四番ホームの君へ

舞麦猫

四番ホームの君へ

 午後五時すぎ、駅の四番ホームは夕暮れの光に包まれていた。通学の帰り道、僕はいつもこの時間に同じ電車に乗る。だけど、今日だけは違っていた。


 誰もいないベンチに、先客がいた。


 薄いグレーのパーカー、首まで覆ったマフラー、髪は肩より少し下。男か女かもはっきりしない。ただ、その人は真っ直ぐにこちらを見て、ふわりと笑った。


「久しぶりだね」


 僕は眉をひそめた。「え?」


「覚えてないか。まあ、無理もないよね」


 知らない人だ。……たぶん。でもその声に、どこか懐かしい音が混ざっていた。小学校の裏庭、図書室の静けさ、あるいは夏の終わりの匂いのような。


「……誰?」


「昔、君がよく夢で会ってた人」


 僕は冗談だと思って笑おうとしたけど、笑えなかった。胸の奥にある何かが、そっと震えていた。


「前に言ったよね。もし現実で会えたら、それは“約束が果たされた証”だって」


「そんな約束、した覚え――」


 でも思い出した。


 小三の頃、よく夢を見ていた。名前も知らない誰かと、廃屋の校舎で鬼ごっこをしたり、砂浜で花火をしたり。目が覚めると全部忘れていたけれど、たしかに、何かを――「また、どこかで会おう」――そう言って、別れた気がする。


「……どうして今、現れたの?」


「君が、僕を必要としてくれたから。別れを乗り越える準備ができたって、やっと分かったから」


 電車が遠くからやってくる音がした。ホームの空気が震える。


「僕、そろそろ行くよ」


「え、どこに?」


「元いたところへ。あっちはもう、君なしじゃちょっと寂しいから」


 その人は立ち上がり、電車が近づく方を見た。夕焼けに染まる横顔は、不思議なくらいきれいだった。


「最後に、名前だけ教えてよ」


 その人は振り向いて、にっこり笑った。


「……それは君が、これから見つけてくれると思う」


 電車がホームに滑り込む。


 そして、ドアが開いたときには、もうその人の姿はなかった。


 だけど、不思議と悲しくなかった。


 胸の中にぽつんと残った温かさが、まるで再会のようで、どこか別れのようだった。


 そして僕は知っていた。あれは「誰か」なんかじゃない。きっと、僕の一部だったんだ。


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