第4話 初日の緊張

 八月上旬。太陽が容赦なく照りつける夏休みに入って間もないある日、竜馬は少し緊張した面持ちで琴音の家のインターホンを鳴らした。隣には、教科書とノートを抱えた凛が立っている。真っ白なブラウスに紺色のスカートという清楚な服装は、いつもの凛と何ら変わらない。それが竜馬には、この後の展開を予期させる琴音の存在とは対照的に、安堵と同時に、ある種の期待を抱かせた。


 「はーい、今開けるね!」

 すぐに琴音の明るい声が聞こえ、ガチャリとドアが開いた。

 「いらっしゃい、竜馬くん、凛ちゃん!」

 琴音は満面の笑みで二人を出迎えた。彼女の服装は、竜馬が予想していたよりも、はるかに開放的だった。薄手のコットンのワンピースは、ゆったりとしたシルエットでありながら、風になびくたびに身体の柔らかいラインを拾う。胸元は広く開いており、普段の制服姿では決して見ることのできない、Dカップの豊かな谷間が、動くたびにチラリと覗く。ノーブラではないだろうが、ブラジャーの存在を感じさせない、自然で誘惑的な胸の揺れだった。長いセミロングの髪は無造作に結ばれているが、それがかえって色っぽい雰囲気を醸し出している。


 竜馬は思わず視線をそらした。こんな琴音を見るのは初めてだ。普段の清楚な従妹の姿とはかけ離れたその姿に、内心でひどく動揺した。隣の凛は、琴音の服装について特に何も感じていないようで、「お邪魔します」と笑顔で挨拶している。その無邪気さに、竜馬は安堵しつつも、どこか言いようのない複雑な感情を抱いた。


 琴音の部屋は、第3話で描かれた通りの「計算された雑然さ」を保っていた。ベッドサイドには、さりげなく開かれた恋愛小説らしき本が置かれ、部屋全体には甘く誘うようなアロマの香りが漂っている。

 「さ、座って座って。喉乾いたでしょ? 何か飲む?」

 琴音は慣れた手つきで、テーブルにグラスとピッチャーを置いた。ピッチャーの中には、レモンスライスとミントが入った、見た目にも涼しげな麦茶のような飲み物が入っている。

 三人はテーブルを囲んで座り、まずは真面目に勉強を始めた。教科書を開き、問題集を解き、分からないところを教え合う。凛は相変わらず真面目で、竜馬も集中しようと努めた。琴音も最初は真剣に問題に取り組んでいた。


 一時間ほど経ち、琴音が「ちょっと休憩しない?」と提案した。

 「喉乾いたでしょ? どうぞ、麦茶」

 琴音はにこやかに、グラスに飲み物を注いだ。竜馬のグラスに注がれた麦茶は、ほのかにフルーツのような甘い香りがした。それは、通常の麦茶にはない、微かなアルコールの匂い。ごく少量で、気づく者でなければ分からない程度だろう。竜馬は警戒しながら一口飲むと、かすかに舌の奥に熱を感じた。やはり、何か混ぜられている。

 凛は無邪気にそれを飲み干し、「美味しいね、琴音ちゃん!」と笑顔を見せた。その様子に、竜馬の胸はざわめいた。


 「ねえ、そういえばさ」

 琴音が突然、勉強とは全く関係のない話題を切り出した。

 「最近、友達が恋愛相談してきてさ。なんか、肉体関係ってどこまでが許されるんだろうね? って」

 琴音は、わざとらしく小首を傾げ、竜馬と凛の反応を伺う。その視線は、特に竜馬の顔をじっと見つめているようだった。

 凛は困ったように眉を下げた。

 「えっと…私は、やっぱり気持ちがないと、そういうことは……」

 凛は言葉を選びながら、真面目に答える。

 「だよねー。でもさ、気持ちってどこからが『ある』って言えるんだろう? あと、そういうのって、相手に言われるがままにしちゃうものなのかな? 相手が嫌がってても、求められたら応じちゃうとか……」

 琴音は、まるで世間話のように、しかし含みを持った言葉を続ける。その言葉は、竜馬の耳に妙に生々しく響いた。琴音の視線が、竜馬の顔から胸元、そして股間に向けてゆっくりと移動したような気がして、竜馬は思わず下半身に力が入るのを感じた。


 「うーん、それは、その人の気持ち次第だと……」凛が困惑しながら答える。

 「そっかー。やっぱり凛ちゃんは真面目だね」

 琴音はそう言って微笑むと、再び竜馬に視線を向けた。その瞳は、何かを試すかのように細められていた。

 竜馬は平静を装うのに必死だった。琴音の言葉の一つ一つが、彼の理性とは裏腹に、体の奥底に眠っていた何かを刺激する。この「勉強会」は、琴音が仕掛けた、甘く危険な罠なのだと、竜馬は漠然と悟り始めていた。

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