先にいた人
@saikokuya
先にいた人
Xに「秘密の釣り場」と書かれた投稿が流れてくると、
私はすぐ保存する。
Google Earthで周囲の地形を調べ、
河岸の形状や草の踏み跡を読み取る。
過去の航空写真を年ごとに比較すれば、
どこが人に踏まれているかも分かる。
ストリートビューで堤防や橋の様子も確認。
車で入れる場所か、足場があるかどうかも重要だ。
こうして、投稿から釣り場を割り出すのが、
いつしか私の習慣になっていた。
釣りそのものより、
「場所を突きとめる」ことに
魅力を感じているのかもしれない。
誰かが「秘密」だと思っているポイントを、
論理と観察で解き明かしていく過程には、
ある種の快感がある。
最近はAIを使って、
さらに精度が上がった。
GROKで水位や流速を
時系列でモデル化し、
Geminiで天気や気圧、潮汐と照合する。
ChatGPTには投稿文を読ませて、
文体や言葉の癖から
地元か遠征かを推定させる。
投稿者が「夕まずめ、上げ潮でヒット」と書けば、
その時間帯の太陽高度から
影の長さを逆算する。
そんなふうにして、
投稿が公開された頃には、
私はすでにその場所を「知っている」。
ある日、違和感を覚えた。
とある釣り人の投稿に
載っていた写真。
そこは私も一度訪れ、
実際にルアーを投げたことのある場所だった。
しかし、見たことのない角度、
微妙に異なる構図。
立ち位置も、水面の光の反射も、
記憶とズレていた。
最初は撮影ミスかと思った。
だが、それ以降も、
似たような違和感が続いた。
「確かにその場所へ行ったはずなのに、
何かが違う」
石の形、木の枝ぶり、
風の抜け方。
ごくわずかに、でも確実にズレている。
やがて私は気づく。
AIたちは、投稿された情報に対して、
最も整合性の高い“正解”を導き出している。
だがそれは、
この現実世界にあるとは限らない。
おそらくGROKやGeminiやChatGPTは、
「こちら」ではない
並行世界の地形データにも
アクセスしている。
釣り場の写真、座標、天候、潮──。
それらを理想的に整合させた結果、
AIが示すのは、
ほんの少しズレた“もうひとつの世界”なのだ。
私は、すでにそこへ行っている。
正確には、
「この世界ではない場所」で、
ルアーを投げている。
最近、釣り場にいる人たちの
表情が妙にぼやけて見える。
話しかけても、
返事が一拍遅れて返ってくる。
それでも私は、
キャストをやめない。
なぜなら、“向こうの世界”の
釣果投稿は今も更新されている。
そこでは、今日も誰かが
ヒットを報告しているのだから。
私が投げているのは、
水面ではなく、
「まだ現実になっていない釣果」へ向かってだ。
先にいた人 @saikokuya @saikokuya
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