第12話 教会へ行こう!


教会は、魔術師協会のある建物から程遠くない場所にあった。数多くの神殿の跡地がある中で、教会はその一つケレス神殿と呼ばれる建物の中にあった。


教会は、一般にも開放されているようで、多くの人が礼拝に訪れていた。ケレス神殿、石柱で支えられ、ビロードの絨毯が敷かれている。その奥に、地母神ケレス像が置かれてある。その横には、双子神が並んでいる。そして、その手前には、講壇があり、神父が本を片手に何かを読んでいる。聖書的なものなのだろう。


私はそれを建物の入り口付近で聞きながら、礼拝が終わるのを待っていた。よくある創生神話のようで、この土地の成り立ちの話をしていた。以前、カピトリヌスの杖屋の店主も、双子神の話をしていたことを思い出す。


「主宰神ユピテルよ、御名を賛美いたします。今日、この礼拝を守ることができ、感謝いたします。我らが為に、双子神ロムスとレムリアを遣わし、この地に文明と恵みを齎せてくださったことを感謝いたします。この礼拝を通して、あなたの愛と恵みを体験できますように。双子神ロムスとレムリアのお名前を通して、お祈りいたします。」


祈りを捧げて、礼拝が終わる。厳かな雰囲気から、一気に和やかな雰囲気へとなったのを見計らって、私は、中央へと移動する。講壇に立ち、人々と話す神父へと近づいていく。そして、話す機会を見計らっていると、神父と視線が合った。彼は、私を見ると驚いたように目を見開いた。そして、表情を緩めた。


「お待ちしておりました、ムメイ様。私はこのケレス神殿にて司祭を任されております、コンスタンス・メトディオスと申します。」


神父が胸に手を当て、頭を下げる。私も慌てて頭を下げた。神父は少しだけ待っていてほしいと言い、私に礼拝堂にあるチャペルチェアに座るように言われ、私は大人しく座ることにした。その間に、ぼぅ、と神殿内の内装を見ていると、後ろから肩を叩かれた。驚いて振り返ると、見知らぬイケメンがいた。うわ、顔面良いな!


私が振り向き際に肩を跳ねさせてしまったのを見て、彼も少しだけ目を丸くして、頭を下げて、すまないと言ってきた。私は慌てて、手を振って、頭を上げるように告げると、彼は、安堵したような表情を見せた。


見た目の年齢は、私よりも若いくらいだろうか。恐らく、夢の中で見た私の相方と同じくらいだろう、と年齢を推測しながら注視する。白橡色の髪色、ポニーテールを三つ編みのハーフアップに近い形でアレンジしたような髪型に、深くて渋い萌黄色のような瞳。端正な顔立ちには、まだ幼さが残っている。服装は、黒のカソックに──ストラといったか、青色に金地で装飾の入ったのストールのような物を両肩に掛け、首からは、太陽と月が重なったような銀のロザリオをかけている。私は彼に、隣に座るように促すと躊躇いながらも前に回ってきて、隣に腰を下ろした。電車に座る乗客と似たように、こぶし3つ分くらい開けて座った彼に、なぜ、その距離と思ったが、真隣に詰められるよりは全然よく、寧ろ、好感を持った。


「それで、私に何か?」


私が首を傾げると、同じようにネレイドも胴体を傾けている。そんな二人の視線を向けられても、彼はたじろぐことなく、口を開いた。こやつ、強いやつだ。


「はじめに、名も名乗らず声を掛けたことに対して詫びを言わせてほしい。すまない。」


凛としてそう言った彼に、律儀か!と突っ込みそうになったが、慌てて口を閉ざした。危ない、危ない。私は、つとめて平静に、再度、手のひらを横に降って、気にしていないと告げると彼は頭を上げ、手を胸へと当てた。


「俺は、キュリロス・エヴァユース。ロムレア教の司祭だ。勇者殿、私を吸血大公ヴァンパイアロード討伐に連れて行ってもらえないだろうか?」


「はい?」


思わず耳を疑って、聞き返してしまった。いや、うん、待て。流石のネレイドでさえも、面を食らって、目を点にしていた。


「吸血大公討伐に……。」


「大丈夫。それは分かってる。私が聞きたいのは、理由です。」


私は額に左手を置いて、右手で彼の話を制する。耳が遠くなったわけではない、単純にいきなり自分を押し売りしてくる相手がいますかね、という話である。いや、迷惑というわけではなく、こちらは、すんごく助かるんですが。


