第14話 昔話を読み解こう。
不死や蘇生の言い伝えというのは、どこにでもあるものではないか。私の世界でも、ギリシャ神話のアスクレピオスの伝説然り、日本の言い伝えである人魚の肉を食らったという八百比丘尼しかり、中国の始皇帝しかり、多くの神話や伝承にそれは描かれていた。それは、多くの人が永遠の命という憧れを抱いていたからだ。それは、権力者であれば、あるほどに、顕著に現れると私は勝手に思っている。
その為、ブラムも例外ではないと思ったのだ。
開いた記述は、不死の秘法について、と書かれていた。
不死の秘法とは、賢者アルケウス・パルケルススが生み出した魔術儀式である。人体は、身体と、魂に分けられ、生命力と魔力と呼ばれる二つのエネルギーがそれぞれ循環している。
注釈:そも、この世界は、神より生み出された四つの属性から万物が生まれることを前提としている。
アルケウスは、実験にて、肉体もしくは、魂のどちらか片方が残れば、外部からのエネルギーの補充を重ねることにより、欠けた片方を補填することが可能であることを見出した。しかし、魂のみの補填については、非物質であるため、楔となる器が必要でである。
まず、儀式としては、肉体のみ場合と魂のみ場合、どちらとも揃っている場合の3つに分かれるが、基本はどれも同じであり、揃っていれば揃っているほど確率は高くなる。しかし、肉体のみの場合は、魂を呼び起こす必要があり、物言わぬ動く肉塊のようなものに等しいので注意する。
まず、世界に留まるための楔となるものを用意する。そして、後述の魔法式を組み込み、魂もしくは、肉体の一部を切り離す儀式(これは別書にアルケウスが残している)を行い、楔へと宿らせる。宿らせた楔は、誰にも目につかぬ場所へと隠しておく。その後は、術者の死亡と共に発動する。
しかし、蘇ったあとは、外部からのエネルギーを取り入れる必要があり、自身で生成することは不可能に近い。その為、その都度、他者からの供給が必要である。エネルギーは、血に流れており、そこから効率的に得るとよい。
尚、蘇りの回数は楔が壊れるまでであるが、一度設定した楔を再度変更することは不可能である。
そう書かれており、その後は、魔法式と呼ばれる数列や魔法陣が描かれていたが、数学が苦手な私には読み解くことはできなかったので、諦めておいた。私がそれを共有をすると、エヴァユースは眉を顰めた。
「まるで、吸血鬼の作り方にも思えるな。この魔法式は、四属性の魔法を組み込み、非物質や有物質に干渉するものだ。」
魔法式が読めるようで、下の記述まで教えてくれた。しかし、まぁ、吸血鬼の作り方というのは、同じことを思いました。まぁ、その記述は、血を得るとよいというところで判断したことではあるが。まとめると、蘇るためには、楔があるということだ。楔となる条件とかがあるのだろうか、とか思いながらもページを読み進める。特に何か書かれていることはないようだ。なんでもいいのか。
「ようするに、楔っていう名の核ってことだと思うんだよね、これって核があるから、肉体もしくは魂が滅んでも蘇ってくるだけで、無くなれば───あ。」
私はここで言葉を区切った。もちろん、それは私の言葉に、エヴァユースも目を見開いて、何かを閃いたようか顔をしていた。私たちは顔を見合わせて、指を立てる。
「ブラムにも、核がある!」
声が私達はハモり、ネレイドも頷くように揺れる。本当にわかってるのか不明だが、うちのスライムは優秀なので理解していると信じておこう。
「あ、でも、問題はその核か──。と、いうか、なんで、誰も気づかなかったの?」
私ががくりと頷きながらも、ふとそういう疑問が抱いてしまうと、エヴァユースは唇を噛み締めた。あ、これは、失言だった。言ってしまってから後悔してもおかしいのだが、彼は頭を下げた。
「面目ない。」
「いや、責めてないです。こちらこそ、配慮なかったです、すいません。」
互いに頭を下げるなか、ネレイドが何故か私達の頭をぽんぽんと叩いた。二人揃って見上げると、なんだか、呆れたような顔でやれやれといったように、触手のような腕を伸ばして、広げていた。ちょっと、腹立つような動作だったのですぐにこねくり回しておいた。みぃみぃと、抗議の声を上げてくるが、知るものかである。
「仲いいんですね、そのウーズと。」
「ネレイドです。」
「ネレイドと。」
おずおずと、そう言う彼に、私とネレイドは顔を見合わせる。そして、また馬鹿にしたようにしてくるので、再びこねくり回しておいた。
「仲いいですよ。ねぇ、ネレ。え。待って、なんで暴れるの。抗議なの?抗議するの?この野郎。」
