第6話 ファンタジーってすごい。
杖のお金を払い、旅の準備をとメモを貰って色々と沢山のお店を回り、買い込むと、あっという間に両手は塞がっていた。これでは戦闘をすることはできない。そういえば、どこからともなく支部長は地図を出していた。つまるところ、よくあるアイテムボックスみたいなのがあるのではないかと思う。
私は軒先に入ると、荷物を置く。そして、先程手に入れた杖を構えると目を閉じる。ネレイドは頭の上でもぞもぞとしている。
アイテムボックスとはそもそも、空間にものをぶち込んだもののようなものだろう。空間にスペースがあり、その中に収納するイメージ。そして、それはトランクケースのように持ち運びが可能ということ。
イメージしろ。周囲から見えない収納ボックス──押し入れのような空間を。先程の支部長ように自由に取り出すことのできるものを。トランクケースのように持ち運びが可能なように。
ぐるりぐるりと、脳内に呪文が浮かび上がってくる。
「【マキシムム・アルマリウム】」
杖の頂点、月の先に魔法陣が描かれる。光が集まり、置かれた荷物に巻き付いていく。そうして、光の線が荷物を包んだ後に、消えた。急に荷物が消えたことに、ネレイドは驚いて胴体を揺らした。
そして、私の目の前にマップウィンドウと同様のウィンドウが表示された。
ウィンドウには、先程買った荷物の名前が表示されていた。食料やら、寝袋やら、服やらなんやら買っていたので、それら全てがまるで商品ギフトの目録のようにずらりと書かれている。ネレイドにもそれは見えているようで、以前のステータスウィンドウのように叩いている。どうやって出すのだろうか、と思い、荷物の項目に触れると、ぽんっという音を立ててしまった荷物が出てきた。ちなみに触れたのは、魔力回復薬と呼ばれるポーションだ。手の中にぽんと現れた。ネレイドが驚いてまた胴体を揺らした。
「ちゃんと、出るんだな……【
そう告げると、魔法回復薬の瓶は消えた。再度、ネレイドが胴体を揺らすので、ちょっと愉快になってきて、何度も出し入れをしていた。その都度、驚いて胴体を揺らしていると、段々と私がおちょくっているということに気づいたのか、私の頬を叩いたのだった。
「みぃ!」
顔面に張り付く攻撃をしてくるので、私は必死に胴体を掴んで引き剥がす。もちろん、DEXは私のほうが上なので、負けることはなかったが、馬鹿力で張り付いてきたので本当に危なかった。危うくSTR対抗に持ち込まれるところだった。あれ、私、負けるんじゃね?
「そういえば、ネレのステータスも見れたりしないのかなあ。」
引き剥がしたネレイドの胴体を捏ねながら、ぽつりと呟くと、目の前にウィンドウ画面が開いた。万能か?
私もネレイドも突如として出てきたウィンドウ画面を覗き混んだ。
【ネレイド】
天賦:【モンスター】
職業:【ウーズ】
固定スキル:【水精霊
効果:水魔法習得、水魔法への耐性向上、知能向上
取得:【水魔法(下位)】
能力値
STR:8 CON:16 POW:16 DEX:5 APP:8
SIZ:1 INT:10 EDU:10 MP:46
二人で覗き込んで、私はネレイドの固有スキルに驚いた。そんな加護があるのか。ネレイドが水魔法が使えたことや、知能があることに納得がいく。そういう効果があるからね。
「いつ、そんな凄い加護を受けたのよ、ネレ。」
「みぃ!」
胴体を揺らして、まるで威張るように胸を張るネレイドに、肩をすくめた。あ、これは本人もよくわかってないな。聞いても無駄だなと、理解してそれ以上の追求はしなかった。
まぁ、それはそれとして、妖精もやはりいるんだなぁと、よく知るファンタジー要素に高揚感を覚える。つまるところ、水妖精がいるならば、他の属性の妖精もいるということだ。会えるなら、会ってみたいです、はい。
新たな目的ができたところで、私はネレイドのステータスウィンドウを閉じた。一応、自分のステータスウィンドウも再度、確認しておくとしよう。私が唱えると、自身のステータスウィンドウが開いた。まるでネットのブラウザのようだなと、今更ながらに思う。
【レイ・ムメイ】
天賦:【勇者】【タイプ:召喚】
職業:【魔法使い】
固定スキル:【
効果:詠唱加速 、魔力向上、魔法威力向上、成長加速、目標自動照準
