3話 喰らうもの
何かが変わった。
進化ptが90を超えたあたりから、世界の“色”が変わったような感覚があった。
俺には目がない。けれど、それでも“視える”ようになった気がする。
土の中を走る微細な根のうごめき。空気に含まれる命の震え。
それらが、より“鮮やかに”、より“立体的に”伝わってくる。
これは感覚の拡張。
きっと、進化が近い証拠だ。
ステータスを開く。
⸻
【ステータス】
名前:カエデ
種族:魔植物(魔芽)
レベル:2
生命力:150/150
魔力:92/100
進化pt:95/100
スキル:
・吸収(養分補給)【Lv.2】
・養分変換【Lv.2】
・根操作【Lv.1】
⸻
あと5pt。それだけで、俺は次の段階に進める。
問題は、“何を喰らうか”だ。
今までのような虫や小動物では、得られる進化ptはわずか。蛇ですら30ptちょっとだった。
手っ取り早く進化するには、もっと“大きな命”が必要だ。
(……だが、そう都合よく強い獲物が現れるわけでもない)
進化のために“喰う”。それは当然として、現実的には狩りの効率も考えねばならない。
そんなときだった。
ふと、俺は“ある気配”に気づいた。
(……これは)
俺のすぐ隣。地中に広がる“太く、ゆったりとした脈動”。
それは他でもない、“木”の根の感触だった。
(……ああ、そうか)
気づいてしまった。
俺と同じ“木”。つまり――同族。
だが、その根にも、確かに“生命力”は流れていた。
触れた瞬間、俺の体がそれを“喰える”と本能で理解していた。
(木も、生き物だ)
考えてみれば当然だ。虫やネズミと違って動かないが、土から養分を吸い、葉で光を浴びてエネルギーを得ている。
それはまぎれもない“命”だ。
そして俺は、それを喰うことが――できる。
◇ ◇ ◇
試してみる価値はある。
だが相手は大きい。
これまでの小動物とは違って、吸収には時間も魔力もかかるだろう。
根をゆっくりと隣の木の根へ絡める。
植物同士の交差点のような場所。かすかな抵抗を感じた。反射的に、相手の根が引こうとしたのだ。
(……感じてる、のか?)
この世界の木々が、ただの“無垢な植物”とは限らない。
それでも、俺は引かない。
「進化のためだ。悪く思うなよ」
【スキル《吸収》発動:大型対象/低密度構造】
【対象:地木種(低級)】
【吸収速度:0.1pt/秒】
【生命力推定:60pt】
【吸収時間予測:約10分】
(……やはり、長い)
しかし、吸収は始まっていた。
触れているだけで、じわりじわりと相手の命が、俺の中に染み込んでくる。
木の根が、かすかに震えている。
ゆるやかに、それでいて確かに、死へと向かっているのだ。
(同族? 関係ない)
喰える命は、すべて喰らう。
それが俺の決めた生き方だ。
◇ ◇ ◇
数分が経過した。
周囲の地中に、違和感が広がる。
他の木々が、わずかに“引いている”ような気配を感じるのだ。
(やっぱり……周囲の木も、気づいてるのか)
だが、誰も止めには来ない。
木は動かない。たとえ意志を持っていたとしても、それはゆっくりとしか伝わらない。
そうだ。“速さ”は、武器だ。
意思決定が遅いなら、その隙に、俺がこの森を喰い尽くす。
【吸収完了まで残り:3分】
【進化pt:95/100】
あと少し。
俺は木すらも養分にできると証明した。
これからは、虫やネズミだけじゃない。この森の全てが、俺の狩場になる。
そして、この命の奪い方に――
俺はもう、何のためらいも、罪悪感も、持っていない。
――残り、30秒。
俺の根は、隣の木の命を確実に奪い続けていた。
相手の根から伝わってくる鼓動は、もはや微かで。
生きるために必死に張っていた水脈も、吸い上げが止まっている。
(終わりだな)
この森に生まれ、ただ“光合成と成長”を繰り返していたであろう木。
それを、俺は自分の進化の糧として“喰った”。
もはや、なんの躊躇もない。
【対象:地木種(低級) 吸収完了】
【生命力:63pt 吸収】
【スキル《養分変換》発動】
→ 魔力に3pt(根操作維持分を補填)
→ 進化ptに60pt加算
→ 進化ptを100 残り55を繰り越しします。
⸻
【進化pt:100/100 到達】
【進化条件を満たしました】
【進化を開始します……】
⸻
きた。
体の芯が熱を持ち、全身を巡る魔力が一気に活性化する。
幹の内側が震え、根の感覚が鋭くなり、葉の細胞が震えながら組み変わっていくのがわかる。
“ただの植物”だった自分が、また一段、異形へと進化していく。
【進化中……】
【種族:魔植物(魔芽)→ 魔植物(芽喰らい)】
【新スキルを獲得中……】
【称号を獲得しました:《同族喰らい》】
⸻
称号……?
それはステータスにすら載らない、“存在の烙印”のようなものだった。
俺が初めて“木を喰らった”存在であるという証。
この森において、異質であり、異端であり、異様であるという絶対的な事実。
(同族喰らい……か)
だが、悪くない。
むしろ、誇りだ。
俺は、自分のルーツさえ喰らい尽くして、生き延びてみせる。
◇ ◇ ◇
【進化完了】
ステータスを確認する。
⸻
【ステータス】
名前:カエデ
種族:魔植物(芽喰らい)
レベル:3
生命力:200/200
魔力:150/150
進化pt:55/200
スキル:
・吸収(養分補給)【Lv.3】
・養分変換【Lv.2】
・根操作【Lv.2】
・同族捕食【新規】
称号:
・同族喰らい【あなたは、同じ種を喰らった者である。森の均衡に楔を打つ者。】
⸻
新スキル【同族捕食】は、木系・植物系の生物に対しての吸収効率を大幅に上昇させる効果を持っていた。
吸収速度+100%。魔力消費減少。さらに、吸収時に対象が自発的な抵抗を示しにくくなる。
完全な“対木狩り特化”。
つまり、この森における俺は、文字通り“天敵”というわけだ。
(最高だな)
幹に流れる生命の圧力が強くなる。
俺の存在が、森の空気に染み込んでいくような感覚。
他の木々が、静かに、そして確かに“俺から離れていく”気配を感じる。
(いいぞ、逃げろ。どうせ、お前らも全部“養分”になる)
俺の世界は広がった。
虫、ネズミ、蛇、そして――木。
もはやこの森には、俺を止められる存在などいない。
◇ ◇ ◇
ふと、遠くの地層の奥から、“わずかな魔力の波動”が伝わってきた。
今までとは質が違う。命の熱量ではない。
それはまるで、“誰かが仕掛けた装置”のような、人工的な“気配”。
(……これは、別の存在か?)
初めてだ。
この森に来て、初めて“人間以外の文明”を思わせる何かを感じた。
その気配の正体はまだ不明だが――
今の俺なら、喰らえる。
「森を喰らい尽くした先に……きっと“面白い獲物”が待っている」
カエデの根が音もなく広がる。
森を侵し、命を喰らい、すべてを“糧”とする者として。
次なる進化の礎を探して――
喰らうべき命を、探している。
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ここまでお読み下さりありがとうございます。
読者の皆様の評価と応援が、作者の養分になりますので、是非ともよろしくお願いします。
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