第9話 吸血鬼とは。


魔術師協会を出ると、日はすっかり傾いていた。その為、私達は宿屋へと向かうことにした。


「お腹空いたねぇ、ネレ。宿についたら、ご飯を食べいこうねぇ。」


「みぃ!」


私の提案に頭の上のネレイドは、小躍りしているかのように左右に揺れる。すっかり、ご飯が好きになってしまったらしいネレイドは食事となるとこうして機嫌が良くなる。とてもかわいい。


宿屋は基本的に、食事は外で取らねばならない為、必然的に私達はレストランや酒場といった場所へと向かうことになるのだ。どうせだ、吸血鬼のことについて、聞くためにも酒場に行ってみるとしよう。お酒?そりゃあ、飲めますとも!翌日、二日酔いになることが確定はしてるけれど。


宿を取り、荷物を置いて私達は夕暮れに染まる街へと出る。そうして、宿屋の近くにあった酒場の看板へと入った。


店内は、様々な格好をしている人たちで賑やかであった。剣を腰に携えているもの、杖を傍らに置くもの、弓矢を担ぐもの、槍を立てかけているもの。武器など持たないもの。まぁ、様々である。


「いらっしゃいませ。空いてる席にどうぞ。」


店員が声をかけ、そう言われると私はきょろりとテーブルや、カウンターを見る。カウンターは埋まっていて、テーブルは空いているものの、相席をしなければならない。情報収集には、もってこいである。相席は初めてですが。


ネレイドが空いているテーブルを指差す。お前、席を把握することもできるのか!優秀か?


私はネレイドに感激しながらも、その案内に沿って席に座った。テーブルに置かれている木製のメニュー表を見ると、簡単な軽食と酒類が書かれていた。意外ではあったが、どうやら、ビールもあるらしい。え?私、ビールは飲めませんけどね。なんなら、アルコールの味がそこまでしないお酒しか飲めません。ソフトドリンクでいいだろって?うるさいな、飲みたいんだよ。


「ねぇ、ネレってお酒は飲めるの?」


「みぃ?」


私が席に座ったと同時に、頭の上からテーブルへと移動したネレイドは、メニュー表を一緒に覗き込んでいたが、私の問いかけに首を傾げるように胴体をくねらす。どうやら、飲酒可能かどうかは本人すらわかっていないらしい。まぁ、飲ませないに越したことはないだろう。


軽食を数種類くらいと、私はアペロール・スプリッツというお酒を頼むことにした。こっそり、解析魔法を使って、どんなお酒か確認したら、オレンジ風味のリキュールをスパークリングワインとソーダで割ったものらしい。オレンジが好きなので、組み合わせとか全く知らないが、選ぶことにした。


美味しいものと美味しいものを組み合わせたらたいてい美味しいから大丈夫というのが、私のポリシーである。ネレイドには、お水である。


料理を待っている間に、店内を見渡す。長机みたいなテーブルが2個並べられている店内は、隣同士や、テーブルの向こう側でも色んな人が話している。その様子は、皆、一様に笑顔で、楽しそうな風景だった。私の目の前や、隣でも会話は弾んでいるようで、他愛ない日常のことを、話している。


「そういやぁ、例の吸血鬼ヴァンパイアを倒しに行った奴が、襲われたってよ。」


「え、どこでだ?」


ぴくり、と耳を立てる。吸血鬼の情報だと隣で話す男性二人の会話に意識を向けた。彼らは、一人は大剣を背中に携え、もう一人は杖をテーブルに立て掛けている。他のファンタジーで言う、冒険者的立ち位置だろう。


「街でだよ。寝込みを襲われたってよ。」


「またか。奴ら、夕暮れ以降にしか襲ってこないから、面倒なんだよなあ。しかも、やっぱり、やられた奴に報復のように・・・・・・・・・・・・狙ってくるな。それで、無事だったのか、そいつは。」


「ああ、教会の神父がすぐに治療に行ったから問題ないってよ。」


良かったなあと締めくくられ、会話が次の話題へと移り変わっていく。なるほど、吸血鬼は報復をするのか。竜大公への執着といい、よほど粘着質らしい。こっわ、ストーカーかよ。


