第6話

四百メートルのトラックには、六クラスが大隊リレーのレースに備えて集まっていた。


ピストルの音が鳴り響き、計時員がストップウォッチを押す。


第一走者が素早く飛び出し、バトンタッチが繰り返される。


トラックの両側からは応援の声が響き渡り、二周目に入ったころには、葶驀たちのクラスは後続を引き離しつつも、常に二位をキープしていた。


そして第六走者がスタートすると、渃嫣がバトン受け継ぎエリアに立っていた。


脚には断続的な痛みが走る。


人混みで押されたときに捻挫した足首の痛みを、渃嫣はすでに感じていた。


ずっと楽しみにしていたこの日のリレー。


短い脚で速く走れず、これまでは選ばれなかったけれど、ようやく出場できる日だったのに……。


まさか、脚を怪我してしまうなんて。


遠くの別のリレーゾーンで待機している葶驀の姿を見ながら、渃嫣は先ほど自分が彼にあんなにきつく当たってしまったことを深く後悔していた。


痛みのせいで、いつものように冷静でいられず、イライラしやすくなっていたのだ。


隣のレーンの選手がバトンを受け取るのを見て、渃嫣は焦りながら自分のレーンへ視線を向ける。


バトンはもうすぐ自分の手に届く。


受け取る準備をして、痛みをこらえながら助走を始めた。


今、渃嫣にできるのは、この100メートルを全力で走り切ることだけだった。


金属製のバトンの冷たさが手に伝わる。


一瞬で強く握り締めたその手は、練習のときよりもずっと滑らかに動いた。


だが足の痛みは消えない。


顔をゆがめながらも、渃嫣は前へ前へと必死に走る。


かつてのような速さは出ない。


汗が一滴、また一滴と頬を伝い落ちる。


口の中には潮のような塩味が広がり、ライバルたちに次々と抜かれていった。


痛み、後悔、自己嫌悪。


渃嫣の目には涙が浮かび、こらえきれずに瞳の端を濡らす。


すでにバトン受け継ぎエリアで待機していた次の走者も、渃嫣の異変に気づき、すぐに前に出てバトンを受け取ろうとした。


ようやく渃嫣はバトンを次に渡し、横へ移動して休む。


葶驀は心配で駆け寄りたかったが、二人の間に漂う険悪な空気にためらい、結局、自らゆっくりと歩み寄った。


渃嫣の少し乱れた様子を見て、葶驀は何と声をかければいいのか分からず、長い沈黙の後、ようやく口を開いた。


「もし泣けば解決できるなら、世界中の人が泣くだけで済む。けど、明らかにそんなわけない。だから泣くより行動して、自分ができることをやるほうがずっといい」


葶驀にとって、こういう時に言うべき言葉だった。


だって、二人はたった今、口げんかしたばかりなのだから。


「泣いてないよ!走ってたら砂が目に入っただけ」


渃嫣はすぐに葶驀を見返した。


その目には「早くバトン受ける準備してよ」というメッセージが込められていた。


葶驀は慰めることはできなかった。


でも、渃嫣が弱さを見せたくないことはわかっていた。


だからこう言った。


「じゃあ、今度は一位を取り返してくるよ!」


そう言って背を向け、接力エリアへ向かう葶驀。


心の中で渃嫣の言葉を思い出しつつ、感情を込めて言ってみたが、いつもの話し方ではないせいか、少しぎこちなくなった。


渃嫣は笑いをこらえながら言った。


「そんな口だけの自信、言うなら結果出してよ!」


接力エリアに立つ葶驀は、いつもより強く自信を感じていた。


まるでアドレナリンが全身を駆け巡り、今までより速く走れると確信しているようだった。


順位は遅れ気味だったが、葶驀は一気に第四位、第三位、第二位と上げていく。


観客の声援、心臓の鼓動、呼吸の音──すべてが味方で、原動力だった。


ただレースに集中する。


優勝が目前、最後の走者が待つ地点も見える。


葶驀は熱い想いを込めてバトンを手渡し、自分の役割は終わった。


興奮が冷めやらぬまま、自分の出番は終わった。


最後の走者も全力で追い上げたが、惜しくも二位でゴールした。


葶驀はスタート地点近くを見たが、渃嫣の姿はなかった。


おそらく試合後は保健室へ休みに行ったのだろう。


葶驀はレースを撮影していた先生を探し、渃嫣が先に帰宅して休むことにしたと聞かされた。


暑い日差しの下、葶驀は木陰に腰を下ろし、リュックからスマートフォンを取り出す。


渃嫣に電話をかけようとした。


しばらく鳴り続けて、やっと電話がつながる。


電話の向こうから、わずかな泣き声が聞こえた。


「ごめんね……みんなの大隊リレー、台無しにしちゃって」


渃嫣は自責の言葉をこぼす。


「大隊リレーって一人の競技じゃなくてチームのものだ。優勝できなくても誰か一人の責任じゃないし、二位でも誰か一人の功績じゃない。強いて言うなら、誇らしい言葉を先に言った俺の方が問題だったかも」


葶驀は言った。


電話の向こうから笑い声とともに弱まる嗚咽が漏れる。


葶驀は言葉を継いだ。


「だから自責しなくていい。もし心配が消えなければ、次の授業でクラスのみんなに説明すればいい。きっとみんな理解してくれる。それでもダメなら、俺が一緒に謝るよ。たった一言の謝罪で不毛な災いを避けられるなら、それが一番お得な方法だと思う」


「そんなに簡単じゃないでしょ?」


渃嫣は笑いながら言った。


「でも、それでいいと思ってる」


葶驀はきっぱり言った。


ここで突然、天が揺れ、地が鳴り響いた。


校内には悲鳴が響き渡る。


「地震だ!」──電話の向こうで渃嫣の声。


物が落ちる音がして、直後に静寂が訪れた。


「陳さん!陳さん!」


葶驀は珍しく感情をあらわにして叫んだ。


だが返事はなかった。


葶驀は心を落ち着けようと必死に命じた。


状況を冷静に整理しようとしたが、体がついていかない。


「帰り道…地震…物が落ちる確率…鉢植え…」


頭の中でぐるぐると回る言葉。


以前、鉢植えが落ちて当たる確率がどれだけ低いか証明したにもかかわらず、心配は止まらなかった。


「先生、急用です!早く帰らせてください!」


葶驀は電話を切り、運動場脇で秩序を保っていた担任の先生に叫んだ。

「じゃあ、道中気をつけてな!」


先生は地震直後のことでも、特に疑わず許してくれた。


葶驀は小声で自分に言い聞かせた。


「今度はさっきより速く、そして周囲をよく観察しなきゃ」


リュックを背負い直し、校門を出て走り出す。

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