取得:【火魔法(下位)】【探索魔法(下位)】【水魔法(下位)】【風魔法(下位)】【土魔法(下位)】【収納魔法】
能力値
STR:9 CON:7 POW:13 DEX:13 APP:13
SIZ:8 INT:15 EDU:15 MP:463(残:453)
先程覚えたアイテムボックスが取得欄に追加されており、魔力もしっかりと回復していた。しかし、アイテムボックスの消費魔力がどうやら、10らしい。他の攻撃魔法が3程度であったから、少し高めだ。それでも、魔力量が高いこともあり、問題はない。ネレイドと比較しても、自分が多いのだろうということは、理解できた。まぁ、私は魔力が多いということや、この1日で全回復するのであるならば、バンバン使っても大丈夫だろう。
そういえば、
そうこうしていると、ぐぅと、腹の虫が鳴った。本当にぐぅという音が鳴った為、頭の上のネレイドが驚いて目を瞬かせている。私も沈黙し、懐にしまった懐中時計を取り出して時間を確認すると、昼過ぎを指していた。なんだかんだで、朝ごはんをまた食べ損ねている。異世界が楽しすぎるせいで、つい、食事を抜いてしまう。これは意識的に取らなければならない。
「ごはん、食べに行こうか。」
私はネレイドを見上げてそう誘う。ネレイドも、身体を動かして頷いた。そうして、私は軒先を出ると、ストリートへと出た。往来が多いストリートは、人々の服装も色々だ。メインストリートでもあることからか、馬車も通っている。
私達はそのストリートの一角、杖の専門店の近くにある大衆食堂へと入った。カランコロンと、ドアベルが鳴る。私達の来店に、店員の女性が振り返った。
「いらっしゃいませ!1名様ですか?」
店員がそう告げると、ネレイドが声を上げた。胴体も揺れており、ちょっとだけ不服そうな顔をしている。どうやら、自分が含まれていないことに怒っているようだ。ネレイドの様子に驚く店員に、私は頬を掻いた。
「えーーーっと、この子も食べるんだけど、それでもいいかな?」
恐る恐る聞いてみると、店員は少しだけ呆けていたが、すぐに笑顔を作った。
「構いませんよ。
そう言って、メインストリートが見える窓際の席へと案内された。私とネレイドはテーブルを挟んで向かい合うようにして席を取った。私は椅子を引き、ネレイドはテーブルの上へと乗った。
「メニューはこちらからお選びください。決まりましたら、こちらのベルでお呼びくださいませ。」
店員は私達が席についたのを見て、後ろ手の木製のメニュー表と、小さな鐘のような鈴を渡してきた。そうして、頭を下げて一礼し、席を離れていき、その後、水のピッチャーとグラスを置いて去っていった。
店内にはこの店員以外にも数名の店員がいた。私がその背中を見送っているうちにも、ネレイドは触手のような腕を伸ばして、木製のメニューを掴んで眺めていた。私は視線をネレイドへと移してその様子を眺めていた。
このウーズ、ステータスウィンドウが読めるとおり、会話が分かるだけではなく、文字も読めるのである。彼の持つ知能向上とは恐るべし効果である。流石は、ファンタジー、なんでもありだな。
「ネレ、決まった?」
私もそろそろ、メニュー表が見たいので、そう声をかけるとネレイドは視線を上げて、触手でメニュー表の文字を指差して、叩いた。
「みぃ!」
私が覗き込むと、杖の専門店の看板同様に異国風の文字でメニュー表は書かれていた。しかし、何故か読めることもあり、私は彼の指差す文字を見る。
「えーっと、ミネストラ?」
私が声に出すと、みぃと再びネレイドは鳴いた。どうやら、肯定らしい。胴体も縦に揺らしている。では、ネレイドが決まったということで、私も決めるとしよう。メニュー表へと再度、視線を落とすと異国風の文字が飛び込んでくる。しかし、それらすべてがちゃんと翻訳して日本語のようにも読み取れるので、問題なく対応できる。流石はファンタジー、何でもありである。私達の世界でも取り入れてほしい。
ランチセットと書かれたメニューは三つだ。ネレイドが選んだミネストラと丸パンのセット、ズッキーニとひき肉のカルツォネ、シーフードパスタの三つだ。
ミネストラは、ミネストローネのことで、カルツォネといえば、おそらくというか、確実にイタリア料理の三日月型のピザである、カルツォーネのことだろう。パスタはそのままだ。ちょっとガッツリ食べてしまいたいということもある上に、初日に食べたポークサンドから肉が美味かったことを実感しているため、肉料理の気分であった。と、なると、必然的に決まっている。
