第2話 まだ恋とかじゃないけど……脳内キャスティングは完了しました!
朝、目が覚めた瞬間から──
私の脳内は、完全に“彼の笑顔”で埋め尽くされていた。
長身、すらっとした体つき。切れ長の目に、ちょっと天パのダークブラウンの髪。
横顔のラインがもう、完璧ってやつで──っていうか、彫刻か何かですか? あれ。
なんか天使降臨したかと思ったし。
「こんばんは。あなたがキャサリン嬢ですか? 光栄です。お噂はかねがね」
──あああああっ、また脳内再生始まっちゃった!!!!
あの声、あの笑顔、あの目線の角度!
「光栄です。お噂はかねがね」
──って、今時言っちゃう?古風か!
でもそれが逆に新鮮だったし、なんか、妙にキマってたんだよね。
しかも声のトーンが絶妙に優しくて、仕草も自然体っぽいのに、やたら洗練されてて。
──え、なに? 私ってば、そんなに優しくされ慣れてないんですけど!?
「……ふふっ」
鏡を覗き込むと、口元がめっちゃゆるんでる。
ああもう、ニヤけてる自分、キモい!
でも止められない!
マリアに見られたら確実にツッコまれるやつだ。
ベッドの上でクッションを抱きしめたまま、私は再び脳内再生ボタンを押した。
モリス・タウンゼント。
明るくて、気さくで、でもどこかミステリアスで。
あの笑顔が──私だけに向けられたものだったらいいのに。
そう思った瞬間、スマホが震えた。
叔母さまからのメッセージだ。
⸻
ラヴィニア叔母:
「昨日のパーティー、素敵だったわね!あの彼、目立ってたわね♡」
──え、彼ってモリス氏のことだよね!?!?
もうちょっと詳しくお願いしますぅぅ!
すぐに電話がかかってきた。
「キャサリン? 起きてた?」
「う、うん……おはよう、叔母さま」
「ねぇねぇ、彼、モリスくん、最後に私にこう言ったの。“キャサリン嬢は、とても魅力的なお嬢さんですね”って!」
「……えっ」
一瞬、心臓が変な跳ね方をした。
「え、それって、私のこと……?」
「ほかに誰がいるのよ。あなたよ、あなた!」
うわあああああああ!!!
え、私、魅力的!? 魅力的って言われたの!?!?
布団に顔を突っ込んで悶える。
叔母さまの声が続く。
「彼って、ちょっと変わってるけど、ああいうタイプって情が深いのよ? 一途だったりするの。昔、私が若かった頃にもね──」
あ、始まった。
「──ほら、ギルバートって男がいたんだけど、あれはそれはもう見た目は地味なんだけど話し上手で、私のことを“特別だ”って言って──」
完全に自分の恋バナモードに入ってる。
でも、なんか嬉しい。
この叔母さまのテンション、どこか姉っぽいんだよね。
子どもの頃から母親がいなかった私にとって、叔母さまはちょっと不思議なポジションだった。
頼れる大人というより、いつも一緒に盛り上がってくれる“味方”って感じ。
そして叔母さまはわたしの面倒を見る、という口実でしょっちゅう家にいる。
たまに話半分に聞いてる時もあるけど、いい叔母さまだと思ってる。
「キャサリン。女の子って、そういう瞬間にこそドレスを新調すべきなのよ」
「え……ドレス?」
「そうよ。ここぞって時に着る“勝負ドレス”。赤とか、どう?」
──赤。
それは、私のクローゼットに一着もない色。
地味で落ち着いた色ばかり。グレー、ネイビー、ベージュ。
私に似合うのは、そういう控えめな色だと思ってた。
「赤なんて、派手すぎじゃ……?」
「何言ってるの! あなたには“華”があるのよ!……これから咲く予定の、ね?」
いや、そもそも“華がない”って言ってたのは父だから。
でも、叔母さまにそう言われると──まんざらでもない気がしてくるのが不思議。
電話を切ったあと、私はつい、通販のドレスサイトを開いていた。
──赤、赤、赤。
目に飛び込んできたのは、深紅のベルベットドレス。
肩が少しだけ開いていて、袖口に繊細なレース。
こんなの、私に似合うわけ──
「……いや、ちょっと待って。似合うかどうかじゃなくて、着てみたいかどうか、でしょ」
カートに入れて、決済ボタンを押す。
その時の私は、なんだかちょっとだけ“特別な自分”になれた気がしていた。
⸻
夕方、マリアが部屋にやってきた。
「キャサリン様。あの、今朝……なにかいいこと、ありました?」
「え? どうして?」
えっ?見られた?やっば。ニヤニヤしてたかも。
「いえ……表情が、いつもより……その、やわらかくて」
「ふふ、そっか。いいこと……あったかも」
ドレスが届くのが、今から楽しみだった。
モリスにまた会うとき、これを着ていたら──
彼、どんな顔するかな。
そんなことを考えていると、マリアの声が少し沈んだ。
「……お気をつけてくださいね、キャサリン様」
「え?」
「赤は、目立ちますから」
──赤なんて、今まで選んだことなかったのに。
でも、なぜだろう。
今はその“目立つ自分”になっても、いい気がしたんだ。
(つづく)
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