第2話 とりあえず、魔法を覚えよう。

適当に宿屋を取り、翌朝のことだ。一晩ベットで考えていたが、とにもかくにも、この世界のことを知りたいという欲求だけが強くなった。なんなら、一晩立ってもこの世界にいるので驚いたくらいである。なんだ、夢オチじゃなかった。


チェックアウトをして、ひとまず祭りのあとのこの街を見て回ることにした。当然のことだが、露店は片付けられている。


少女が昨日説明してくれた情報によると、この街は、城塞都市・カピトリヌスというらしい。この世界に国という国はあまりなく、都市が乱立して、領主と呼ばれる貴族が統治しているらしい。この街の領主は、あのフィロの花畑の近くにある城に住んでいるということだ。なかなかに善良な統治者であることは、祭りや、少女がべた褒めしていたことからも理解はできた。


さて、どうしたものか、である。二度寝を決め込んだので、昼近い時間である。一応、時計という概念は存在していて、アナログ時計ではあったが、日時計とかいう現代人には泣きそうな形ではなかったことが唯一の救いである。一応、荷物を確認したら、懐中時計があったこともあり、時間は測定できている。現在、11時半。朝ごはんは普段食べていないが、腹が空く頃合いであった。


祭りはなけども、人の往来は多い。様々な服装、様々な年齢の人々が闊歩している。


少女の話曰く、冒険者ギルドのようなものはないが、それぞれの職業では協会のようなものはあるらしい。つまり、魔法使いの協会というのがあるのだ。名前は確か、魔法師協会とかいうらしい。一応、入会試験は、この街でもやっているとのことだ。昇格試験やらなんならあるらしいが。ひとまず、魔法を覚えていないので、そこからである。魔法使いなのに。もう一度言う。魔法使いなのに!


「どうやって魔法を覚えるんだろう。」


何故、説明がないのか。よくあるファンタジーだと、魔法はイメージだと言う。イメージの具現化が、魔法なのだと。ふと、閃きのようなものを思いつく。ものは試しではないかな。やって見る価値はある。


「やってみるか!」


流石に街でやるわけにはいかないので、街をおとなしく出て、一番最初に気づいたらいた場所、あの大樹のところに行くことにした。お腹は空いていたが、とりあえず、動いてみることにしよう。元の世界では、運動があれだけ嫌がっていたというのに、異世界というだけで身体は勝手に動くのであるから、不思議なものである。これが全てファンタジーというものか。


大樹へとたどり着くと、昨日と変わらずに風で原っぱの草が戦いでいた。穏やかな風景が広がっている。そんなわけで、私は杖を構えた。


だいたい魔法の基本といえば、ではないだろうか。火は、力を象徴してきた。人類の文明の源であり、火の使用により、人は始めて文明を持つ余裕を持つことができたと言われているくらいだ。人類の進化は火とは切って切り離せない。


なので、ファンタジー界隈でも火というのは、かなり重要視される。それに、映える。


火が燃えるイメージだ。大切なのは、燃えるイメージ。マッチの箱にマッチ棒を擦りつけて火をつけるように。ライターでろうそくの火をつけるときのように。ろうそくに火が灯るように。


ふと、浮かぶのは一つの呪文だ。


「【ウーナ・ミニムム・イグニス】!」


杖の先から魔法陣が宙に描かれ、くるくると光が収束した後に、その光を這うようにろうそく程度の大きさの火が湧き、杖から少し離れた空間で燃えている。


その光景に、私は右手を離して、拳を握りしめて腕を上げずに下に向けて、ガッツポーズをした。


「出たでたでたー!」


手を片方離してもなお、火は杖の先で留まっている。ぐるぐると火はエネルギーを渦巻き、燃え輝いているが、はたして、これをどうしようか。


この周囲には燃えやすいものしかない。だが、どのくらいの威力なのか見てみたい気もする。うーん、と悩んでいると、草原の端にぷるっとした液体を見た。見覚えのあるようなフォルムに、私は杖を構えたまま、その方向を見た。


草むらが揺れ、草木の隅から、小さな影が飛び出てきた。丸みを帯び、やや地面に溶けたようなデザイン。半透明で薄い水色をしているその中枢には、核のような赤い球体が浮かび、その表面には顔がついている。ちょっとかわいらしい。


