第24話 8月4週目
8月も終わるというのに、やたらと暑い日が続く。
箱根までは気乗りせず、近くの山にサイクリングに行くことにした。
秋子は誘わなかった。
まだ、初心者で危なっかしいのと、何を考えているか分からず、どう接していいものか戸惑いもある。
「行ってくる」
「気を付けてね」
途中までは出勤ルートと同じだ。
会社を過ぎた辺りで、前にロードバイクで走る女性を見付けた。
「原田さん」
「あ、室田さん、こんにちは」
「サイクリングですか?」
「はい。あの山まで、よく行くんです」
「ご一緒してもいいですか?」
「はい!もちろんです!」
弾けるような笑顔を向けてくれた。
最初に一緒に走った時に感じたが、この子はセンスがある。
「山頂でお茶でもどうですか?」
「はい!」
私のペースに遅れを取らずに付いて来た。
「いつも一人で来るんですけど、室田さんが前にいると、圧倒的に楽です」
「誰でもいいんだ。先頭が風よけになるだけだから」
私はコーヒーとシフォンケーキ、原田さんはアイスクリームを食べた。
「奥様と仲がいいんですね」
「それが、そうでもないんだ。仲良くなりたいと努めているところだ」
「そうなんですか?」
どんぐり眼が愛らしいな。
「林田君とも走っているのか?」
「いいえ」
「原田さんと一緒に走りたいって言ってたぞ」
そうは言ってなかったかも知れないが、真意は同じだ。
「どう接していいか分からなくて」
「この前、一緒に飲んでたじゃないか」
「はい。でも、基本、仕事の話しって言うか……」
「自転車の話しはしないのか」
「はい」
話題作りのために始めた共通点が、意味をなしてないじゃないか。
「どうしてだろうな」
「たぶんですけど……」
私と秋子も、原田さんと林田君と同じであることに気が付いた。
「遠慮してるって言うか」
「遠慮?」
「うまく言えないんですけど……」
私が秋子に遠慮してる?秋子が私に遠慮している?
「どっちが、どっちに?」
「私が林田に」
「なるほど」
とは言ったものの、ちっとも理解が及ばない。
「私は、もう、今さら隠してもしょうがないので、言っちゃいますけど……」
なんか、このテンションと声のトーンは、非常に緊張する。
「室田さんが好きで、自転車をきっかけに話しがしたかったんです」
真っ直ぐに気持ちを伝えられる彼女が羨ましい。
「だけど、それを応援してくれてたはずの冬馬が、あ、林田が、気になり始めちゃって……」
やったじゃないか、林田君!
「だけど、冬馬には、別に好きな人がいて、私たち、先週飲みに行ったのも本当に久しぶりで、最近は私、自転車ばっかりで……そんな感じです。はは」
この一カ月ちょっとの間に、何があったんだ?
「林田君が好きな人は原田さんかと思っていたが」
余計なことかもしれないが、許してほしい、林田君、すまない。
「私も、ほんのちょっとそうかなって思ったこともあるんですけど、違うんです」
「そうなのか?」
原田さんは、下りも上手に乗りこなし、あっという間に帰路についた。
「それでは、ここで」
「ありがとうございました」
今はすれ違っている様だが、林田君の想いは近いうち原田さんに届くだろうと思った。
「ただいま」
「お帰りなさい」
良い匂いがする。
「夕飯、作ってくれたのか?」
「はい。久しぶりにローストビーフを焼いてみました」
「じゃ、赤ワインを開けよう」
ワインセラーから一本抜く。先月の出張の際、ボルドーで買ってきたものだ。
「どちらに行かれたんですか?」
「近所だ。原田さんに会ってね……」
「そうですか」
コルクを抜いて、ワイングラスに注ぐ。
「はい」
キッチンにいる秋子に渡して、カチッとグラスを合わせる。
「「サンテ」」
「今、盛り付けますので、先にシャワーを浴びてきたらどうですか?」
「そうさせてもらうよ」
原田さんとの会話を思い出しながら、シャワーを浴びる。
私も秋子に遠慮をしているのか?そう問われると、しているかも知れない。
ステファンとの事を聞けずにいるし、ロードバイクを買う時には積極的にいけたのだが、この2週間、自転車を会話に持ち出せていない。
「乗り方を教えてやるって言っておいて……」
原田さんが見せてくれる行動力に、恥ずかしくなる。
きっと100思っていても、行動できるのは10くらいで、そのうち相手に伝わるのは1だ。
それくらい、気持ちを相手に伝えるというのは難しい事だ。
「せめて、2、いや、3を伝えるために、行動を増やさなくては」
ありがとう、原田さん、林田君、私にたくさんの気付きをくれた二人に感謝する。
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