私の言葉に、心底心外であるというかのように身体を仰け反らせて暴れ始めるので、私は再度、押さえつけると、パンのように捏ねてやった。その様子を目を何度もぱちぱちと瞬きして見ていたが、何かを思い返すような表情を浮かべて、視線を落とした。
大体のファンタジーの経験上、こういうときは───。
「フラクシアさんのことも思い返した?」
私の問いかけに、エヴァユースは、弾かれたように顔を上げた。その表情は、曇っていた。私はテーブルに肘をつき、手を組むとその上に顎を載せた。そして、下から見上げるように、彼を見た。
「フラクシアさんって、どんな人だったの?教えてよ。」
視線を彼は泳がせることなく、軽く頷いて口を開いた。
「一言で言うなら、臆病でいつも人前となると、逃げる娘だ。」
人見知りかぁと、少しずつフラクシアという人物が私の中で形作られていく。色々ある肩書によって、感じていた距離感が、一気に近づいた。人見知りですって、親近感を感じますね。え?私のどこが、人見知りかって?ファンタジーの世界だからテンションがハイになってるだけで、私の世界では借りてきたようなくらいに大人しくなる猫だからね。猫じゃないけど。
「私と彼女は、文化の都ウィミナリスにある寄宿学校クィンクアトリア学園で出会った。」
そこからは彼の昔話に耳を傾けていた。彼が高等部2年生のときに、高等部1年生として彼女が編入してきた。高い魔法式の理解と造詣を有していた彼女は、魔法使いでもあり、神官も勤めていたメトディオス司祭に連れてこられたのである。
そんな彼女と出会ったのは、ちょうど、神官の授業後に偶々会ったメトディオス司祭に学園を案内するように言われた時だった。
最初、メトディオス司祭に言われて挨拶として、声をかけただけなのに、逃げられたのは、驚いたという。すぐに肩を掴むようにして捕まえたが。
「怖すぎか?」
思わず突っ込み、じとりとみつめる私とネレイドに、視線を逸しながらも、フラクシアも悪いと言うエヴァユースの表情は緩やかだ。きっと、口はそう言いながらも、彼の中ではそれさえも、良い思い出なのだということは、聞いていて理解できた。
こほん、と咳払いを再度して、彼はまた話を続けた。ニヤニヤする私達を見てみぬふりをしているのが、愉快で堪らなかった。
案内している最中もビクビクしていて、まともな会話もなかった。その後、再び会ったのは、彼女が授業中に、風の精霊王と契約したことによって、災難にも、生徒に絡まれていた時のことだった。何処にでも嫉妬する人間はおり、彼女はあれこれ因縁をつけられていたが、そこを偶々通りかかったエヴァユースが、場を収めたことがあった。その時に、おどおどとしながらも、彼女は礼を告げた。
エヴァユースはあの場で泣きそうにしながらも、一切、言い返そうとしなかった彼女に、人が怖いか、と尋ねた。彼女は頷いた。言葉を一つ一つ区切りながら、指先をいじりながら、視線を一切にこちらに合わせずに、彼女は、昔からそうなのだと告げた。人の目が怖く、人の言葉も怖いのだと。そう言って、すいませんと付け加える彼女に、エヴァユースは、彼女の瞳を真っ直ぐに見ながら、口を開いた。
──背筋を正せ。意味もない謝罪をするんじゃない。
エヴァユースの言葉に、ハイッと、勢い良く返事をしながら、所在無さげに視線を彷徨わせる彼女にエヴァユースは続けた。
──あなたは力があるのだから、変に謝罪をすれば、より助長させるだけだ。堂々としなくてもいいが、見せかけでもいい。背筋を正し、意味もない謝罪をやめろ。それだけで、相手は勝手にたじろぐ。
その方が、無闇に話しかけられなくて済むと思うぞ、と付け加えると目を瞬かせて、フラクシアは彼を見た。初めて、目があった瞬間だった。
──言い返せ、って言われるのかと思いました。
そう言って、そっか、と言葉を噛みしめるように胸元に拳を当てて、視線を落とした彼女に、エヴァユースは、言い返しても、助長させるだけと肩をすくめた。
──大切なのは、振る舞い方だ。そうすれば、相手は勝手に勘違いする。
エヴァユースは、そう言って、再度、彼女を見た。背筋は、きちんと正されている彼女は、それだけで気品があった。口元が緩んでいた。そんな様子に、フラクシアは首を傾げた。
そうして、最初の会話は終わった。この一件から、エヴァユースは、フラクシアを気に掛けるようになった。フラクシアも、エヴァユースを見かけると、頭を下げたり、やがては、自分から声をかけてくるようになった。
在校中も、彼女はその才能を遺憾なく発揮した。そうして、異例にも在学中に魔術師協会に登録され、若くして、
それでも、彼女の人への苦手意識は変わらなかったようだが、初対面相手には、逃げなくなった。二人の仲はというと、時折、昼食を共にしたり、勉強を共にしたりと一緒に過ごす時間が増えていった。
