第2話

第1節:室長の朝


2025年10月1日、朝8時。アオイテクノロジーズのオフィスは、いつもと異なる緊張感に包まれていた。この日、22歳の佐藤悠真がAI戦略室の室長に正式就任する。社内では「入社半年での室長抜擢」という前代未聞の人事に、驚きと好奇心が渦巻いていた。悠真は、黒のスーツに身を包み、エレベーターで最上階の会議室に向かった。普段の少年のような笑顔は控えめで、代わりに静かな決意が瞳に宿っていた。エレベーター内で、同期の山田彩花が声をかけた。「悠真君、緊張してる? だって、室長だよ?」悠真は軽く笑い、ネクタイを整えながら答えた。「緊張? まあ、ちょっと。でも、みんなと一緒に何かすごいものを作れると思うと、ワクワクの方が大きいかな」 その言葉に、彩花は少し安心した。悠真の落ち着きは、周囲の動揺を和らげる力があった。会議室では、社長の藤井玲奈と執行役員たちが待っていた。AI開発部長の高橋誠もそこにいた。彼は悠真の元上司であり、厳格なリーダーとして知られている。藤井社長が口を開いた。「佐藤悠真君、本日付でAI戦略室室長に任命します。君のビジョンとリーダーシップに、会社の未来を託します」悠真は一礼し、力強く答えた。「ありがとうございます。この責任を全うし、チームと共に新たな価値を創造します」 会議室に拍手が響く中、高橋部長の表情は複雑だった。自分の部下だった若者が、今や対等な立場、いや、場合によっては自分を上回る権限を持つ存在になったのだ。


第2節:部長


就任後、最初の試練は高橋部長との関係だった。AI戦略室は、AI開発部の上位組織として新設されたため、悠真は実質的に高橋の仕事を監督する立場にあった。だが、高橋は20年以上のキャリアを持つベテランで、社内の影響力も強い。悠真の若さとスピード感は、高橋にとって刺激的であると同時に、プライドを刺激するものだった。ある日、AI戦略室の初回会議で、悠真は「ネクサス」プロジェクトの方向性を発表した。「我々の目標は、AIを単なるツールではなく、人間の意思決定を拡張するパートナーにすることです。そのため、AI開発部の既存プロジェクトを再編し、優先順位を再設定します」高橋部長は眉をひそめた。「佐藤室長、開発部のリソースはすでに限界だ。新たな優先順位を押し付けるなら、具体的な支援策を示してほしい」 口調は穏やかだが、牽制の意図が感じられた。悠真は動じず、データプロジェクターに新たなリソース配分計画を映し出した。「高橋部長のご指摘、もっともです。AI開発部の負担を軽減するため、外部パートナーとの連携を強化し、ルーチンワークを自動化するツールを導入します。これで、開発部のコアメンバーはクリエイティブな作業に集中できます」高橋は一瞬言葉を失った。悠真の提案は、開発部の実情を正確に捉えつつ、部長の懸念を先回りして解決するものだった。「…悪くない案だ。だが、実行には細心の注意が必要だぞ」と高橋。悠真は微笑み、「もちろんです。部長の経験をぜひお借りしたい」と頭を下げた。このやりとりで、悠真は高橋との力関係を巧みに構築した。敬意を示しつつ、リーダーとしての主導権を握る。彼の姿勢は、高橋に「この若者は侮れない」と感じさせ、徐々に信頼へと変わっていった。


第3節:元上司


AI戦略室の運営が本格化する中、悠真は元上司である高橋部長や、かつてのチームメンバーだった田中和彦に指示を出す場面が増えた。あるプロジェクト会議で、悠真は田中に新たなタスクを依頼した。「田中さん、クライアントのデータ解析ニーズに対応するため、既存のアルゴリズムに新たなモジュールを追加したい。田中さんの経験なら、短期間で最適な設計ができると思います。2週間でプロトタイプをいただけますか?」田中は一瞬驚いた。かつて「指導」していた新人が、今や自分に明確な指示を出しているのだ。しかし、悠真の口調には押しつけがましさがない。むしろ、田中の強みを認め、信頼していることが伝わってきた。「…分かった。やってみるよ、佐藤室長」と田中は笑顔で応じた。悠真は指示を出す際、相手の立場や感情を常に考慮した。例えば、高橋部長には「部長の視点から、この計画のリスクを評価してほしい」と相談する形で協力を仰ぎ、田中には「あなたの経験がこのプロジェクトの鍵です」とモチベーションを高める言葉をかけた。このバランス感覚が、元上司たちとの関係をスムーズに保った。


第4節:室長室


AI戦略室のオフィスは、悠真の個性が色濃く反映された空間になった。もともと空き部屋だった一角を改装し、彼は自らデザインを提案した。「チームが自由にアイデアを出し合える場所にしたい」と考え、ガラス張りの開放的な会議スペースと、ホワイトボードやタブレットが並ぶコラボレーションエリアを設けた。悠真は、室長室の中央に大きな円形テーブルを置いた。「上下関係を感じさせないデザインにしたいんだ。みんなが対等に話せる場所が、最高のアイデアを生む」と彼は彩花に語った。壁には、チームのビジョンを記した一文が掲げられた。「未来を、共に創る。」デスクには、最新のAI解析ツールと、彼が愛用する古いノートパソコンが並ぶ。彩花が「なんでこんな古いPC使ってるの?」と聞くと、悠真は笑った。「高校時代、初めて自分でAIを作ったマシンなんだ。初心を忘れたくないからさ」オフィスの完成を祝う小さなセレモニーでは、チーム全員が集まり、コーヒーを飲みながら未来のプロジェクトを語り合った。悠真は一人ひとりに声をかけ、感謝の言葉を伝えた。「この部屋は、みんなのアイデアで生きる。僕一人じゃ何もできないよ。よろしくね」


第5節:リーダー


室長としての初仕事は、「ネクサス」プロジェクトのキックオフミーティングだった。悠真は、チームの前に立ち、ビジョンを語った。「僕たちのAIは、人の可能性を広げるものになる。失敗してもいい。挑戦し続けよう。それが僕たちの強みだ」彼はチームの多様性を最大限に活かすリーダーシップを発揮した。彩花には、クライアントとのコミュニケーションを任せ、彼女の細やかな気配りを活かした。田中には、技術面でのリーダーシップを委ね、高橋部長には戦略的なアドバイスを求めた。悠真自身は、全体の方向性を定めつつ、細かな技術課題にも自ら取り組んだ。ある夜、プロジェクトが難航し、チームの士気が下がった時、悠真は全員をオフィスに集めた。「正直、僕も焦ってる。でも、みんなの力を信じてる。一緒に乗り越えよう」と、彼は自らの不安を正直に明かした。この率直さが、チームに新たな結束力を生んだ。数週間後、「ネクサス」の初期モデルが完成。クライアントから「革新的だ」と高評価を受けた。悠真はチーム全員の名前を挙げ、成功を分かち合った。「これは、僕たちの第一歩だ。これからも、もっとすごい未来を作ろう」

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超エリート新入社員が会社で異例の昇進を遂げる物語 @yuhi478

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