第17話 人生とは苦行である。
追い出された私達は、デュエム嬢の部屋へと案内されて通された。彼女の部屋は、だった。ルベルさんの指示によって、メイドのような格好をした侍女が紅茶を淹れ、私達はソファへと腰掛けた。ふかふかだった。
「先程は父がとんだ失礼を。いつも、言いたいことだけ言って、追い出してしまうのよ。」
困ったものでしょ、と口元に手を当てて笑う姿は、とても可愛らしい。私達は、いえいえと手を横に振って、紅茶へと手を付けた。レモンやライムに似た果物の爽やかな香りがして、ミントも入っているような紅茶だった。舌に自信がない私でも、美味しいと感じるものであった。ハーブティーに近い部類なのかもしれない。人気紅茶店とかで売ってそうなものである。多分私は買う。紅茶はよく飲むけど、実はよくわかってない。まぁ、美味しければいいのである。なんでもそうでしょ。
「それにしても、
そう深々とため息をつくように、エヴァユースはティーカップを傾けた。
「賢者の石って、どうやって作るの?」
私はティーカップをソーサラーに置いて、純粋な疑問をぶつけた。私の頭の上のネレイドも器用に私の頭の上で紅茶を飲んでいる。溢されそうで怖いのだが、なんだか、器用にも傾けているので、動かさなかった。
賢者の石といえばだが、ネットの百科事典でしか見たことがないが、詳しくは私の世界でも、書かれていなかった気がする。まぁ、何かの本とかには書いているのかもしれないが、私の知識にはない。ファンタジーの世界では、人を媒介にするものもあったりしたが、流石にないと信じたい。
口を開いたのは、デュエム嬢だった。
「お父様から聞いたことしか知らないけれど──。」
そう口火を切って、話してくれたのは、以下の内容であった。以前、私達が読んだ不死の秘法を用いたものであり、現世に留まるための楔がいわゆる、
「お父様曰く、一度消滅して、復活するごとに魔力を消費するらしいとのことよ。」
彼女はそう付け加え、ティーカップを傾ける。要するに、魔力を消費し、リスポーンするということだろう。ブラムの生前の魔力がどうだったのか不明だが、死んでもなお、魔力が持つわけがない。もしかしたら、魔王との契約は魔力に関係するものかもしれない。起動することができずに、その楔にずっと留まっていたとするならば──その楔は、風化せずに残るものということなのかもしれない。
そこまでぐるぐると考えて、私の思考は打ち止めとなった。きっと、私が考えたことは、おそらく、あのデュエム公には導き出されていることだろう。敵対しているとのことだが、そこまで導き出されている上で探していないことに何か理由があるのだろうか。そう考えている中で、そういえば、デュエム嬢が吸血鬼と竜との混血であったことを思い出した。つまり、妻は、吸血鬼だということだ。うわ、なんか絶対ある。特大な爆弾だ。
デュエム嬢は言いにくそうに視線を彷徨わせて、だが、やがて意を決したように口を開いた。
「お父様は、その
彼女の言葉に、ルベルは口を挟まなかった。隠していないということか、言っても問題ないということか、と私はちらりと見せる。
ふうん、と思った私とは反対に、反応したのは、エヴァユースだった。まぁ、なんとなく想像はしていたので、私はティーカップを傾けるだけで留めた。
「それはつまり、デュエム大公も不死を目論んでいるということか?」
エヴァユースの表情は、眉間にシワを寄せ、唇を噛み締めており、険しいといった様子である。まぁ、神職者ではあるから、何か反応はするだろうと思ったが、どうやら、ロムレア教は不死は好ましくないらしい。神聖化してそうだしな、神だけの特権とか思ってそう。敢えて聞かない。興味ないし。
「いえ、私の父ではなく───今は亡き
