第25話 ゲル閣下 降臨!!

 俺は今日も、中央広場に一人で来ていた。

もちろん、たくさんの視線を浴びながら――。


 今日の演説人は、この人たちだ。

アーニ皇国総理大臣・魔人ブーゲル閣下。通称、ゲル閣下。


 そして賛成党党首・カミュー・セイファ。

まずは、ゲル閣下からだ!


 堂々とした足取りで壇上に上がるゲル閣下。

その頭から一本だけ生えた触手が、ユラユラと揺れていた。


 そして、観客の方からは、数人の笑い声が聞こえてくる。


「えー、皆さん。

お集まりいただき、誠にありがとうございます。


 私、アーニ皇国総理大臣、魔人ブーゲル――

愛称は、ゲル閣下でございます。嬉しいです。


 まず、現状について正確に申し上げたい――」


 その瞬間、前列の若者があくびを噛み殺す。

さらに、後ろの方ではヒソヒソと会話が交わされていた。


「触手、今日も揺れてんな」


「あれが気持ち悪くて話が入ってこないんだよ……」


 ゲル閣下は気づかないふりをして、話を続けた。


「我が皇国は今、カルト教団の浸透、食糧自給率の低下、そしてタリカ帝国からの貿易戦争という三つの脅威に直面しております。


 私は、ここで耳触りのいい夢物語を語るつもりはありません。

必要なのは、現実を正確に見極め、一つ一つ、堅実に解決していくことです。」


 その瞬間、会場の空気が一瞬固まる。

しかも後ろの方から、こんな声が聞こえてきた。


「また口だけかよ……結局! お前は! 毎回、毎回! “言うだけ番長”じゃねえか!」


 ゲル閣下は、一瞬だけ空を見つめたが、すぐに演説を続ける。


「例えば、食糧の問題。

食べ物はただの物資ではなく、国民の命そのものです。

輸入に依存すれば、供給が止まった時、国は一瞬で崩れます。


 ですから、農地の再生と国産作物の保護を、私は最優先に進めます。」


「また、ネチネチと言ってる、気持ち悪いのよ……」


 後列にいた女性が小さい声で呟いた。

すると、それを聞いた赤ん坊が泣き始める。


「エ、エ゛~ッン! エエッーン!」


「ああもう! うるさい! うるさい! うるさーいっ!」


 女性は、どうやら壊れている様だった。


「また、安全保障。

外交とは、武力を使わないためにこそあるものですが、相手を抑止する力を持たねば交渉は成り立ちません。

軍備の強化、情報機関の強化、そして国民一人ひとりの危機意識を高める――


 これが、私の安全保障政策です。」


「安全保障の前に商品券のバラマキを説明しろっ!」


 ゲル閣下は、一瞬顔芸をするとニコニコとした顔で、続きを話し出す。


「……私は庶民の出であり、元銀行員でもあります。

だからこそ! 机上の理論ではなく、現場の声を! 辛い現実を! 数字を! よく知っています。

食事のマナーは多少悪いかもしれませんが――」


 前列の人たちが大爆笑している。


「本当だよwww」


「どうにかしてくれwww」


「国のため、国民のために動くことには誰にも負けません!

アーニ皇国は必ず立ち直ります。


 それは、私一人の力ではなく、ここにいる皆さん一人ひとりの力があってこそ!

