第四話 一生を懸けて

あれから、会話を交わす事なく、2人は孤児院へと辿り着いた。


「……やっぱり、カナタさん怒るかな?」


何とか空気を和ませようと、カイは下を向いているガランに話しかける。


「なぁ……カイ、何でお前は北方警備隊に配属されて、そんな平気でいれるんだ?」


「……急にどうしたんだよガラン」


「……いや、ただ気になっただけだ。自分の信念の為に命を懸けるなんて俺には出来ないからな」


ガランはそう言ってばつが悪そうに目を逸らす。


「……別に僕だって、信念だけで動いてる訳じゃ無いよ。ただの好奇心で動く事だってある」


カイはローブで隠していた魔銃を取り出す。


「元々僕は世界を変えたいと思って『ヴィル・フォリティス』に入ったんじゃない。ただ、この魔銃を見たかった。それだけだったよ」


「……はっ、


ガランはふっと笑う。


「だが俺も感謝してるぜ、カイ。俺もお前に誘われて『ヴィル・フォリティス』に入って良かったと思ってる」


「……どういたしまして、でいいのかな?」


「あぁ、それでいい」


ガランはそう言っていつもの笑顔を浮かべた。

 

「あなた達、いつまでそこに立ってるの?」


ガランとカイは肩を震わせ、声の方向を向く。


孤児院の開け放たれた扉の前には、1人の女性が仁王立ちしていた。


「……えっと、ただいまカナタさん」


黒髪に少し白髪の混ざった髪を一つに纏めた女性、ここの孤児院の院長を務めるハルカ・カナタは、カイとガランを睨みつける。


「……おかえり、ガランにカイ。随分と遅かったわね」



「ははは……ちょっと歩き回ってたんです……」

 

