その弾丸は銀の弾丸となるか?
太田道灌
第1話 銀の弾丸
大陸南東部,スガーサン地方。
この地方には世界最大の大国「ソフィナ王国」が存在していた。
面積・人口・経済力どれをとっても世界トップ。
しかし,そんな大国は滅亡の危機に瀕していた。
原因は「魔王の誕生」。
モンスターを統帥し導くもの。
そして,圧倒的個の暴力。
まるで「恐怖」というものを体現したかのような風貌。
そんな,恐ろしい大災害が王国を襲った。
「花の国」と呼ばれる程栄華を極めた王国は見る影もなくなっていた。
――当初,王国は魔王軍の侵攻を押し返していた。
しかし,絶え間なく続く侵攻に,王国騎士団は徐々に損耗していった。
そして,最前線の防衛線が崩壊した時には,周辺各国が滅亡していた。
隣国の農業大国「カラテナ」,剣と盾の国「ヴォンス」,酒の国「コゼランカー」...
それらの国は反抗の余地すら残されずに滅んでいった。
慌てて冒険者ギルドがモンスターの討伐を行うも時すでに遅し。
世界は滅亡への一方通行の道を歩み始めた。
モンスターとして生まれたせいで定住拠点がない魔王は,
わざわざ旧ソフィナ王国領に巨大な拠点「魔王城」を築いた。
見るものを恐怖させる異様な建築。
そして魔王の武の象徴。
人々には絶望がもたらされた。
――人々が絶望の淵をさまよう中,神話が再注目を浴び始めた。
「死」への恐れが人々を信心へといざなった。
そこで最大の脚光を浴びたのが「聖ハルト公伝説」。
別名,「勇者伝説」とも呼ばれるものだ。
曰く、勇者とは救世主なり。
曰く、勇者とは上位存在なり。
曰く、勇者の剣術に並ぶ者はなく、
曰く、勇者の魔術は理を超える。
曰く、神の導きにより、勇者は現れる。
――そんな,根も葉もない神話話が深く信じられるようになった。
そして祈った。勇者の降臨を願って。
――王国側も,この神話を捨て置かなかった。
聖ハルト公の召喚に使われたと伝わる神聖儀式を再現しようとし始めた。
平和な世界によって当の昔に失伝したとされていたが,
聖書や福音書の記述を頼りに儀式を再現していった。
場所はソフィネ王国最後にして最古の神殿「ソフィアルン大聖堂」
その「召喚の間」の中心。
そこにかき集められた凄腕の魔術師たち。
地面に描かれた巨大な魔法陣。
そしてあちこちに供えられた宝物。
魔法陣の中心に置かれた聖なる生物「銀翼の一角獣」の遺体。
そして,そこに垂らされる処女の血。
必死の形相で魔術師たちが呪文を唱える。
「துணிச்சலான மனிதனே, இந்த வழியாக வா! தயவுசெய்து எங்களைக் காப்பாற்று!」
「නිර්භීත මිනිහා, මේ පැත්තට එන්න! කරුණාකරලා අපිව බේරගන්න!」
「ᑲᑉᐱᐊᓱᙱᑦᑐᖅ ᐊᖑᑦ, ᐅᕗᙵᕆᑦ! ᐊᑏ ᓴᐳᑎᓚᐅᖅᑎᒍᑦ!」
「ᱥᱟᱦᱚᱥ ᱦᱚᱲ, ᱱᱚᱸᱰᱮ ᱦᱤᱡᱩᱜ ᱢᱮ! ᱫᱟᱭᱟ ᱠᱟᱛᱮ ᱟᱞᱮ ᱵᱟᱧᱪᱟᱣ ᱞᱮᱢ!」
「Джесюр адам, бу якъкъа кель! Риджа этем, бизни къуртар!」
「ተባዕ ሰብኣይ በዚ መንገዲ ንዓ! በጃኹም ኣድሕኑና!」
いくつもの発音で呪文が唱えられる。
何度も,何度も。
もはや悲鳴のような叫び声になっている呪文が神殿を包む。
すると,動きがあった。
魔法陣が処女の血が垂らされた部位から徐々に光り始めた。
同時に神殿が揺れ始める。
築3000年は超える神殿は,あちこちが崩れ始める。
そして魔法陣がうなりを上げる
不快な重低音が神殿を包む。
そして音は波となって次第に大きくなってゆく。
ウーン
ヴーん
ヴゥーン
ヴヴヴーーン゛ン゛
ヴゥヴゥヴゥーン゛ン゛ン゛
突如,魔術師が倒れた。
そして,自らの血をささげた聖女もまた,倒れ伏す。
それを助けようとしたものもまた,倒れ伏してゆく。
そして魔法陣の輝き・うなり・揺れは最高潮に達した。
その輝きに人々は目をつむり,
その轟音に人は耳をふさぎ,
その驚きに人は口を抑え,
その揺れに人は地面に寝転がる。
やがてとてつもない破裂音とともに,圧倒的な力を感じた。
それは押されたような物理的な力ではない。
まるで上位者と遭遇した時かのような,
開けてはならないパンドラの箱を開けたかのような,
そんな多大な恐怖感を覚えた。
まるで本能が「それ」に畏怖している,そんな思いが周囲に渡った。
……しばらくして,「それ」は消えていった。
そこには,誰も立っていなかった。
思わず周囲を見渡すも勇者らしき姿はない。
――まさか,失敗したのではないか――そんな不安感が国王を襲う。
不安感から,思わず俯く。
――いた。
勇者は地面に這いつくばっていた。
まるで動物が飼い主に対して服従の合図をするかのような伏せの恰好。
