第二章:古都パラティヌス

第8話 古都パラティヌス


それからは何事もなく、古都パラティヌスへと辿り着くことができた。パラティヌスは、遺跡の中に街があるというような形で、つくまでに見てきた素材でできた建物が現存し、今も使われている。


私達はそんな中で、カピトリヌスの支部長に言われていたとおり、真っ先に魔法師協会へと足を向けたのだった。魔術師協会までの道には、石畳が敷かれている地面と、シロツメクサが咲く赤土の道と分かれていた。全体的に、確かに、古都というべき雰囲気だろう。


魔術師協会は、どうやら昔の宮殿の一部であったという建物に入っているらしい。まぁ、魔術師協会だけではないとのことだ。全体的なお役所となっているらしい。先程、消耗した旅の道具を買い足した店の商人に聞いた話である。


古くなり、もはや遺跡に近い宮殿の一部だった建物は、天井や床は、装飾が描かれている。その装飾は、太陽をモチーフにして、描かれていた。


魔術師協会は、太陽の装飾の書かれた広間を抜けて、右側にあった。隣には、剣士協会が置かれている。私は、それなりに人のいる空間の中で、目的の協会の受付には人が並んでいないことを安堵しつつ、受付へと向かった。


「あの、カピトリヌスの支部長から、パラティヌスの支部長を尋ねるように言われたのですが、本日はご在籍でしょうか?」


私は、懐から石版を出しつつ、受付の女性へと声をかけた。受付の女性は、少し驚きつつも、石版を受け取とると、その宝玉に手をかざす。そして、更に目を丸くすると、私を見た。


「少々、お待ちいただいてもよろしいでしょうか。」


そう言って、席を立ってしまった。あれ、デジャヴ。私とネレイドは顔を見合わせると、彼女が戻ってくるのを待つこととした。


数分ほどで、彼女は、奥へとどうぞと、これまたデジャヴなことを言われて、通された。そうして、書斎のような場所に通された。奥のデスクには、妙齢の男性が座っていた。男性は立ち上がると、手を胸に当て、礼をした。


「はじめまして。私は魔術師協会パラティヌス支部で支部長をしております、ユリウス・プリンケプスと申します。あなた様のことは、カピトリヌスの支部長であるケファレウスからは申し送られております。お待ちしておりました、ムメイ様。」


とても丁寧に挨拶されたため、こちらも釣られて頭を下げた。そうして、自己紹介をし、ネレイドも紹介した。


「思ったよりも、お早い到着でしたね。何事もありませんでしたか?」


そう問われ、ちらりと数日前の魔人との遭遇を思い出したが、言うほどではなかったため、黙っておくことにした。私は頷くと、良かったと彼は胸を撫で下ろした。


「昨今、城塞都市パラティヌスと古都カピトリヌスの間では、やや、物騒でして。何事もなかったと聞き、ホッとしました。」


ちらりと脳裏に吸血鬼が浮かんだが、黙っておくことにした。多分、物騒な理由、絶対絡んでる気がする。理由は不明だけど。根拠もないけど。


「その、物騒といいますと、どういったものなのでしょうか。」


情報収集の一環として、私はパラティヌスの支部長へと聞き返す。彼は、目を伏せ、神妙な面持ちになると、少し逡巡する様子を見せた。ちょっとだけ、雰囲気がファンタジーのよくある展開っぽいな、なんて、場違いなことを考えながらも、彼の言葉を待つ。


「魔人がこの数ヶ月前より、現れるようになりまして。夕暮れから夜にかけて、人々を襲うのです。」


彼は背中を私に向けて、デスクの奥にある大きな窓へと視線を移した。段々と、私の予想が当たるようなそんな胸騒ぎが広がっていく。


「街でも被害者が出ております。まぁ、幸いにも死人が出てはいないのですが。」


「討伐依頼的なものは出されてないんですか?」


窓ガラスに反射したパラティヌスの支部長との視線と合った気がした。その表情は暗い。


「討伐はしております。依頼も各協会から出しているのですが──討伐しても、次々に湧いて出てこられるので、切りがありません。」


ゾンビか何かか?思わず、口から出そうになった言葉を飲み込み、そうですか、と返す。そして、考えを整理する。まぁ、整理するまでもない。吸血鬼でしょうね!


