チヨ

「来たか、チヨ」


 座椅子に腰かけ、酒杯へ酒を注いでいたヴァヴァは、影のごとく陣幕内へ入ってきた娘に、そう声をかけた。

 何しろ、ガルゼ四天王の一人が寝泊まりする陣幕であるのだから、それなりの品が揃っている。

 今座っている座椅子からして、折りたたみ式でありながらも、鎧をまとった戦士が座ってびくともしない逸品であるし、ヴァヴァのすぐそばには、重く携帯には向かない特大の火鉢がわざわざ運び込まれていた。

 寝台に関しても、分解と組み立てが容易であるよう工夫した構造のもので、これに綿がたっぷりと入った布団を敷いている様は、薄布のごとき寝具を使っている末端兵士との権力差を強く感じさせる。


「……歩き巫女チヨ。

 お呼びに従い、参上致しました」


 警備兵に呼び止められることなく陣幕への入場を果たした巫女が、そう言って背筋を正す。

 それにしても、だ。

 なんとも言えぬほど、美しい――娘である。


 長く伸ばされた桃色の髪は、頭頂部で馬の尾がごとくまとめられており……。

 真紅の眼差しは、少々の勝ち気さを感じさせるものの、それが男心というものをぞくりと震わせることは、男ならば誰もがうなずくところであろう。

 体つきは、ややほっそりとしており、肉付きが豊かな方であるとは、言い難かった。

 だが、その分、芸術品のごとき均整が宿っており、誠に――美しい。

 しかも、その美しさを存分に引き出すのが、歩き巫女らのまとう装束なのだ。


 あらためて説明するが、この衣装……上半身に関しては、通常の歌舞用巫女装束のそれと比べ、脇の部分を大きく開いている程度しか違いがなく、白を基調とした中に、赤の差し色がなんとも神聖であでやかな代物である。

 だが、下半身となると話が大きく異なった。

 歩き巫女の装束に、袴は存在しないのだ。

 では、どうしているのかといえば、前にも後ろにも食い込みのきつい股布でもって、魅惑の逆三角形を描いているのである。


 ただでさえ美術品のごとく美しい顔と肢体を誇る女が、かような装束に身を包んでいるのだから、これはたまらない。

 もしも、このチヨという娘が、しかるべき楽器の音色に乗って、日頃から鍛錬してきた舞を披露したならば……。

 これを抱くため、庶民が1年や2年は食いつなげるほどの喜捨も喜んで払う武将は、数多いだろう。


 もっとも……。

 ガルゼのお館様が組織した歩き巫女という組織の真骨頂は、そのようなところにあらず。

 そして、眼前にいるチヨこそは、まさに歩き巫女の中の歩き巫女と呼ぶべき存在なのであった。

 ゆえに、ヴァヴァがこの陣幕へ彼女を呼び寄せたのは、戦場のそれと思えぬほど豪華な寝台で同衾するためではなかったのである。

 ……そのことに、少々の残念さは感じるが。


「俺が敗走することになった原因……。

 それは、聞き及んでいるか?」


 まずは、単刀直入。

 いの一番に確認すべきことを切り出す。


「すでに、事情はうかがっております。

 連れていた兵たちから見てどのような状況だったかについては、他の娘たちが吸い上げるかと」


 当然、という風にうなずくチヨだ。

 なお、この場合における吸い上げるとは、まさにそのもの吸い上げることを指し示していた。

 歩き巫女が吸い上げるものは、3つある。

 ひとつは、男の欲望。

 ふたつめが、金子。

 そして、最後にして最も重要な3つめこそが、情報というわけだ。

 ならば、ガルゼのお館様が強力にこの組織を支援した真意も、うかがうことができた。


「だが、それで分かるのは身内の反応だけだ。

 俺はな、チヨよ。

 あの巨神を、丸裸にしたい。

 弱点があるならば、弱点を。

 そうでなくとも、あらゆる情報を得たい。

 そのため、お前にはひと働きしてもらおうか」


 これは、言ってしまえば意地である。

 ただ、訳も分からないままに恐れおののかされ、敗走させられたというだけでは、やりきれない。

 何か……何かひとつでも、次に繋がるものが欲しいのだ。

 今日の敗北というものは、明日の勝利に繋がる糧なのだから。

 つまるところ、ヴァヴァはこれだけの大敗を喫しても、なおコクホウを諦めていないのであった。

 命綱である兵さえ無駄に損ねなければ、ガルゼのお館様は必ずや、攻略の糸口を見つけてくれると信じ抜いているのである。


「承知しました。

 流れの歩き巫女として入り込み、必ずや、情報を持ち帰ってみせます。

 今ならば、向こうは戦勝気分で浮かれていて、あたしのような人間も入りやすいでしょうし、ね」

 

 その言葉には、苦笑するしかないヴァヴァだ。

 ヴァヴァたち正規軍が負けたからこそ潜入しやすいのだ、と言われているからであった。

 また、これは暗に情報を手に入れても、当然ながら手柄は自分のものであるとも牽制されている。


「うむ、せっかくの状況だ。

 せいぜい、活かすがいい。

 ……抱かれずの巫女よ」


 だが、ヴァヴァは気を悪くせずにうなずく。

 必要なのは情報であり、ヴァヴァの面子というものは、この際どうでもいいのだ。




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 近況ノートで本エピソードのイラスト公開してるので、リンク張っておきます。

https://kakuyomu.jp/users/normalfreeter01/news/16818792437884099145


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