第15話 苛烈で結構。
ドムス大図書館を出る頃には、すっかり日は傾いていた。その為、私達は調査の続きは、また明日にすることにして、夕食を取ることになった。
彼との取る食事の中で、私は自分の話も少ししたが、彼からもこの世界のことをよく聞いた。そんな愉快な時間を終え、私達はそれでは、と別れた。
宿へと戻り、シャワーを浴び終えると、私は、杖を立て掛ける。その瞬間に、コツコツ、と窓を叩かれる音がした。私と驚いて肩を、ベッドの上でまったりとしていたネレイドは、その胴体を跳ね上げた。目を瞬かせながら、揃ってその方向を見ると、小さな竜が爪で窓を叩いていた。
その子竜の足は、丸められた手紙のようなものを掴んでいる。顔を見合わせると、ネレイドは私の頭の上に乗って、私はそのまま窓へと近づいて、窓の鍵を開けた。
「きゅう!」
子竜は一鳴きすると、翼をはためかせながら、部屋へと入ってきた。私達もその子竜が移動するにあわせて、窓を締めて、子竜の近くへと移動した。
以前見た、デュエム嬢を迎えに来たレッドドラゴンよりも小さく、ネレイドと同じくらいだろうか。子犬程度の大きさで、目もくりくりしている。胴体は、白い鱗に覆われており、光によっては虹色に輝いている。まるで、ホワイトラブラドライトと呼ばれる宝石のようだった。瞳は、金色に輝いている。
「きゅう!」
バサバサと翼をはためかせながら、子竜は、もう一度鳴く。まるで、手を出してと言っている様子にも思えて、私は手のひらを広げた。そこへ、ぽすりと子竜は巻物状になった手紙のようなものを落とした。もう一度、子竜は鳴く。読め、と言っているのだろうかと思い、私は手紙を広げた。頭の上のネレイドも覗き込む。
それは、デュエム嬢からの手紙であった。内容は、先日のお礼と、私がブラム討伐をすると話を聞いて、自身も力を貸したいというものだった。デュエム嬢、戦えんのっていう驚きだったが、詳しいことは、城で話したいとのことで、一度、城へと訪れてほしいとのことだった。城までの道は、この竜が教えてくれるらしい。
読み終えた私たちが子竜を見ると、嬉しそうに子竜は鳴いた。犬みたいだな、と翼をはためかせながら、宙を浮く子竜を見ていると、ネレイドもみぃと鳴いた。
そのまま、私に全くわからない形でコミュニケーションを取り始めたので、その場にいながら置いてけぼりを食らうことになった。おい、ネレさんよ、私の頭の上でコミュニケーション取らないで?私、棒立ちしかできないんだけど?ねぇ!
なんだか楽しそうにコミュニケーションを取っているので、私は棒立ちをしながら、そんな様子を見守っていたのだった。
「そろそろ、棒立ち疲れたから寝ていい?」
私の痺れを切らした言葉に、ネレイドは仕方ないなあと言わんばかりに表情を動かすと、デスクの上へと乗った。そのまま、手を振ってくるネレイドを一捏ねしてから、私はベッドへと潜り込んだのだった。
二匹はなんだか、楽しそうに話していたので放置である。言語差別だ、ふて寝してやる。
翌朝、目を覚ますとネレイドも子竜も私の枕元で寄り添うように眠っていた。こいつらかわいいな、と心底、スマホがないことを悔やんだのだった。
仕度をし終える頃には、二匹は起きており、あくびをしていた。
「じゃあ、案内をしてもらえるかな?」
そう子竜に、告げるときゅう、と鳴いて頷いてくれた。そういえば、昨日、今日も調査をしようとエヴァユースと言っていたから、ちょうどいい、連れて行くとしよう。子竜にその旨を伝えると、よく分かっているのか、分かっていないのか分からないが、頷いてくれたので、良しとした。
そうして、エヴァユースとの待ち合わせ場所にたどり着くと、既に彼は待っていた。手には、分厚い本を持っている。表紙には、神殿のマークが描かれていることから、聖典的なものなのだろうことは、理解できた。彼は、私達に近づくと、本を閉じた。
「お待たせ。待たせてごめんね。」
「いいや、こちらこそ、早くついただけだ。そして──その子竜は?」
私の謝罪を受け止めると、彼は私の肩付近を飛ぶ子竜へと視線を移した。きゅう、と鳴く子竜。可愛いでしょと言うとエヴァユースが困惑したので、とりあえず事情を話すこととした。困惑させてごめんね!