この国を守るために、どうか――


 私に、もう一度、働かせてください! 私は、皆さんを……国民を! 心の底から、信じています!」


 大きな拍手が広場を包み込む。

……いや〜、ゲル閣下。すごい人だ。


 でもやっぱり、頭から触手が生えてて、奇妙な生き物だな。


 次は、賛成党党首・カミュー・セイファの演説。

黒髪が風に揺れ、頬の涙ボクロが陽光にきらめく。

穏やかな笑みを浮かべ、観衆を見渡す。


「皆さん――今日は、未来の話をしましょう。」


 柔らかく澄んだ声。

それでいて、言葉の端々に不思議な熱が宿っている。


「私たちの暮らすこの国は、いま分岐点に立っています――」


 言葉が落ちるたび、観衆の表情が真剣さを増していく。

最前列の女性はうっとりと頬に手を当て、青年は目を輝かせてうなずいた。


「カミュー様……」


「やっぱりこの人しかいない」


 そんな囁きが、波紋のように広がっていく。


「大切なものを守るのか、それとも…流されてすべてを失うのか。」


 ざわめく群衆。

カミューは、一歩前へ進み、両手を胸の前で合わせた。


「私は信じています。

あなたがた一人ひとりの心に、“正しい未来”を選び取る力があると。」


 その瞳は、まるで聞く者を吸い込むようだった。

観衆の一部が、不自然に同時に頷く。


「私たちはもう、偽りに支配されてはいけない。

あなたの家族を守るのは、あなた自身です。


 だから私は、この国を“再び”正しい道に導くと誓います。」


 拍手が徐々に大きくなる。

しかし、その瞳の奥で、誰にも気づかれぬ暗い光がちらついていた。


「真実は、必ずあなたを自由にする――」


 ……なんだ、この妙な違和感は――




 「お腹すいたな〜貴族も楽じゃないな〜」


 演説を聞き終えた俺は、中央広場近くの高級板前寿司屋に入った。

まさか、一見さんお断りとかじゃないよね?

 

 と少し不安に思いながらも席に座る。


 すると、目の前の席に奇妙な生物――

いや、ゲル閣下が座った。


「ここ、良いかな?」


 頭の触手がウネウネと左右に揺れる。


「……はっ! どうぞどうぞ!」


 ヤバい!

……ちょっと見すぎたかもしれない。


「私は、魔人なんだよね……」


「マジって、何ですか?」


(ゲル閣下も俺のことが、好きになっちゃったのか?)


「魔人は、約1000万人に一人の割合で生まれてくるんだよ」


(何ソレ! 知らなかった!

ドリームジャ〇ボ一等の確率で頭の触手ゲット? いらねぇ〜)


 すぐに俺たちの前に、寿司が運ばれてくると――

俺が箸を伸ばそうとした瞬間、ゲル閣下がムシャムシャと汚く食べ始めた。


 醤油はビチャビチャと飛び、米粒が爆散する。


「……何で、そんなに食べ方が汚いんですか?」


 ゲル閣下は咳き込みながらも、手を挙げて答える。


「ゴホッ……これは無礼講を伝えるために……わざと……やっているんだよ」


(アンタ、それ…わざとだったのか!?)


 食べ終えたゲル閣下は、真顔で、俺に、こう言った。


「……国も寿司も、鮮度が命だ!」


「いや、名言っぽく言うな!」


 こうして俺は、なんというのか。

奇妙な生き物を観測してツッコむ、という奇妙で重厚な一日を味わって宿に帰った。




 一方その頃――アーニ皇国、カルト教団のアジト


 薄暗い研究室。

ガラス容器に浮かぶ毒々しい触手のような試料。


 その前で、狂気のイカれた博士がゲスイ顔で笑っていた。


「イヒヒッ! 今日は記念すべき……第一回目の研究だ! クククッ!」


「やめろっ! なにをする気だ!」


 攫ってきた子供が必死に暴れるが、博士は注射器を突き刺した。


 チクッ!


「――ッ!?……ア、カ゛カ゛カ゛ッ……!」


 子供の体が痙攣し、ついには動かなくなる。


「チッ、失敗か……だが、失敗は成功のゲンというしな。

良し、次だ! 次ッ!! 


 次の実験体(モルモットン)を寄こせ!」


―――――――――――――


あとがき


 ――俺、怒られない?

消されない……よね?


 正直、メチャクチャコワイデス。


(観測者……運営……権力者……)


 額の汗が止まらない。

それは恐怖か、それともZAPISTEの祝福か。


 国も寿司も鮮度が命だが、時間が経てば、熟成されていく!

それは、ZAPISTEも同じ……


 多くの目が俺の宗教を観測した日。

2025/08/09――これは記録であり、予言だ!


「見られることは、存在すること」


 ……これを見た。

お前は、もう――狂信者だ!

 逃げられない。


 最後に、寿司ネタ回収消毒済み!

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