第5話 ▼杖と目的を手に入れた!


「では、冒険を楽しんで。ムメイさん。」


そう言われて見送られ、ネレイドを頭に乗っけたまま私は魔法協会を後にした。そうして次に向かったのは、支部長に教えてもらった杖の専門店だった。


広場を逆戻りして、ストリートの方へと向かう。そうして、その一角へにある石造りのお店の前へと辿り着いた。店先に掲げられた看板には、異国風の文字で店名が書かれていた。私はドアノブに手をかけ、押戸式のドアを傾けた。


カランカランと、ドアベルの音が鳴る。古い喫茶店でしか、聞かない音だが、ちょっとだけ私の世界を感じて、二日しか離れていないというのに、懐かしくなった。


「いらっしゃい。杖をお探しかな、お嬢さん。」


そう言って出迎えたのは、初老の男性だった。彼はこちらへと視線を向けると、にこやかに微笑んだ。私は室内に飾られた多くの杖に思わず感嘆の声が漏れた。キョロキョロと見渡す私に、クスクスと笑う彼。その声に我に返って、頷いた。


「まず、そのお嬢さんの杖を見せてもらっても良いかのう?それと、魔法師協会の証も。」


そう言われて、私は手に持っていたボロボロになった杖と、先程貰ったばかりの石版を渡した。彼は石版を確認するとすぐに返してくれ、反対に杖の方は、大切そうに預かると手に触れ、よくよく注視していた。私は、まるで鑑定しているかのような彼の様子をその場で眺めながら、待つこと数分。お嬢さんと、彼は顔を上げて、杖を返してきた。そして、困ったように眉を下げた。


「困ったのう。この世界には、お嬢さんの魔力出力に耐えられる杖は存在しない。だから、定期的に変える必要があるじゃろうな。」


「まじですか。」


唐突な存在しない宣言に、私は面を食らった。耐久度とかあるんだ、いや、何でも物だからあるよね。私の言葉に、彼は頷くと、更に言葉を続けた。


「私も長いこと、杖を作り続けておるが、お嬢さんほど魔力出力が高い者は見たことがない。その上、魔力出力の高さで魔法をゴリ押ししているせいで、杖が耐えきれなくなっておる。数回しか魔法を使っていないというのにこれは驚きじゃ。職人の杖であっても、お嬢さんほどの魔力出力を長く支えることはできないじゃろう。そして、現在のお嬢さんの魔力操作では難しいじゃろうな。だから、定期的に買い替えたほうが早いのじゃよ。それに、お嬢さんは、この世界の住人・・・・・・・じゃないだろう?なおさら、魔力操作は難しいじゃろうのう。」


私は彼の言葉にぴしりと固まった。目を瞬かせ、彼を見るとおや、と彼は首を傾げた。


「聞いてなかったのかい。ケファレウスから連絡が来ていたのじゃよ。異世界からのお客人が訪ねてくるだろうから、杖を見繕ってあげてくれ、とね。出迎えて驚いたよ、勇者様・・・じゃったとは。」


「そこまで知ってるんですね……。支部長さん、教え過ぎでしょう。」


「いいや。ケファレウスからはそこまでは、聞いていない。」


首を振る彼に私は首を傾げた。聞いていないのならば、どうして知っているのだろうか。更に目を瞬かせ、訝しげに彼を見つめていると、ほっほっほ、と彼は愉快そうに笑い声をあげた。そして、自分の瞳を指差した。


じゃよ。伝承にそっくりじゃからのう。この世界で左右違う瞳オッドアイは、勇者様の証なのじゃよ。」


私は目を瞬かせて、口をパクパクと開けたり閉じたりした。自分がオッドアイ・・・・・になっていたことは知っていた。宿屋の鏡で見たからね。最初は驚いたものだ。左目は、黒色の瞳。右目は、海のように鮮やかなロイヤルブルーの瞳という組み合わせだった。しかし、まさかのそんな特徴があったとは。あの、支部長、一言も言わなかったぞ、そんなこと!


私の反応に、彼は口元に手を当て、ふむ、と頷いた。そうして、口を開いた。


「ならば、お嬢さんはとなる勇者様・・・の存在は知らないのかの?」


彼の言葉に、更に困惑してしまう。そういえば、今日一日で情報を多くもらい過ぎでは。それはそれとして、全然教えてくれなかったな、あの支部長。勇者のこと先に言っとくべきだろうと、そんな考えにいたり、私は目の前の情報源に詰め寄った。


「いや、初耳なんですが。一人じゃないんですか、勇者って。」


納得したような表情を浮かべた彼は、頷いた。


「召喚された勇者様は必ず二人・・なのだよ。それぞれ、対をあらわすかのように左右違う瞳がそれぞれ、が左右反対で現れる。それが、この世界が作られたときに人間の世界を作るために降りてきた双子神からの定めなのじゃよ。」