「その、その魔人って、吸血鬼ヴァンパイアでふか?」


おずおずと聞いてみると、パラティヌスの支部長は、勢い良く振り返る。目は見開いて、面を食らったような表情をしている。


「どうして、それを?」


別に隠すことはなかったので、正直に数日前のことを話すこととした。


「先程は何事もなかったと申しましたが、街へと辿り着く前に、私達も吸血鬼ヴァンパイアに遭遇したのです。」


「そうでしたか。負傷者や、あなた様に怪我はありたせんでしたか?」


心配そうにこちらを尋ねてくる彼に、私は手と首を横に振った。


「幼女が襲われていたのですが、無事でした。私は怪我をしてません。蒸し焼きにしてやりました。死体は見てませんが。」


あのあと、土の壁諸共放置している。幼女が魔人であることを伝えるべきかは悩む。彼女の発言からして、友好的なのだろう。だが、知られたくなさそうだったし、黙っておこうと、決めた刹那、幼女との言葉に、パラティヌスの支部長は、眉間にシワを寄せた。


「その、つかぬことをお聞きしますが、その幼女というのは、千草色の髪と黄緑のような瞳を持つ美しい少女ではありませんでしたか?」


お?お前もロリコンか?


それはおいておいて、私の決意など露も知らずに、パラティヌスの支部長は、あの幼女の容姿を告げて、尋ねてきた。さて、ここで、隠すべきかと言うのは、悩んでしまう。情報がほしい。幼女を狙う理由も、吸血鬼が人々を襲っている理由も。きっと、パラティヌスの支部長は、情報を持っている。よし、話そう。


瞬時にそう決め、支部長の言葉に頷いた。その返答に、神妙な面持ちになった。


「その、どうして、デュエム嬢は、どうして狙われているのでしょうか?」


たぶん、もっと先にどうして気に掛けることを尋ねるべきなのかもしれない。だが、正直そっちより、吸血鬼が幼女を狙う理由のほうが先である。ロリに害をなすロリコンは燃やすべきだからね。過激だって?知らない。


パラティヌスの支部長は、目を伏せ、窓辺と視線を向けた。その窓ガラスの向こうには、古城が見えていた。


「あの古城が見えますか?」


支部長の問いかけに私は頷いた。そのまま、支部長は言葉を続けた。


「あの古城は、かつて、このパラティヌスを統治していたクラウディウスという都市の領主の城でしたが、今は、別の者の居城となっております。かつては、我々と敵対しておりましたが、その者は、今は我々と共存を求めております。」


支部長の言葉は、名前こそ出していないものの、デュエム嬢の親、デュエム大公のことだろう。竜大公ドラコロード、魔王の元幹部。たぶん、マッドサイエンス。今のところ、よく掴めない人物像でしかない。だが、デュエム嬢は良い子だったし、その従者のレッドドラゴンも話が通じるドラゴンだった。まぁ、多分、いい人だろう。知らないけれど。


「ケファレウスからは、和平を申し出た元幹部がいるとはお聞きになっておりますか?」


パラティヌスの支部長の言葉に私は頷いた。満足そうに支部長は頷くと、言葉を続けた。


「それが、竜大公ドラコロード、カルペ・デュエムです。彼は、当時、和平の証として、吸血鬼ヴァンパイアに襲われていたこの街を助けていだきました。そのため、勇者様と同じほど、慕われております。」


そう言う彼に、そうなんですねと返しながらも、しかし、なぜ、同族殺しをしてまで、和平を求めたのだろうかと、疑問に抱いてしまう。利益がなければ、と思うのは汚い大人のせいか?


「しかし、それを許さないのが、元幹部たる吸血公ヴァンパイアロードです。竜大公をしつこく狙っております。そのついででしょうね、この街を狙うのは。どうやら、目的は竜大公への報復のようです。」


「どうしてそこまで分かっていて、討伐出来ていないのでしょうか?」


率直な質問をぶつけると、パラティヌスの支部長は、こちらを振り向いた。


「吸血大公が不死身であるからです。いえ、性格には不滅なのです。討伐しても、別の眷属から復活します。その為、勇者様も完全には消滅させられませんでした。」


そんなとんでもない話に、ウイルスか何かですか?と言いたくなった。いや、どうするのよ、そんな相手。吸血鬼怖いんだが?


