第4話 異世界/アルカディア

科学技術の発展によりフルダイブが可能となった20XX年。販売されているゲーム機もまた仮想世界を利用したモノが主流になりつつあった。

圧倒的な没入感、その場に居る様なリアル感、そして緊迫感はプレイヤーにとって大きな興奮と熱狂を齎した。中でもホムラテックというゲーム会社が開発した最新オンラインMMOゲーム、G.S.O.(ガンサバイバーオンライン)やB.F.O.

(ブレイブファンタジーオンライン)といった

PC向けゲームは今でも数多くのユーザーが存在する。


-遊びをより身近に、最大限の喜びを-


というキャッチフレーズを元に数多くのゲーム開発に携わって来た。中でも若干32歳で社長の座に上り詰めた桐崎黒斗は今の社会を引っ張る

存在として数多くの雑誌やメディアに取り上げられている中、聖陽学園における教材型VRMMOゲームシステムの提供や機材提供を行ったのもこのホムラテックである。

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「此処が仮想世界……なのか? 」


美羽が目を開くと周囲は行き交う人々や

様々な店や建物が建ち並んでいる。そのどれもが現代の物では無く西洋風の建物ばかりで

少し歩いた先に居た勇輝達と合流すると既に他のプレイヤー達も訪れているのが解った。

アーニャのクラスはシューター、背にはライフルと思わしき矢を背負っていて銀髪は白いリボンでポニーテールに纏められ、深緑色の上着に中は黒のレオタードの様な物を着ていてその上から同色のホットパンツに灰色のニーハイソックスを、足元は黒いブーツだった。

また、ウォーリアーである岳人に関しては下半身は深緑色のズボンに黒いシューズで上は何故か両肩にアーマーを付けただけで半裸だった。

鍛えているのか腕の筋肉や腹筋が逞しく見える。


「ブレイバーは僕と明、シャドウは平井さん、シューターはアーニャさん、ウォーリアーは岳人か…少し偏ったね 」


勇輝が各々を見渡してからそう言うと美羽も口を開く。


「多少の偏りは仕方ない…行こう、この街についても色々知る必要がある 」


勇輝を戦闘に街の中を見て回る。

その辺の露店の人は皆NPCであり、必要に応じて此方とのやり取りに応じてくれる。非戦闘エリアである此処はオリジンという名を持つ街で武器やアイテムの購入は勿論、食事や宿も存在する場所。中央広場には円形の時計が付いた大きな四角形のシンボルが飾られていた。不意に足を止めるとその場に居た全員の通知音が鳴ってステータスを開いてみる。そこには[キルシステム解放]という文言が記載されていて各々が戸惑っていた。違和感を感じた勇輝が美羽の方へ振り向いて彼女へ話し掛ける。


「キル...システム? 」



「キル...文字通り殺すという意味だ。つまりこれから始まるのは命の奪い合いだろう 」


 美羽がそう言った瞬間、突如として黒いぼろきれの様なマントに加えて金色の装飾が施された黒い騎士の様な鎧を纏った何者かが広場の中央に現れる。表情は窺えないが兜の目に該当する部分は十字を描く様に刻まれている。次に聞こえて来たのは気味の悪い低い声だった。


「先程、貴様らに送付したのは文字通りプレイヤー同士の殺人が可能となったという報せ...つまり貴様らの持つHPがこの世界で尽きた時、その時点でデータは消滅...現実の貴様らも死ぬ事になる 」



「現実でも...死ぬ!?何だよそれ…どういう事だよ!? 」


勇輝が思わずそう言うと黒騎士は彼を見て小さく頷いた。


「本物のゲームならコンティニューは可能、お前達の言う残機というのが有れば幾らでもやり直しが効く...だが現実ではそうはいかない。一度しかない人生に待つのは希望か絶望の二択だ。そして此処に居る誰しもが仲良く全員同じ立ち位置のまま同じ優れた者になれる訳が無い。ならば取るべき選択肢は決まっている......殺るか、殺られるか...その何方か一方のみ。回復用ポーションやゲーム内での金銭といった必要最低限の物は既に送付済みだ、諸君らの健闘を祈る 」