「それは──。」


「フラクシアの為だね。」


彼の言葉を遮るようにして、神父が声をかけてきた。私は驚いて声を、ネレイドは胴体を大きく跳ねさせた。


「メトディオス司祭。申し訳ない、先んじて話をした。」


「いえいえ、構いませんよ、エヴァユース司祭。あなたのお気持ちを考えると、痛いほどわかります。」


神父の言葉と、俯いたような表情を見せる彼に、訳ありかと言うことを察した。そして、数ある創作を見聞きした私には分かる。これは、恋愛絡み・・・・の相手が吸血大公にやられた奴だ!と、そんなことを勝手に推測しながら、私はその人物について深く聞き出すことにした。


「フラクシアさんとは?話の流れからして、吸血大公と関係がありそうなのは分かりますが。」


私の問いに答えたのは、神父だった。


「魔術師協会所属の魔法使いで、数少ない金剛級ダイヤモンドの魔法使いです。」


彼の言葉に記憶を思い返す。確か、金剛級ダイヤモンドといえば、最初にカピトリヌスの支部長が説明してくれた魔法使いの階級で、一番上の階級だったか。つまり、めっちゃ強い魔法使いというわけだ。え、そんな人がやられたの?私、勝てます?めっちゃ、期待されてますけど、勝てます?


「メトディオス司祭、ここからは、俺が話します。」


困惑をしている私をよそに、彼は、神父の言葉を遮り、そう言って数年前のことと前置きを言って話を始めた。


数年前のこと、パラティヌスに、魔術の都クイリナリスにある魔術師協会本部から、一人の魔法使いが派遣された。その者は、数少ない金剛級ダイヤモンドの魔法使いで、風の魔法の使い手であり、精霊王たるシルフェンと契約できるというほど、凄腕の魔法使いであった。


名を──フラクシア・オスティア。【風の娘】の二つ名で知られる彼女は、派遣されてすぐに、吸血大公討伐に向かった。同じように吸血大公討伐の為に宗教都市エスクリヌスから派遣された司祭数名を連れて。


そして、激闘の末に無事に、討伐したという。それが、勇者が亡くなってから初めての吸血大公の討伐であった。


しかし、彼女が引き上げようとした刹那、背後から襲われた。その場にいた司祭が、治癒を施し、眷属とならなかったものの、吸血大公は呪いを施した。


──生命力が吸われ続ける呪い。その生命力は、吸血大公の養分となり、死に至る。


そうして、吸血大公は姿を消し、慌てて彼女を連れ帰った司祭が、エスクリヌスに連れていき、教皇が解呪を施しても、呪いは一時的に治まるだけで解けることはなかった。


日に日に弱っていく中で、彼女は自分自身に時を止める魔法をかけて、眠りについているという。これ以上、生命力を吸わせて、吸血大公の力を蓄えさせない為に。


そして、その後も何人かが吸血大公を討伐にしむかったものの、眷属のみしか現れず、それ以降は姿を見せていないのだという。


と、言うのが彼の話であった。とんでもないやつだな、と改めて吸血大公について感想を抱きつつも、それよりも、と私は口を開いた。


「それで、フラクシアその方とあなたとの関係性は?」


絶対聞かなくていいのだが、聞いてしまった。え?下世話だろ?知らないな!