そんなことを思っていると、彼は、そこで、と切り出した。あ、このノリは分かるぞ。ムメイさんは、分かっちゃうぞ。当てようか。討伐してきてでしょ。


「勇者様、力不足なのは少々ご理解の程ですが、どうか、吸血大公を一時的にでも構いません。討伐してきてもらえないでしょうか?」


ちょっと、コンビニ行ってきてのノリで元幹部討伐を頼まないでもらっていいですか。いや、やっぱりなという気持ちではあるんですが、と唇を噛んでしまう。問題は、そこではない。いや、情報貰いすぎて整理出来てないのよ。とりあえず、一つ一つ整理していこう。


まず、一つ目、古都パラティヌスは、元々クラウディウスという都市の一部だった。はい、これはどうでもいい。私的には興味あるけれど、今はそれどころじゃない。はい、二つ目、吸血大公と竜大公はバチバチ。それは、和平で竜大公が吸血大公と敵対したからだ。三つ目、報復のために吸血大公は竜大公を付け狙ってる。デュエム嬢が狙われた理由もそこだろう。で、ついでに人間へのちょっかいも忘れないのが、元幹部といったところだろうか。


こんなところか、と整理したところで、私は腕を組み、顎へと手をやる。問題は、明らかに力不足であるということ。悪いのだが、私は勇者だからといって頼むのはどうなのかと思っている。お前らのほうが強いだろ、というのが正直な話なのだが、きっとそういうことじゃない。ここは、勇者としての役割を求められている。しかし、今行ったとしても私、負けるでしょ。死ぬよ。


逡巡するも、思考はまとまらない。そう考えていると、パラティヌスの支部長は、くすりと笑った。


「安心してください。何もすぐにと言いません。あなたの目的が、英雄の都にいる片割れの勇者様であることも存じております。ですので、心の片隅に置いておいて下さればよいのです。討伐依頼と思ってください。」


そう優しく言われ、配慮されたのだなと考えてしまう。しかし、簡単に首を縦に振れないのは、もはや性分だ。やるかやらないかで言えば、やる。だが、やれるか、やれないかの話はまた別ではないか?


そんなことを言ってもしょうがないが、ここで答えを出したい。そう考えていると、頭の上でおとなしく話を聞いていたネレイドが跳ねた。見上げると、その瞳は爛々と輝いていた。あ、やりたいという顔だ。


ああ、そうか。君がいるもんな。私が迷っても、君が背中を蹴飛ばしてくれる。


くすり、と笑ってしまう。そして、私は胸に手を当て、パラティヌスの支部長へと向き直った。


「お任せください、吸血大公を必ず討伐してみせましょう。……ちょっと時間がかかるかもしれませんが。」


そう言うと、パラティヌスの支部長は、顔を輝かせた。そして、私の手を取って、礼を告げた。


やると決めたのだ、ならば、実行するしかない。上司が行動あるのみと言っていそうだ。その通りである。


「ムメイ様。そうと決まりましたら、こちらを受け取りください。」


そう言って、デスクに置かれていた装飾がついた箱を私へと渡す。私は受け取るものの、瞬きを繰り返す。


「開けてください。」


言われるがまま、私は開ける。そこには、イヤリングが並べられていた。イヤリングは、ワイヤーによって作られたネモフィラに、ロイヤルブルーのカットガラスが嵌められたもの。そうして、ワイヤーによって装飾が作られ、その台座には小ぶりの宝石が嵌められている。紫と薄い青色と、まるで夜空と黄昏の間のような宝石は、タンザナイトだった。


「これは?」


きれいな装飾品に、私は戸惑いを隠せずに、眉を下げて彼を見つめる。そんな私を他所に、にこにことしているパラティヌスの支部長。


「そちらは、100年前に勇者様がつけておられた耳飾りでございます。魔導具の一つとなっておりまして、精神系魔術を無効化してくださる魔法がかけられています。」


装備品じゃないかと、私は目を丸くする。伝説の勇者の装備なんて、序盤で手に入っていいのか?という気持ちを抱いてしまうが、くれるというのであれば、願ったり叶ったりというところだろう。


「ありがとうございます。つけても?」


私がそう言うと、支部長は手鏡を渡してくれた。そうして、私はつけ終える。宝石が耳元で揺れる。


「お似合いです。」


パラティヌスの支部長のお世辞に頬が緩んでしまうが、ネレイドが頬を叩いてきて、その瞳には、冷めた色が乗っていたので、ちょっと腹が立ったので捏ねておいた。そんな様子をパラティヌスの支部長は、微笑ましげに見ていた。

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