の姿──

ロレンツォの微かな理性が、それがエジプトの神々のひとりであることを思い出していた。

──たしか、アヌビス。

そう、セスは「アヌビスの強き友」と名乗っていた。

カードの上では蛇が蠢き、絡みつき、動き続けていた。

ロレンツォはカードに描かれた記号の数々を理解できなかった。形はあるのに、実体がない。

ぼやけていて、輪郭すら曖昧だった。

そのカードは、彼の目の前でどんどん巨大化していくように感じられた。

カードが彼を包み込み、蛇がその身体に巻きついてくる──呼吸ができない。

赤──

すべてが赤かった。

テントも、空気も、視界も。

ただ、オルテンシアの目だけがその中で青く輝き、鼻にきらめく細いリングだけが金色に浮かび上がっていた。

そして──そのカードは、今や彼の中にあった。体の内側に入り込み、意識と混ざり合っていた。

「このカードは、君の“運命”を示している」

セスの声が、反響しながら繰り返された。

「運命、運命、運命…」

シナモンの香り。視線。声。赤。

すべてが渦を巻きながら彼の周囲で回転していた。



---


(続く)

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