 淡々とした説明が終わると一部の生徒が己の武器である剣や弓を黒騎士へ向けて身構えているのが解る、つまり彼等は無謀にも歯向かおうとしているのだ。

口々に聞こえて来るのは「ふざけるな」、「聞いてないぞ」、「冗談じゃない」

といった誰しもが抱く感情論ばかり。非戦闘エリアであるこの場が今まさに戦場と化そうとしていた。


「……何の真似だ?GM(ゲームマスター)であるこの私に歯向かうつもりか? 」



「と、当然だ!!そんな事言われても納得出来るか!! 」



「多少の理不尽には目を瞑り…大人しく従うのが道理というモノではないのか?それともこの場で無様に散るつもりか? 」


黒騎士は左腰に有る剣の柄へ右手を添え、そして一気に引き抜くと刃先がギラリと輝く。反抗した4人の男子生徒達は黒騎士へ牙を剥く構図で一斉に駆け出して行く、それを見た勇輝は制止させようと大声で叫んだ。


「だ、ダメだ!止めろぉおおぉおぉぉッ──!!」


 黒騎士が剣を用いてブレイバークラスの生徒が放った振り下ろしによる攻撃を受け流し、袈裟斬りに切り伏せる。続くシュータークラスの生徒が放った矢を全て弾き飛ばしたかと思えば剣に紫色の波動を纏わせ、それを放つと轟音と共に一直線に穿った。残る2人目が挟み撃ちする形で挑んだが剣で受け止められた挙句に1人が腹部を

刺突され、残る1人は右手首を掴まれていた。


「いでででッ!?は、離せよ...離せったら!!」



「どうする?このまま奴等みたいに死ぬか...それともギルドに戻り、大人しく私の指示に従うか…… 」


彼が振り返るとその後ろでは倒れていた

3人に[SIGNAL LOST]という表記が現れて直後に消えてしまった。無論、武器も何もかもがその場から消えている。


「し…従います…!…従いますから…!! 」


命乞いをする様に彼は懇願する、そして黒騎士は手を離すと彼はその場で座り込んだまま震えていた。美羽はその光景を見ながら何も言わず、ただ拳を強く握り締めて感情を押し殺していた。異変に気付いた勇輝は彼女へ声を掛ける。


「…平井さん?大丈夫? 」



「……平気だ。行こう、此処に居るとあたしの気分が余計悪くなる 」


4人は何も語らぬまま街の郊外へ続く場所へ足を運ぶとそのまま外へ出る。広がっているのは草原地帯で他に有るのは岩や木々だけ、目指す場所は明確に決まってなどいない。


「なぁ、これからどうすんだよ?目的も無しに彷徨う訳には行かねぇだろ? 」



「同感です。…最初のダンジョンに潜るにも私達のレベルはまだ1、余計に危ないです 」


明とアーニャがそう話す中で美羽はステータスやクエスト画面を開きながら口を開いた。


「やる事はもう決まってる。この辺に出て来る敵…ワイルドボアやワイルドウルフを只管に狩ってあたし達のレベルを上げる事だ 」



「成程ねぇ。それで何レベまで上げるんだ? 」



「ダンジョンの推奨レベルが10、つまり同等のレベルに上がるか少し上回るまで続けるつもりだ。安心しろ…この程度なら直ぐ上がるさ 」



「おいおい…マジかよ、普通のゲームとは訳が違うんだぞ!? 」



「何の対策も無しに挑めばミイラ取りがミイラになるのと同じ…現時点で全員の初期HPが250、そこからレベル10まで上げて1091になれば多少は何とかなる。それにその辺に居るモンスターだってレベルを上げなきゃ倒せないし他のギルドの出方も気になる…夜間に奇襲を仕掛けて来る場合も有るかもしれない。これはその為の策でもある 」


