第22話 信徒と骨

◇◆◇


 コルタルたちの去った後、ロッホはひたすら魔女の帰りを待っていた。

 ただじっとして立ち続けるという行為。

 それは通常、時間の経過が増すにつれ、苦痛を感じるものである。


 ましてや、これから罰が与えられるのは明白である。

 死刑囚も同じ気持ちになるのだろうか、とロッホは自身を傍観しようとしながらも、希望を探す。

 そして、この苦痛が長引けば長引くほど、逃げなかったことを喜ばれ、許されるのではないかという期待を強めていった。


 出入口の扉が開き、花柄のパジャマを着た魔女が眉間に皺を寄せ、カウンター前の席に着く。


「アンタ、教団の子だね。もう歯磨きして寝るから、用件をさっさと言いな」

「でっ、弟子にしてくだいまし! ……でなくて、まずはワタシが魔女様の弟子にやったことを、教祖様には黙っていてもらおうではないか」


 ロッホを通り過ぎていき、魔女はカウンター脇の扉を開くと、シャカシャカ音を立て始める。


「無視ぃ!? まあよい、今度は土産を用意してくるのでな。さて、教祖様に侵入者のことを報告せねば」

「待ちな」


 呼び止められたロッホは、ビクンと背筋を伸ばしてゆっくりと振り向く。

 歯ブラシ片手に睨む姿は、ただの老婆である。

 しかし、強烈なプレッシャーがロッホを襲っていた。


 体が固まったまま指さえまともに動かせず、じっと老婆の動きを待つ。

 恐怖から目蓋に力を込めて閉じようとするが、閉じることはできない。

 眩しく光るものでも目の前にあるような顔で、ロッホはダラダラと汗を垂らす。


「諸々のことはアンタの主に伝えずにおいてやるよ」


 重圧感が消え去り、ロッホはグラリと身体を揺らして丸椅子に座り込む。

 天井を見上げながら、息を切らす。


 お、驚いたあ。見逃してもらえて良かったのであるぞ?

 さて、ワタシも帰って寝るとしようか!


「代わりに、聖域へ戻ってきたら殺すよ」

「なんじゃと?」


 足元に現れた扉が開き、ロッホは声を上げる暇もなく、椅子ごと奈落へと落ちていった。

 魔女は扉を閉じ、洗面台の前に立って口を開け、歯磨きを再開する。


 ロッホが落ちた奈落の先は、スケルトン船の上であった。

 椅子が船を貫き、仮で作られていた船内バーの元へ並ぶ。

 寛いでいたレオッサの仲間たちは、コツコツと拍手を鳴らした。


「見事な登場、10点だね」「10点だ」「世界記録だよ、おめでとう」


 戸惑いつつも、ロッホは嬉しそうな笑みを浮かべ始める。


「ここは地獄か? 苦しゅうない歓迎であるぞ」

「地球だけど」


 空を見上げると、崩れた天井の上で、円形に切り裂かれた雲が塞がっていく。


「ああ、核汚染の!」

「そうそう。キミ、被曝しちゃったね」

「……どのみち地獄ではないか」


 ロッホは仰け反り、床へ倒れ込んだ。

 教祖様の試練を、やっとの思いで聖域へ足を踏み入れていたワタシも受けねばならぬというのか? 終わりだ、文字通り転落であるぞ。

 魔法を行使し、聖域で女神と崇められる予定が、他の人間と同じように死ぬことになるとは。


 ……いいや、どのみちこうなっていたはず。

 魔女の弟子に掴みかかったのだ、ワタシには、精神修養が足りていない。

 足りていないのだ。

 一人で勝手に奮起し、椅子へと這い上がるワタシの姿に、スケルトンたちは騒めく。


 この子は一体どこから?

 聖域からでしょ。落ちてきたし。

 じゃあこの人、追い出されちゃったんだ。


 ワタシは再び仰け反り、鼻水を垂れ流しながら喚き散らす。


「うわあああん! ワタシはもう終わりなのだ! スケルトンに食べられて死んじゃう! 死んじゃうのだ!」

「落ち着きなよ。ここには人間に優しい怪物たちもいるよ? スケルトンもそうだけど、さっき人狼と出会ってね。人間を助ける手伝いをさせられちゃった」


 竜骨、レオッサの言葉に泣き止み、起き上がる。

 人間を助ける人狼? まさかッ!


「コルタル様かッ!?」

「そうそう。ってなんで知ってるの?」

「ふうむ、地上もまだまだ捨てたものではなさそうであるな! 頑張ってみるとしよう!」

「キミ、被曝してるから死んじゃうけどね」


 涙に視界を濁らせながらも、ワタシはスケルトンたちにサムズアップして見せる。

 実はその辺、万が一の時のために教祖様から加護を頂いているので、致死量の放射能を防いでおる。

 大丈夫なのだ! ……ただし、食糧はどうしたものか。


「食べ物はあったりするのかのお?」

「ないけど魔法で作れるよ!」

「うおお! 安泰ではないか! 是非ここで一緒に暮らさせてくれ、スケルトン殿!」

「やだ。キミうるさいもん」


 大人しく停船した船から降り、荒野を突き進む姿へと手を振って見送る。

 簡単にはいかぬな。それにしてもこの辺り、何にもない!

 ふふっ、女神としてワタシ自身を高めるにはうってつけの地であるな。


 見ておれ教祖様、そしてコルタル様。

 ワタシはこの地で布教を行い、真の女神として絶望せし人間も、血を地で洗わんとする怪物たちをも、治めて見せようぞ!


◆◇◆

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