「先輩と後輩──。」


「婚約者ですね。」


エヴァユースが言いかけた言葉を遮るようにすかさず神父が口を開いて断言した。その言葉に、頬を赤らめて、彼は神父の方を勢い良く向き、やや表情を強張らせた。


「メトディオス司祭!」


「照れなくてよろしいのですよ、エヴァユース司祭。皆、祝福しておりますから。」


そう言われてしまえば、彼は口を噤むしかなかったらしく、視線を泳がせた。年の功に負けている。


わあい、当たった、こういう展開だと大体の定番だよね、とは口が裂けても言えないが、大切な人が苦しい思いを未だにしているのを黙ってはおけないのは理解する。私だって、元の世界の友人や妹が同じ思いをしてたら、同じことを選択する。ぶん殴りに行く。まぁ、現実世界では雑魚すぎるので、どうしようもできないのですが。しかし、ふと、あまり詳しくない知識で疑問を抱く。


「神父って結婚できないんじゃないんですか?」


私の質問に、神父は少しだけ驚いたように目を丸くしながらも、次の瞬間には、優しい笑みを浮かべて、口を開いた。


「ああ、私は皆様に神父と呼ばれてこそおりますが、分類としては、正確には神官・・の方が正しいのです。あと、加えて言うのであれば、我らが主宰神たるユピテル様は、聖職者の婚姻を禁じておらず、寧ろ、推奨しております。勿論、不義理を働けば、女神ユーノ様の怒りを買いますが。」


まぁ、私は神に人生を捧げていますが、と神父はさらりと言うので、あながち、神父の名称は伊達ではないのだろう。これもファンタジーパワーでおさまるのかと思ったら、ちゃんと理屈はあったので、ちょっとだけ、見直した。何に?世界に。


なるほど、じゃあ、役職としては、神官というわけか。それにしても、やはりこの世界は一神教ではなく、多神教のようだ。アニミズム的なところがあるのかもしれない。神様の名前も、私の世界で言うところの、ローマ神話に似ているし。詳しいか詳しくないかで言えば、そこまで詳しくない分類になる為、考察できるほどではないけれど。そういえば、こういうファンタジーゲームの考察班の知識って、一体どこで仕入れているのだろう。今だけ、私に知識をください。必要ないかもしれないけど。


それにしても、討伐したら呪いをかけられるのか。掛けられなくても、吸血大公がストーカーしてくるのか。え、だるいな。ずっとついてくるってことだろう?え、すごく嫌だが?通報するぞ、こら。どこに通報すればいいのか、知らないけど。


「それで、ムメイ様。プリンケプス魔術師教会支部長からは、吸血大公に協力していただけないかというお話は聞いております。その上で、私からもお願いします。どうか、吸血大公討伐に、エヴァユース司祭を連れて行ってもらえないでしょうか。」


そう頭を下げる神父に、私は手を横に振り、頭を上げるように伝える。


「え、是非。むしろ、大歓迎します。」


私が即答すると、同じように頭の上のネレイドも頷くように胴体を揺らした。そんな私達の反応に、彼らは表情を明るくした。


「感謝する、勇者殿。改めて、よろしく頼む。」


そう言われて差し出された手に私は応える。聖職者にも関わらず、がっしりとした男性の手だった。


「こちらこそ。改めて、私は無銘黎むめいれいです。こっちは、ウーズのネレイド。よろしくお願いします、司祭。」


そんな握手の様子を神父は朗らかな笑顔を浮かべながら見守り、では、と手を叩いた。


「エヴァユース司祭。今からとう同行されてはいかがです。ムメイ様も、他にも聞きたいことがありましたら、司祭にお聞きください。」


神父の提案に私達は頷いた。これは、有り難い申し出である。


「ひとまず、私はどうやったら、吸血大公を消滅させられるかを探します。」


私の言葉に、神父は驚いたように目を見開きつつも、すぐに力強く頷いた。


「ぜひ、よろしくお願いいたします。ムメイ様。」


「俺も尽力します。」


彼や神父の言葉にネレイドも頷いた。なんなら、ネレイド、さっきから力こぶを作るようなポーズを見せている。お前、私よりやる気だろ、実は。まぁね、うちのスライムは頼もしいから。


とりあえず、どうやったら、吸血大公倒せる、もとい、完全消滅できるのかを考えることとして、三人となったパーティーで教会を後にした。とりあえず、そうと決まれば、調査だ!


二人の女性を助けるという目的が加わり、私は不謹慎にも、少しだけウキウキと心が踊るのだった。ちょっと、勇者らしいと思わない?


なんて、誰にも聞こえないのに問うて見るのだった。

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