そんなデュエム嬢の言葉に、我慢ならないと言わんばかりに、がばりと、隣のエヴァユースが腰を上げかけた刹那、私は、手のひらを叩いた。突如として渇いた拍手に、自ずと私へと視線が移る。私は、失礼とだけ言って、表情を緩めた。なるべく、にこりと笑えるように。表情筋は死んでないはずだ!笑えってよく言われるけど。イマジナリー上司が出てきかけたが、慌てて打ち消す。
「別に悪くなくない?迷惑さえかけなければ。」
私の言葉に、エヴァユースや、デュエム嬢が目を瞬かせる。言い返してこようとするエヴァユースに、私は、更に言葉を続けることとした。
「そりゃあ、迷惑かけるなら良くないけど、迷惑かけないなら別に悪いことじゃなくない?生命維持に必要なものがあるなら、同意の上ならいいんじゃない?私達だって生き物を屠って糧としてるんだし。同意がないからブラムの行為が良くないって言ってるだけであって、まぁ、彼は別の理由もあるけど、同意と迷惑かけなければ自由にさせるつもりだったよ。」
ブラムに怒っているのは、エヴァユースの婚約者を呪ったこと、デュエム嬢を手下を使って手を上げたこと、いろんな人を襲っていること、そんなことだ。同意の上で、かつ、仲間を増やさないなら、別にいいじゃないかとか思うのだ。それをしてないから、私は、彼に対して、良くないと思っているだけだ。じゃないと、ネレイドだって、私を襲ってきたし。ちらりと、頭の上のネレイドを見ると、なんだと言いたそうな顔をしていた。ちょっと不遜なことを考えてました。私もなんだと言いたいな。
「生き返らせるのだって、
それに対しては、エヴァユースは、異論は示さなかった。苦虫を噛み潰したような、なんとも言えないような表情を浮かべていて、彼も多分、何か思うところがあるのだろう。
「迷惑かけなければ、同意を得れば、それこそ、単純承認じゃない、心の底から理解を得て、同意を得れば、それは権利だ。」
だから、それを促すために法の解釈があり、倫理を学び、哲学を説く。知識というのはそういう成り立ちから組み立てられてきた。そして、その知識を私達は学び、寄り添うための仕事をしてきた。元の世界での私の職業を思い返して、上司や、ゼミの先生たち、研修であった先人たちを思い返す。まあね、今となっては資格取った意味が、とか思うんだけど、それはそれだよね。
はい、さておいて、だからこそ、方法があるなら、それを手を伸ばすなっていうのは酷って私は思うのだ。それを、教えるのも、提案するのも、考えて、決断するのは当事者だとしても、私は、それを手を伸ばすな、とは言えない。
「だから、会いたいなら蘇らせてあげればいい。デュエム嬢だって、お母さんに会いたいでしょ?」
私の問いかけに、デュエム嬢は躊躇いがちに視線を彷徨わせて、頷いた。私は、手元に視線を落とす。ちらりとやった紅茶の水面には、私の顔が映る。その瞳は、紅茶の色に侵食され、色は濃淡しか分からない。だが、どこか、凪いでいるようにも思えた。ちらりと脳裏に浮かぶのは、一体、何なのだろうか。だが、心はざわついていなかった。私は軽く首を縦に振った。
「いいことだ。その気持ちは
私は顔を上げて、その場の人たちを見た。エヴァユースも、何か思い当たる節があるのか、先ほどの苦虫を噛み潰したようというよりは、視線を斜め右下へとそらし、拳を膝に押し付けて、唇を噛み締めていた。瞳には、何かを押し殺しているようにも見える。デュエム嬢は、私をまっすぐ見ていた。その瞳の色は、何かを思い起こすような、想起の色を浮かべていた。ルベルさんも、同様である。ネレイドはよく分からない。子竜は、きょとんとしていた。
その場の人たちの顔を見ながらも、脳裏に浮かぶのは、今は亡き母親の顔。私を構成してきた、沢山の人間。その中にはもちろん、私を厭うものも、私が憎んでいるものもいる。そりゃあ、私だって、人間だからね。けど、そう言ったって、何を言ったって、人生を紡ぐのは───
「どんなに左右されても、織り手は
