第十五話 贖罪
私が彼らと初めて出会ったのは、18年前の北方警備隊の門の前だった。
ヴィアンティカ人の明るくてお調子者の男、カロレ・シャーガリア。
同じリベルディア出身のキョウカ・イカサ。
そして、ハルカ・カナタともこの時出会った。
2つ歳の下な私を彼らは同じ13班の班員として暖かく迎えてくれた。
……しかし、ヴィアンティカ人のカロレと仲良く談笑しているキョウカやハルカを見て私は違和感を持った。
その時、私は心に抱いたモヤモヤに蓋をしてしまった。
いっその事曝け出していれば、少しは変わっていたのかもしれない。
それから程なくして、彼らと共に初めての北の大森林の調査の日が来た。
隊長の形ばかりの激励を受け、降り立った北の地は、地獄だった。
歩けば猪の災厄獣に追われ、下を見れば、無惨な屍が地面に転がっている。そんな環境下で発狂しなかっただけマシだろう。
経験のあるカロレや、キョウカ達との行動していても、何度に死にかけたか分からなかった。
ただ生きる為にひたすら災厄獣に弾幕を浴びせた。
命からがら北方警備隊の駐屯地に帰って来た時、あまりにも少ない生還者に私は絶望した。
体の一部を欠損して帰ってきた者達をみて、いつか私もそうなるのだと恐怖した。
数ヶ月の後、再び調査の日が近づいて来た。
特に功績を残せなかった私は、当然昇進も、異動もなく、同世代の実力が認められて補佐官になったイーウェスタの男を羨ましく思った。
そして私はまた命があるか分からない北の地に降り立つ……筈だった。
「…………北の調査の数日前に、ハルカがその補佐官になったイーウェスタと共に北方警備隊から姿を消し、更には、キョウカが、カロレの子……カイ・シャーガリア、君を身籠った」
目の前に立つユキオが言う。
「…………」
カイは口を開く事ができなかった。
(カナタさんは、一体何者なんだ?何で北方警備隊に……)
『私は、東の事も、北の事もよく知ってる。だから、あなた達には行ってほしくない。けど、そこから逃げ出した私に、あなた達を留める資格なんてない』
カイは、カナタの言葉を思い出す。
「……ユキオ隊長、カナタさんに何があったんですか?」
「君は、ハルカの事を知っているのか……?」
ユキオはカイの言葉に驚く。
「はい、カナタさんは僕の育った孤児院の院長です」
「……そうか。私は、ハルカの事はあまり知らないんだ。中央街にいる事を知って彼女の使っていたティーカップを贈ったりもしたが、それから先は知らなかった……またハルカに会う時にはよろしく伝えといてくれ」
ユキオは、3つ並ぶティーカップの方を見ながら言う。
「……分かりました。隊長は元気だったと伝えておきます」
カイはカナタに対する謎が深まるばかりであったが、ユキオはこれ以上は知らない様子なので、今はぐっと抑えていた。
「……ああ」
少しユキオは考え込むような仕草を見せたのがカイは気になった。
「……話を続けよう。ハルカがいなくなり、妊娠したキョウカは当然戦う事など出来ないので、班として機能しなくなった私の班は、数日後に予定されていた調査の任務から外された」
ユキオは続ける。
「そして、キョウカは無事に君を出産し、さっきの話が正しいのなら中央にいたハルカに預けたんだろう」
「そう……ですか」
カイは悩む。これ以上聞くのか聞かないのか。
(……でも、過去は変えられないんだ。知らなくちゃならないんだ)
「……僕の両親は、どうなったんですか?」
カイは薄々気付いていても、聞きたくはなかった事をユキオに尋ねる。
「……私のせいで、死んだ」
カイはそのユキオの台詞に今まで抑え込んできた感情が爆発し、ユキオの胸ぐらを掴んで見上げる。
「どう言う事ですか!?何で死んだんですか!?」
カイは怒りと悲しみの混ざり合った表情で、ユキオを睨みつける。
ユキオのカイを見つめる表情は、悲痛で歪んでいた。
「……置いて行ったんだ。北の調査の時に、私は2人を」
「何で、そんな事したんですか……?」
カイのユキオの胸ぐらを離す。ユキオは少しぐらついて、何歩か後ろに下がる。
「……その時私の班にはもう1人、ハルカの埋め合わせとして入ったリベルディア人のマナという女性がいた」
ユキオは俯いて一拍置いて続ける。
「そして、調査任務の最中に彼女は災厄獣に襲われれて大怪我をした。……私は一刻を争う事態に、任務を放棄して帰還する事を提案したが、妊娠からの復帰で本調子じゃなかったキョウカの体の不調が重なった」
ユキオは拳を強く握り締める。
「その時、私はもうマナは間に合わない、成果を上げなければ帰れない、と言ったカロレとキョウカを罵倒した。人殺しだと、ヴィアンティカに染まった裏切り者だと……」
「何で、2人はそんな事を……」
カイは小さく呟く。
「……君に、会いたかったんだろう」
「……え?」
困惑するカイを見上げながらユキオは続ける。
「実績を積む事が出来れば、この北方警備隊を抜けて、別の部隊に所属出来る。そして、君と暮らしたかったんじゃないかと思う」
(僕と暮らそうとして……北方警備隊で……実績を残そうとして……2人は……)
カイはある結論に辿り着いてしまい、床に崩れる。
「……なら、僕のせいで2人は───」
「違う!君は何も悪くない!悪いのは私だ!」
下を向いたカイの肩を掴んでユキオが言う。
「私は、2人を見捨ててまで助けようとしたマナも、結局は助からず、カロレも、キョウカも、帰って来なかった!」
ユキオはカイの肩から手を離し、床に拳を叩きつける。
「私には……俺には仲間を信じる事が出来なかった!だが、どうすれば……3人が死なずに済んだのか、今でも分からない!今私がしているこの職も……彼らへの、贖罪だ……」
カイは、床に涙を落とし、嗚咽を漏らすユキオに自分の姿を重ねた。
(仲間を信じられなかった、か……)
カイはユキオの肩にそっと手を乗せる。
「隊長、もういいんです。背負わなくても」
「……私を、許してくれるのか?」
ユキオは涙でぐしゃぐしゃの顔を上げる。
「……僕には、貴方を恨む権利なんてないし、父の事も、母の事も分からない。だけど───」
カイの脳裏に浮かぶのは救えなかったケンと、分かり合えた、アルド、フォルス、リクトの姿。
「だけど……僕自身は苦しんでも、仲間には、そんな思いして欲しくない」
カイはユキオに優しげに微笑む。
その笑みに、ユキオの瞳にはキョウカとカロレの姿が重なる。
2人の事を思い出し、ユキオの目から再び涙が溢れてくる。
「すまない……カロレ、キョウカ……」
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