フラクシアは、友人も少なからず出来るようになっていて、魔術師協会からの仕事の話であったり、数少ない友人と遊んだ話であったりと、会話中、楽しそうな表情を浮かべることが多かった。
その頃には、エヴァユースは神官の道を目指すことが決まっており、卒業後は宗教都市エスクリヌスにあるユピテル神殿へと向かうことが決まっていた。
そして、フラクシアは、魔術の都クイリナリスにある魔術師協会本部へと向かうことになっていた。つまるところ、卒業後は離れてしまう。
二人とも憎からず思い合っていた。だが、互いに踏み出すことはしなかった。しかし、彼女が魔術師協会からの仕事で、ある大型モンスターを退治しにいった際に、負傷して帰ってきたことがあった。
何でも、該当モンスターは問題なく退治したとのことだったが、その際にモンスターには子どもがいて、退治しきれなかった。しかし、そのモンスターの子どもは幼いながらも強い力を持っており、スキをついて攻撃を食らってしまったという。取り逃してしまったこと、そのスキも、子どもだということで情が湧いてしまったことから生まれたことだったという。
包帯を巻いて、失敗したと頬を掻く彼女に、エヴァユースは、治癒の神聖魔法を掛けながら、一縷の不安が胸の中に広がった。彼女を失うかもしれないという不安。助かってよかったとかいう言葉ではなく、取り逃したことに対しての失敗ばかりを気にする彼女に、恐怖を抱いた。対人恐怖は、基本的に自身の保身つまるところ、自分が大切という感情から来ると思っていた。だが、彼女は、そうではないということを知り、恐ろしくなったのだ。楔にならねば、と思った。
──まず、自分が助かったことに喜べ。失敗への後悔はそこからだ。
そう言って、エヴァユースは懇々と彼女に説教をして、そうして、彼女の触覚のようなアホ毛が垂れるくらいには、反省した頃、彼女を再度見据えた。
──触れてもいいか?
彼女は目を瞬かせながら、きょとんとしつつ、頷いた。許可を取ったエヴァユースは、隣に座る彼女の右手を取り、口元へと持っていき、指先へと口付けた。
そんな彼の動作にフラクシアは驚きと困惑から、顔を真っ赤に揃え、身体を少し離したが、その手は振り払わなかった。
──俺と共にいてほしい。これからも、ずっと。離れたとしても、俺のもとに必ず戻ってきてほしい。
そんな告白に、彼女はさらに顔を赤くして、目を何度も瞬かせ、空いた左手を口元へと持っていき、視線を泳がせたが───やがて、おずおずと頷いた。
──必ず、戻ってきます。キュリロス様の所に。
そうして、二人は結ばれた。その翌日のうちに婚約届を出し、二人は晴れて婚約者となった。誰もが祝福し、二人を引き合わせたメトディオス司祭が一番喜んだという。
卒業後、エヴァユースは同期の神官の中でも頭角を表し、やがて彼女が卒業して一年後、クイリナリスにある教会へと派遣された。再度、再会した二人は、同棲し、その一年後、結婚することを約束した。
その数ヶ月後に、彼女が呪いを受けて眠りにつくまで、それは幸せだったのだ。
「そこからは、俺は、彼女がこの地で眠りについたのを機に、パラティヌスに派遣された。それで、今はメトディオス司祭と共にこの地で神官業務をしながら、フラクシアの呪いを解けないかを探していた。そしたら、あなたが現れた、というわけだ。」
そう話し終えた彼に、私は目尻に浮かぶ涙を拭った。頭の上のネレイドも、同じように目を潤ませていた。いい話だなあと思った。よくある話かもしれないが、彼らの恋路を邪魔する奴は殴り倒したいと思った。よく言うだろう、恋仲を邪魔するやつは、馬に蹴られてしまえ、と。私は馬ではないが、制裁したいと思う。
まさに私の存在は渡りに舟だったのだろう。そりゃあ、ついていきます!って言いたくなるわ。
「今頃、結婚していたはずなんだがな。」
そういう彼の表情は、痛々しく、私は勢い良く、立ち上がった。図書館だ?うーん、許してください。
「必ず、吸血大公を倒そう。消滅させよう。そして、私の目の前で結婚式挙げてくれ。参列させてください。全力で祝福するから。」
そう言い切った私に、面を食らったような表情を浮かべたエヴァユースだったが、やがて、ふは、と笑った。
「頼もしい勇者殿だな。ああ、必ず、倒そう。そして、必ず、あなたを招待しよう。祝ってくれ。」
そうして再び私達は握手した。ネレイドもその手に触手のような腕を伸ばして、重ねた。まぁ、その後、ちゃんと司書さんにうるさいと怒られたのだった。ですよね!
だが、まぁ、必ず倒そうと決めて、私達は図書館をあとにした。
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