彼女が淡々と話すと明は静かに頷いた。

もうこの時点でゲームは始まっていて、少なくともキルシステムの影響により対人同士での争いが何処かで起きているのは間違いない。


「...やろう。この先、生き残るにはそれしかないよ 」


 勇輝は美羽の提案を受け入れ、彼女を見ると頷く。

すると明は美羽を見ながら再び口を開いた。


「なぁ平井?その話し方は何とかならないのかよ、怖いぞお前 」



「む...そう言われるのは心外だな。少し待ってろ 」


彼女はステータス画面を開いて自身の設定を弄ると元に戻した。


「これで良い?...私、ゲームすると性格変わるってよく言われるんだよね 」



「二重人格って奴か?」



「うーん、解らない。昔からこうなんだよね...確か小学校3年生位にはもうこうなったってお母さん言ってた 」



「ふぅん。ま、この方が話し易いから気が楽になったぜ。早くレベル上げしてダンジョン行くぞ!! 」


何故かやる気になった明を先頭に勇輝達はモンスターを片っ端から

倒していく。ある程度モンスターを倒した段階でレベルは5になり、体力は1091から1591と100ずつ上昇し時折休憩を挟みながら各々はレベリングを続けるのだった。

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 そして約1時間後。初日で何とかレベルを10へ上げた事は出来たがこれ以上は

動けないとし地面へ座り込んでしまう。ゲーム内でも日は落ちて夜を迎えていた。

勇輝はステータスを開いて時間帯をチェックすると現実世界の時間と合わせて驚いていた。


「向こうの世界だと18時になってる...どうする?もうログアウトする? 」



「そうしようぜ...俺もうヘトヘトだよ、幾らレベル上げって言ってもゲームソフトでやる奴とはワケが違う 」



「解った、じゃあまた明日の朝8時に。それじゃまた── 」


 ログアウト処理を行おうとした時に各々に1通のメッセージが届いた。

差出人は[UnKnown]という人物からでどう見ても怪しいのは目に見えて解る。


「何だこりゃ? 」



「僕が先に開いてみるからみんなはそのまま待っててくれ。何かあるかもしれない 」


勇輝が先にメッセージを開いて内容を確認すると彼は言葉を失っていた。

まさかと思いながらメニュー画面を開いて確認するとやはり事実だったのか

彼はそのまま閉じてしまった。


「どうかした?高岩君 」



「...平井さん達も開いて確認してみて欲しい。僕の見間違いかもしれないから 」



「...?うん、解った。何々...貴方達生徒の一部がGMに対し非戦闘エリアでの攻撃を仕掛けた事実がシステム上で確認されました。よって本事案を連帯責任としログアウト権限を削除させていただきました、ご理解とご了承下さいませ...!? 」