そして来ているのは斑の奇妙な服。
そして伏せの姿勢から見ているのは長い筒。
左手にはガラス細工。
――場には膠着の空気が漂っていた。
誰もかれもピクリとも動かない。
しかし,ここで勇者が口火を切った。
「うん?見慣れない景色だな」
勇者は,その長い筒から目を離し,立ち上がると,ぐるりと周囲を見た。
そして,明らかにその場の長であるいでたちをしている国王に目を向けると
「Where is this?」
――何と言っているのは分からなかった。
聖書の記述通りに,勇者の国の言語は自動翻訳できるように魔法陣に細工がしてあったはずだ。
しかし,何故か聞き取れない。
最初に口にした言葉は聞き取れたのにもかかわらず,だ。
「Can you speak English?」
「……」
「Parles-tu français?」
「……」
「Parli italiano?」
「……」
「Sprechen Sie Deutsch?」
「……」
「¿Hablas español?」
「……」
「Вы говорите по-русски?」
「……」
――いくつもの言語で話しかけてきてくれていることは辛うじて分かった。
しかし,どの言語も魔法陣によって翻訳されることは無かった。
「うん?流石にガリシア語とかは喋れんぞ?頼むからオランダとかであってくれ」
「おぉ!やっと通じた!」
「へ?...日本語?」
――召喚の魔法陣に付けられた「自動翻訳」の魔法は,
翻訳する言語を選択して刻む。
そして今回は聖書通り翻訳するものを刻んだ。
そして,聖書で召喚されていたのは日本人。
だから聖書にも日本語を翻訳する魔法が記述されていた。
それをそのまま写したため,魔法は同じ効果を発揮する。
だから,この自動翻訳は日本語と異世界語の翻訳であったのだ。
しかし,勇者は周囲の人をざっと見て,その顔立ちが異世界人顔であったことから
「欧米人顔」と解釈。
だからずっと欧米の言語で話しかけてしまった。
そして自動翻訳の魔法は日本語のみの対応。
だから全く翻訳されなかったのである。
……要するに,この翻訳魔法は「聖ハルト公召喚の儀」の記述に従って刻まれた。
そこに指定された翻訳対象言語は、ただひとつ──「日本語」である。
そのため、勇者が他の言語で話しかけてくる限り、魔法は機能しなかった。
まさか、勇者が“欧米顔だから”と誤解して、ずっと英語やドイツ語で話しかけてくるとは、誰も想定していなかった。
それが原因である。
――その後,気を取り直した国王から勇者に対し魔王討伐嘆願の旨が伝えられた。
そしてそれを勇者も賛同したため,何とかうまくいった。
また,聖書にも記述のある,勇者が魔王を討伐するための能力「恩恵」について説明を受けるも,勇者はあまり嬉しそうな表情を見せなかった。
その様子が気になるも,着々と国王は説明を続けていく。
・魔王は世界で唯一多種のモンスターを統帥する存在であること
・魔王は現在旧ソフィナ王国領に魔王城を構え,そこに住んでいる事
・すでにソフィナ王国以外はほぼ全てが滅亡している事
・魔王には形態があり,倒せたと思っても次の形態になること。
――正直,いくら異界の勇者と言えども苦しい状態であった。
特に魔王の「形態」という物には随分冒険者ギルドは悩まされてきた。
何しろ,体力を削っても回復して強くなってくるのだ。
たまったもんではない。
しかし,ここまでを聞いて勇者がこう言った。
「それだったら,もう殺せるぞ?」
――まだ勇者の恩恵すら確認していない。
それなのにこの自信。
そのまま,勇者は話し始めた。
「俺はな,日本人ではあるんだが某国の特殊部隊でね。
実戦経験も大量にある,いわばベテランなんだよ。
それでさ,俺の役割って”狙撃兵”なんだよね。
今構えてるのもさ,マクミラン TAC-50っていうやつなんだよね。
あ,カバンにはもう一個MCR Horizon's Lordもあるよ。
…だからさ,3kmまで近づかせてくれたら,狙撃できるよ。」
「マ,マ,マクラ?」
「フォライ・ジェンロード?」
「あ,言い忘れてた。」
「な,何でございますか?やはり恩恵の確認を...」
「何か烏国が3.8km狙撃に成功したっていうニュース聞いたんだよね。だからちょっとムカついてさ。どうせだったら4km狙撃させてほしいなって。」
「はい?そんな距離で本当に魔王が倒せるんですか?」
「長距離狙撃だから,むしろ一般人の方が難しいと思う。的がちっちゃいから。」
「え?」
「それにさ,形態変化って魔王が生きてる前提じゃん。一発脳天ぶち抜けば即死だし
生きながらえても思考できない状態だから確殺できるよ。」
「な,何ですと!」
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