パラティヌスの支部長曰く、吸血鬼は不滅性を持ち、別の眷属から復活する。最初はただ吸血大公だけかと思っていたが、手下もそうなのか。というか、どうやって眷属を生み出しているのだろうか。ゾンビみたいに、噛まれたら吸血鬼になるという感じではなさそうだと思うが、全て神父が治しているのであれば、対処が可能ということで、放置したら吸血鬼になるというのかもしれないし。


推測が多く、聞いてみるほうが早いような気がした。私は意を決して、隣へ声をかけることにした。


「すいません、吸血鬼の話が聞こえたのですが、吸血鬼ってどんなモンスターなんですか?」


私が突如として声をかけると、二人の男性は目を大きく見開いてびっくりしたような表情をしていたが、知らないのか?と問われ、頷くと快く答えてくれた。


吸血鬼ヴァンパイアは、字の如く、血から生命力や魔力を吸い出すモンスターでな。生命力を吸われ尽くすと、人間であっても、モンスターであっても、奴らと同じ吸血鬼ヴァンパイアとなる。だが、すぐに教会の治療を受ければ、問題ない。」


男性の説明に、私は頷きながら聞く。なるほど、生命力と魔力を吸う、エナジードレインって言うやつか。それにしても、モンスターですら吸血鬼になるのか。つまり、同族であっても、関係ないのだろう。


吸血鬼ヴァンパイアが恐ろしいのは、その肉体が滅んでも、別の身体から復活することだ。それは、手下であっても、吸血大功ヴァンパイアロードから生み出された肉体で新しく復活する。そして、自分達を倒した奴を襲ってくるんだ。」


そう言って、男性は手元のビールを飲む。私も話を聞いているときに届いたカクテルをちびちびと舐めるように飲んでいた。ネレイドも、軽食のパスタを器用にフォークを使って食べながら、話を聞いていた。


「つまり、倒しても復活してきて狙ってくる、と。」


「そういうことだ。お嬢さんも気をつけろよ。それにしても、吸血鬼を知らないなんて、どこの出身なんだ?」


そんな、指摘に苦笑いを浮かべる。目の色を隠してはいないが、あまり私の出自を知られるのは好ましくない。特に理由はないが、面倒である。勇者としての力が、まだ無い以上、下手な期待はしんどいだけだ。


「そ、それはおいておいて、吸血大公が竜大公を狙ってるって聞いてますが、それはどうしてなんですか?和平で同族を裏切ったということは聞いたのですが、なぜ、竜大公は和平を?」


私は話題をそらして誤魔化しながら、気になっていたことを尋ねる。浮かぶのは、デュエム嬢のことだ。魔法の鑑定結果には、吸血鬼と竜のハーフと書いていた。ということは、ある一定の交流はあったはずなのだ。


「詳しいことは知らないなぁ。吸血大公ヴァンパイアロードは、魔王がいた時代から、この街を狙っていたし、今の竜大公の居城はかつて、吸血大公が侵攻してきたときの拠点だったからなあ。」


後半の情報は知らないことで、私はそれについて、詳しくと男性に詰め寄った。アルコールの入った彼らは、そんな私のしつこい追求も、気に求めずに話をしてくれた。話を纏めると、こうである。


勇者のいた時代のことだ。魔王の侵攻時に、吸血大公ヴァンパイアロードは、真っ先に侵略してきた。カピトリヌスを混乱に落とし、パラティヌスへと入ってきた彼は、今は亡きクラウディウスの遺跡たる古城へと拠点をおいた。


そして、じわじわと侵略していった。しかし、勇者がカピトリヌスを取り戻し、そうして、パラティヌスへとやってきた。話を聞いた勇者は、当時の仲間と共に、吸血大公の肉体を討ち取った。


しかし、吸血大公は、滅びなかった。復活し、再度、勇者を狙ってきたが、その都度、勇者は吸血大公の肉体を滅ぼした。そうした攻防の中で、勇者はついに魔王を討ち取った。


魔王を討ち取ったのを機に、吸血大公は一度、魔王の拠点へと逃げ帰った。しかし、勇者が亡くなったのを機に、再度、侵攻してきた。古城においておいたらしい眷属の肉体から出現した吸血大公は、パラティヌスの人々を襲った。