 そんな馬鹿なと思いながら美羽はメニュー画面を開き、右手の人差し指で上から

[ステータス][所持品][お知らせ][フレンド]の下にある歯車アイコンをタッチし

[option][help]の下にある[Logout]のボタンへ触れてみる、しかし反応しなかった。


「あーもうッ、何で!?幾ら押しても反応しないじゃん!このこのこのッ!! 」



「そんな筈…えぇッ!?私もダメ、反応しません!」


本来なら[Logout]を押すと[ログアウトしますか?]の後に[yes][no]という表示が

現れる筈なのだがそれすら表示されず、ボタンそのものに対し操作が効かないという事になる。その場に居る全員が試したが何一つ変わらなかった。


「おいおい...これってシステム側のエラーかバグじゃないのかよ!?そうだ、ログアウト出来ねぇんならいっそクラスギアをぶち抜けば──!」



「ダメだ!そんな事したらそれこそ本当に死ぬかもしれない!!俺達は今フルダイブ中なんだぞ!?」


無茶しようとした明を岳人が制止させ、何とか宥める。


「つまり僕達は仮想世界の中に閉じ込められたってこと...!?」



「冗談じゃねぇ!悪いのは運営にケンカを売ったアイツらだろ!?なのにどうして俺達まで...!! 」


受け入れられない現状を抱きつつも美羽は自ずと口を開いた。


「...止めなかった私達全員に責任があるって事だよ。あの騎士が言った言葉憶えてる?『多少の理不尽には目を瞑って大人しく従うのが道理』って奴。どれだけ些細な理不尽だろうと...どれだけ気に喰わない事だろうとそれを受け入れて従うのが社会だって事をあの騎士は言いたかったんだと思う 」



「でも俺達はまだ高校生だぞ?そんな事言われたって──!!」


取り乱した明が叫んでいる横で今度は岳人が喋り出した。


「これも全部だ。明だって忘れた訳じゃないだろう?聖陽学園は今の理事長になってから大規模な学校改革が行われ、先生や生徒が大勢リストラされたり退学になったって話。残った生徒達だけでなく外部から入学希望者を募って最新鋭の電子機器を導入し、大幅に巻き返すような形で進学率や就職率を上げた...そして俺達の代でも同様の行為を行って上げる気なんだよ 」



「要するに俺達はアイツらの都合の良い駒で...優れた存在だけ残して後はゴミの様に捨てる......それも此処で死ねば向こうの俺達も死ぬ...くそッ、ふざけんじゃねぇ!!」


 明が右手で草の生えた地面を思い切り殴り付ける。

それも当然だ、高校生というまだ青春盛りの若者達に社会という名の理不尽を教え込んでもそう簡単には呑み込めない。だがそうしなければ優秀な人材は育たないのもまた事実。


「兎に角...一旦街へ戻ろう、此処に居るのは危険だ。いつモンスターや他のギルドに狙われるか解らないし 」


 勇輝がそう提案すると美羽も賛同し頷く、アーニャも賛同したが明と岳人だけは何故か

賛同しなかった。立ち上がりはしたものの何処か様子が可笑しい。


「...悪ぃが俺は行かねぇ、行くならお前らだけで勝手にしろよ 」



「明!お前、本気で言ってるのか!?もう日は暮れてるし…この辺もどうなるか解らないんだぞ!? 」



「ああ、俺は本気だよ!ログアウトする方法を...元の世界へ帰る術を見付けるまで俺は街に戻らねぇ。行くぞ岳人、タンクのお前とアタッカーの俺なら何とかやれるだろ 」


 立ち上がった明は勇輝の制止を振り切って背を向ける。それに対し今度は美羽が口を開いた。


「悪いけど絶対に無理だよ。貰ったポーションは1人5個、キミ達2人合わせても10個しかないんだから!! 」



「ッ……何でそう言い切れんだよ!?連帯責任って奴のせいでログアウト出来ねぇんだぞ!なら意地でもログアウトする手立てを探る方が先決に決まってるだろ!! 」



「帰りたいのはみんな同じだよ!!でも…どうしようも無いんだよ……。GMに逆らったら当然殺される、ギルド同士の争いでも死人が出る、ましてやダンジョンやフィールドでも油断すれば死ぬ、変に揉めたらまたペナルティが起きるかもしれない…こんなのはもうゲームじゃない!!ただの…ただの殺し合いだよ…… 」


美羽が左右の拳を握り締めて自身の中にある思いの丈を吐き出した。それでも明は首を横に振り、「俺達は俺達で何とかする」と言い残して

3人を置き去りにする形で立ち去ってしまった。

こうして思わぬ形で幕を開ける事となってしまったVRMMOでの冒険は好調とは言えないスタートを切る形になってしまったのだった。

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SCHOOL/SURVIVERS 秋乃楓 @Kaede-Akino

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