ミトロウェン城。
ソフィナ王国の最前線にある,壊滅しかけの防衛拠点。
その最上階にかの勇者はいた。
「よし,目標までの距離4kmとちょっと。成功したら新記録だな。」
眼前に構えるのは壮大な魔王城。
その距離何と4キロ。
「うーん風向きが怪しいな。変わるの待つか。」
「城兵は勇者を不安そうに見守る。」
「おっ。風向は追い風8.4m。撃つか」
ここで勇者が狙撃体勢に入った。城兵たちも固唾を飲んで見守る。
「魔王はっと...発見! うわ,随分とでかいね」
人類を救うか否かの境目だというのに随分と気楽な声。
「魔王止まって読書しだしたな。脳天むき出しすぎ。」
その瞬間,勇者が引き金を引いた。
マクミラン TAC-50の銃口から,
マッチグレネード弾薬によって12.7x99mm NATO弾が飛び出る。
その弾丸は初速毎秒805mで進んでいく。
「まだまだだよ」
この狙撃銃の精度は好条件化においてもMOA 0.5分。
4キロともなれば55mほどの誤差が生じてしまう。
ある程度の誤差は読めるものの,確実に殺せるかは不明。
そこで放った追い打ちの4発。
当然,反動や銃弾のばらけも想定している。
そして1マガジンを使い切った。
――最初に放った弾丸は,追い風に乗って真っすぐ魔王城へと向かっていく。
10秒にも満たないわずかな時間。
ビュンビュン風を切り,やがて銃弾は魔王城へと到達した。
その弾丸はMOAなど気にしないかの如く丁度目標通り。
魔王の脳天を貫いた。
魔王の強靭な肉体も,対物ライフルに狙撃される前提では作られていない。
せめて,剣出来られる程度。
それに筋肉も少ない脳天。
何の抵抗もなく銃弾は魔王の脳を突き抜けた。
「グギャァァァ」
魔王の絶叫がこちらからも聞こえるように感じる。
そして,反射で動いた魔王の体に,次発が命中する。
人中,頸動脈,股間...
まるで奇跡かのように魔王が動いた地点に銃弾が当たる。
そして5発の銃弾は1発の外れを出したものの,4発が急所に命中。
魔王は形態進化をすることなく,息絶えた。
「……よし,これで記録更新!...まぁ,異世界だから公表はできんけど」
勇者は,満足そうな表情でTAC-50をしまうと,
名残惜しそうにMCR Horizon's Lordを手に取り,そっと構えると,
計測もせずに王都上空を撃った。
王都には,一羽の飛竜が墜落した。
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今回は,拙作「その弾丸は銀の弾丸となるか?」をご読了いただき,ありがとうございます。
もはや戦闘パートの方が少ない異世界転生となりました。
また,このような「普通となんか違う異世界転生」を気に入っていただけましたら,
コレクション「なんか違う異世界転生シリーズ」も是非ご確認ください。
最後にはなりますが,ご読了有り難う御座います。
励みになりますので,是非☆・♡・フォロー・コメントでの応援をしてください。
本当にありがとうございました。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
◇◇◇補足◇◇◇
「銀の弾丸」
書き上げた後,一切銀の弾丸について説明していなかったことに気づいたので
説明させていただきます。
不死身である狼男の弱点,「銀の弾丸」。
高い殺菌作用を持ち,古くから魔除けに使われてきた「銀」。
その背景から,フィクションの存在でありながらも
普通の銃弾が聞かない狼男にも銀の弾丸が効くというイメージが定着した。
そしてそのイメージは普及していき,魔女(といっても狼男より前のグリム童話に例がある),ドラキュラ,はたまたレジスタンスの指導者にも拡張された。
そして,「不死身の存在を一撃で倒してしまうもの」というイメージから,
フレデリック・ブルックスがソフトウェア工学の論文で,
「魔法のように、すぐに役に立ちプログラマの生産性を倍増させるような技術や実践 は、今後10年間は現れないだろう」という表現をするのに,比喩として
「銀の弾丸」を使用し,論文タイトルも「銀の弾丸などない」とした。
このように,「銀の弾丸」は,とりわけソフトウェア工学において
「解決不能な問題群を一撃で解決する万能策」として見られるようになった。
自分の考えたタイトルをわざわざ解説するのは小っ恥ずかしいので,
「銀の弾丸」=「何でも一撃で解決できる万能策」だと思ってもらえればいいです。
それ以上の解説はしません。(もうほとんど言ってる気もする)
以上,補足でした。
その弾丸は銀の弾丸となるか? 太田道灌 @OtaSukenaga
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