第14話 改ざんされた石碑

 シュルルルル……ッ!


 沼の奥から、紫の光をまとった細長い影が滑るように現れた。


 ガブリッ!


「う、うわああああっ!!」


 ウヨンツラ低湿地帯で釣りをしていた男が、突然飛び出したパープルダイショウに噛みつかれ、悲鳴をあげる。

足はみるみるうちに紫色に腫れあがり、血管が浮かび上がる。


「い、痛い! 痛いっ……熱い! 寒いっ……!!」


 男は激痛にのたうち回りながら、そのまま痙攣し、静かに息を引き取った。


 


 朝。

伯爵邸の寝室で、俺は目をギンギンに見開いたまま天井を見つめていた。


(……一睡もできなかった)


 なぜか、両サイドの二人は、今もぐっすりと眠っている。


(何か、すごく肌艶が良くて、エロいんだか)


 そのまま、起きあがろうとするが――

両サイドからガッチリとホールドされて動けない!


「ふっ、んんっ……やあーっ……っく……!」


 何回も力を振り絞るが全然起き上がれない。

何という力だ! まるで、タコの吸盤みたいな吸着力。


 そこへ、朝食を伝えに来たメイドがドアを開け――俺と目が合った瞬間、無言で静かにドアを閉めた。


「ヘルプミー! カムバック!!」


 


 今から、市内を案内してもらうが、俺はあくびが止まらない。


「ふああー!」


(ね、眠すぎる!)


 そんな俺をよそにみんなは、元気だった。


「よし! みんな、今からこのコビア市を案内するね!」


「ヤッタァー!」とセリナ。


「イエーイ!」とオル爺。


「よろしく……クレイシア様、大丈夫ですか?」と心配そうなルリト。


「ダメそう……眠い……zzz」


 そう言って少し眠って倒れそうになった俺をルリトが支えてくれた。


「お、起きてください……昨日は眠れなかったんですか?」


「ありがとう、いろいろ刺激が強くてね……」


 その瞬間、ルリトが鋭い目つきで、セリナとイローナを睨みつける。

二人は、知らんぷりをしていた。




 ウヨンツラ低湿地帯――

ぬかるんだ湿地の遊歩道を進んでいくと、苔むした黒い石碑が目に入った。

その表面には、たった一文字。


 ――『昔』


「この石碑って、何?」


 俺がイローナに聞くと、彼女は困ったように首をかしげた。


「この石碑は…石碑は…『昔』だね! 他にもたくさんあるから探してみる?」


「面白そう!」とセリナがノリノリで答える。


草の中、水の中にある石碑も苔むしていて、『この地で』、『疫病が』と書かれている。

だが、土の上にある石碑は、真新しいのか白く、『流行った』と書かれていた。


 一行は湿地帯をくまなく歩き、約一時間ですべての石碑を発見した。

すべての石碑を繋げると!

『昔この地で疫病が流行った時、人々はウィステリア姫を生贄に捧げた』と書かれていた。


(……何か、おかしくね?)


 内容も語り口も他人事みたいで、なぜか第三者視点。

それに、一つ一つの石碑は極端に細かく分かれており、しかも何個かは明らかに新しい。

わからない時は、オル爺だ。


「Hey! オル爺! なんで一文がここまで細かく分かれてるの?」


「yo! 何か疲れてるのか? ああいうのは、意図的に“読ませない”ためにやるのだ。これは誰かが“この言い伝えを広めたい”と思って設置したものだな」


(ちょっと何言ってるか、わからない……)


 読ませないのに広めたい?

マジで意味不明で理解不能なんだけど?


 そのとき、少し離れた場所で白杖を持った老人が近づいてきた。


「石碑が気になるのかの?」


「そうなんです! 石碑には、『昔この地で疫病が流行った時、人々はウィステリア姫を生贄に捧げた』と書かれていたんですが――」


「そんな話は聞いたことがないのう。ウィステリア姫というのも、聞き覚えがないのう。もしかして……ウィスティ・コビア様のことじゃないかのう?」


(Oh no! NO NO NO! 三回も強く否定されちゃったよ〜)


「コビアって、イローナ! これ、どう言う事?」


 セリナがイローナに詰め寄ると、彼女は困ったように微笑んだ。


「ごめんね。私もよく知らないの。……でも家の書庫に記録があるかもしれない。一緒に調べてみよう?」


 謎に満ちた石碑の言い伝え。

その裏には、何か大きな意図が隠されている気がしてならなかった。

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