昨日の手紙を見せながら、エヴァユースに事情を話し終えると、彼は顎に手をおいて少し考えるようにしながら、頷いた。
「分かった。俺もついていっていいか?」
「もとよりそのつもりです。デュエム嬢から有力な話が聞けるかもしれないしね。聞くなら、一緒のほうがいいと思うんだよね。」
私の言葉に少し驚きながらも、彼はやや表情を緩めた。どこか嬉しそうな顔をしているようにも思えて、少しだけほっこりとした気持ちになった。エヴァユースは子竜に向き直ると、胸元に手を当てた。
「俺はキュリロス・エヴァユースだ。よろしく頼む、子竜殿。」
そう律儀に挨拶をするエヴァユースに、愉快だなあと思いながら見ていると、子竜もきゅう、と鳴いて、頭を下げた。ネレイドもそんな様子の二人を見て、頭の上でぴょんぴょんと跳ねるので、ちょっとだけ振動が頭に来てくらくらした。楽しそうで何よりだよ、ネレさんよ。
「じゃあ、案内してもらえるかな。」
そう言うと、子竜は元気よく鳴いて、頷いた。そして、先導するように羽を羽ばたかせて、街を横切っていく。そうして、私達は、パラティヌスを出た。私とネレイドが最初に入ってきた門の跡地と反対側の跡地から出て、またもや、舗装されている道を辿る。
「そういえば、エヴァユース司祭は、街を出たりするんですか?」
道を歩きながら、私は雑談がてら、彼の話を深掘ることにした。彼は、私の方へと向くと、頷いた。
「時折だがな。これでも、学生時代は魔法も嗜んでいた。その為、モンスター討伐に出向いたりもすることがある。」
彼の言葉に、司祭も魔法が使えるのかと驚いた。だいたいのファンタジー作品だと、使えないことが多いので、この世界の神様と魔法はそれなりに密接しているのかもしれない。未だにこの世界をよく分かってないけど。
へぇと、口を開くよりも先に、背筋に寒気が走る。杖を構えるよりも先に、エヴァユースが叫んだ。
「上だ!」
私達は、咄嗟に地面を蹴って、散らばるように上から落ちてきたものを避ける。私は転がり、エヴァユースは、土埃を起こしながらも、華麗に着地していた。ネレイドは飛び上がり、私の頭の上へと再び着地し、子竜は、くるりと旋回した。
土埃が晴れたあと、影が見えた。それは、獣のようで、ぐるぐると唸っている。
「──魔狼だ。気をつけろ、狂暴性が高い。」
エヴァユースの言葉に、狼かと見るが、それは普通の狼よりも大きかった。狼が一鳴きすると、ぞろぞろと地面から影から生まれて、私達を取り囲んだ。七匹の狼が、私達を狙っている。
「囲まれた!とりあえず、焼けばいいかな!?」
「焼く!?火魔法のことか?ひとまず、来るぞ!」
狼が地面を蹴る──よりも先に、ネレイドが飛び上がった。そして、魔法陣を描き、以前のように水を乱射させた。威力が少しだけ上がっているようで、狼を怯ませている。命中率はそこそこだが、牽制にもなっている。
エヴァユースが、本を開いて言葉を放つと、本が輝いて、光が私の下へと現れる。光が纏わり付くと、身体に掛かる重力が減るような感覚がした。バフというやつか!ということを実感し、ファンタジー要素に心が踊った。バフを掛けられてる!
私は、火をイメージする。広範囲のほうがいいはずだ、こんなに多いし。だからこそ、あの時のような水の隕石を───火の魔法としてイメージする。そして、口を開いた。
「【デュオ・マキシムム・イグニス】!」
杖の先たる月の先に魔法陣が描かれ、光が集まっていく。光に炎が纏わりつき、炎の球体を作る。そして、弾け飛ぶように空へと打ち上がると、分裂した。分裂した火の玉は、隕石のように落ちてきて、狼へと狙い撃ちをした。
狼が苦しそうに唸り声をあげる。だが、三匹倒れたのみで、残り四匹はこちらへと炎に包まれながら、襲い掛かってくる。
その炎に包まれた牙が迫る刹那、エヴァユースが本を開き、告げる。すると、狼たちの足元に光が輝き、まとわりついていく。光が触れた途端、動きがスローモーションになった。コマ送りするかのような動きに、私は察した。デバフである。またもや、心が踊った。ファンタジー要素!定番だよね!デバフもできるんだ!!すげぇ!
そんなことを考えていると、子竜が口を開いた。そして、子竜の口元に魔法陣が描かれると、眩いばかりの光の玉が咆哮となって発射された。破壊光線のようで、私に迫っていた狼を貫き、地面を焦がした。狼がゆっくりと倒れる。その間に、ネレイドが魔法陣を描き、再び水の弾丸を発射した。その間に、ぼさっとしてるな、と言わんばかりにネレイドから頬を叩かれたので、私も杖を構えた。
とりあえず、風を起こして延焼ダメージでもしとくか。私は風を球体にするようなイメージを浮かべる。風で包囲するように、風で閉じ込めるように、まるで、ゲームセンターとかである、風でくじをつかみ取りするマシーンのように。
「【デュオ・ファスキクルス・ウェントス】!」
私が叫ぶように告げると、月の先に魔法陣が描かれ、光が収束する。そして、そこに周囲の風を取り込み、風の球体を作ると、そこから、狼へと包んでいく。そして、狼それぞれは、私が作った風の球体に取り込まれ、炎の勢いを増していく。
またもや苦しい遠吠えをするかのように口をパクパクとしていたが、炎に包まれ見えなくなった。我ながら、良い魔法だなと思っていると、ややエヴァユースが引き攣ったような顔をしていた。
「苛烈だな。」
「まぁ、自分でも野蛮だなとは思いますね。」
褒められてないなと思っていながら、その場に留まりたくなかったので、エヴァユースたちの背中を押した。子竜とネレイドだけが元気だった。
やがて、風はやみ、狼たちは灰となる。そして、塵となって、彼らは風に乗って消えたのであった。
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