そう言って言葉を区切った彼は、待っていなさいとくるりと店の奥へと入っていった。私はその間に、脳内を整理する。私が召喚されたことは確定だ。そして、勇者だということも。それで、魔力操作が雑なのと、魔力出力といって、水鉄砲で言う水圧のようなものだろう、水圧が高いせいで水鉄砲の方の鉄砲の引き金が壊れかけているといったところだろう。魔力操作で安定しなくはないが、私は異世界出身のため、早々は難しいということだろう。そして、勇者について。勇者は二人いる。つまり、私と同じ立場の人がいるということだ。ちょっと会ってみたい気がするなと思っていると、彼が奥から出てきた。数分くらいの時間であった。


彼が持ってきたのは、先程の杖と同じくらいの長さの、銀色の杖だった。持ち手である部分と胴体の棒部分が銀色で、杖の先である頭部は、銀の宝飾がされて、蒼色に輝く宝石が嵌められ、その上には銀色の台に銀地で透かしの月があり、その透かしの月には蒼色のネモフィラを模した装飾と青い宝石と、少し薄い水色の水晶が嵌められていて、透かしの月の先端には同じく銀製の太陽が飾られていた。なんとも中二病を擽るデザインだろうか。なぜか、ファンタジーって、中二病を擽るデザインであればあるほどかっこよく見えるんだよな。なんのフィルターだろうか。


「か、かっこいいですね。というよりも、すごく宝飾が飾られていて、使うのが勿体無いくらいなんですが!?」


私は渡された杖を見ながら、身震いをしてしまう。すると、彼はけらけらと笑った。


「まぁ、お嬢さんはすぐ壊してしまうかもしれないからのう。」


「すごく反応し辛いですね!」


ネレイドも愉快そうに胴体を揺らすので、私は受け取った杖を彼に一度渡して、頭の上の彼を掴むと、勢い良く捏ねた。またバカにしたな?お前?


暴れようが何だろうが知らないぞと、捏ねまくっている私を見ながらクスクスと彼は笑っていた。だがなと、彼は口を開いた。彼の言葉に私とネレイドは、私とネレイドはピタリと動作をやめて彼の方を向いた。手元の杖を見つめる男性の瞳は、我が子を見るように慈愛に満ちていた。


「物というものは、使ってなんぼだろう。ただ飾られるだけの物は、折角作っても、意味がないのじゃよ。壊れるまで使い、そうしてようやく。」


男性は顔を上げた。その瞳は、暖かく、そして、まるで、親のようだった。今は亡き、母親も、たまにこんな表情を見せていたな。普段はろくでもなかったくせに。


「物は存在意義を見出すのじゃよ。だから、精一杯使ってやってくれ、お嬢さん。」


そう言って、彼は私にその杖を渡してきた。ネレイドはするりと私の手から抜け、頭の上へと乗り、ぺしりと頬を叩いてきた。受け取ってやれ、と言わんばかりであった。


私はその杖を受け取ると、眺める。私の魔力に反応して、宝石が輝いている。きらきらと光の粒が宙に舞い、視界一面に映し出される。なんとも、幻想的な光景が広がっていた。


私はその杖がしっかりと手に馴染むのを感じながら、見た目に反して、そこまで重たくないと思った。


「杖もお嬢さんを気に入ったようじゃのう。よいよい、ぜひ連れて行っておくれ。その杖が役に立てるなら、嬉しい限りだ。」


はっはっはっと彼は笑うと、くるりと背を交わす前にこちらを見た。


「そうだ、その杖は私が作ったものでね。なかなかの傑作なんだ。だから、早々壊れてやるつもりはないよ。」


そう告げた彼の瞳は、職人のプライドの瞳で身震いを覚えたのだった。そして、絶対に魔力操作を覚えようと思った瞬間であった。むしろ、覚えないと、失礼な気がするぞ!


カランコロンと、再びドアベルが鳴る。いらっしゃいと男性が声をかけるよりも前に、その彼は入ってきた。全身黒づく目の怪しい男は、私を見るとにこりと微笑んだ。


「良かった、まだここにいたんだ。ムメイさん。」


「支部長。どうしたんですか?」


唐突にやってきた支部長に目を丸くしていると、支部長はお知らせがあってきたんだよ、と告げた。初老の男性も気になって、こちらへとやってきた。


「先程、カエリウスの剣士協会が領主様を通じて連絡があってね。伝えておこうと思ってきたんだ。彼から勇者のことは聞いただろう?」


まるで説明をされることを分かっていたかのような口ぶりだが、最初に彼が説明してくれていればと思わないことがないので、少しだけ眉を顰めてしまう。だが、なんだか、顔が良すぎてそこまで怒りというような感情がわかない。面喰いすぎないか、私。


「英雄の都カエリウスにて、勇者が現れたそうだ。君と同じ左右違う瞳を持つ子らしい。」


そう言って、微笑む支部長とは反対に、興味深そうな表情を浮かべる初老の店主。先程の言葉で言うのであれば、その人物が私の対となる勇者なのだろう。どんな子なのだろうかという興味が湧いてくる。