ガランが冷や汗をかきながら言う。


「……まぁいいわ。それよりも、所属先、決まったんでしょ。中でゆっくり聞くから入りなさい」


「「はい」」


カイとガランはカナタの後ろを付いていき、孤児院の中に入る。


「もう小さい子達は寝てるから静かにしてね」


布団に横になっている子供達を横目に見ながらカナタが言う。


「分かってますよ、何年居ると思ってるんですか」


「注意してても大きな声を出すからよ。特にガラン」


「……はい、すみません」


孤児院の応接室の中に入り、カイとガランはカナタに向き合うようにソファに座る。


「……このティーカップは何ですか?」


間のテーブルに置いてあった2つのティーカップを指差しながらカイは尋ねる。


「あぁ、ちょっとお客さんが来てたの。片付けるのを忘れてたわ」


カナタはティーカップを横にずらし、改めてカイとガランに向き直る。


「……もう、決まったんでしょう?何処に配属になったのか、2人とも」


「はい、俺は東に行く事になると前から決まってました。……黙っててすみません」


「……僕は、中央の、北方警備隊に所属となりました」


カイと、ガランの言葉を聞いて、カナタは静かに目を閉じる。


「……もう、意志を曲げるつもりはないの?」 


「はい、絶対に曲げるつもりは無いです」


「俺も同じです」


「……なら、何も言う事はないわ」


カナタは自分を抱きしめるかのように、身を縮こまらせ、黙ってしまった。


「……大丈夫ですか、カナタさん」


カイが心配そうに声をかける。


「……大丈夫な訳ないじゃない。ずっと、自分の子みたいに育ててきた大切な子を、死ぬかもしれない所に送り出すなんて」


ぽつ、ぽつと床に涙が落ちる。


「私は、東の事も、北の事もよく知ってる。だから、あなた達には行ってほしくない。けど、そこから逃げ出した私に、あなた達を留める資格なんてない」


カイとガランはカナタの側により、背中をさする。


「大丈夫だよカナタさん。僕らは帰ってくるから」


「約束する」


カイとガランは優しく微笑む。


「……ごめんなさい。私が泣いてちゃ、どうしよもないわよね」


カナタは涙を拭いて立ち上がり、隣にいるカイとガランを交互に見つめる。


「今日はあなた達の餞別会の為に御馳走を作ったんだから!残したら許さないわよ!」


カナタの浮かべた笑みに、カイとガランもニッと笑った。 


「勿論!」


「全部食べますよ!」


「カイ〜、ガラン〜うるさいよー」


目をこすりながら、扉を開けて来たのは、まだ10歳のガランの妹、ハナだった。

ハナの後ろには、他の孤児達もいる。


「みんなごめんね。騒がしくしちゃって。カイ、ガラン、この子達を寝かしつけるの手伝ってくれる?」


「いや、せっかくなんだしみんなで一緒に餞別会しませんか?」 


「いいなそれ!その方が賑やかで!」


「そう?じゃあみんな、カイとガランの餞別会……お別れ会するけど、どうする?」


「え……?ガラン、どこかにいっちゃうの?」


ハナがガランに涙目で縋りつく。


「大丈夫だって、たまに帰ってくるからよ」


ハナの頭をポンポンとガランは手を乗せる。

その様子を見守っていたカイは、カナタが食堂へ向かうのを見て、追いかけていった。


「手伝うよカナタさん」


「あらカイ、座っててもいいのよ?」


「流石にまだ誰もいない席に座るのは気が引けるので、遠慮しときます」


「それもそうね。じゃあお言葉に甘えて手伝って貰うわ」


「はい!」


カイとカナタは笑い合い、餞別会の準備を進めて行った。


ーーーー


餞別会は、大騒ぎとなった。カイとガランぎ小さな子達を順番に肩車していったり、カイとガランの格闘の模擬演習にカナタが参戦したりと混沌を極めていたがら皆心の底から笑っていた。

 

餞別会が終わった後、カナタとカイだけが食堂に残っていた。

ガランは、子供達の寝かしつけをしている。


「……わざわざ僕を呼び止めて、どうしたんですか?」

 

「……あなたの両親は、北方警備隊なの」


「……え!?」


カイは思わず立ち上がる。


「子供が寝てるから静かにしなさい……と言いたいけど、流石に無理よね」

 

「……どう言う事ですか?僕は拾ったって言ってたじゃないですか」 


「あなたの両親……私の友人にそういう事にしろと言われてたの。自分達を探しに北方警備隊に入って欲しくないからって。……だけど、あなたは自らの意思でその道を進んだ」


「……」


カイは驚きで黙ってしまう。


「カイ、引き留めるつもりはない。だけど、あなたの両親も生きて欲しいと願っていた。だから……絶対に死なないでね」


「……はい、絶対に約束します」


カイがそう返すと、カナタは優しく微笑んだ。


「じゃあ、早く寝なさい。明日に備えて」


「分かりました、おやすみなさい、カナタさん」


「えぇ」



翌日、カイはガランに起こされて目覚めた。


「珍しいなカイ。お前はいつも起きるのだけは早いのに」


「……頭がごちゃごちゃしてて、眠れなかったんだよ」


「……そうか、俺もだ。準備したら来いよ」


「うん、すぐ行く」


カイは急いで服を着替え、最後に魔銃を背負ってローブを纏い、外に出た。

孤児院の入り口の前にはカナタと、子供達がいた。


「おはようカイ。眠れたかしら?」


「……そんな訳ないでしょ」


「そうよね……これからカイも、ガランも体を労ってね」


「はい」


「気をつけます」


「なら、もう大丈夫ね。……2人とも、絶対帰ってくるのよ」


「はい!」


「じゃあ、そろそろ俺達は行きますね」



「ガラン!いってらっしゃい!つぎいつかえってくる?」


足にしがみついて来たハナの頭を撫で、ガランは言う。


「すぐ帰って来れるようにするさ。ちゃんとお前もいい子で待ってるんだぞ」


「うん!」


ハナが足を離して、2人は歩き出す。


「いってきまーす!」


「いってらっしゃい、カイ、ガラン」



孤児院のみんなの見送りで、2人は旅立った。

  

ーーー



「一緒に行くのはここまでか」


「そうみたいだね」


鉄道の駅の前まで来た2人は、顔を合わせる。 


「カイ、俺は決めた」


「…….何を?」


「俺は、お前を超えるって決めたんだ!一生を懸けてな!」


ガランがカイの肩をガッと掴む。


「色々別れの言葉とか考えたけど、何も思いつかねぇから以上だ。だから俺が超える前に死ぬんじゃねぇぞ!」

 

最後にガランはニッと笑い、走り出した。

カイはその背中に声をかける。


「僕だって、負けるつもりないから!」


カイも背を向け、歩き出す。

駅の中に入り、事前に配られた切符を車掌に見せて、列車に乗り込む。

北の大地へと向かって。

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