「す、スライムだー!」


思わず叫んでしまいながら、杖を振ってしまった。すると、火は離れ、適当に振ったのにもかかわらずに、火は真っ直ぐにスライムへとぶつかった。スライムは驚きながらも、何もできずに霧散した。べちゃりと、水風船が叩きつけられたときと同じように液体が地面に広がり、核もまた潰れている。


スライムは見るも無残に可哀想な姿へと成り果てたのだった。な、なんか、ごめんよと、スライムに向けて手を合わせた。そういえば、固定スキルの効果に自動照準って、あったなと、思い出した頃には遅かったのである。


しばらくスライムの死体を眺めていたが、特に何か変化があるわけでもなかったので、再度、手を合わせて立ち上がった。とりあえず、ステータスを確認してみよう。


「ステータス、オープン」


再度、ウィンドウが浮かび上がる。


【レイ・ムメイ】

天賦:【勇者】【タイプ:召喚】

職業:【魔法使い】


固定スキル:【 夜明けの魔女ルーキス・オルトス

効果:詠唱加速 、魔力向上、魔法威力向上、成長加速、目標自動照準


取得:【火魔法(下位)】


能力値

STR:9 CON:7 POW:13 DEX:13 APP:13

SIZ:8 INT:15 EDU:15 MP:463(残:460)


取得の欄に浮かんでいる【火魔法(下位)】という言葉に再び下に向けてガッツポーズを右手で作る。思わず、よっしゃ、という言葉が漏れてしまう。


まだ不確かではあるが、この世界の魔法はイメージであり、イメージが明確であれば、呪文が脳裏に浮かんでくるということだろう。下位ということは、上位というのもあるのだろう。別の魔法も試してみよう。


いや、それよりも、この世界にもやはり、モンスターみたいなのは存在しているのだ。魔王を打ち倒してもその存在があるのだと、スライムで実証されつつある。どの程度いるのか知らないけれど。


とりあえず、スライムがまた出てこないか探してみるとしよう。いや、待て、イメージなら、索敵とかもできるんじゃないか?


要は必要なのはイメージ力だ。想像しろ。魚群探知機のように、どこかのアニメで見たソナーのように、金属探知機のように見通すように、ゲームの敵やアイテムの配置地図のウェブサイト等を思い浮かべていく。


脳裏にふと、浮かび上がる呪文に、私は杖を向けた。


「【ウーナ・マクシムム・コンクシティオ】:【ウーズ】」


ステータスウィンドウのように、ぽん、と真正面に浮かぶのは、この辺りのマップらしい。そうして、地図のマッピング機能と同様に、ポンポンとスライムがいるだろう場所にピンが置かれている。


やってみるだけあるな。魔法はイメージ、素晴らしい。マップピンは、街につくまでの範囲で点在している。動いても消えることはなく、自分の現在地も表示されているという初心者に優しい機能である。もっと早く欲しかった。まぁ、もっというなら、この世界に来たときに魔法覚えさせておいてほしい。


そういうことで、私は、スライムの方へと向かうこととした。



スライムもとい、ウーズのところへとマップピンを目印に向かう。草むらをかき分け、大樹から少し離れた場所に、2匹、暢気に草を食べていた。食べ方は、胴体から取り込んで溶かしているといった様子だが。


火を試したので、今度は水を試してみよう。蛇口を撚って、水がでてくるように、ホースから水が噴き出すように、水鉄砲のおもちゃで、引き金を引いて、水が飛び出すように。脳裏にぐるぐると文字が浮かぶ。


「【ウーナ・ミニムム・アクア】」


杖先に魔法陣が描かれ、光が収束し、それを這うように水がまとわりついていく。そうして、球体となった水は、スライム2匹を捉えると、水鉄砲のように勢い良く、水の放射を始めた。特に狙えとかも考えていないのに、狙ってくれるあたりが、あのスキルの効果というわけだろうか。


水圧によって、スライムの中心にある核を撃ち抜かれて、スライムは形を保っていられなくなり、先ほどと同様に地面に崩れた。な、なんかちょっと申し訳ない気持ちにはなるが、これもまた、私の魔法習得のためである。必要な犠牲だ。