私の人生の織り手が、私であるように。今までの人生を、これからの人生を、どう解釈して、どう紡ぐためか、その分岐点を選ぶのは──私しかいない。
人生に負われた責任を他人が取れるわけないのだ。だって、自分の責任を取るのだけで精一杯なのだから。その責任が、周り巡って、相手の人生に影響を与えるだけだ。それが、人生という名の物語だ。もちろん、私の自己解釈だが。
「だから、私は、デュエム公の意思は否定しない。そのうえで、私はブラムは迷惑をかけてるから倒すだけ。他のメンバーは知らないよ。」
私はそう言って、ティーカップに手を伸ばして紅茶を啜った。私の長ったらしい、講釈を最後まで聞いていた三人は、黙ったままであった。だが、ルベルが拍手のように手を叩いた。
「流石は、勇者様ですね。我々には無い発想です。カルペ様とよく気が合うかもしれません。」
ははは、と笑うルベルさんに、私はじとりとした視線を向けてしまう。なぜだろうか、言葉のせいか、どことなく皮肉のようにも感じてしまうのは、私の性格ゆえだろうか。
「褒めてます?」
「褒めておりますとも。」
にこりと、ルベルさんは表情を緩める。黄色のビー玉のような透き通った瞳が、細められ、口元も両端の口角が上がっている。
「カルペ様の意思を尊重していただいてありがとうございます。あなたが、今代の勇者でよかった。」
ルベルが胸元に手を当て、深々と頭を下げた。その所作は本当に美しかった。顔がいいから、じゃなかった、心からの礼なのだ、と思うとどことなく、心がすっと、踊って、軽くなった。
「わ、私も、そう思います。ありがとうございます、否定しないでくれて。私も、母に会えるなら、もう一度、会いたいのです。」
ルベルさんに続くように、デュエム嬢も口を開いた。そう言い終えた、その表情は、眉を垂れさせ、口元をぎゅっと、固く結び、瞳には、哀愁の色を浮かべている。まるで、今にも涙を浮かべて、零してしまいそうな、そんな顔。迷子の子どもが、親を探して彷徨って、疲れ果てたときの、そんな顔。
私の世界に残した、亡き母の葬儀に参列したときの妹の顔と重なった気がした。どちらにも、失礼かもしれないけれど。あの子は、元気にしているだろうか。まぁ、大丈夫か、私の妹だし。
「この状況下で、場を壊すようなこと、言わないよね?エヴァユース司祭様。」
ちょっとだけ嫌味っぽく言って、隣に座る白橡色の青少年に視線をやった。じとりとした私の視線に、エヴァユースは、首を横に振って、額を抑えた。頭痛がする、とでも言いたそうだ。頭痛薬あげようか?手元に無いけど。
「意地悪だな、ムメイ殿。」
そう言って、観念したと言わんばかりの表情を浮かべて、手のひらを向けた彼に、私は口角を上げて、背中を叩いた。
「痛ッ!何故、叩く!」
「あ、ごめーん。でも、そうこなくっちゃ、司祭様!柔軟性は大切だよ。私が言えた義理じゃないけど!」
あはは、と笑う私の脳裏で、イマジナリー上司がお前が言うな、と言ってそうだった。今となっては、数週間しか経っていない私の世界がちょっと恋しく思えた。
はぁ、とため息をついたエヴァユースに、私は紅茶を飲み干すと、立ち上がった。ずるりと、ネレイドが落ちかけて、慌てて紅茶のカップを持ち直して、私の頭に乗っかった。ばしりと、抗議するかのように私の頬を叩くネレイドに、ごめんと謝り、視線が向いた三人に、私は胸に手を当てて、告げた。
「よし、そうと決まったら、乗り込もうか!」
「いや、無策で!?」
そう三人から突っ込まれたが、私は口元に人差し指を当てた。
「私、いいこと思いついちゃった。」
そういった私の顔は、きっと、イタズラを思いついた子どものように無邪気で、そして、悪い顔をしていたに違いなかった。
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