2 招かれざる客

「いい加減、現実逃避は止めてもらえるかしら?」


 甲高い声が私を逃避から呼び戻す。天井から視線を移すと、ど真ん中にいる化粧の濃い派手な年増女がきっつい顔で睨んできていた。足下には金髪碧眼の美少年がにこにこと柔和な笑みを浮かべている。


「うちのケイレブが一番年上で、ライニール様の血を濃く受け継いでいるみたいだし、跡継ぎはこの子で問題無いでしょ? 引き取ってくれるわよね? 勿論、お金は貰うわよ」

「お待ちなさい。金髪碧眼なんてゴロゴロいるわ。あなた、娼婦なんでしょう? 他の客の子供じゃないのかしら?」

「なんですって!」

「その点、うちのニーヴェルは顔立ちがライニール様そっくりでしょう? お嬢様、この子を引き取ってくださいませ」


 横から水を差してきたのは、まるで若めのロッテンマイヤー先生みたいな見た目の女。記憶が曖昧なんだけど、ここに来た時の自己紹介で男爵家の娘だと名乗っていた筈。彼女が肩を掴んでいる少年は、濃紺の髪と空色の切れ長の瞳を持っている。配色は完全母親の血のようだが、顔立ちはライニールに似ていなくもない……か? 正直微妙。目元位だろうが、今の彼はものっそ私を睨んでるからまだ何とも言えない。


「ええー。でもぉ、その子の目元はライ様にそっくりだけどぉ、それだけじゃあん」

「ふん。あなたの子供なんて全く似てないでしょうに。そんなのでよくライニール様の子供なんて言えたわね」

「あたしのゼオンちゃんはぁ、ちゃあんとライ様の子供だもーん。ライ様もゼオンちゃんをとーっても可愛がってくれてたしねぇ」


 苛つく間延びした喋り方をするのは、身綺麗で高価な宝飾に身を包んだ頭の悪そうな若い女。いかにも金持ちそうだ。彼女の背後に隠れるように、えんじ色のふわふわな髪と琥珀色の垂れ目の少年がびくびくと怯えた表情でこちらを覗いていた。


 三者三様、見た目も性格も異なる三人の女だが、共通点が一つある。

 

 全員、ボンッキュッボンッだ。

 

 分かり易過ぎだぞ亡きクソ夫よ。


 ギャーギャーと三人でもめ始めた女たちの少し後ろで、居心地悪そうに立っているのは白髪の目立つ髪を持つ、五十代くらいの女性――流石にこの人はライニールの愛人だった訳では無い。そうだったら彼の守備範囲の広さに怒りを通り越して尊敬する。


 この女性はライニールと一緒に亡くなった愛人の母親で、子供達からすれば祖母に当たる人物だ。普通の町娘であった娘亡き今、子供たちの保護者はこの老女しかいない。

 

 母親を失って悲しみに暮れている少女たちは、不安そうな面持ちで祖母のスカートにしがみついて私を見ていた。この二人――確か、姉の名前はヨツバ、妹の名前はミツバ……だった筈。


 この妹こそクロ約の主人公ちゃんなのだが、彼女の名前がちょっとあやふやなのは、主人公の名前が任意で変えられる上に、デフォルト名は『クローバー』だからだ。ミツバという本名は真相が明かされる後半にちょっとしか出てこない。


 妹のミツバは完全に母親方の血なのだろう、ピンクの髪とキャラメル色の可愛らしい容姿の少女。ピンクが入っているのが昨今のヒロインっぽくてちょっと笑える。

 

 姉のヨツバは金髪翠眼、身なりは粗末で薄汚れているが、それを取り除けばライニールの血を引いているのが一目でわかる美貌の持ち主だ。


 ぶっちゃけ、この中でライニールの子供は姉のヨツバだけあり、重要なキャラクターだったりする。ミツバは父親が違うし、他の子たちは、まぁ、それぞれエピソードがあるのだけれど今は割愛。


 そんな彼らが何故アマーリエ・バルカンを殺す子どもたちになるのかといえば……アマーリエ・バルカンの自業自得と言えなくもない。


 要約すると、アマーリエ・バルカンはこれから約二年間、子供たちを馬車馬の如くこき使い、最終的に子供たちをそういう嗜好を持つ輩に売ろうとする。が、それを察知した子供たちに嵐の夜に脱走される。


 一度は追手を放つものの捕まえられず、まあどうせ行き倒れると思い放置。その後、領地で悪政を続け贅沢三昧。そして成長して力を得た子供達になんやかんや復讐され、処刑台の露と消える……。

 

 そう、この幼気な少年少女たちへの対応に失敗すると、私は二十四歳の若さで処刑台送りになるのだ。


 うん、まあ、確かにアマーリエは酷い。私も虐待や奴隷、人身売買なんて非人道的行為だと思う。そんな目に遭ったら復讐を考えるし、プレイの度に主人公と攻略対象たちを称賛してアマーリエ・バルカンざまぁって思ってた。


 けどアマーリエの立場になってから言わせて貰えば、アマーリエのことも考えよう? って思う。

 

 一途に愛してた夫に裏切られていて、傷も癒えない内に複数の愛人と、自分とそんな年の差の無い子供たち連れて来られたらたまったもんじゃないじゃん。そりゃあ精神崩壊して人格歪んでもしょうがないじゃん!?


 それに、二十四って前世でいえば大学卒業して社会に出たばっかよ? 三十五で死んだ前世より早死によ? 今世は初体験も出産も子育てもまだよ? 前世では未婚未出産未子育てのままで終わったんだから、今世では優しくしてくれても良くない!? 私が一体何をしたって言うんだよもう?!


 流行りものの小説なんかで転生した主人公の気持ちの切り替え超早かったけど、私には無理だわ……頭が追い付かない。


 これが夢でも幻でもないのであれば、早々に気持ちに切り替えて手を打たないと私に生きる道はないのだが、刻々と迫る処刑のカウントダウンに恐怖心で頭の中はパニック状態で吐き気がする。


 兎に角、今は時間が欲しい。


 こうなったらうまいこと適当に話を合わせてお帰り願おう。


 具合の悪い頭をフル回転させて、現状を打破する方法を考える。

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