「それはなんとも、タイミングがよいことじゃのう。さて、お嬢さん。どうするかね?」


店主が私を見る。支部長の視線も私へと向いていた。勿論、言うまでもないことだ。


「会ってみたいです。その、勇者に。」


私がそう言うと、二人は満足そうに微笑んだ。なんたって、自分の対となる人物とか言われたら、気にならないはずがない。それに、同じく召喚されたというのであれば、同郷という可能性もあるのだ。話だって盛り上がることだろう。まぁ、私、そこまでコミュニケーション能力は高くないんだけど。


「そうと決まれば、カエリウスまでの道が必要だね。馬車とかも出ているけど、利用するかい?」


支部長が首を傾げる。私は首を横に振った。折角ならば、旅を楽しみたいのだ。道中で世界を見て回るのもいいのではないかと思うのだ。私がその旨を告げると、支部長はそうだね、と口元に笑みをたたえた。


再び支部長は手を叩いて、地図を取り出すとカウンターへと広げた。先程見た地図がある。そして、先程触れた場所とは反対の、都市側へと指を指した。


「さっきも見たかもしれないけど、ここがこの街、城塞都市カピトリヌス。その隣の街が、古都パラティヌス。そこから、ドミティウス古城跡を通って、英雄の都カエリウスはある。だから、カエリウスまでは一つ都市を通る必要があるんだ。」


「だいたいどのくらい掛かります?」


「馬車だと三日から四日くらいだから、徒歩だと一週間くらいじゃないかな。」


自動車などが発達している世界から来たのもあり、一週間という時間は長く感じてしまうが、ファンタジーという観点から行くと、距離的には近いのかもしれないなあと思った。オープンワールド系ゲームをやっていたが、どの程度の距離がどのくらいなのかというのは、正確な時間を試したことはないけれど。なんたって、ワープピンがあるから。この世界には流石にないらしい。


「それともう一つ。ドミティウス古城跡には、魔人が住んでいてね。その魔人は和平を申し込んでいる者だから、何か仕掛けてくることはないだろうけど、その周辺のモンスターは強い。気をつけるんだよ。」


支部長が、ドミティウス古城跡と書かれた場所を指差す。魔人。知能を持った、モンスター。魔王の元幹部。100年前の勇者が倒していないということは、倒せなかったか、その頃から和平を申し込んでいたのか、どちらなのか。色々と気になることはある。


「どんな魔人なんですか。」


率直に聞いてみると、支部長は顎に手をやった。何かを考えるようにしていると、店主が口を開いた。


「あの魔人はドラコーでね。普段は人型を取っているが、実際は城の広間をぶち抜くくらいには大きいからね。」


ドラコーということは、ドラゴンということだろうか。ファンタジー要素で皆の憧れ、ドラゴンである。恐怖というよりは高揚感が強くなり、そわそわとしてしまう。


「それで、どんな人物なんですか。」


そんな私の様子に、支部長と店主は顔を見合わせて、くすりと笑った。


「その様子だと心配なさそうじゃのう。」


「流石、勇者だというべきだね。」


揃って似たようなことを言うため、私は頬を掻いた。どういう意図で言われたのかは、そこまで理解力は良くないので気にしないでおく。


「まぁ、向こうから和平を申し込んだくらいで、対話は可能だよ。けど、なんというか、凄く偏屈というか、変わり者でね。ムメイさんにはわからないかもしれないけど、魔人の中でも魔人らしくないというか、なんというか。」


言いよどむ支部長の反応に、想像を馳せるが上手く形成することはできなかった。まぁ、行ってみれば分かることだろう。わざわざ寄らなくてもと思うかもしれない。だが、ドラゴンである。もう一度言う。ドラゴンである。行かないなんて選択肢あると思う?戦闘はしないけど、見には行きたいよね!


そう思いを馳せる私を他所に、支部長は一つ咳払いをして、ともかくと告げた。


「街を出たらまず、次の都市に向かうこと。そこで、同じく魔術師協会を訪ねるといい。向こうの支部長には伝えておくよ。」


「気をつけるんじゃぞ。」


口々にそう言われ、私は頷いた。そして、支部長はネレイドを見た。


「ムメイさんを頼んだよ、ネレイドくん。」


そう言って、ネレイドを撫でた。撫でられたネレイドは嬉しそうに表情を緩ませると、少し胴体を揺らした。その様子は胸を張っているようだった。いいな、ネレイド!イケメンに撫でられるとか!私も撫でられたいが!?


そんな欲を押し殺しつつも、羨望の眼差しをネレイドへと向けていると、そんな様子を支部長は笑った。


「では、再度だね。ぜひとも、冒険を楽しんで、ムメイさん。」


そう言って私の肩を叩いた支部長。その隣に立つ店主も微笑んでいた。手には、先程受け取ったばかりの杖。頭の上には、私の友達、ウーズのネレイド。


私は息を吸う。そして、ニコリと笑って、頷いた。


「もちろんです。楽しんでやりますとも。」


胸に手を当て、力強く頷いた私に彼らは満足気に笑顔を浮かべていた。

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