最強の魔剣に転生した俺、スライムに拾われて無事終了

あっとまーく

第1話 魔剣とスライム




 吾輩は魔剣である。

 名前はまだ無い。


 持ち主もいない。

 自分で歩く術もない。


 ――詰みだ。


 せっかく異世界に転生したというのに、このままでは薄暗い祠の中で一生を終えることになる。

 いや、そもそも魔剣に寿命という概念はあるのだろうか。


 意味ありげな台座に突き刺さったまま、ボロボロの剣として朽ちていく未来――それは、さすがに勘弁してほしい。


 とはいえ、自分ではどうすることもできないのが現実だ。


 あー、できることなら胸の大きな美少女に抜いてほしい。

 あ、卑猥な意味じゃなくて、俺を台座から抜いてほしいって意味ね。


 ――その時だった。


 俺を閉じ込める祠の扉。

 その隙間から、何かが入ってきた。


 ぬちっ。


 ……今、変な音しなかったか?


 床の上を、半透明の何かが這っている。

 丸い。

 青い。

 ぷるぷるしている。


 あれはたぶん、スライムだ。

 異世界に転生してから初めてのファンタジー要素。

 ちょっとだけ心が躍る。


 敵意は感じない。

 というか、こっちを見てもいない。

 ただ、ふらふらと祠の中を徘徊しているだけだ。


 おい。

 お前、ここに何しに来た。


 当然、返事はない。

 そもそも俺、どうやって喋ればいいんだ。


 その後、祠に初めて入ってきた来訪者の動きを、俺はただじっと観察し続けた。


 やがてスライムは、俺の刺さった台座の前でぴたりと止まり――。


 ぴとっ。


 ……俺に、くっついた。


 そしてそのまま、俺をぷるぷるしたゼリー状の肉体で包み込む。


 何をしているんだ、コイツ。

 俺を餌だと思っているなら、とんだ大物だ。


 俺は最強の魔剣だぞ……たぶん。


 あれ、スライムのせいで自信がなくなってきた。

 魔剣といえば近づく者を呪い殺すような邪気を放っているはずだ。

 少なくとも今の俺からそんなものは感じられない。


 もしかして、あれか?

 加齢臭みたいに、自分では気づけないタイプのやつか?


 とりあえず、スライムさん。

 どいてくれませんかね。


 俺の刀身は、将来現れる巨乳美少女に挟んでもらうためのものだ。

 貴様如きが軽々しく触れていいものではない!


 ……どかない。

 まあ、そりゃそうだ。


 意思の疎通が取れないのだから。

 こっちは喋れないし、スライムも喋れない。


 俺が途方に暮れていると、異変が訪れた。


 スライムと俺が、似たような黒い輝きに包まれ始めたのだ。


 最初はボケーっと眺めていたが、次第に嫌な予感が背筋を這い上がってくる。


 これは、もしかして――契約というやつでは。


 魔剣は持ち主に強大な力を与える代わりに、命を共有する。

 持ち主が死ねば魔剣も死に、魔剣が折れれば持ち主も死ぬ。


 これが契約。

 理屈ではなく、直感がそう叫んでいる。


 今、スライムと俺は――契約しようとしているのではないか?


 やめろ。

 やめてくれ。

 俺の契約者は、俺の相棒は――。


 ――そう思った瞬間。


 スライムと俺を包んでいた黒い光が、まるで最初から存在しなかったかのように消えた。


 え。


 今の、契約だよな?

 命を共有するとか、死んだら一緒に死ぬとか、そういう重たい契約を交わしたんだよな?


 ――何も、起きない。


 爆発もしない。

 呪いも発動しない。

 世界が揺れたりもしない。


 ただ一つ変わったことがあるとすれば。


 ぷるん。


 スライムが、満足そうにひとつ震えたことくらいだ。


 よしよし。

 どうやら契約は、俺の早とちりだったらしい。


 現実は、何も変わっていない。


 ……はずだった。


 安心した俺を包み込んだまま、スライムはのそのそと動き出した。


 ほら、スライムが帰っていく――え?


 え?

 え?

 え?


 いつの間にか俺、台座から抜かれてるんだが!?


 ――待て。

 待て待て待て。

 お前、俺を持ったままどこへ行く気だ。


 返事が無い。

 ただのスライムのようだ。


 ……どうやらただのスライムと、契約が成立してしまったらしい。


 最強の魔剣(笑)と、意思も言葉も持たないスライム。


 前途多難すぎる相棒関係の始まりである。

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