「ステータス・オープン」


再度、確認しようと私はそう叫ぶと、先程も見たウィンドウが現れた。


【レイ・ムメイ】

天賦:【勇者】【タイプ:召喚】

職業:【魔法使い】


固定スキル:【夜明けの魔女ルーキス・オルトス

効果:詠唱加速 、魔力向上、魔法威力向上、成長加速、目標自動照準


取得:【火魔法(下位)】【探索魔法(下位)】【水魔法(下位)】


能力値

STR:9 CON:7 POW:13 DEX:13 APP:13

SIZ:8 INT:15 EDU:15 MP:463(残:447)


魔力も減っており、取得には水魔法が追加されていた。先程の、マッピングの魔法も追加されていた。やはり、イメージが大切らしい。想像力、イマジネーション。それが形になれば、呪文がインプットされる。呪文だけでなく、この世界の説明もインプットしてもらえませんかね?なんでそこは優しくないの?


言っても仕方ないことを虚しく問いかけても意味が無いので、脳裏に浮かぶ思考ごと放棄した。


とりあえず、次に行こう。そうして、再度、閉じることのないマップウィンドウへと視線をやると、ここから数m先に数匹いる旨を指すマップピンが刺されている。


どんどん、試してやるぞ!と、意気込んで次の犠牲者ウーズの元へと向かった。再度、草むらを掻き分け、私はマップピンの方向へと歩いていく。


ぷるん、としたシルエットが見えた。数匹いて、風に戦がれていた。瞳がつぶらであることもあり、その様子は猫とかのような愛玩動物を彷彿とさせた。だからなんでちょっとかわいいんだ!心苦しい気持ちが湧き上がりながらも、目を瞑ることにした。


さて、次は何をイメージしようか。だいたい、魔法の属性があるならば、四元素──火、水、風、土だろうか。よし、じゃあ、風にしてみよう。先程、同じ液体の水が核を撃ち抜いて潰したことを見ると、ウーズの弱点はあの半透明な身体から見えるあの球体である核なのだろう。


ならば、風にしよう。この頬を撫でる風よりも鋭く、肌を切り裂く鎌鼬のように。その鋭さは、刀や包丁といった金属のように。風の速さは、オールバックにしてしまいそうなくらいの強い風をイメージしていく。


ぐるぐると、呪文が脳裏に渦巻いていく。そうして、私は杖をウーズへと向けた。


「【ウーナ・ラミナ・ウェントス】!」


杖の先に魔法陣が描かれる。そうして光が収束し、周囲の風が集まっていく。不可視だが、確実に風がそこに集められているかのように、エネルギーが線を描いている。


風が、ウーズの数に分かれてへと分かれ、それぞれ、ウーズへと向かっていく。その速さは、余波で私の前髪が上がるほどだ。本当にオールバックにしろとは言ってない。


そうして、ウーズはこちらの風に気づいて飲み込もうとする仕草をした。しかし、飲み込んだと同時に内側から破裂した。それもそこにいたウーズ数匹同時にである。パン、と風船が割れるような音と、地面に飛び散る粘性の高い液体と、核の赤色に、目を瞬かせた。私は離れた場所にいたこともあり、そのスライムの残滓を被ることはなかった。


思った倒し方と違っていて、唇を噛み締めてしまう。まさか、ウーズが吸い込むとは思っておらず、それがまさか、消化されるのではなく、内側から風が飛び出てくるように、その粘性の胴体と核を斬りつけるという斜め上の方向に転がるなんて誰が予想がつくだろうか。これ、人間だったらどうなんですか。ああ、でも、取り込まなければ、問題ないのだろうか。あのかわいらしい顔の生物が無惨になった姿を前にして、自主的SAN値チェックをしたくなった。私がしちゃったから……ダイスロールはここには存在していないのだけれど。


とりあえず、気を取り直して、私はマップウィンドウを再度見直すと、近くにウーズはまだ多くいるという証が、配置されたマップピンで示されていた。


きゅるりとした円な瞳に、小さな口と、ゼリーのようにぷるりとしたフォルムのウーズと、先程まで潰してきたウーズの死体を思い返し、ふつふつと罪悪感が湧き上がる。心苦しい気持ちが心の天秤に乗る。まぁ、でも、モンスターだし。もしかしたら、放置してたら人が襲われるかもしれないし。よくわからないけど。もう一度言う、よくわからないけど。


そうやって、罪悪感という後ろ暗い感情を見てみぬふりをして、私は再びマップピンへの方向へと足を向けたのであった。

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