5話 知識

俺の根は静かに森を這う。

 幹の中を流れる魔力を操作し、広がる感覚領域を注意深く研ぎ澄ませていた。


 前回の狩りのあと――そう、あの獣人の少年を“見送って”からというもの、俺は慎重に動いている。


 森は、俺の存在に気づき始めている。

 少なくとも、秩序の一部である“知性ある生物”が、何か異変を感じ取ったことは間違いない。


 (そろそろ、“情報を持つ命”を喰っておきたいな)


 ただ力を持つだけでは不十分だ。

 俺はこれから、“この世界のルール”を侵していく。

 だからこそ、そのルールを知るための“知識”が必要になる。


 (知性体を喰えば、そいつの知識も……)


 俺の仮説はまだ実証されていない。

 だが、スキル《養分変換》の中に、未使用の“派生機能”が存在しているような気配があるのだ。


 それは“変換先:記憶”――


 (試すしかない)


     ◇ ◇ ◇


 根を集中して伸ばす。


 【スキル《根操作》発動:探索集中モード】

 【魔力:5pt消費】

 【現在魔力:145/150】


 周囲の微かな生命の震えを探知する。

 地中をうろつくネズミ、地表を這う昆虫、葉の裏に隠れた羽虫――どれも知性はなく、情報価値も低い。


 (……あれは)


 少し離れた地点、地表に近い位置に“群れ”の気配。

 明らかに個体間で位置を保ち、定期的な動きと鳴き交わしをしている。


 鳥か? いや、声帯の構造が違う。


 それは――猿に似た小型の獣だった。


 (集団行動……道具の気配はなし。だが、観察に値する)


 俺は根を伸ばし、一体だけを引きずり込む準備を始めた。


 【スキル《根操作》発動:制圧拘束モード】

 【魔力:7pt消費】

 【現在魔力:138/150】


 根が地中から跳ね上がるように生え、獣の足元を絡め取る。

 悲鳴のような声を上げたが、すぐに土の中へと引き込まれた。


 (よし、あとは吸収だ)


 【スキル《吸収》発動:対象 抵抗中】

 【吸収速度:0.5pt/秒】

 【対象生命力:28pt】

 【吸収完了予測時間:56秒】


 根を強化し、締め上げ続ける。

 体温、鼓動、声――全てが命の証明として、俺に伝わってくる。


 (この命は、ただの養分じゃない)


 吸収が進むにつれ、根に異様な“ノイズ”が走った。


 (……記憶?)


 視界がないはずの俺の意識に、微かに“色”が浮かぶ。


 木漏れ日の下、猿のような仲間と果実を取り合う映像。

 母らしき個体に叩かれ、反射的に謝る。

 赤い果実。泉。夜の焚き火。枝を叩いて音を出す遊び――


 それは、吸収された命が持っていた、記憶の“断片”だった。


 (……本当に、喰えば得られるのか)


 【吸収完了】

 【生命力:28pt 吸収】

 【スキル《養分変換》発動】

 → 魔力:12pt回復

 → 進化pt:16pt加算(累計:71/200)

 → “断片記憶”を獲得(保存率:28%)



【ステータス】

名前:カエデ

種族:魔植物(芽喰らい)

レベル:3

生命力:200/200

魔力:150/150(最大回復)

進化pt:71/200


スキル:

・吸収(養分補給)【Lv.3】

・養分変換【Lv.2】

・根操作【Lv.2】

・同族捕食【Lv.1】

・記憶断片吸収【New(受動)】


称号:

・同族喰らい



 新たに得たスキル【記憶断片吸収】は、知性ある対象を喰らった際、一定確率で記憶を得る能力。

 思考、言語、文化、位置情報などを不完全ながら得られるようだ。


 (これは……使える)


 記憶の取得率は、その生物の知能の高さと、吸収時の体内統合率に比例する。


 つまり、より“高い知性を持つ命”を喰えば、俺はその存在の知識をまるごと取り込める可能性がある――


 (だったら……次は、“言葉を話すやつ”を喰いたい)


 森の奥。人の気配。秩序の中枢。


 そこにはきっと、“上質な知識”がある。


 カエデの根が、再び静かに伸び始めた。


記憶を喰らえる――

 その確信を得た今、俺の中に明確な“欲望”が生まれていた。


 力が欲しい、進化したい。

 それは変わらない。


 だが同時に、“知りたい”という感情が、はっきりと宿りはじめている。


 (この世界はどう成り立ってる? 魔法は? 文明は? 俺にとっての脅威は?)