「よし、決めた。店員さん呼ぶね。」
「みぃ!」
ベルを鳴らすと、軽やかな鈴の音が響く。近くにいた店員が振り返って、こちらへとやってきた。
「ひき肉とズッキーニのカルツォネと、ミネストラとのパンのセットを一つずつください。」
「かしこまりました。」
私が注文を告げると店員は一礼し、厨房のあるカウンターへと入っていった。私はその背を見送り、ピッチャーの水をグラスへと注いだ。ガラスの加工技術はあるんだなということに、やはり、ファンタジーってすごいなあとしみじみとしたのだった。水も口をつけたが、普通に美味しかった。まぁ、シャワーがあるくらいだし、水道設備はしっかりされてるんだろうな。魔法かもしれないけど。ネレイドは水分が好みらしく、1杯飲むと、器用にもピッチャーを傾けて自分自身でグラスに水を注いでいた。
「あんまり飲みすぎるとふやけるよ。」
「みぃ!」
私が意地悪くそういえば、抗議するようにネレイドは鳴いた。まぁ、スライムだし、ふやけることは、多分ないだろう。水分を吸って膨張するようなことはあるかもしれないけれど。理科の実験ではスライムに更に水を入れるなんていうことを、したことがないので、どうなるのかは知らないのだけれど。流石に溶けるなんてことはないだろう、たぶん。
つついていると、お待たせしましたと、影がさす。そちらへと振り向くと、トレーに料理を載せて店員がやってきていた。
「ミネストラと丸パンのセットと、ズッキーニとひき肉のカルツォネでございます。ごゆっくりお過ごしください。」
ことり、ことりと皿がテーブルへと置かれる。私の前に三日月型のピザが、ネレイドの前に豆や細かく刻まれた野菜が沢山入ったスープとパンが置かれる。そうして、店員が去っていくと、私はナイフとフォークを、ネレイドは器用にも腕のように伸ばした触手でスプーンを持った。そう、このスライム、道具も使えるのである。お前、スペックが本当に高いな。
ネレイドのスープは、やはりミネストローネだった。豆や賽の目切りにされたズッキーニやにんじん、じゃがいもやさやいんげん、マカロニが入っていた。丸パンも固そうな感じはなく、美味しそうである。
私のカルツォーネはというと、ホカホカと湯気が立っており、きれいな焦げ目がついていた。
「いただきます。」
私とネレイドは手を合わせる。そして、それぞれカトラリーを使っていく。私はまず、ナイフとフォークを使って、カルツォーネに切れ目を入れ、裁断する。とろりと、ひき肉とズッキーニのフィリングがチーズとともに溶け出してきた。ぐぅと、腹の音が再び鳴る。
鼻孔を擽るのは、トマトの酸味と肉の香ばしさと、香味野菜の深みが合わさった、ミートソースの匂いだ。切り分けたピザ生地にフォークを指す。そして、口へと運ぶ。広がるのは、甘みと旨味が調和した濃厚でコクのあるミートソースだ。そして、それに合わさったズッキーニと、チーズのミルキーな味がもちもちとしたピザ生地と合わさって、幸福感を脳へと送ってくる。チーズって、なんか、食べるだけで幸福になるよね。
ゆっくりと噛んで、嚥下する。そして、再び口へと運ぶ。空腹が最高のスパイスだと人は言うが、本当にそうである。肉とトマトとチーズという最高の組み合わせに、脳と胃は抗えない。
私が止まらずに食べている中、ネレイドを見ると似たようなものだった。木の器を少し傾けながらも器用にスプーンでスープを啜っている。そして、時折パンを齧っている。その様子は、朗らかで花でも飛んでいそうだ。
「ネレ、美味しい?」
「みぃ!」
私がそう尋ねると、ネレイドはこちらへと向いて胴体を揺らした。まるで頷いているようで、表情も笑っていた。そんな様子に、胸がぽかぽかと暖かさを帯びていく。
「そっか、なら、良かった。」
私の口角が緩む。ネレイドは、ニコニコとしながら、スープをすすっている。どうやって消化しているのかは分からないが、胴体の色は変化はなかった。まぁ、それは置いておいて。
私も食事に専念しようと、フォークに刺さったピザ生地を口に運んだのだった。やばい、止まらんわ、このカルツォーネ。
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