それを、和平を申し込んでいた竜大公が突如として、討ち滅ぼした。そうして、和平を無事に結び、竜大公は、吸血大公の脅威からパラティヌスを守るようになったという。


だが、吸血大公はそれを恨み、竜大公を付け狙うようになったのだと。そうして、竜大公を討ち滅ぼし、パラティヌスを支配するのだと。


そういうことらしい。執着がすごい。もういい加減にしなさいよ、と言いたいレベルであった。男性にそう言うと、大笑いをしていた。


「お嬢さん、確かにそのとおりだなあ!」


「辛辣だなあ!お嬢さん!」


アルコールが入った人たちはもはや何でも笑うようになってしまっていた。豪快に笑う彼らに、頬を掻きながらも愉快だなあと私はちびちびとお酒を飲む。


気づけば、ネレイドが全部、軽食を食べてしまっていた。けふ、と言わんばかりに胴体を揺らしていたので、私は眉間にシワを寄せる。


「お前は残しておかんかい!」


ネレイドをこの野郎と言わんばかりに捏ねまくっていると、その様子を見て、再び酔っ払いは笑っていた。


「まぁまぁ、お嬢さん。もう一回頼むこったぁ!」


「そうだ、そうだ。許してやれよ。」


酔っ払いは、ネレイドの肩を持つようでそんな様子にネレイドもそうだそうだと言わんばかりに頷くように胴体を揺らす。お前はどの口が言ってるのかな?と、捏ねまくっておき、私はそのまま、再度、軽食を注文した。


そんな形で、私は彼らと乾杯をし、彼らの旅の話を聞きながら、楽しい食事を済ませたのだった。その間、ネレイドは、お腹いっぱいになったせいか、船を漕いでいた。


食べ終えると、金を払い、私たちは宿屋へと戻る道を歩く。酔っ払いたちはまだ飲むとのことで、笑顔で別れた。


空は月が登り、星々が煌めいている。静かな夜で、喧騒は全て建物の中である。宿まではそう遠くない道を歩いていたが、私はふと寒気を感じた。すると同時に、船を漕いでいたネレイドが、胴体を揺らして、私の服の裾を引っ張った。


私はその方向へと、重心を傾ける。右へと避けると、その背後から、見知らぬ男性が転げるように地面へと激突しようとして、体制を整えた。


暴漢か、と私は眉を顰めたが、すぐにその考えを改めた。生気のない顔、鋭く生えた犬歯、服装こそは、街を往来していそうなどこにでもいる町人の服装だが、異様な空気を感じた。


私は杖を構える。解析魔法を使用し、私は目の前の男性を解析すると、案の定、【吸血鬼】と表示されていた。ふと脳裏に、先程の男性の言葉が蘇る。


──報復のように、狙ってくる。


私は確か、数日前に蒸し焼きにした吸血鬼たちを思い返す。デュエム嬢を助けた際に私は、その要件を満たしていた。


「報復って、わけね。」


更に気配が増え、数人の男女が現れた。どれも生気がなく、犬歯は鋭い。どれも解析結果は、【吸血鬼】だ。一つ、息を吐く。アルコールの入った身体でどこまで戦えるだろうか。


まぁ、どうにかなるだろう。だって、ネレイドもいるからね。彼らは、唸り声をあげて、襲ってきた。私は、地面を蹴ると、彼らの襲ってきた隙間へと突撃して縫うように、転がる。


ネレイドが私の頭から飛ぶと、魔法陣を描く。水魔法が、まるで隕石のような形で降り注ぐ。そんなこともできたのか!威力はかすり傷ほどではあるが、あまりにもの自由度に目を丸くしてしまう。うちのスライム、万能すぎる。


一人が身体を変化させようとしたが、ネレイドの水が当たって、阻止される。私は杖を構えた。とりあえず、燃やそう!