 喰らえばわかる。

 答えは、知性ある命の中にある。


     ◇ ◇ ◇


 俺は再び地中を進む。

 地表の気配を鋭く探りながら、慎重に、だが確実に“人の痕跡”を追っていった。


 【スキル《根操作》発動:探索拡張モード】

 【魔力:6pt消費】

 【現在魔力:144/150】


 このスキルは魔力を使うが、その分“索敵精度”は段違いだ。

 匂い。足音。微かな熱。それらを数メートル先まで感じ取ることができる。


 そして見つけた。


 (いた……!)


 音もなく森を移動している二足歩行の存在――

 先日見かけた獣人とは違い、衣服を着ていて、背には木の弓を背負っている。


 (人型……だが、耳が長いな)


 エルフ、というやつだろうか。

 ひとりで行動している。索敵中か、狩りの途中か。


 (今なら、狙える)


 音を立てず、根を下から滑り込ませる。

 地面のすぐ下、相手の足が止まるポイントを正確に狙う。


 ――接触。


 【スキル《根操作》発動:高速拘束】

 【魔力:8pt消費】

 【現在魔力:136/150】


 根が一気に飛び出し、足を絡め取る。

 エルフが驚きの声を上げ、矢を抜く間もなく地中に引き込まれる。


 だが、相手は鋭い。


 【対象が強く抵抗しています】

 【吸収速度:0.3pt/秒】

 【対象生命力:42pt】

 【吸収完了予測:約140秒】


 (……長期戦か)


 魔力消費を抑えるため、拘束の力を一定に保つ。

 暴れるたびに根が引き裂かれそうになるが、それでも締め付けは緩めない。


 エルフの叫びが、地上に響いた。

 森にこだまするような高音。それはきっと、仲間を呼ぶ“警戒信号”だった。


 (……まずいな)


 増援が来る前に、喰らいきらなければならない。


 魔力をさらに注ぎ込み、吸収速度を底上げする。


 【スキル《吸収》強制増幅】

 【追加魔力:10pt消費】

 【吸収速度上昇:0.5pt/秒 → 0.8pt/秒】

 【魔力:126/150】


 根を幾重にも絡め、対象の動きを封じる。

 骨が軋み、筋が引きちぎられる音が地中を伝ってきた。


 やがて――静かになった。


 【吸収完了】

 【生命力:42pt 吸収】

 【スキル《養分変換》発動】

 → 魔力:15pt回復(現在魔力:141/150)

 → 進化pt:27pt加算(累計:98/200)

 → 記憶取得率:82%(断片統合中)



【新スキル:知識統合(断片→概念)発動】



 俺の中に、言葉が流れ込む。


 「ルセリア……族……境界線……危険指定区域……」


 単語と意味が、感覚で伝わってくる。


 “ルセリア族”――どうやらこのエルフの所属する種族名らしい。

 “境界線”――この森には、外界と結ばれる“領域”が存在する。

 “危険指定区域”――どうやら俺のいる範囲そのものが、彼らにとって“立入禁止”だった。


 (……やはり、俺はもう“異常”と認識されてる)


 ルセリア族が“魔物として俺を警戒していた”情報も、脳内に流れ込んできた。

 この森に突如現れた“命を喰らう存在”。

 “植物の皮を被った災厄”。


 (フッ、よくわかってんじゃねぇか)


 だがこの知識は、俺にとっては最大の武器だ。


 この世界が俺をどう扱っているのか。

 どこに“境界”があるのか。

 どんな者たちが“討伐”に来るのか。


 喰えばわかる。

 喰うことで、世界を“攻略”していける。


     ◇ ◇ ◇


 遠くで複数の足音が近づいてきた。

 小隊。矢。呪文の詠唱。魔力の気配――


 (来たか)


 俺はすでに根を引き抜いている。

 地中に静かに戻り、地表には一片の痕跡も残さない。


 だが、確実に“次の戦い”は始まっている。


 喰うための準備は、万全だ。


————————————————————————

ここまでお読み下さりありがとうございます。


読者の皆様の評価と応援が、作者の養分になりますので、是非ともよろしくお願いします。

コメントもお待ちしております。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

木から始まる魔王転生記 北条あくろ @houjou0akuro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