「【ドュオ・ミニムム・イグニス】」


月の先に魔法陣が描かれ、火が収束する。そして、光の線に炎が纏わり付くと、炎の矢の形へとなると、吸血鬼へと貫くように、襲いかかった。


ぼ、と火がつき、燃えていく。だが、それでも動き続けるものが三体。一体は苦しむように燃えていた。


炎を纏ったまま、襲い掛かってくる姿はかなり恐ろしい。傍から見たら、人が燃えてるし、犯人は私になるなぁ、なんてことを暢気に考えてしまう。


いや、それどころじゃない。燃えた吸血鬼に触ってしまえば、私も燃えるじゃないか。


私は、再度、杖を構える。足止めをしたい。静かに燃えててほしい。蔓とかどうだろう。いや、燃えるね。


その間も、こちらへと拳を振ってこられ、少しだけ服をかする。火が燃えうつりなけたが、ネレイドが水魔法を私に向かってぶっかけてきたので、濡れたものの、問題なく鎮火できた。ナイスだわ。


顎から滴る水を手の甲で拭い、迫る拳を見て、ふと、神話上の生物を思い出した。その目を見たものを石化させる生物──メデューサを。


それでよくね?というか、それで、あとで砕けばいい話だ。その前に、今は、拳をどうにかせねばならない。いや、魔法でどうにかできないかな。


バリアとかできないだろうか。そうだ、何かのファンタジー作品で、風で受け止めて押し飛ばすようなものがあったはずだ。それを使ってみよう。


私は想像する。目に見えず、攻撃を受け止めるシールドを。そして、トランポリンのように跳ね返されるようなバネを。


ぐるぐると呪文が浮かんでくる。拳が目と鼻の先に迫る刹那、私は叫んだ。


「【ウーナ・レペロ・ウェントス】!」


月の先に魔法陣が描かれ、光が収束する。それに伴って、空気中の風が吸い込まれていき、私の目の前に、迫る拳を受け止めるような一つ一つの板へとなると、それはやがて拳へと巻き付き、弾力のある物体にぶつかったように跳ね返った。


バランスを崩した吸血鬼に、私は更に杖を構えた。未だ、ということは戦闘初心者の私でも分かっていた。


想像する。かつて、読んだ神話の内容を。ゴルゴーン討伐伝説で出てきた、あのモンスター。メドゥーサを。目でなくとも、見たものを彫刻のように、手足の自由を奪うように。いつぞやで見た、塩の柱で固まっていた聖書の人々のように。動きを止めるものを想像していく。


ぐるぐると呪文が脳裏に浮かんでくる。私は、風の壁を乗り越えようと何度も跳ね返り、炎の勢いを強くしている吸血鬼たちを見据えた。


「【ウーナ・ソリダーレ・テラ】!」


土魔法の一つということか、と思った刹那、月の先に魔法陣が描かれていた。そうして、魔法陣から放たれた光が彼らの足元に纏わりつき、それに伴って、土が石へとなり、足へとパキパキと音を立てながら、表面上を固めていく。炎諸共に。


唸り声があがる。だが、そんなことは知らない。私は、その様子を眺めながら、杖を構えた。


「安心しなさい。砕いてあげるから。」


ネレイドが宙を舞う。彼には魔法陣が描かれていた。威力としてはそこまでないで砕けられるか分からないが、私も見様見真似でやってみるとしよう。


先程の隕石のような発射を思い出し、イメージしながら、私は呪文を唱えた。


「【ドュオ・マキシムム・アクア】!」


月の先に魔法陣が描かれ、その魔法陣は石像となりつつある吸血鬼達の上にも描かれた。それは、月の先に光が収束し、水が纏わりつきながら水の玉を完成させる。すると、その水の玉が分裂し、消えたかと思うと、魔法陣から降りてきた。


自動照準という機能を私はこれほどまでに実感したことがないくらいには、その一つ一つの水の弾丸は、石像へと当たり、砕いていった。壊れた石像ですら、再度追い打ちをかけるほどに完膚なきまでに砂になるまで壊していた。


そうして、静かになった街で、私はへたり込んだ。噛まれることはなかったが、妙に疲労度が強かった。ネレイドが頭の上に乗ってくる。


「ネレ、あんなメテオな水の撃ち方どこで覚えたのよ。」


自分の安定のためにも捏ねくりまわしていると、一枚の手紙がハラハラと落ちてきた。私は空を見上げると、そこには気づかなかったが、1羽のコウモリがいた。私は杖を構える。


コウモリは、そんな私に驚いて、慌てて逃げていった。追い打ちをする気力はなかったため、放置した。突如として届いた手紙に、ネレイドは興味津々といった様子で見ていたが、とりあえず私達は宿屋へと帰ることにした。

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